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「足りねぇなぁ…」
袋の中には干からび気味のパンが4つ。傷んだ林檎が1つ。
寝ぐらで待つ、チビだけでも5人いる。食べ物を調達できる年齢、5歳以上は外に出させているが、それでも他人の分はおろか、自分の分でさえ確保できているか分からない。
とりあえず、俺の分はお預けか。溜め息混じりの勘定が憂いと出れば良いが。
「しーにい!」「士郎兄!」
帰宅するなり、足に絡みつく。出自もよく分からない子達ではあるが、本当の兄弟のように愛しく思う。だから、この子達を飢えさせてはいけない。
外に出した7人の内、帰宅した者が6人、食料を持っているのは3人。彼等の食料を細切れにしても4人分がやっと。
あとは、5歳になる銀の帰りを待つのみだが、あまり期待は出来ないだろう。まだ幼い彼は数日に一度、パンの欠片を持って帰るのがやっとなのだ。
「しろにい。かえったよ」
銀には悪いが、全く期待していなかった。だから、すぐに褒めることができなかった。
彼は、赤々と自身が光っているかのような林檎を2つを腕に抱えていた。
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「いやさぁ、俺、絶対に盗んだと思ったんだよ。そしたら、ある酒場の客に気に入られて、話をしたら貰えるって言うんだ。そんな上手い話あるかよと思うだろ。」
「まあ、お前も今、似たようなもんだろ。」
湯気を立ち昇らせる、うどんの向こうで、男が目を細めた。笑うと目尻の皺が深くなる。
齢は30との事だが、苦労をして来たのか見た目はもっと上に見える。太い首筋に真っ直ぐに走る筋、それを際立たせる斜の襟が彼の生真面目さを物語る。いや、実直さと言うべきか。
「だから、俺、翌日、着いて行ったんだ。そしたら、本当に金持ちの女がさ、銀に笑いかけて話をしばらくして食べ物をくれるんだよ。
青緑の指輪がでかいのなんのって。金持ってる奴ってなんであんな主張する貴金属付けるんだか。
俺が訝しんでると、自分の息子に似ているから可愛くて堪らないって言うんだ。
いつまで続くか分からない金持ちの道楽だけど、まあ今のところ害は無さそうだし。そのままにさせてるけどさ。」
「伸びるぞ、麺」
ひとしきり話し終えて、麺を啜る俺に、男は話す。
「こないださ、子供が産まれたんだ。俺は、お前みたいなクソガキ見てるからさ、あまり期待していなかったんだが。やはり、自分の子は格別なのだと思い知らされたよ。泣き喚いても、愛しいんだ、これが。」
「へぇへぇ、いっちょまえに親馬鹿ですか。悪かったな俺は可愛くないガキで。」
斜に構えて吐き出してみると、男はニヤリと口角を上げた。
「拗ねるなよ。誰もお前を可愛くないとは言ってないだろ。幼い孤児の面倒を見ながら頑張ってる士郎君を心配してだな、こうして、たまに飯を食ってるんだろう。」
思いの外、小っ恥ずかしい台詞が飛び出したので、俺はこの場を去ろうとする。
立ち上がった俺の肩を押さえて、空になった器を自分の器と入れ替えた。男の器には半分以上、うどんが残っている。
店主に銭を渡し、片手を上げた男の背中は広く見えた。