12.3
おふさ。
宮の中ではそのように呼ばれた。
村では ふさと呼び捨てにされるだけだったので、敬称をつけられると面映ゆくなった。
同時に、今までの人生から切り離され、新しく生まれ変わった人間 ー おふさ ー として歩んでいける気がした。
宮仕えたるもの、いくら下働といえ、身綺麗にしなくてはならない。
王の御前に触れることもあるし、公家達の目に我々が映った際に、王の品位が問われるからだ。
年に数度、できたか分からなかった湯浴みを、ほぼ毎日行うこととなる。
しばらくすると、自分は煤けたように肌が黒いと思っていたのは単なる汚れだったと気付かされた。
厳しい試験を通った私は、それだけ守秘義務の重い仕事を叩き込まれることは予想していた。
どんな誘惑にも、安堵の際にも口を開けない秘密とは一体何なのか。
好奇心が湧いた。
私の教育係となったのは、齢70もなろうかという老婆であった。
「今から、お前に教えること、見たことは決して口外してはならない。」
そう、険しい顔で言われたのは最初の一度きりで、基本的に、彼女 ー おうめ ーは私を孫のように思ったのだろう。存外、優しかった。
皮肉にも、実の母よりも、ずっと。
私は、姫に仕えるのだという。学もおろか、身分も無いのに務まるのかと思ったが、肝心なのはそこでは無いらしい。
いかに、秘密を守るかだと言う。
学問など、私に足りないものは、その都度、他の者が教えるそうだ。
それ以外の、身の回りの世話をずっと一人が担当するのだという。
おうめは、亡くなった王妃の専属だったようだ。そして、まだ齢3にもならない姫の面倒を引き続きみていた。
しかし、彼女は高齢であり、姫の専属をきちんと決めるべきだとなった。
姫は名を月と言う。
月のように、白く、光るようなかわいらしい方であった。初めは、私を見て、おうめの後ろに隠れたものの、しばらくすると、私にも笑顔を見せるようになった。
年の離れた可愛い妹のようだと思った。
月姫は城の一番高い部屋にいる。そこから出ることはないらしい。部屋には、扉を経て厠や湯浴み場が併設されていた。
中からは、分からないが、扉は全て鉄で出来ており、外からでないと開かないようになっている。
部屋全体は黒い板間であり、最奥に畳が敷かれ、一段高くなっている。真っ赤な格子窓がその存在を魅せていた。
まるで、檻だ。
姫にはなんとまあ、つまらない場所だろうと思った。
しかし、その意味を数日後に知ることとなる。
おうめに連れられ、月姫の部屋に入ると ー
辺り一面、血の海だったのだ。




