第133話 遭難
それからは、何事も無く日々が過ぎていった。
星港屋は益々、繁盛していて、呂宋屋よりも景気が良さそうだ。
ある日のこと、助左と紅、二人揃って、星港屋に呼び出された。
「わざわざお運びいただきまして、ありがとうございます。」
朱夏は、下座から神妙に頭を下げた。
「おかげさまで、商売も順調です。この分だとお約束どおり、三年でお借りしたお金をお返し出来そうです。これは取り合えず」
広蓋に金を載せて、差し出した。
「少しずつでもお返ししていきたいのです。励みになりますから。」
にこっと笑った。
「ほんとに良かった。」
紅も嬉しそうに笑った。
「お姐さんが頑張ったから、こんなに早く返せるようになったのです。」
俺そっちのけで、と助左は思った。
女同志、仲良くなっちまった。
何なんだ、俺の立場は。
店を辞した。
朱夏が見送りに出て来た。
火点し頃で、仕事を終えて港から帰る人、灯に誘われて街に浮かれ出た人で、店の前もごった返している。
帰ろうとして、紅が何か思い出したらしく、朱夏のところへ戻ろうとした。その彼女に、一人の男がぶつかってきた。紅は避けようとしたが、そうすると男は、朱夏に当たってしまう。一瞬、動きを止めた。
男の手元が光るのが見えた。
助左は咄嗟に紅を突き飛ばし、男との間に割って入った。脇腹に火のついたような痛みが走った。足から力が抜けた。がくっと膝を地面に突いた。
朱夏が悲鳴を上げた。
紅は、倒れた助左の身体に覆いかぶさって、第二撃を防ごうとした。
「貴様っ、織田右府の女であろう!」
仕損じたのを悔しがって、男は叫んだ。
「北畠家中の者であるっ!この度の遺恨、覚えたかっ!」
男は更に、刃を振りかざした。
光る物が幾つも飛んできて、男の腕に突き刺さった。たまらず、刀を取り落とした。
すとん、と男の前に、黒い影が、羽を広げた蝙蝠のように舞い降りた。
猿若だった。
難なく男を取り押さえた。
「昨年、織田に滅ぼされた、伊勢国司の北畠家の者でございましょう。」
朱夏が、早く彼をあたしの部屋に運んで、と男衆に指示した。
紅が続いて店に入ろうとすると、一喝した。
「誰のせいだい!」
紅は、はっとして立ちすくんだ。
その間に、朱夏は、助左の身体を店の中に運び込んでしまった。
取り残された紅の足元に、深い血溜まりが広がっている。
「おっと、危ねえ!」
大勢の人が危うく足を踏み入れそうになって避けるが、それでも端のほうから踏み荒らされて、輪郭がぼやけていく。
魅入られたように血溜まりを見つめている紅に声を掛けてから、猿若が男を引っ立てて、歩き出した。
紅は糸で引かれる人形のように、猿若の後ろからついて歩き出した。
歩を進めながら、振り返った。
夕日に、星港屋の壁が明々と照らされている。
どんなに目を凝らしても、部屋の中の動きはわからなかった。
肩を落として、とぼとぼと歩いた。




