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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第一章 ガラスの欠片に君の魂を
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2 結果と恥と言い訳と

「次……、出席番号十番、黒澤来飛君」


「オィッス」


名前が呼ばれる度に、美紋は自分の鼓動が加速していくのを実感していた。


単に最初は遅刻した奴の友達、と新しいクラスメートに見られてしまうのがあまり芳しく思っていないからと決めつけていた。しかし、苛立たしい緊張感から取り詰める焦燥感へと自分の感情が移行するのは時間の問題だった。それは、燎平の事をよく知る彼女だからこそより深い焦りの奈落へと落ちていく。


(燎平…本当に大丈夫なの?……いつもなら遅刻しそうでもギリギリで間に合うのに……何かあったのかな…)


佐倉燎平の出席番号は十五番。この教室は縦五人×二の列が三列という形式の、至ってシンプルな机の配置だ。


十番の来飛が呼ばれ、十一番の列に点呼の流れが移る。その時、明らかに副担の顔が歪んだ。一人いないという違和感に気づいたのだ。


 あらかじめ高校の先生に燎平の方から欠席という連絡が来ているなら、出席を呼ぶ前にそのことを言うはずである。例えそうでなくても燎平の名前を呼ぶ直前には最低でも言うはずだ。


これは知らない、と思った。美紋はもし先生が燎平の出欠を知らない場合、何か揉める前に燎平の『彼は諸事情により遅れています』と言おう、とそう自然と決断していた。


 燎平の知り合いからの確かな情報(もちろんそう思わせるための嘘だが)をあらかじめ言っておけば彼の立場は少しは軽くなるだろう。入学式ほど大事な日に遅刻したことは今までに燎平はなかったが、もし遅刻した場合それが燎平でも来飛でもそういう風に学校側には言っておいてくれ、と頼まれてあるのだ。中学生からのそういうお約束みたいなものである。


 だから、祓間先生が出席番号十四番の出欠を取り終わった時、燎平を知る三人の手が上がった。


 と、同時に、教室のドアが唸った。




 「ッハァ…ハァ……ッ、お、遅れました…出席番号十五番、佐倉燎平……です、ハイ」




 その後数秒、彼の荒い息だけが静まり返った教室に木霊した。


 美紋は深いため息をつきながら伸ばした右手で頭を抱え項垂れ、来飛は満面の憎たらしい笑みで燎平を見据え、暁は待ってましたと言わんばかりの微笑を浮かべた。


 「……佐倉燎平君だね?取りあえず席に座りなさい。遅れた理由は後で聞きます」


 「………あい」


 すごすごと申し訳なさそうに背中を丸めて自分の席に向かう燎平を見て、美紋はやっぱそういうとこは変わらないな、と知らぬ間に安堵の息を漏らしていた。


 ……そういえば、このタイミングで燎平が来ることによって美紋達が弁明する前に彼の第一印象は下がることになってしまったが、それは燎平の自業自得である。




 ○○○




 それからすぐに燎平たちのクラスは入学式への召集がかかり、出席番号順に並んで移動した。これに間に合わなかったら本格的にヤバかったな、と内心肝を冷やし罪悪感を抱えながら燎平は廊下を歩いていた。


 校舎がそれなりに大きいだけあって個々の教室も広く、また体育館へと続く道のりをなぞるには随分と時間がかかった。新鮮さを催す高校の施設に目移りしながら、ようやく校舎の外にある体育館にたどり着くと、そこは既に式の雰囲気に包まれていた。


 流石入学式と言うべきか、二年、三年+一年の親たちで体育館の後ろの席は埋め尽くされていた。一年生にあたる燎平たちは一番前の席である。


 パイプの椅子に座らされ、五分くらい経つと一年生も含め全ての生徒が揃った。我らが副担任、祓間先生が司会を務めていることに驚く間もなく、入学式が始まった。


 (全然歌えなかった)校歌斉唱が終わり、着席する。あらかじめポケットに突っ込んでおいたプログラムが書かれた紙を燎平は取り出した。


 (ん、次のプログラムは新入生代表の言葉か…)


 そうふと気づき、ちらりと暁の方に視線を送る。暁は入学試験で一番を取ったためか、学校からこの役を前から頼まれていたらしい。


 ステージに上がり、はきはきと緊張した様子もなく話している暁に感心しながら、これで学校中の先生と女子の八割はハートキャッチしたなと確信していた。ぶっちゃけ周りの女子の目が輝いていた。当然、彼が頭を下げた先には盛大な拍手が巻き起こった。


 ところで、入学式と言えばあまり印象に残らないイメージがあるが、この高校の入学式には確かに記憶に残るものがあった。

 

 後に全校生徒に、親も含めて『今回の入学式はどうでしたか?』とアンケートを取ったら、間違いなく口を揃えて第一声は『校長の話が長かった』であろう。


 まず最初にこの学校の歴史から始まり、いろいろ脱線した挙句最終的には何故か校長の実家の植木鉢の話になって終了した。それも職員に半ば強制的に止められた形であるため、かなり中途半端で無理やり終わったのでやたら後味が悪い。生徒たちはともかく、これは親にとってもかなり辛いものがあるだろう。


 既に正午を過ぎ、段々と緊張が薄れ、疲労の色が侵食し始めた空気が体育館の中に漂っている。


 燎平は軽く溜息を吐きながら、まだ終わんねぇのかと次のプログラムを確認する。すると、唐突に左側の肩がトントンと叩かれた。


 「…ねぇ、あたしプログラム忘れちゃったから見せてくれない?」


 ……話しかけられた。ヤバい。何故かおっさんは大丈夫だったのだが、知らない同い年に話しかけられると人見知りスキル……俗にいうコミュ障を発揮してしまう燎平は一時的なピンチに陥る。しかも女子。


 いきなりの事で数瞬、反応が遅れる。茶髪に染められたセミロングの一部をチェリーのアクセサリーでサイドテールに纏めているのが特徴の彼女は、燎平の態度に首を傾げた。


 燎平が反応に遅れた理由は他にもあった。それはステージの横にプログラムが書いてある模造紙がでかでかと貼ってあるからである。

 

 自分は予備として一応持っているだけだが、前のプログラムを見ず、しかもわざわざ自分を頼ってくるなんて普通はない。まず、彼女がそのことに気づいていない…可能性は薄いし、仮に気づいてないにしても自分のプログラムを見ればいい。そもそもまずプログラムの順番とかぶっちゃけどうでもいい。ぼけーっとしていればそのまま入学式は滞りなく終わるはずだ。初対面の人に話しかけるリスクを背負ってまでプログラムの内容が気になる程でもなかろうに。


 …とすれば、彼女はプログラムを忘れちゃった系女子かあるいはそれを口実にして自前のコミュ力を駆使し入学式で新しいお友達(パシリ)を作っちゃおう系女子だ!どっちにしろこのタイミングで話しかけてくる時点で頭がお花畑か俺をパシることしか考えてないかもしれない……!と燎平はねじ曲がった偏見を持つ。誰が彼をこんな思考にしてしまったのだろうか。


 (畜生!ちょっと反応遅れちまったじゃねえか!しかもいきなりすぎて両手を数秒間空中に漂わせる挙動不審な変な反応しちゃったじゃんか‼絶対その時変顔してるよ!ああもうどうすればって考えてるうちにどんどん時間が過ぎていくッ!!とにかく会話を繋げなければ…ッ)


 「……べっ、別にいいけど、前にプログラム書いてあるだお?」


 噛んだ。なんだ『だお?』って。


 遅刻の上に、初対面の相手にこんな感じの反応しかとれない彼女の燎平に対するイメージはこれでは下がる一方である。取りあえず滅茶苦茶恥ずかしかった。


 (しかも会話続けちゃったよ!これからどうすんだよ!相手キョトンとしちゃってるよ!!)


 「……ああ、あたし、あんま目が良くないからさ。あれも読めなくはないんだけどちょっとぼやけちゃって」


 (読めなくなかったらいちいち声かけるなよ!)


 「それでたまたま遅刻君がプログラム持ってたから、見せてもらおうと」


 (遅刻君って俺のことか!?)


 「…いいよね?」


 「嫌だッ!!」


 勢いで叫んでしまった。


 静かな体育館がさらに静かになる。


 先程までの顔の赤みがサッと青色に変わる頃には、いくつもの冷たい視線と重い空気が彼に『終わりだ』と告げていた。


 佐倉燎平は、どうやらクラスメートどころか学校中にその名を悪い意味で連ねることになってしまうらしい。


 何もかもエンドな燎平が入学式最後に浮かべた表情は、勢いって怖ぇなぁ…と、どこか儚さと美しさを漂わせる微笑だった。




 ○○○




 入学式を終えた燎平達は、再び教室に戻り副担任が司会の仕事をし終えるまで教室で待機していた。


 彼の代わりに、若い先生に教室まで案内され、その人の監督の元教室にいる。だが、それはもう過去の話で今はその代行の先生はいない。


 祓間先生が入学式を終え、二十分近く待っても全く教室に来る気配がないためである。それを不安に思ったのか、まだ初々しさが残る代行の先生は確認のためいったんこの教室を離れた、という始末で今に至る。


 そのままおとなしく席に座って静かにしていろ、とは言われていないため来飛、暁、美紋は問題児燎平の机の周りに集まっていた。


 「なぁなぁ、どうしてこんな大事な日に遅刻したのかなぁ?んん?三十文字以内で説明しろよぉ、入学式で赤っ恥かいた有名人燎平くぅん?」


 がしっと来飛に肩を組まれる。半眼でその衝撃に体を軽く揺らしながら、少し考えて燎平は答えた。


 「遅刻の件は悪いのは俺じゃあない。ギャルゲーと目覚ましと妹とおっさんとそして理不尽な世の中のせいだ」


 「ばっちり三十文字超えてますね」


 「うっわ…言い訳してる上にそれがとてつもなくダサいわよ。しかも人に心配と迷惑かけといて…最低ね」


 うぐっ…、すいません……と燎平は机に伏す形で深く詫びる。暁が美紋の放つ怒気を感じ、あまり怒らないであげて下さい、さくちゃんも色々あったんですよ、多分とフォローしてくれているが、美紋の機嫌は一向に直る気配を見せない。


 「お、おい、なんで美紋ちゃんあんな怒ってんだよ来飛」


 「こっちもこっちで色々と大変だったのよん。乙女心は複雑だから、俺達男勢には理解しがたいものがあるっぽいしなぁ。ま、俺はなんとなく察しはつくけどな。でも俺にとっちゃ、今お前がそこまでヘコんでない方が実は驚きなんだが」


 ……それはもう割り切ったよ、と燎平は天を仰ぐ。それを聞き来飛はひゅー、かっけえ、と感嘆の姿勢を見せた。


 別に感心なんてされても燎平は全然嬉しくないし、そもそもそう割り切らないと、もっと言えば逃避しないとこんな世の中やってられない。


 忘れてかなければ、第三者として自分の事を人ごとのように距離を置かなければ、辛くて仕方なくなる。


 逃げることも大切だ、と、誰かから教わった気がするのであくまで燎平はその教訓に従ったまでだ。


 だが、来飛が再び燎平の顔を見たとき、ぎょっとしたかと思うと突然あー、と額に手を当てた。


 「…………燎平、やっぱ気にしてたんだな。すまん。失言だった」


 「は?だから全く気にしてないって。ほら、こぉんなに元気」


 そう言って燎平は腕を大きく振って見せる。それでも来飛は申し訳なさそうに目を逸らし続けている。


 「…なんだよその目は」


 「いやだってその顔じゃ…」


 へ?と燎平は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。どうやら彼の反応からして自分の顔に何かついているらしい。

 

 おかしいな、と燎平は顔を適当に触ってみるが目と鼻と口くらいしかついてない。


 自分の顔は鏡でもない限り見ることはできないのだ。


 いや、だからって全然アルカイックスマイルとかしてないし。軽く悟りとか開いてるような顔してないから。


 リングの角で真っ白に燃え尽きているボクサーみたいになってないから。


 燎平はそう思い、頭の上に何故来飛が畏まっているのか疑問符を浮かべていた。美紋の事も分からないし、かといって彼女本人に聞くのも違う気がするので、取りあえず後で暁にでもこっそり教えてもらおうと決めた。


 「そういえば、さっき言ってたおっさん…?ってどういうことよ?」


 眉をひそめっぱなしの美紋が訪ねる。あぁ、確かにと暁と来飛も興味を示す。


 「あー、それなんだが、なんというか………その、学校に行く途中に、おっさんが困ってたから助けてあげたってだけさ。っつっても、落とし物したみたいで一緒に探したんだけどすぐに見つかって良k」


 「嘘だな」「嘘ですね」「嘘ね」


 「何でだよッ!?」


 まだ話している途中なのにッ、とあまりの返事のスピードに燎平は目を見開く。


 同時に三人もの人間に嘘だと即座に言われると燎平も普通にショックである。しかも年単位の付き合いである親友からだったなら尚のことだ。


 「だって……ねぇ?燎平だし。すぐに顔に出るのよ、君。かなり目が泳いでたよ?」


 「それに、遅刻寸前のあの状況下でさくちゃんが落とし物程度の人助けをするなんてありえません。それはもう天文学的な数字で。何か見返りを求めた場合なら話は少し変わったかもしれませんが」


 「これが嘘じゃなかったら何が嘘だって話だな。そもそもセンスがねぇ。まだおっさんが襲いかかってきて生傷絶えない激闘があったから遅れましたの方が良かったわな。それならうまくこっちも乗れる」


 「…お前らの中で俺という存在がどう認識されてるかよぉく分かったよ……」


 完全に見抜かれた挙句、駄目出しまでされてしまった燎平。なんて日なんだ……と頭を抱えながら己の未熟さに絶望する彼だった。


 悲報:ちなみに今日という日が始まってからまだ十一時間しか経っていません☆


 「……ところで、あの人たちは何を見ているのでしょう?」


 突然の暁の声に、ん?と少し反応が遅れ気味になる。あそこです、と暁が指を指すのは窓に集まっている大勢のクラスメートだった。


 「何やってんだ?あいつら」


 「さぁ……」


 何か珍しいものでも見つけたかな、と燎平、暁、来飛、美紋も彼らに習い窓に近づく。割かしフレンドリーな来飛が集団を作っている一人の生徒に尋ねた。


 「何かいるのか?」


 「あ………いや、いるっていうか、変っていうか……とにかくあれ、見ろよ」


 言われるがまま窓越しに割と広い方の校庭を見る。すぐさま、彼の言いたいことが分かった。



 「なんだありゃ……」





来飛「なかなかやらかすなぁ初日から!えぇ?ちょっとトバしすぎじゃん?燎平君?」

燎平「あぁもう…何なんだよ今日……朝っぱらから何でこんな疲れなきゃいけないの…」

美紋「いや、全部燎平のせいじゃない。もっと早く起きればこんなことにはならなかったのよ」

グサッときた燎平「ぐぅ……美紋ちゃんひどい………」

暁「まぁまぁ、誰にだってミスはありますよ。ねぇさくちゃん。これから気を付ければいいだけですよ」

燎平「さ゛と゛し゛く゛ん゛!!!ボクに優しいのは君だけd」

闇暁「って、言えばまた気が緩んで同じ過ちを繰り返しますよね?さくちゃんのそういう顔は大変見ごたえがあって結構面白いので、また見られそうで楽しみです」

燎平「……………コレカラハキチントハヤオキシマス」

美紋(それを付け加えるあたり、燎平のためを想ってるのよね、彼。まぁ、とは言っても最初の飴をあげるのはいらなかったとは思うけど…)

燎平(あげて落とされた……)

ニコニコ暁(あぁ楽しい)

来飛(コイツ、Sだな…)

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