第99話 命名
「ところでこの船じゃが」
秀吉が言った。
「名前を付けてやらんといかんのじゃないか。」
勿論、元々の名前はある。
舳先に女神の木像がついており、La Diosa号というらしいのだが、もうスペイン人の船じゃないのだから変えるべきじゃないか、というのである。
「第二明神丸っていうのは?」
伊之助爺さんが言う。
『明神丸』というのは、嵐で沈んだ船である。
「あれは、前の旦那さんが付けた名をそのまま使ってたんだ。同じじゃ、つまんねえよ。」
レヴロンが言う。
「兎丸、っていうのは?」
と、兎丸。
「なんで、兎?」
猫が聞く。
「おいらの名だから。」
「何さまのおつもりだい。却下!」
「じゃ、市松丸っていうのは?」
福島市松が目を輝かせて言う。
「なんで、ぬしの名を付ける、関係無いのに?」
石田佐吉が、考え無しめ、と言わんばかりに言う。
「何をっ、ぬしこそ、佐吉丸と付けたいのであろうっ!」
「まあまあ。」
割って入った加藤虎之助がうんざりして、
「じゃ、何と付ければ良いのだ?」
「勿論、めでたい名が良かろう。」
佐吉が言った。
「今度の航海で、海の恐ろしさを思い知ったではないか。何かの加護が無いと、とてもやっていけぬわ。」
「のう、のう、わしが名を付けてやろうか。」
秀吉が割り込む。
「お前さま。」
寧々がたしなめた。
「お前さまの物でも無いのじゃ。ここは船頭が付けるべきであろう。」
助左は暫く考えた後、言った。
「俺たち、秋に南の異国に向かい、初夏に日本に帰ってくる。港に入ると、空を飛び交っているのは燕だ。燕も、秋に南に向かい、初夏に日本に帰ってくるんだ。俺たちに似てると思わないか?」
「なるほど、燕か。」
秀吉は言って、
「主は異国の血が混じっていて、船も異国の船じゃ。あちらの言葉で『燕』は何と言う?」
「俺の父親はItalianoなんです。」
助左は言った。
「イタリア語で、燕は『La rondine』と。」
「燕ハ、英国デハ、夏に姿を現シマス。」
トーマスが言った。
「『燕』ハ、夏ヲ告ゲル鳥ナノデス。Italyデハ、春ニ飛ンデ来ルノデ、イエス・キリストの『復活』ヲ表ス鳥トシテ、知ラレテイルヨウデスネ。」
「決まりじゃな、『ラ・ロンディネ』号と名づくるがよい。」
秀吉が、結構上手な発音で言い、纏めた。