第151話 古風な家
待ちに待っていた荷が、やっと届いた。
彼女が、堺から取り寄せたのは、スペイン軍から分捕った四門の大砲のうちの一つだった。
府中を流れる関川の河原で披露した。
トーマスと伊之助爺さんから特訓を受けて、紅も、大砲の専門家と言える程まで成長した。
上杉家から人数を借りて、彼らを指揮して大砲に点火した。
轟音と共に、予め皆に示して強度を確かめてもらった、分厚い特製の的が砕け散った。
上杉は、東国の武将のなかでは鉄砲の配備に力を入れているほうではあったが、鉄砲の産地で硝薬の輸入の窓口である堺を抑えている織田に比べれば、昔ながらの刀や鑓の装備が主である。まして、大砲など、見るのも聞くのも初めて、という人も多かった。
人々が興奮して、がやがや言っているのを聞きながら、今回のお披露目が成功したのを確信した。
しかし、諸将の反応は、はかばかしくなかった。
「確かに音や破壊力には驚いたが」
結局は子供騙しではないか、という意見が多かったのである。
確かに、人に対する殺傷力は低いが。
「異国では主に攻城用に用います。」
紅は言った。
城攻めは難しい。
囲むのに、何倍もの人数と長い時間が必要となる。
「籠城している者たちの動揺を誘うのです。」
御当家は、北条氏が籠る小田原城攻めで苦心なさったでしょう、と遠まわしに言った。
「火器は、これからの戦を決します。」
「そうは言っても、鉄砲をたくさん持っているという織田も、大したことは無かった。」
一人が言うと、皆、口々に同意した。
「雨が降れば、火縄が湿気て使い物にならなかったではないか。」
織田、何するものぞ。
皆、意気軒昂で笑った。
それは運が良かったのです、と言いかけて止めた。
(なまじっか勝ってしまったのが、まずかったのかもしれない)
上杉は織田の実力を知らない、と思った。
対戦して勝ったばかりに、却って知る機会を失ってしまったのかもしれない。
(危うい)
お屋形さまは黙って皆の発言を聞いていらしたが、一言おっしゃった。
「大砲は使用するのに技術が必要なのであろう。そちは暫く滞在して、皆に使用方法を伝授するように。」
席を立たれた。
大砲のこと、良いとも悪いともおっしゃらなかったのは、折角、皆の士気が高まっているのに、水を差す必要は無いと判断なさったのだろうか。図りかねた。
(この家は、お屋形さまの天賦の才でもってる家だ)
鎧一つ取っても、
(古風だ)
上方では、南蛮風の鎧が流行している。
信長が好んでよく身につけていて、実は、彼が彼女の為に見立ててくれた、軽くて動き易い、女性用の物を持参してきた。
でも、この家では
(浮いてしまうだろう)
いや、流行のことを言っているのではない。
一事が万事、そういう感じがする。
(今までは良かった)
お屋形さまがいらっしゃるから。
でも、今回お会いしてみて、明らかに
(お年を召された)
すぐ、どうこうということは無いだろうけど。
不安が、黒い霧のように、胸の中に広がった。
お屋形さまが、大砲の操作を習わせよ、として紅の下に付けてくれたのは、宇佐美の配下だった者たちだった。
家臣たちは、宇佐美の家が滅びた後、ばらばらになった。他の家に仕官が決まったのはよいほうで、身分を落とし、寄る辺なき身で巷に放り出された者も数知れなかった。いずれも咎めを受けた家の者として、肩身狭く暮らしていたので、紅の帰還を夢かとばかり喜び、
「姫さまが越後にお戻りになるのを、この目で見ることが出来ようとは。長生きしたのを悔やんでおりましたが、ほんに夢のようでございます。」
口々に言って、懐かしがった。
定めし、お屋形さまのお怒りも解けたのであろう、と、かつて祖父と昵懇だった古将たちも、紅に親しく声を掛けてくれるようになり、宇佐美家の上杉における地位も、どうやら回復されたようであった。
懐かしい琵琶島城は、交通の要所の為、他の家の物になっていて、戻ることが出来ないのが残念だったが、城の広間で、諸将に混じって話をしていると、もうずっと昔から、ここでこうしていたような気がして、堺のことなど、遠い夢の世界の出来事のように思うことさえあった。




