表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の如く 風の如く   火の章  作者: 羽曳野 水響
153/168

第151話 古風な家

 待ちに待っていた荷が、やっと届いた。

 彼女が、堺から取り寄せたのは、スペイン軍から分捕ぶんどった四門の大砲たいほうのうちの一つだった。

 府中ふちゅうを流れる関川せきかわ河原かわら披露ひろうした。

 トーマスと伊之助(じい)さんから特訓を受けて、紅も、大砲の専門家と言えるほどまで成長した。

 上杉家から人数を借りて、彼らを指揮して大砲に点火てんかした。

 轟音ごうおんと共に、あらかじめ皆に示して強度きょうどを確かめてもらった、分厚ぶあつい特製のまとくだけ散った。

 上杉は、東国とうごくの武将のなかでは鉄砲の配備はいびに力を入れているほうではあったが、鉄砲の産地で硝薬しょうやくの輸入の窓口である堺をおさえている織田に比べれば、昔ながらの刀ややりの装備がおもである。まして、大砲など、見るのも聞くのも初めて、という人も多かった。

 人々が興奮して、がやがや言っているのを聞きながら、今回のお披露目ひろめが成功したのを確信した。

 しかし、諸将の反応は、はかばかしくなかった。

「確かに音や破壊力には驚いたが」

 結局は子供(だま)しではないか、という意見が多かったのである。

 確かに、人に対する殺傷力は低いが。

「異国ではおもに攻城用に用います。」

 紅は言った。

 城攻めは難しい。

 囲むのに、何倍もの人数と長い時間が必要となる。

籠城ろうじょうしている者たちの動揺どうようを誘うのです。」

 御当家ごとうけは、北条氏がこもる小田原城攻めで苦心なさったでしょう、と遠まわしに言った。

火器かきは、これからのいくさを決します。」

「そうは言っても、鉄砲をたくさん持っているという織田も、たいしたことは無かった。」

 一人が言うと、皆、口々(くちぐち)に同意した。

「雨が降れば、火縄ひなわ湿気しっけて使い物にならなかったではないか。」

 織田、何するものぞ。

 皆、意気いき軒昂けんこうで笑った。

 それは運が良かったのです、と言いかけてめた。

(なまじっか勝ってしまったのが、まずかったのかもしれない)

 上杉は織田の実力を知らない、と思った。

 対戦して勝ったばかりに、かえって知る機会を失ってしまったのかもしれない。

(危うい)

 お屋形さまは黙って皆の発言を聞いていらしたが、一言ひとことおっしゃった。

「大砲は使用するのに技術が必要なのであろう。そちはしばらく滞在して、皆に使用方法を伝授でんじゅするように。」

 席を立たれた。

 大砲のこと、良いとも悪いともおっしゃらなかったのは、折角せっかく、皆の士気しきが高まっているのに、水を差す必要は無いと判断なさったのだろうか。はかりかねた。

(この家は、お屋形さまの天賦てんぶさいでもってる家だ)

 よろい一つ取っても、

古風こふうだ)

 上方かみがたでは、南蛮なんばんふうの鎧が流行している。

 信長が好んでよく身につけていて、実は、彼が彼女の為に見立みたててくれた、軽くて動きやすい、女性用の物を持参じさんしてきた。

 でも、この家では

(浮いてしまうだろう)

 いや、流行のことを言っているのではない。

 一事いちじ万事ばんじ、そういう感じがする。

(今までは良かった)

 お屋形さまがいらっしゃるから。

 でも、今回お会いしてみて、明らかに

(お年を召された)

 すぐ、どうこうということは無いだろうけど。

 不安が、黒い霧のように、胸の中に広がった。



挿絵(By みてみん)



 お屋形さまが、大砲の操作を習わせよ、として紅の下に付けてくれたのは、宇佐美の配下はいかだった者たちだった。

 家臣かしんたちは、宇佐美の家が滅びた後、ばらばらになった。他の家に仕官しかんが決まったのはよいほうで、身分を落とし、なき身でちまたに放り出された者も数知かずしれなかった。いずれもとがめを受けた家の者として、肩身かたみせまく暮らしていたので、紅の帰還きかんを夢かとばかり喜び、

「姫さまが越後にお戻りになるのを、この目で見ることが出来ようとは。長生きしたのをやんでおりましたが、ほんに夢のようでございます。」

 口々(くちぐち)に言って、なつかしがった。

 さだめし、お屋形さまのお怒りもけたのであろう、と、かつて祖父と昵懇じっこんだった古将たちも、紅に親しく声をけてくれるようになり、宇佐美家の上杉における地位も、どうやら回復されたようであった。

 懐かしい琵琶びわじま城は、交通の要所ようしょの為、他の家の物になっていて、戻ることが出来ないのが残念だったが、城の広間ひろまで、諸将にじって話をしていると、もうずっと昔から、ここでこうしていたような気がして、堺のことなど、遠い夢の世界の出来事できごとのように思うことさえあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ