表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の如く 風の如く   火の章  作者: 羽曳野 水響
139/168

第137話 秋の空

 気を落ち着けて、紅は、翌日の昼間、星港屋に行った。

 おそおそる、おとないを入れた。

 朱夏は気の抜けたような顔をして、紅を迎えた。

「ありがと。これ、好きなんだよね。」

 紅が持参じさんした芥子けしもちを受け取った。

 芥子の実は、室町時代頃、インドから()()()()()()ものと言われている。小豆あずきあんもち皮で包んだ物に、芥子の実をまぶした菓子で、堺の銘菓めいかとして現在いまに伝わる。

「で、今日は何か用かい?」

「あ、あの、坊ちゃまがお世話になったお礼に……。」

「そんなこと、気にしなくていいんだよ。わざわざ、あんたが来る必要は無い。」

 女童めわらべが、茶を運んできた。

 朱夏は、紅に一つ、自分に一つ、もちを取ると、女童に、残りは皆でいただきな、と、包みを渡した。

 女童が去った後、部屋を沈黙が支配した。

 二人は、餅を口にした。

 むと、芥子の実がプチプチとつぶれて、こうばしさが口の中一杯(いっぱい)に広がった。だが、普段ふだんは楽しいその食感しょっかんが、今日はなんとも味気あじけない。

 朱夏は()()()として無口むくちだし、あまりの居心地いごこちの悪さにたたまれず、どうしようか、もうおいとまするべきだろう、と、紅が気をんでいると、朱夏がふと気づいたように、

「あんた、今日は化粧けしょうしてきたのかい?」

「え、ええ。」

 気の進まない用で星港屋に行くというので、気張きばって、普段ふだんしない化粧をしてきた。

「何も付けてないほうが、いいくらいなのに。御殿ごてん女房にょうぼうみたいに白粉おしろいりたくって、なまちろい化粧してんじゃないよ、みっともない。」

「は、はい……。」

 朱夏は女童を呼んで、自分の化粧道具を持ってこさせた。

「堺は交易こうえきで成り立っているんだ。特にあんたんとこは、異国いこくとの商売で、一攫いっかく千金せんきんねらってんだろ?それじゃ、異国の客に受けないんだよ。」

 朱夏が言うには、南蛮人なんばんじんと日本人では美に対する感覚が違う、という。

 彼らは大きな目を美しいと考え、大きく見せるために、上瞼うわまぶたを青や紫など暗色あんしょく系統けいとう顔料がんりょうで化粧する。日本人はそれを恐ろしいものと考え、黒眼くろめがちなつぶらひとみを愛し、上瞼にべにを差して目が細いように見せる。又、白目しろめ奇怪きかいに思い、三白眼さんぱくがんなどといって禍々(まがまが)しい物とする。

まゆっちゃ駄目だめ、お歯黒はぐろもしちゃ駄目だ。」

 朱夏は、懇切こんせつ丁寧ていねいに教えてくれる。

 紅は途中とちゅうから、覚書おぼえがきを作って、熱心に聞いた。

着付きつけもね、緩々(ゆるゆる)、着るんじゃない。変に思われる。きりっとめて、細く見せるんだ、身体の線が出るように。」

 実際に、やってみせてくれる。

「あんたも呂宋屋を背負しょって立つんだ、しっかりおしよ。」

 着付けをしてくれて、()()と背中をたたいた。

「さ、とりあえず、しまいだ。又、気づいたことがあったら教えたげる。」

「おねえさん……。」

 紅の顔を見た。

なんて顔してんだい。言われちまったんだよ、あたしの許しが欲しいって。仕様しょういだろう、あんたが好きなんだってさ。あたしもさかいいちといわれるお姐さんだ、心変こころがわりした男を、いつまでも追っかけちゃいられないよ。言っとくけど、あんただってそのうち、愛想あいそかされるかもしれないんだよ、男心おとこごころと秋の空、とかって、いうんだからね。」

「そのときは」

 紅は微笑ほほえんだ。

「お姐さんのところに来て、泣きます。」



     挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ