表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の如く 風の如く   火の章  作者: 羽曳野 水響
131/168

第129話 獣

 季節はめぐり、初夏しょか貿易風ぼうえきふうに乗って、ラ・ロンディネ号が帰ってきた。

 出迎でむかえた紅の姿を()()()()見つけた助左は、彼女の表情を熱心にさぐり、確信かくしんを得て、ぱっと明るく笑った。

「大規模な鹿狩しかがりをやったんだ。」

 アゴーの村の奥に広がる密林みつりんの中で、原住民げんじゅうみん勢子せこにして鹿を追い立てた。

鹿皮しかがわがたくさん取れた。これは売れるぞ。」

 海賊たちが去った海は平和だった。

 スペイン人たちも、又、林鳳が戻ってくるのでないかと根拠地こんきょちの『馬尼拉マニラ』の防衛に戦々(せんせん)恐々(きょうきょう)としていて、こちらまで手が回らないらしかった。

「良うございましたね。」

 彼の嬉しそうな表情に、こちらの心もはずんだ。

 荷がたくさんなので、海辺うみべの倉庫と、運河をさかのぼって店の裏にある倉庫にも入れた。

 誰もいないくらかげで、彼は彼女を壁に押し付けた。

「待っててくれたんだな。」

 口づけした。

「会いたかった。」

 いつものように軽い抱擁ほうようかと思った。

 でも、彼は彼女を離さない。彼女のくちびるむさぼって、身体からだを押し付けてくる。若い男の体臭たいしゅう()()()()ようだ。

「ちょっ、ちょっと。」

 顔をそむけて、彼の唇をけた。

「紅、俺……。」

 彼はなおも彼女の唇を求め、身体を()()()()()

 すっかり頭に血が上ってしまったらしく、追いめた獲物えものを前に、けものじみた欲望で夢中むちゅうになっている。

い殺される!)

「坊ちゃま、めて。」

 かぼそい声で懇願こんがんした。

「喜平二か。」

 荒い息をきながら言う。

「あんなヤツ、俺が追い出してやる!」

「坊ちゃま!」

 彼女の目に浮かぶ恐怖を認めた。

 はっとして身体を離した。

「す、すまねえ。」

 彼の腕をすり抜けて、走って母屋おもやに逃げていってしまった。

 ひとり、取り残されて、壁にひたいを打ちつけた。

畜生チクショウっ、抱きてぇっ!)

 彼だって若い男だ。

 仲間は皆、港々(みなとみなと)オンナがいて発散はっさんしてくるが、遊びで女を抱けない彼は、朱夏の元に帰るのをいつも楽しみにしていた。

今更いまさら、朱夏ンとこには戻れねえ)

 彼女が彼の無事ぶじを祈っていてくれたことは、確信かくしんした、でも。

(あいつはユルしてくんねえ)

 喜平二は子供だったから、ともかく。

 あの女は、織田の殿ともウワサがあった。

側室そくしつがたくさんいるという話だ)

 遊びに決まっている。

 そんな男には身を許して、この俺には。

(欲しいのはお前だけだ)

 こんなにおもっているのに。

()()()()つもりはねえ)

 ほんとに好きだから、心ばかりでなく体も一つになって、たがいのおもいを確かめ合いたいのに。

 それとも、

(俺、だから)

 駄目だめなのか。



     挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ