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一人になって、ふう。と大仰にため息をついてみる。声が部屋に響いて何事もなかったように消えていく。虚を確かめるつもりで吐いた息だが、虚しさが募るばかりである。
黒い部屋は、月明かりに照らされて妖しく光る。まだ、円に近いそれは、精一杯照らしてくれているが、部屋の隅では闇が勝るらしい。
こういう時に、内から照らす光があればと思う。そうすれば、隅の闇など消えてしまい、この広い黒も反射して白く見えるだろう。
先刻、彼と話している時には、四隅の闇など気にならなかった。今ほど陽が暮れていた訳ではないが、隅々まで明るかった訳ではない。
書物、とりわけ小説では景色の描写が心情を表している。初めのうちは、書き手による暗喩であり、一種の技巧だと思っていた。主人公が落ち込んでいる時に都合よく、悪天候になるわけない、というように感じていたのだ。
しかし、今では、同じ景色でも心情によって変わると思う。捉え方が違うので、同じ月明かりでも、嬉しい時はきらきらと優しく照らすと思うし、悲しい時は冷たい光が闇を際立たせていると取るだろう。
また、気持ちによって目が向くものが異なるとも思う。
楽しい時は必然、心躍るようなものに目が行き、辛い時は胸を締め付けるものに共感するだろう。
だから、主人公が落ち込んでいる時に悪天候になったのではなく、気持ちが沈んでいるから悪天候が印象に残り、書くべき描写として表れていると思う。
たとえ、気持が舞い上がっている時に悪天候であっても、それは心に留まらない事なので描写としてはあがってはこない。
さらには、悪天候を悪天候と捉えないかもしれない。雨がリズムを刻むように窓に踊っている、そう取るかもしれない。
だとすれば、今、部屋の四隅にばかり目が行くのは私の気持が沈んでいるという事。
それだけ、先ほどの会話が楽しかったという事。
楽しいと、その反動があるなんて知らなかった。
だけど、やっぱりまた話したい、そう思うのだ。




