第40話 再会
この平和がいつまでも続くと思っていた。
ここに居れば安全だと信じきっていた。
でも堺も、外の世界と関わりなく在るわけではないことを思い知らされたのは、あの悲しい事件が起きてそろそろ一年になろうとする、永禄九年初夏の、ある夕方のことであった。
亀女が戸締りをした途端、ほとほとと戸を叩く音がする。
紅もちょうど、その場に居合わせた。
「どなた?」
亀女が聞くと、
「お亀であろう。久しいの。わからぬか、わしじゃ。開けてくれ。」
向こうから声がする。
「まあ、彦造さま。」
亀女は驚いた。振り向いて紅に言う。
「奥さまの姪御さまの旦那さまですよ。」
はいはい、今、開けます、と急いでつっかい棒を外して、潜り戸の扉を引いた。
紅は、身を屈めて入ってきた人物と顔を合わせた。
お互い、ぎょっとした。
口を利いたのは、向こうのほうが早かった。
「生きておったか。」
「霜台さま。」
紅は言った。
松永弾正久秀であった。
「どの面下げて」
いつの間にか、框に磯路が立っていた。
「おめおめとよくもまあ、ここに顔が出せたものだね。」
見下ろして、冷たく言った。
「困ったときの親戚、でございますよ。」
久秀は薄ら笑いを浮かべた。
「おや、もう親戚じゃないはずだが。」
「夫婦ならそういうこともございましょうが。」
久秀は身体をずらして、後ろに立っていた者を示した。
「鞠さま!」
紅は土間に飛び降りた。
鞠も転がるように入ってくると、紅に抱きついて、わっと泣き出した。
その後ろから、糸千代丸が姿を現した。
紅と目が合うと、仏頂面で頷いた。嬉しいくせに照れてしまって、どういう顔をしていいのかわからないらしかった。
あとは、弥八郎という、膝を痛めてびっこを引いている若い近習を一人連れただけで、主家より権勢を振るっていると言われた男らしからぬ、質素な出で立ちである。
「外の世界に、たんと御用がおありだったんじゃないのかい。この子たちだけ置いて、帰ってくれても構わないんだよ。」
「それが、そういうわけにも参りませんで。」
「ああ、招かれざる客も一緒ってわけかい。」
磯路は紅に、
「出かけてくる。ちょいと手伝っておくれ。」
紅は、亀女に鞠たちの世話を頼むと、磯路の後に続いた。
「尋ね人って、霜台さまのことだったんですか?」
仕度を手伝いながら聞くと、
「あんなの。」
吐き捨てた。
「違うよ。あれは何処に居るか、とっくにわかっていた。わかり過ぎるくらいね。自分の都合のいいときだけ頼ってくる。鞠と彦六{久通}を人質に取ってんだ。あの男とはとっくに縁を切っているつもりだが、あの二人が哀れでね。彦六はもういい、大人だから自分の意思で動ける、でも鞠はまだ幼い。新しい継母ともあんまり上手くいっていないようだし、一人で淋しがっているようだから、こっちに引き取ると度々、言ってやっているんだけどね。今度のようなことがあると、いい手駒になるから、なかなか手放したがらないのさ。」
磯路は久秀と共に、番頭を連れて、会所に出かけていった。
子供たちは紅の部屋に集まって、再会を喜び合った。
湯浴みし、さっぱりした物に着替えて、鞠と糸千代丸は、心から寛いだ様子だった。
「堺に親戚が居ることは、前々から存じておりました。あの後、よっぽど頼ろうかと思ったのですが、堺も三好の手の内でございますから、却って父のほうが良いかと。」
「えっ?」
驚いた。
「堺は、何処の勢力からも自由なんじゃなかったの?」
「三好にどっぷり、だよ。」
糸千代丸が行儀の悪い言い方をした。
「確かに、和泉両守護はもちろん、近隣の守護や幕府でさえ、堺の町政への関与を避けている。でもだからといって、よその軍勢が町の中に入ってこないというわけじゃない。堺は堺で牢人を雇ったり、環濠を施して武装化しているが、三好とは持ちつ持たれつなんだ。三好は法華宗の熱心な檀越で、町民にも法華宗の信者は多い。しかも有力な納屋衆の多くは三好の政商なんだ。堺は、表向きは町民の自治都市だが、実際は、三好の兵站基地のようなものさ。」
「よく知っているわね。」
紅が感心すると、糸千代丸は、
「父上は政所執事だ。俺は嫡男で、その跡継ぎなんだぜ。」
満更でも無さそうな顔をした。
「お父上はどうなすったの?」
「それが……行方知れずなんだ。霜台にも調べてもらったんだけど……。」
義輝の弟二人のうち、鹿苑院院主の周嵩は殺されてしまったが、興福寺一乗院門跡の覚慶は、松永久秀の監視下に置かれていた。
覚慶は七月、隙を突いて近江に脱出し、翌年の二月には還俗して義秋と改名し、対抗馬の義栄が上洛出来ないのを尻目に、四月には朝廷から、将軍就任の前提となる従五位下左馬頭に任命されていた。
「父上も近江においでじゃないか、と霜台は言うんだが」
糸千代丸は、奥歯に物の挟まったような言い方をした。
「じゃあ、良かったじゃない。」
紅が気持ちを引き立てるように言うと、糸千代丸は、
「でも俺にとっての公方さまは、覚慶さまじゃない!断じて、ないんだ!」
叫んだ。
沈黙が支配した。
全員、同じ気持ちだったからだ。
「陸奥守さまが仰っていた。」
紅が沈黙を破って、鞠に言った。
「霜台殿の主も、修理太夫ただ一人だって。」
「よくおわかりですこと。」
鞠はため息をついた。
「仲間割れするのは、あっという間でした。いえ、父には既にわかっていたのです、だから武衛陣の攻撃には加わらず、覚慶さまを保護したのです、もっとも。」
苦笑した。
「却って、怖がらせてしまったようですけれど。」
義輝が討たれた二ヵ月後の永禄八年七月には既に、当主の義継を手の内に納めた三好三人衆と、松永久秀の不仲は表面化していた。
八月には、武勇に優れ誠実で名高く、久秀より早く三好家中で認められていた弟の長頼が、丹波で討ち死にして、久秀は有力な支えを失った。
十一月には、三人衆が飯森城を攻撃し、久秀と関係を絶った。
三人衆と久秀は互いに、土地の土豪を始めとする他の勢力とも結んで、畿内を舞台に戦った。だが久秀は次第に押され気味になり、堺に追い詰められた。
「修理太夫さまの亡骸も三人衆に奪われてしまって、父は気落ちしてしまいました。」
鞠は言った。
「伯母さまに口を利いていただいて、会合衆に頼んで、和を請わせるつもりです。」
「そんなことが可能なのかしら?」
「可能だろうよ。」
糸千代丸が口を挟んだ。
「紛争当事者の一方がこの町に逃げ込めば、他方は追求することが出来なくなるんだ。」
「へえ。」
「治外法権っていうか、一種の『駆け込み寺』みたいなもんだな。」
やっぱりすごいじゃない、堺。
磯路と久秀はその夜、とうとう帰ってこなかった。
経緯は翌朝、疲れきって帰ってきた磯路から聞いた。
当時、会合衆の頭であった能登屋と臙脂屋が代表として、久秀を追ってきた三人衆に掛け合った。堺での合戦を避け、戦は三人衆側の大勝と定めて兵を返すように、南北荘こぞって非戦をお願いする、と伝えた。
三人衆側も、堺の機嫌を損ねて、将来、軍用金など必要なとき臍を曲げられても困る、とでも思ったのだろう、承諾した。
翌月、糸千代丸の言ったとおり、武装した三好の兵が威儀を正して、堺の町に粛々と入ってきた。町の広場に集まると、勝鬨の声を上げて勝利の証とし、そのまま兵を引き上げた。
公の記録には、
「この時、松永弾正は夜陰に紛れ、行方知れずになった。」
とあるが、その実は、菜屋の中二階の虫籠窓から、三好の兵が下の道を通っていくのを、くつろいで見物していたのである。