第54話 助太刀
辺りを見回した。
見物人の中に、見知った顔を見つけた。
苦虫を噛み潰したような顔をして、眺めている。
(あの人、苦手)
でも、背に腹は代えられない。
「宗易さま。」
声を掛けると、最初は聞こえないふりをしていたが、周囲の視線に耐えかねて、とうとうこちらへやってきた。
「金なら貸さんぞ。何じゃ、これは。みっともない。」
「お金はいいです。お願いがあります。」
自分の考えを話した。
「断る。くだらん。帰れ。菜屋の恥だ。」
「いいえ。」
きっぱり言った。
「菜屋の浮沈に関わります。どうか、お願いします。」
紅の目を見て、ため息をついた。
朗々とした声で、紅の代わりに値をつけた。
太っちょがひるんだ。
千宗易の堂々としたたたずまいに、気が引けたようだった。
沈黙した。
「さあ、もう一声。出ないか、出ないか?よし、落札!」
わあっと歓声が上がった。
お金を渡して、マントを受け取った。
皆が、よくやった、すかっとした、と言って褒め称えてくれた。
「有難うございました。」
宗易に頭を下げた。
「礼なんぞいらん。」
不機嫌そうに言った。
「後ほどお伺いいたします。」
「そんな大袈裟なことをせんでも……。」
「私どもが扱っている、綿花のことなのです。」
「ああ。」
知っているらしい。
ちょっと意外だった。
(これで案外、心配してくれているのだろうか)
ちらと思った。
「国に帰った番頭の吾兵衛にやらせとるのじゃろう。」
「金肥がいいのではないかと申します。干鰯が必要なのです。」
こんな所で切り出す話では無いのですが、と前置きしてから言った。
「魚屋さんなら扱っていらっしゃると思いました。」
「わかった。後で誰か寄越せ。」
さっさと立ち去った。
「随分つっけんどんじゃの。」
女が言った。
「亡くなった主の親戚なんです。私は、血の繋がりが無いのにお店を任されているので、不審がられているのです。」
紅は説明した。
「何も無いところから、信用を築いていくのは大変なことじゃ。お相手の考えにも一理あるであろう。そのことを踏まえたうえで」
女は悪戯っぽく笑った。深い笑窪が出来て、童女のように愛らしい。
「お好きなようにおやりなされ。気になさることは何も無い。」
つられて紅も笑顔になった。
「ところで、この南蛮羽織のことですが」
「譲ります。」
あっさり言った。
「私なんぞの身上を、遥かに越えた品じゃ。もっと安ければ、亭主殿に着せようと思うたけれど、こんなに高ければ怒られてしまう。第一こうまで立派な品、着ると亭主が歩いているんではなくて、羽織が歩いているように見えるであろう。」
明るく笑った。
「では達者でな。」
「私は、中浜町にございます菜屋という店の主で、宇佐美紅と申します。お名前を。」
去っていこうとする女に声を掛けた。
「寧々と申す。織田の家中、木下藤吉郎の内の者じゃ。」