第121話 White Knight
部屋の中は静まり返った。
お構いなしに言い募った。
「あたしなら、もっと上手く、この湯屋をやっていけるのに!あたしがここの女将だったら、抱えの妓を、こォんな馬鹿馬鹿しい目に遭わせずに済むのに!」
最後は涙声になった。
こんなところで泣くなんて。
(情けない)
あの女がじっと見ている。
男の心は彼女のもの。
勝利を確信して。
「わかりました。」
女が言った。
「この方は、坊ちゃまの大切なおひとです。そんな酷い目にあわせるわけには参りません。」
女将に向き直った。
「借金はお幾らですか?」
「えっと、さっき申し上げたとおり」
「違います。」
女は言った。
「女将さんの旦那さんが、賭場で拵えた額です。」
女将が言うと、彼女は頷いた。
「菜屋が払います。」
「そんな大金払ったら、この蓬莱屋が買えちゃいますよ。」
女将が笑った。
紅も、にっこりした。
「ええ。買うのは、この蓬莱屋です。抱えている妓ごと、居抜きで。」
「よしとくれ!」
朱夏が叫んだ。
「あたしは、そのお大尽のとこに行くよ!同情なんか真っ平さ!」
「同情じゃない!」
紅も言った。
「違うの、姐さんが何処かに連れて行かれるのが嫌なの!ずっとここに居て欲しいの、あたしが姐さんのこと、好きだから。それにあたしだって、道端で拾われた女だから。」
朱夏をじっと見つめた。
「戦火に追われて道端に倒れていたとき、思った、誰か助けてって。誰も助けてくれなかったけど、ほんとに助けて欲しかった。あたしはあのとき、磯路さまが拾ってくださらなきゃ、ここに居ない。だからここの女のひとたちの気持ちは、よくわかる。」
「あんたは所詮、お姫さまさ!」
朱夏は言った。
「あたしたちとは違う。」
「ここのひとは皆、あたしのこと、嫌いかもしれないけど」
紅は言った。
「でも、お銭は好きでしょ?だったら、貰っといて、損は無いでしょ?」
女将の気が変わらないうちに、と、紅は急いで店に戻った。
奥の部屋に置いてある金庫から、金をありったけ取り出した。
いつの間にか、助左が後ろに立って、彼女を見ている。
振り返って、笑った。
「すっからかんになってしまいました。又、明日っから頑張らなきゃ。」
「お前さ。」
ぶすっと言った。
「どンだけ物分り、いいんだよ。俺が他の女抱いても、なんとも思わねえのか。」
吐き捨てるように付け加えた。
「俺は、嫌だね。お前が他の男に抱かれるのは。」
胸を突かれた。
でも、笑顔を作った。
「あたしは使用人です、坊ちゃま。」
あなたの女じゃありません。
堺を代表する老舗の一つである納屋の一族が、文字通り、水商売である湯屋を買うなど、前代未聞だ。
しかも、その店の看板は主人の情婦である。
噂はたちまち街中を駆け巡った。
菜屋の女将は、気が狂った。




