第4話 蛍
彼女の後を付けた。
何処から来たか知りたかった。
この辺では見かけない顔だ。きっと遠くから来たんだ。
随分、健脚だ。足早に大股でどんどん歩く。
姿を見失わないのがやっとだった。それでも離されていく。
『お山』のほうに歩いて行く。在所の彼さえ来たことの無い場所まで来てしまったが、まだ歩いて行く。ついには山の中に入っていってしまった。
(どうしよう)
『お山』に住む天女なんだ。だったら、納得だ。
(何処までついていこうか)
『お山』、八海山には八つの池があって、そこには竜王が住むという。これ以上ついていったら罰が当たるかもしれない。
迷いながら、それでも何かに引かれるように後を追った。
ところが、彼女の姿が消えた方向から、悲鳴が聞こえた。
(大変だ!)
でも何処にいるのかわからない。
決心した。
彼は助けを呼びに、元来た方向へ走り出した。
麓の村の人々を連れて山に戻ってきたときには、とっぷりと日が暮れてしまっていた。そぼ降る雨に、松明も湿りがちだ。
代わりに水辺には青白い光が溢れていた。
今まで見たことの無いくらいの蛍の大群だった。
八海山から流れ出る清流が、これだけ大量の蛍を育てているのだろう。
皆で声を限りに呼んだ。
彼は呼びながら、山の上のほうに目を凝らした。さっきまで、そちらのほうから細い笛の音が流れてきていた、ような気がしたからだ。
何か動いた。
(蛍だ)
いや、蛍じゃない。
蛍が人の形になって、ふわふわとこっちへやってくる。
(蛍の精だ)
近づくにつれて、人だとわかった。
蛍が髪といわず、手といわず、身体中くっついているのだ。
顔が見えてきた。
「あっ!」
彼女だった。
(やっぱり妖精だったんだ!)
走って迎えた。
「あらあなた、今朝の……。」
笑いかける彼女の前にひざまずいて、大声で言った。
「姫君、俺が大人になるまで待っていてください。俺、大きくなったら、あなたを嫁御寮としてお迎えします。」
「こ、こら、何てこと言うんだ!」
周りの大人がびっくり仰天して、彼を引き剥がそうとした。
「あ、いいのよ。」
女の子は笑って制した。
「俺が皆を連れてきたんです。」
「ほんと?助かったわ。こんなに小さいのに、よく場所がわかったわね。」
「道々、枝を折ったり、草を結んだりして、目印をつけてきたから……。」
彼女は、後ろに立っていた少年に、笑って言った。
「私たちよりしっかりしています、この子。」
彼に手を差し伸べて立たせると、
「有難う、嬉しいわ。」
軽く抱きしめてくれた。
蛍がふわりと舞い上がって、二人を包んだ。
広い天地に、彼と彼女と蛍しか居ないような、特別な一瞬だった。