第102話 伝説の海賊
あとは塩五郎太夫が通訳した。
スペインの修道士メンドーサの『シナ大王国誌』によると、広東省潮州市の中流家庭に生まれた林鳳は、路上の追い剥ぎから始め、めきめき頭角を現し、多数の手下を従え、省一円を横行して恐れられるようになり、ついに神宗万暦帝から追討令が出されたとある。
この後、林鳳は、台湾を根城に、勢力を張った。
千五百七十四年、広東省の入り江で、林鳳と官憲が戦闘を行い、追い払われた林鳳は、フィリピン攻略を決意した。
四千人の乗り込んだ六十二隻の船を率いて、マニラ湾に来襲した林鳳は、マニラ市の南八マイルの地点に、二百人の銃隊と二百人の槍隊からなる先発隊を上陸させ、海陸共同作戦を行ったが、撃退された。翌日、重ねて六百人を送ったが、スペイン側は辛くもマニラを死守した。スペイン軍は林鳳の船をあらかた炎上させ、残りを追尾した。追われた林鳳はルソン島北部にたどりつき、ここを拠点に、スペイン軍を迎え撃つこととなったのである。
林鳳からも改めて、助力を依頼された。
それから毎日、砦造りを手伝わされた。
男は柵を作ったり、塁を築いたりの力仕事、女は弓矢を作ったり、炊き出しの手伝いその他、雑用を言い付かった。
日本人、しかもお武家でよかった、とは何じゃ、原住民がさせられていることと全く同じではないか、と秀吉はぶつぶつ言ったが、仕方無い。
紅たちは竹林を通り抜け、密林の奥へと、食べ物を探しに分け入った。後々、森の奥には、毒を持つサソリやタランチュラという大きな蜘蛛、馬でも絞め殺すという巨大な蛇であるコブラがいると聞いて震え上がったが、そのときは、何も知らないのが幸いした。
森の中には、直径一メートルもある巨大な真っ赤な花が、地べたに広がっていた。葉も茎も無いので、一体これは何だろう、と仲間が大勢いる心強さで、棒でつついてみたりした。囚われの身であることも一時忘れて、皆、はしゃいだ。
暗い森の中で、鹿の群れも見かけた。
日本のそれと違って犬くらいの大きさで、足が極端に短い。濃茶色の地に淡黄色の斑点が散っている。
後から後から次々に現れるので、立ち止まって見ていると、大きな蝙蝠が、頭上を掠めて飛ぶついでに、甘い香りの果物のかけらを落として行った。
自分たちが乗ってきた船はスペイン人に焼き払われてしまったからといって、ラ・ロンディネ号は取り上げられ、海賊たちが占拠している。もっとも彼らは、西洋式の船の運航は出来ない。
「そのうち、俺たちの力を借りたいと言ってくるだろう。隙を見て逃げ出そう。」
助左が言う。