↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の如く 風の如く   火の章  作者: 羽曳野 水響
49/168

第47話 月日

 それから三年の月日《つきひ》が流れた。

 この間《かん》、天下《てんか》布武《ふぶ》に乗り出した信長が、次第《しだい》に自分が束縛《そくばく》されていると感じるようになった義昭と対立し始める。

 武田・朝倉・浅井を始めとする武家勢力と、比叡山《ひえいざん》・石山《いしやま》本願寺《ほんがんじ》に代表される宗教勢力を結集《けっしゅう》した、織田《おだ》包囲網《ほういもう》により、信長は苦しめられるようになる。

 しかし、姉川の戦いで朝倉・浅井を破り、比叡山を焼《や》き討《う》ちし、信長は、旧勢力包囲網を一つ一つ撃破《げきは》していった。

 このように世間は騒がしかったが、紅の周囲では珍しく、平穏な日々が続いた。

 磯路は、だんだん弱っていって、寝たり起きたりする日が続いたが、ある日、紅に言った。

「あたしも、いよいよ駄目《だめ》だ。」

「そんなお気の弱いことをおっしゃらないでください。」

「いいや。今後のことが気がかりなんだ。頭がはっきりしている間に決めておきたい。鞠と小太郎も呼んで来ておくれ。」

 磯路の床《とこ》の前に三人集まった。番頭《ばんとう》や手代《てだい》たちも呼ばれた。

「この店だが」

 見回して言った。

「紅、お前に任《まか》せたいと思う。」

 驚いた。

「とんでもない。血筋《ちすじ》から言っても文句《もんく》無《な》く、鞠さまです。」

「彦蔵{松永久秀}が許さない。」

 確かに、久秀は鞠を『預ける』とは言ったが、菜屋の跡取りにしてもいいとは言わなかった。

「鞠と小太郎のことは、彦蔵も交《まじ》えないと話が進まない。そのことは又、別の機会にしよう。今はこの店のことのみ、決めてしまいたい。」

 磯路は水を飲むと、話を続けた。

「あたしが尋《たず》ね人《びと》がいると言ったことを、覚えているね。」

 紅が助けられたのも、そもそも磯路が、誰かを探して人の集まる所へ来たおかげだった。

 あれからも磯路は、何か人が集まる催しがあるたびに出かけて行ったが、誰を探しているか、決して言わなかった。

 鞠は親戚《しんせき》だから知っているかと思ったが、磯路と久秀の折《お》り合《あ》いが悪かったこともあり、事情は全くわからない、とのことだった。

「探しているのは孫息子だ。この家を出て行って、もう十年ほどになる。まるきり消息《しょうそく》が掴《つか》めない。生きていれば紅、お前より二つか三つ上になる。」

 はっとした。

 だから小太郎のいる、鞠じゃないのか。

「奥さま、私は。」

「わかっている。お前には喜平二がいるんだろう?」

「いえ、あの方のことは……。」

「いいんだよ。生きているかどうかさえわからない者を、お前に押し付ける気は無い。でも細々(ほそぼそ)でもいい、店を守って、孫に渡してもらいたいのさ。それがあたしが出来る、たった一つの罪《つみ》滅《ほろ》ぼしだ。」

 咳《せ》きこんだ。

 紅が背中をさすった。

 水を飲んで続けた。

「かつてあたしは、娘が、ある男と一緒になるのを反対した。不幸になるのは目に見えていると言って。今でも、その考えは間違っていないと思うが、無理《むり》強《じ》いしたため、娘は孫を連れて出て行ってしまった。その結果、娘は死に、孫も、何処《どこ》でどうしているやらさえわからなくなってしまった。そのことはずっと、後悔《こうかい》している。」

 紅を見た。

「お前さんが恩義《おんぎ》を感じて、店のために自分を犠牲にしやしないか心配だ。だからもし、喜平二に再会出来たら、そのときは、いつでも店を出て行ってくれて構わない。いや、喜平二とのことに限らず、自分の幸せを掴《つか》むためなら、無理はしなくていいんだ。この店の裁量《さいりょう》は全て、お前さんに任せよう。」

「わかりました。」

 そこまで言われたら、もう断れない。

「一つ、お願いがあります。」

 鞠に向き直った。

「もしお孫さんがいつまでたっても現れないときは、鞠さま、もしくは鞠さまの縁者《えんじゃ》の方に、この店を託《たく》したいのです。私はそれまでの陣代《じんだい》{代理人}としてなら、お引き受けしたいと思います。」

 鞠も承諾《しょうだく》した。

 磯路は安心したようだった。

 それからは益々(ますます)、床に就《つ》く日が増えた。

 そんなある日、菜屋に数人の客が訪れた。

 奥に通されると、皆でぼそぼそと話し合っていたが、そのうち、珍しく磯路が声を荒《あら》げているのが聞こえた。

 何か言い争っていたが、ぴたりと声が止《や》むと、ぞろぞろと客が出て来た。

 紅が見送りに出ると、客たちは黙ってじろじろと彼女を眺《なが》めて、帰っていってしまった。

 番頭の吾兵衛に聞くと、

「亡くなった旦那さまのご親戚《しんせき》の方々です。納屋《なや》衆《しゅう》といって、この堺を仕切《しき》っていらっしゃいます。」

 納屋衆が代々(だいだい)、会合《えごう》衆《しゅう》{自治組織の指導者}を束《たば》ねる有力な面子《メンツ》であることは、紅も知っている。

「あの方々が出ておいでになったら、面倒《めんどう》なことになりそうです。」

 ところがそれから三日もたたないうちに、磯路は、ぽっくりとあの世に行ってしまった。



       挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。