第118話 島の夜
夕食は紅が給仕した。
「お前も食え。」
「あたしは、後で。」
「船ん中じゃ、一緒に食ったろ。日本じゃ夫婦は一緒に飯を食わないが、天川じゃ家族皆、一緒に食ってた。」
紅も膳を取り寄せた。
時々、笑い声を交えて、差し向かいで仲睦まじく、食事を取った。
台所で、汀が、
「どういう風の吹き回し?」
侘介に囁いた。
「いいじゃないか。坊ちゃまと女将さんが仲良くなれば、店にとって、これ以上、いいことはない。」
番頭は答えた。
「では、おやすみなさいませ。」
入浴して、さっぱりした助左に、同じく身を清めた紅が手を突いた。
「一緒にやすまねえか?」
自分でも、思いがけない言葉が飛び出した。
紅は驚いている。
自分はもっと驚いていた。
慌てて付け加えた。
「何もしねえから。ただ、一緒の部屋でやすむだけだ、あの、島にたどり着いた二日目の夜みてえに。」
ああ、俺はそうしたかったんだ、と言葉にしてみて、初めて気づいた。
「お前と一緒に寝て、とってもほっとした。心があったかくなって、すごく安心したんだ。」
ああ、俺、なんて口下手なんだろう。
上手く言い表せない、あの気持ちを。
「とっても気持ちいいんだ、お前を抱いて寝ると。」
(何、言ってんだろう)
焦れば焦るほど、言いたかったのと違うほうに言葉がいってしまう気がする。
「坊ちゃま。」
ため息をついた。
「だから蓬莱屋に行かれればよかったのに。」
(違うんだ、お前じゃなくちゃ駄目なんだ)
でも。
彼女にはわからない。
俺にとって、あの夜は特別だったけど。
彼女にとってはそうじゃない。
(馬鹿なこと、言っちまった)
「坊ちゃま。」
女が言った。
「ここは、島とは違います。けじめがございませんと。下の者にも示しがつきません。」
「ああ。ケジメか。そうだな。」
わかった、どうすればいいのか。
助左が自分の部屋に入るのを見送りながら、紅は胸がつぶれそうだった。
(彼も同じ気持ちだった)
あたしも。
彼に抱かれると、とってもあったかで安らかな気持ちになれる。
でも。
口をついて出たのは、蓬莱屋に行けばいい、なんていう言葉だった。
(がっかりしていた)
彼の表情を思い浮かべると、胸が痛くなった。
だけど、これ以上彼に近づくと、きっとあたしは。
(喜平二さま)
あたしは、どうしたらいいの。




