第105話 戦闘開始
シオコたちが山の端に築いている砦のすぐ手前に、小さな見張り台を作った。
目の前に小川を望み、逆茂木を廻らした、如何にも急ごしらえで作りました、といわんばかりの代物である。赤い三角旗が幾流か、物寂しく風にはためいて音をたてているが、人気は無い。
スペイン軍は、カノン砲を押し立て、原住民を率いて、雲霞の如く迫ってきた。
スペイン人は、馬に乗っている。
数を頼んで、恐れ気も無く、小川を押し渡ってこようとした。
先頭を走っていた一頭の馬の足元が、ふいに崩れた。続く馬や兵士たちが、つんのめって、折り重なって倒れた。
前日、秀吉は、大勢の原住民を使って、川底に穴を掘らせておいたのである。
それでも混乱する前線を擦り抜けて、何人かの兵士が、見張り台の麓にたどり着いた。
逆茂木の回りには、密林から取ってきた棘のある蔓が何重にも巻いてある。
それでも構わず逆茂木に手を掛けて引き抜こうとした兵士が、あっと言って倒れた。その額は、ど真ん中を打ち抜かれている。
見張り台に立つ紅は、銃に次の弾を込め、発射した。
日本に伝来した銃は、独自に進化した。
堺の鉄砲職人たちは、銃の発火装置である『カラクリ』のバネを強くし、瞬時に火皿に着火するよう工夫した。これを瞬発式火縄銃という。
中国やヨーロッパでは、紐で引いて着火する緩発式の火縄銃しか無かった。
スペイン側も懸命に応戦したが、なにしろ火縄の着火が遅いため、命中精度が上がらない。遮る物の無い兵士は、ばたばたと倒れた。
しかしスペイン軍は、数に勝る。
後から後から小川を渡ってきて、三分の二が渡りきった。
逆茂木を引き抜いて、道を空ける。
それを砦から見た秀吉は、さっと軍配代わりの棕櫚の枝を振った。
竹藪では、人々が、竹を撓めて待機している。撓めた竹を、地面ぎりぎりまで思い切り後ろに引っ張ると、伊之助と兎丸の合図で手を放した。
竹の上部には篭が付いていて、その中には堅い椰子の実が入っている。
椰子の実は風を切り、鋭い音を立てて海賊たちの頭上を通り越し、スペイン軍の只中に命中した。
竹で作った投石機は十ばかりもあった。何しろそこら中に竹は生えているし、椰子の実は、女子供総動員で拾ってある。
こちら側の原住民は、自分たちの村を守ろうと必死だが、スペイン人に無理やり連れられて来た原住民の兵隊たちの戦闘意欲は低い。
算を乱して逃げ惑った。
突然、見張り台が、すさまじい音を立てて、真っ二つに折れて崩れ落ちた。屋根に葺いてあるバナナの葉が、風に舞った。
カノン砲の弾が命中したのだ。
「紅ーっ!」
助左が叫んだ。
煙が風に吹き散ると、紅が、隣に生えているヤシの木の幹にしがみついているのが見えた。弾が発射されたのに気づいて、直前に飛び移ったらしかった。
騎馬のスペイン人たちは、兵隊たちを駆り立て叱咤し、左右に分かれて、砦を挟み撃ちしようとした。
そのとき、砦を囲む竹林から、何十もの赤い旗が立ち上がった。
片方に小太郎、もう片方に石田佐吉が陣取り、合図を下すと、人々が一斉に旗を振って鬨の声を上げた。
彼らは勿論、戦闘能力など無い。『偽旗の計』といって偽兵なのだが、攻め手側に知る由もない。
仰天して縮まった。
頃合を見計らって秀吉は又、さっと棕櫚を振った。
砦の門が開いて、騎馬の兵士たちが、二手に分かれて躍り出た。
片方の先頭には加藤虎之助、もう一方には福島市松が立つ。
得意の槍をしごいて、たちまち、スペイン人たちを血祭りに挙げた。
指揮官を失った兵隊たちは大混乱に陥った。
カノン砲を放り出して逃げ出した。
すぐ、助左たちが回収に取り掛かる。
陣地に曳かれてきたカノン砲を見て、トーマス・ハリオットが尋ねた。
「コレハ何処デ使ウノデスカ?」
「船に載せようと思っておるのじゃが。」
秀吉が答えると、トーマスは砲の台座を調べて言った。
「デハ、私ニ、オ任セ下サイ。」
早速、船に取り付ける為、改造に取り掛かった。