第24話 狩人
糸千代丸は一生懸命教えてくれるが。
自分でも、結局、力では男に敵わないではないか、という気持ちがどうしても消えない。
岩千代丸に相談した。
ちょっと考えて、じゃあ、人を紹介する、と言った。
その人と、糺の森の奥深くに立っている。
冬枯れの森は空が空いて、日の光も奥のほうまで満遍なく差し込んでくる。
人気は無く、鳥の声だけが響いている。
「物事には長短ございます。」
たかが小娘の紅にも、わざわざ時間を割いて丁寧に接してくれる。
「上に立つ者は剣術と水練、あと馬術は出来なくてはなりません。その他のことは家臣が代わりにやってくれますが、こればっかりは自分がしなくてはなりませんから。でもそれは、家臣自身にとっても同じことです。だから、槍や刀を使うことに不安があるとて、避けて通るわけにも参りますまい。接近戦では重要な役割を果たしますし、何より自分の身を守りますから。今なさっている稽古は、必要最小限のこととお考えになり、続けられると宜しいかと存じます。今からお話することはそれ以上のこと、戦で、主のお役に立つために必要なこととお考えください。そこで先ほど申した、長短がある、ということです。」
彼は自分の手にした鉄砲を示した。
「確かに長距離から敵を狙うことも出来ますし、剣術ほど技量の差が出ることもございますまい。でも、玉を込めるのに時間がかかり、連射は出来ません。接近戦にも使えません。その辺りのことをご承知おきのうえ、お使い頂きますと、非力な女子でも、男に対抗することが出来ます。」
御覧下さい、と言って弾を込めた。
的に向かう。
遠く、小さい。
狙いを定めて撃つ。
二人で見に行った。
五発撃った内、四発がど真ん中を撃ち抜いている。あとの一発も中心から少し外れているだけだ。
一尺{三十センチ四方}の的を二十五間{約四十五メートル}の距離から。
当時の鉄砲の性能から考えれば、驚異的な腕前であった。
「稽古してください。」
何でもないように言った。
「あなたにも出来るようになります。」
弾を込めた。
「日が翳ってきました。今日はここまでに致しましょう。小侍従さまには、いつも大変お世話になっております。」
言いながら、さっと空を仰いで、無造作に撃った。
くるくると回りながら、空から鳥が降ってきた。
拾いに行って、渡してくれた。
「差し上げてください。」
「……って、ほんとに穏やかでご親切で、女子にあんなに優しい殿方を私、初めて見ました。」
紅がいきさつを話すと、
「ふん。そんなのが好みか。」
信虎はせせら笑った。
「好みって……。」
あたしの『好み』は、この世にただ一人しかいない。
「何、赤くなっとんじゃ。たわけめ。」
信虎は面白く無さそうに言った。
「そやつ、狩人じゃな。獲物が居ないから、そうやって士大夫ぶっていられるのじゃ。そやつにとっての獲物が目の前に現れてみろ、豹変するに決まっとるわい。」
「陸奥守さまは、何でもご自分に引き寄せてお考えになるから。」
紅は言った。
「明智十兵衛さまは、そんなお方ではありません。」
明智氏は、美濃源氏の名族、土岐氏の支族という。土岐氏は美濃の守護だが、幕府においては三管領・四職家に次ぐ家格であり、その支族で、奉公衆になっている家は十余を数えていた。
十兵衛は四番衆に属し、小侍従の実家である進士氏の遠縁であるという話であった。
(陸奥守さまは僻んでおいでなのよ)
紅は思った。
(十兵衛さまが、爽やかで甘いお顔立ちのうえ、立ち居振る舞いも上品で、女官に人気のお方だから)
現に明智十兵衛光秀は、親切にも、空いている時間を見ては、彼女に銃の手ほどきをしてくれたのである。