第109話 原住民たち
脱出にあたって、食糧や水を積み込んだ。
奴隷商人から助け出した原住民たちが、準備を手伝ってくれた。
彼らはとても感謝し、同時に、彼らを送ってきたばかりに助左たちが危機に陥っているのを、申し訳なく思っているらしい。
あれもこれも持って行け、と、貧しい暮らしの中から心尽くしの物を集めてきて、助左たちに呉れた。米・魚・鶏・豚肉・蜜柑・バナナやココヤシの実などである。船には、乾パンやチーズ・塩漬けの食品しか無かったので、新鮮な食物は、乗組員を喜ばせた。
中でも男たちが堪能したのはウラカだった。いわゆる椰子酒である。椰子の木の天辺のパルミートという芽のところに孔を開け、出てきた白い甘酸っぱい液体を、炉や器具を使って蒸留していくと、焼酎になるのである。
ココヤシから出来るのは、酒のみではない。
果肉に水を加え、煮立てて油を作り、殻は焼いて、その灰を利用する。
船の甲板磨きにも使われた。
からからに干したヤシの実を半分に割ると、その中身は、毛の詰まったタワシのようになっている。毎朝、甲板に、海水と粗い砂を撒き、実から出る油と混ぜてゴシゴシ磨き、仕上げに水を撒くと、床は艶々と輝きだすのだ。
サゴヤシの樹幹の中心から取った米粒状の白い澱粉、いわゆるサゴを、細かく砕いて、油で揚げ、パンを作ることも出来た。
まこと、『椰子が二本あれば十人の家族を養うことが出来る』と言われるとおりであった。
原住民たちの歯は、赤や黒に染まっている。
これは、ビンロウという椰子科の植物の種子であるビンロウジを、胡椒科のキンマの葉に包んで噛む習慣によるものだった。刺激性の軽い麻酔作用があり、常用すると歯が赤く染まり、やがて黒くなるのである。
彼らの中でも首長の地位にある者は、髪を肩まで長く伸ばし、絹布で頭を覆っていて、耳たぶには大きな二個の金の飾りを付けていた。腕には、沢山の金の輪を、じゃらじゃらとはめている。絹の縫い取りをした、膝まである腰布を身に纏い、脇には短刀を差していた。その柄は黄金で出来ており、彫刻の施された木の鞘に収められていた。
何よりも印象的なのは、浅黒い身体全体に施された刺青だった。この習慣は、有力者たちの間で行われたもので、身体全体に細工してそこを針で刺し、血の上から黒い粉を流し込んで模様を作るのだという。ただし顔には施されなかった。
日本人と外見は違うけれども、イロコス地方の人々は勤勉で、どこか日本を思わせる農村に住み、米を作っている。
色々大変なことがあった地だが、いざ去るとなると、なんだか名残惜しかった。