第104話 Cannon
初代フィリピン総督の孫で著名な軍人、フワン・デ・サルセードが、ラベサレス総督の命を受け、何隻もの大船を率い、アゴーの近くの湾に上陸すると、二百五十名の兵士と千五百名の原住民に、Cannon{カノネ砲}を引かせて、進軍してきた。
カノン砲は、構造的にはカルバリン砲と変わらない。しかし砲の口径が十五センチから二十センチと大きくなり、発射される砲弾の重量も口径十五センチの砲弾では十九キロ前後となり、接近戦における着弾で、敵艦の側面や帆柱や帆桁を破壊することが可能になった。ただ射程は、最大で三百メートル程度であったという。カルバリン砲と同じく、青銅製である。
林鳳が砦を築いていると聞いて、わざわざ、この砲を引っ張り出してきたらしかった。
スペイン軍が大砲を囲んで、蟻の行列のようにジャングルの中を行進してくる様を、紅は、秀吉たちと並んで、砦の中から眺めていた。
大砲というと、デミ・カルバリン砲が頭に浮かんでしまう紅は、カノン砲を見て、その重量感に驚いた。
実際、カノン砲は重かった。故に後年になるに従って、サイズが大きくなればなるほど、野戦ではなく、攻城砲や要塞砲として使われた。
「面白うございますね。」
ゴロゴロと大きな音をたてながら、大勢の原住民に引かれてやってくるカノン砲を見ながら、紅が言った。
秀吉が、にやりと笑った。
「そち、欲しいか、あれが。」
「はい。」
にっこり笑った。
「だって鉄砲よりも大きいんですもの。試してみたいです。」
「こういうことになると、そちは生き生きしてくる。全く、とんでもない奴よの。折角の美人が台無しじゃ。さすが上杉の女子は違う。」
満更でも無さそうに言った。
「やれやれ、女子にねだられて、聞けぬとあらば男が廃る。やってみるしか無いの。」
早速、秀吉は、シオコに協力を申し出た。
日本を出て久しい上に、中国地方出身のシオコは、織田家中と聞いても、ぴんとは来なかったらしいが、秀吉が、
「作戦は立ててある。人数を貸して頂きたい。ここは人手がたくさんあるからの。」
と言うと、喜んで承知した。
秀吉は原住民を集めると、幾つもの隊に分けた。半数を、砦及びその周辺の防御を強化するための土木工事に当て、後の半数をジャングルに分け入らせて、木を伐採し、石を集め、大きくて固いココヤシの木の実を収穫して、砦に運び込ませた。土木工事は虎之助が監督し、資材の搬入は佐吉が指揮した。まだ少年といっていい年齢の彼らが、秀吉の意を酌んで、きびきびと手際よく動く姿に、紅は目を見張った。