第136話 告白
助左が呂宋屋にたどり着くと、ちょうど紅が一人で、帳場に居た。
「やあ。」
何を言っていいかわからなくて、会釈すると、彼の姿を認めた女は固まってしまった。
が、助左が框に腰を下ろそうとしてよろめくと、弾かれたように立ち上がって、彼を支えた。水を湛えたたらいを運んでくると、俯いて彼の足を優しく洗い、手ぬぐいで丹念に拭いた。
「肩、貸してくんねえか。」
自分の部屋に戻った。
入り口のところで紅が離れようとすると、肩を抱いたまま、かすれた声で言った。
「もう少し……このままでいてくれ。」
女が、ゴクリと唾を飲み込むのがわかった。
柔らかな身体を、そっと抱きしめた。
しっとりと長い黒髪を、優しく撫でながら言った。
「毎日、見舞いに来てくれてたんだな。園芸用で売り出そうって、育ててる百合が一杯あった。商売物だから、小僧が勝手に持って来るわけねえ。お前が摘んだってわかったんだ。」
「薫り高いから、お見舞いには向かないってわかってたんだけど、今、咲いてる花があれしか無くって」
紅は、助左の胸に顔を埋めて、小さな声で言った。
「あたしの為に怪我したんだから。」
「あれは俺がドジ踏んじまったんだ。お前が気にすることはねえ。」
助左は言った。
「例え、伊之助の爺さんだったとしても、同じことしてたから。」
ちょっと考えた。
「やっぱり違うな。いや、だいぶ違う。」
暫く黙ったまま、二人とも動かずにいた。
「震えている。」
助左が言った。
「お前の胸、どきどきいっている。」
紅も、彼の心臓の音を聞いていた。
「Ti amo da morire.」
男が囁いた。
女はふいに、ばっと男を突き放すようにして、離れた。
「これ以上、好きになったら、あたし、ここに居られなくなる!」
押し殺した声で言った。
「紅。まだ、『いい子』で居たいか。」
助左は静かに言った。
「俺はもう、誰に何を言われても構わねえ。お前が、喜平二のことを忘れなくても構わねえ。」
紅は急いで、その場を離れた。
その背中に向かって、言った。
「俺とのことも考えてみてくれ。」




