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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
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27 新入生合宿2日目 Ⅴ 『早鐘』


 夜の澄んだ空気が、肺を満たす。

 

 陽乃達は今回の新入生合宿の一大イベント・肝試しのペアをくじ引きで決める最中にいた。


 四月下旬ではあるものの、まだ少し夜は冷える。さみぃ〜!なんで外で待たなきゃなんだよ〜!とぶーたれる生徒もいるが、それは仕方のないこと。百人を超える生徒達がエントランスにいようものなら、それこそ中居さんと旅館を利用している他のお客様に迷惑がかかるだろう。

 

 服装は自由。持参したパーカーやTシャツを着ている者もいれば、体育用の長袖のジャージを来ている生徒達も多くいる。勿論陽乃は後者。

 

 普段外出先が近場の図書館しかない彼女にとって、とてもではないが周りの子たちと自分の服と見比べられたくはなかった。

 

 ジャージと上着である程度の防寒はできているが、まだ手先が冷える。手袋を持って来ればよかったかもな…と僅かに生まれる後悔を後押しするかのように、都会の生暖かいものとはまた別の冷たい風が肌に触れる。

 

 「…ひゃ。まだ少し冷えるなぁ…」

 

 「あ、あぁ…まだ、冷えるっちゃ冷えるよな…この時期」

 

 「え?あ、うん…そうだね…」

 

 この瞬間、その小さな後悔は跡形もなく消え去った。


 何故なら、隣に今絶賛気になる彼…保井輝樹がいるからである。


 (き、気づいたら保井君とずっと一緒にいるーーーッ!?)


 付き添いとして保健室に行ってから、行き先は同じなため別れるタイミングを逃し、何となくまだ一緒にいる。


 (いや、嬉しいんですけど…!けども…!滅茶苦茶気が気じゃありません…っ!)

 

 いつものように呟いたはずの独り言に、返事が返ってくるだけでも何だかこそばゆい。

 

 加えて、学校じゃない、いつもと違う場所。いつもと違う服装。

 

 目に入ってくる情報、肌で感じる情報の量が比べものにならなくて、特に何もしていないのに自然と心拍数が上がっていく。手先に感じる冷気が今は寧ろ心地いいくらいだ。

  

 夜の暗さが自分の視線を隠してくれていることを祈りつつ、何度目かも知れない彼の横顔を盗み見る。

 

 「…!」

 

 「あ…っ!ご、ごめんね…!」

 

 「あ、いや……」 

 

 (わ…!どうしよう目が合っちゃったぁ…っ!)

 

 目が合った瞬間、ドクン!と脈が跳ね上がる。

 

 夜の暗さもそこまで都合のいい存在ではないという現実と、互いに目が合ってちょっと気まずい雰囲気になっている今の現状のダブルパンチでさらに頭が真っ白になる陽乃。

 

 何とか言葉を搾り出そうとするも、身体に響く鼓動の音が思考の邪魔をする。

 

 とにかくこの気まずい空気を変えるべくオーバーヒート気味の頭に鞭を打ち、何とか口を動かした。

 

 「あ…保井君、体調は大丈夫…?」

 

 「え…?あ、ああ。今は本当になんともなくて…」

 

 「そ、そっか…!なら、良いんだけど…!また、辛くなったらいつでも言ってね」

 

 「あ、ああ…ありがとう…」

 

 「………」

 

 「……」

 

 (お、終わっちゃったぁーっ!!)

 

 陽乃が思っている以上に、もう彼女の脳は過労状態にあったらしい。動かない頭に何かさせても全くダメなことに対して、よく消えない消しゴムで文字を消すもどかしさと似たようなものを陽乃は感じていた。

 

 そもそも女の子同士で話す時も、陽乃は自分で話題を振るタイプではない。そんな内気な彼女が、同世代の男の子と何を話せばいいかなんてわからないのだ。変な話題のチョイスをしたときの失敗が怖いし、何より緊張した状態でいい感じの話題なんて探せるわけがない。

 

 そう陽乃があわあわと必死に話題を探している中、案の定その隣にいる彼も実際似たような状態に落ちいっていた。

 

 (ま、マジでどうすればいいんだ…!!)

 

 こんな時間に隣に女の子がいるとか、どうしても唾を飲む回数が多くなってしまう。

 

 ずっと同じようなリアクションしか取れない。元々少なかった言葉数がさらに少なくなる自覚はありながらも、どうも言葉が喉に突っかかって出てこないのだ。

 

 (…お、オイオイ…流れで一緒にいるけどいいのか!?俺は空気を読んで他の所に行った方がいいんじゃねえのか…!?)

 

 特に、こういう行事前などのちょっとした時間は、女子生徒は大体グループで固まっているもの。そういう時間に、こんな自分と一緒にいて本当にいいのかという疑念が沸々と沸いてくるのだ。

 

 (そうだよ…雲影もこんなヤツと二人でいるのは変な目で見られやしねぇかな…?いや、でも…)

 

 昼間、体調が急変した時に必死になって助けてくれた声が、姿が。まだ頭から離れない。

 

 その影を今隣にいる彼女と重ねていると、自然と足が動かせなくなっていた。

 

 どう話かければいいのか、そもそも話しかけてもいいのかと1人で輝樹も悶々としていると、再び陽乃の方から声がかかる。

 

 「あ、ちなみに…ばっ、番号はなんだった…?」

 

 「え?あ、ああ…これ」

 

 そういえば先ほど肝試しのペアを決める紙が配られていたのだったと思い出し、四つ折りにされたものを開いて見せる。

 

 陽乃の番号は52番。彼のは73番。

 

 「あ〜、なるほどね!誰だろうね、お互い!あはは…」

 

 (………ですよねぇ…)

 

 はぁ、と陽乃は心の中でため息を吐く。

 

 肝試しイベントといっても、2人1組のペアになった男女が、歩いて山の近くの祠にある紙にチェックを入れ、帰ってくるというもの。

 

 陽乃にとって問題なのは、男女のペアが他クラス合同であるということだった。

 

 (こんな確率で、保井君と同じになるワケないじゃないですかぁ…とほほ…)

 

 陽乃が心の中で涙を流している最中、輝樹は見知った顔が主任の先生に何かを伝えているのが見えた。

 

 (あれ…佐倉、か?どうしたんだ…?)

 

 何やら雰囲気からしていいものではなさそうだ。遠くからでも、彼の顔色は良くないように見える。

 

 そして、その不安はすぐに的中した。

 

 「えーと、そうなると…?一人変更になるから…すみませーん、52番の人っています〜?」

 

 「…え、あれ?私だ…」

 

 陽乃がおそるおそると言ったふうに手をあげると、それに気づいたのか、学年主任が彼女の近くに来る。

 

 「あー、あなたね?52番の子。ごめんね、ペアの人が体調不良で参加できないらしいから…」

 

 「え、そ…そうなんですか…?」

 

 体調不良、という言葉に表情が曇る陽乃。昼の時も、自分の側で体調不良になった男が隣にいるものだから、一日に二度もその言葉を聞いて内心穏やかではなかった。

 

 「…その、もしかしてその人って佐倉ですか…?あの、なんかあったんスか…?」

 

 佐倉という名前を聞いて、思わず身体が前に出る輝樹。

 

 「ああ、なんか急に頭が痛いって保健室に行くみたいで…君、同じクラス?」

 

 「あ、ハイ。そうっすか…頭痛……大丈夫かな」

 

 昼間、熱を出した自分が言える立場ではないけれど、知り合いの体調がすぐれないとなると余計であっても心配はしてしまうもの。


 「うーん、どうしよっかな...そうなると余っちゃうんだけど…」

 

 主任が頭を悩ませている、その時であった。

 

 「おーっとぉ、それ俺のなんだよねー!!さっき落としちまったみたいでよぉー!!」

 

 「!?」

 

 声が後ろから降ってきたかと思うと、軽い衝撃が輝樹を襲う。

 

 「え、あ…?く、黒澤…?」

 

 気づいたらすぐ横に彼の顔があり、気づく間も無く肩を組まれていた。

 

 輝樹が半年以上かけて掴む距離感をこの男は一週間かそこらで詰めてしまうものだから、陽キャとは末恐ろしいと思わざるを得ない輝樹であった。

 

 「悪りぃな、輝樹!てな訳でその番号くじ貰っとくわ!」

 

 「あ…」

 

 問答無用の勢いで輝樹の手の中から、紙がヒョイと消える。距離感の詰め方のみならず、行動にも遠慮がないというか、一方的にキャッチボールのボールを受け取っている感じがする。

 

 何故こんな事をするのかと考える以前に、まずこの状況が理解できずに混乱する輝樹。

 

 「お?そうなると困ったな〜、輝樹はまだ貰ってねぇだろ?ペア、誰なんだろうな〜」

 

 「…あっ」

 

 ここで来飛が主任にアイコンタクト。幸か不幸か、こういうことが好きな輩は一定層いるもので。

 

 「丁〜〜度良かった!そこの隣の君!今の話だとまだ番号札貰ってないんだよね?じゃあ、そこ二人でいこっか!」

 

 主任は笑顔でそう言うと、ハイっ、と半強引に52番のくじを輝樹の手の中に捩じ込み、足早に手を振りながらその場を離れてしまった。

 

 「え?」

 

 「…え?」

 

 ((えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?))

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 夜の闇の中に、風が葉を揺らす音と、自分達の歩いている音のみが響く。

 

 「……」

 

 「…」

  

 沈黙が続く中、陽乃は正直肝試しどころではなかった。

 

 (い、今、私…!ほ、ほほ保井くんと2人きりで夜道を歩いている〜〜ッ!!?!?)

 

 ある意味自分の悪いところを出さないかという肝を試されているかもしれない。

 

 気持ちがふわふわして、思考がまとまらない。

 

 聞きたいことはいっぱいあるし話したいこともいっぱいあるけど、今この状況で何がベストかとか変じゃないかとか、色々考えたりとかしているといつの間にか時間が過ぎ去っていく。

 

 陽乃が浮かれまくっている一方、輝樹の方はかなりマジでビビっていてそれどころではなかった。

 

 (こ、こええよぉ〜…!!)

 

 今回の肝試しのコースは片道十分と少しかかる。合計して二十分。

 

 思っていたより暗く、前後のペアと感覚を空けられているからか辺りに人のいる気配はない。

 

 それに加えて、この肝試しを行う前に中居さんの1人がこの地に伝わるちょっと怖い話なんかをお披露目してくださったものだから心境としては割とたまったもんじゃない。輝樹は、昔から自分が怖がりな方だと自覚していた。

 

 しかし、流石にもう高校生である。そして、隣には今女の子が歩いている。こういう時こそ男としてのプライドを見せなければならないのではないか。

 

 格好つけなければいけない手前、ビビってる姿なんて見せるわけにはいかないのだ。

 

 「あ、保井君」

 

 「ヒョオッ!!?」

 

 「え…あ、ご、ごめん…だ、大丈夫…?」

 

 「あ…ひ…ひょ…ひょー…ヒョォ〜〜タン!瓢箪ってあるだろ!?なんであれあんな形してんだろなぁと思ってなぁ!不意に!!」

 

 それはそれとして、急に話しかけてくるのはやめていただきたいと目を泳がせる輝樹だった。

 

 「ふ、ふふ…なんでこんな時に……」

 

 そんな彼の様子を見て呆気にとられながらも、陽乃は自然と笑みが零れてしまう。

 

 時間が過ぎれば過ぎるほど、会話を重ねれば重ねるほど、あなたの目をもっと見たくなる。

 

 いつも、何考えてんだろう。

 

 あなたのこと、もっと知りたいな。

 

 その気持ちを実感しながら、気づいた時にはいつも口が勝手に動いてしまうのだった。

 

 「そういえば、保井君って何か今までで怖い体験したことある?」

 

 「え、何急に…」

 

 「今、せっかく雰囲気あるから、何かいい怪談でもあるかな〜って」

 

 「え!あ、ああ…そういう……」

 

 いくら暗いとはいえど、これだけ会話をしていれば陽乃も輝樹がどことなく歯切れが悪いことに気づく。ふと横にいる顔を覗き込むと、目を逸らされてしまうのがその証拠だろう。

 

 「……もしかして、怖いの苦手だったr」


 「そ、そんなわけないだろ!……ぁ」

 

 「……」

 

 核心に迫った陽乃に対して、思いっきり裏返った輝樹の声が辺りに響いた。

 

 「………ッ」

 

 自分の態度がどう見えているかを自覚し、流石に今のはやらかしたと彼の耳が赤くなる。

 

 「…ふふ、怖いの?」

 

 「……んなこと、ねえから…」

 

 こういうところだから、カッコつけないと…とか思ってるのかな。

 

 金髪で怖そうな目つきなのに、ひょんなとこで臆病。クラスの皆はこんなに見た目からのギャップがあるってこと、知らないんだろうな。

 

 (あ…)

 

 こういう可愛いとこあるってこと知ってるの、私だけなんだ。

 

 そう陽乃が新たな発見に浸っていると、この状況に対して何か思うところがあるのか、それとも癖なのか、先ほどから輝樹が額を右手の薬指でトントンと叩いている。

 

 (あれ…?)

 

 「…あの、保井君。それ…」

 

 「ん?あ、ああ…。これ、ごめん。癖で」

 

 集中している時や落ち着かない時など、彼は薬指で額を叩く癖があるらしい。

 

 「あ、えっと。ごめんね、いきなり。その癖、なんかどこかで見たことあるような気がして…」

 

 「え…?これ?」

 

 「うん…。中々ないよね?その癖」

 

 「え…?そうかな…」

 

 その仕草のデジャヴがどこから来ているのか、軽く記憶を辿るがどうも思い出せない陽乃。

 

 「…私たち、どこかで会ったことあるっけ…?」

 

 「…いや。思い出せないな…」

 

 「じゃあ、保井君何かの有名人だったり?雑誌とかテレビとか出てた?」

 

 「冗談にしてもあり得ないでしょそれ…」

 

 「あはは、わかんないよ〜?…あ」

 

 そう話していると、いつの間にか中間地点の祠へ着いていた。

 

 申し訳程度に一つだけある街灯の周りには、蛾やら羽虫がたかっており、その祠の歴史を感じさせる様子が不気味さに拍車をかけている。

 

 その側で、見張りにいる男が1人。

 

 「あ…こんにちは……あ。こんばんはか。お疲れ様です、祓間先生」

 

 「ああ、お疲れ様です。では、これを」

 

 彼は輝樹たちを確認すると、紙とペンを手渡す。

 

 中間地点のこの祠では、生徒たちが無事に辿り着いているか確認する為、割り振られた番号を記入させている。

 

 もちろん、生徒たちの安全を考慮して先生が何人か生徒たちを見守るため途中の道に立っている訳だが、中には隠れて生徒たちを脅かしたりひやかしたりする物好きもいる。まあ主任本人のことだが。

 

 「…確認しました。帰りの道はあちらです、気をつけて行ってください」

 

 丁寧な対応。というより、無機質と捉えたほうが近いかもしれない。

 

 暗がりや祠などの、辺りの空気も相まってどこか普通とは違った雰囲気を輝樹は彼に感じてしまう。

 

 「あ…ありがとうございます。先生も、その…お気をつけて…」

 

 彼に対して何も言葉を返さない代わりに、頷きを返答とする祓間。

 

 「……」

 

 申し訳ないとは思いつつも、夜の闇を背後に一人佇む祓間が、輝樹は少し不気味に思えてしまった。

 

 

 

 〇〇〇


 

 

 中間地点を折り返し、帰りの道を歩く二人。


 相変わらず薄暗くはあるが、時折会う先生たちの姿を見て少し恐怖心が和らいだ輝樹であった。


 「…!」


 ふと、彼らの首筋を冷風が襲う。

 

 「…う。若干寒くなってきたな…」

 

 「そうだね…」

 

 「もしかしたら、後ろに幽霊がいるからかも?」

 

 「うえぇ!?…あ。いや。後ろじゃなくて上、かもしれないな…と思って」

 

 「…ふふ」

 

 そろそろ隠し通すことが怪しくなってきたであろう彼に、いたずら心が芽生えた陽乃は追い討ちをかけてみる。

 

 「……私ね、たまに夢見るんだ。自分の中に、別の何かがいる夢」

 

 「……え?…ふ、ふ〜ん」

 

 (やべえ…なんか始まったんだけど!?)

 

 声を低くしてあくまで気にならない体を装う輝樹であるが、そんな彼を気にもせず、陽乃の話は続いてしまう。

 

 「それでね、ある日、その『何か』が私っていう殻を破って出てきちゃうんだ。でも、それ何だか私嫌じゃないの。スーッて自分の中のストレスがなくなって、ふわ〜って空でも飛べそうなくらい軽くなる感じ…」

 

 「ん…?」

 

 今のところ、陽乃が話している内容がよくわからない。怖い話ではないのか…?と疑問を胸に抱きながら、質問を口にしてみる。

 

 「え…ストレスが無くなるってことは…いいことなんじゃないのか…?」

 

 「うん…?うん…。確かにそうなんだけど…でもね。その『何か』ってのが不気味で、怖くて…」

 

 「え…じゃあその『何か』って…」

 

 

 「うん…。何かわからない化け物だから、『何か』」

 

 

 「ヒエッ…」

 

 正直ここから先は耳を塞いでいたい激しい衝動が彼を襲うが、状況がそうさせてくれない。今日の夜眠れるか今から心配になる輝樹だった。

 

 「何だろう、うまく形容できないんだけどね。その『何か』は明らかに私たちが知る存在じゃなくて。わかりやすく言えば、化け物とか妖怪の類なんだけど、姿とかはよく見えないというか…夢の中だからかな。もやみたいなのがかかってて、よく思い出せなくて」

 

 「……」

 

 「…でね、夢の中では親指が針になっててね。自分に突き立てたら、背中からその『何か』が出てくるの。最初は変な夢だな〜って思ってたんだけど、ある日ね…ほら」

 

 差し出された陽乃の親指を見ると、まるで彼女が言う夢の中のことを示唆するかのように、先端の皮が捲れていた。

 

 「え……、え…?」

 

 「これ、初めて夢を見た数年前のタイミングからよく剥けるんだけど…ほんとにそうなってるのかも!」

 

 「…ッ!!」

 

 (こ、こえええ〜〜!!)

 

 こういう、現実と直結してるかもね?系統のものは実際に起こってしまいそうで特に苦手である。

 

 「…ね、怖いでしょ?……なんてね」

 

 「……………」

 

 ふと、目に入ってくる夜の闇。ここが知らない場所であるという情報。

 

 この静寂が、ここには自分たち2人しかいないんだという事実を突きつけてくる。

 

 輝樹が無言でだらだら冷や汗をかいているのを見て、少しやりすぎたかなと反省する陽乃だった。

 

 「あ…大丈夫大丈夫!最初は確かにちょっと怖かったけど、何回か見てるうちに慣れちゃった。気のせいだよ、気のせい」

 

 「そ、そうだよな…。ハハ…」

 

 雰囲気があるからと言って、いきなり怪談をしてくるのはよくないとは思う。…いや全然ビビってないけど!と、彼は自分の心にへばりついているものを振り払うように首をぶんぶんと振る。

  

 こんな話を出された手前、こちらが何も出さないのは少々礼に欠けるというもの。

 

 うまく話せるかはさておいて、お返しをしよう。しかも夢でストレスがなくなるって共通点付きの。

 

 「…俺も、あるよ。一応。怖い話…というか、体験……かな。しかも最近」

 

 「え、そうなんだ!なになに?」

 

 「……」

 

 自分の話に怖がるどころか、むしろ前のめりになる陽乃。心なしか、声も弾んでいるような気がする。

 

 もう少し怖がって欲しい気持ちがあるのは確かであるが、こんなにも自分の話に興味を示してくれてるんだという嬉しいという、なんとも言えないこそばゆい感情が湧き上がってくる。

 

 「えっと…この前、っていうか…つい最近…かな」

 

 ある朝、起きたら裸足になっており足に土がついていたこと。外に出た記憶がないことから、一種の夢遊病なんじゃないかということ。

 

 この数日で身に起こったことを、一通り彼女に身彼女に話した。

 

 「へえ〜…確かにちょっと変だね…」

 

 「うん…」

 

 「それ、最近の話なんだよね?その後、何か異変とかあった?」

 

 「異変…?ないと思う…あ。わかんないけど、それこそ今日の熱とかかな…?」

 

 「あ…そっか……。結構急だったもんね…何か関係してるのかな…?」

 

 今朝方は普通だったのに、今日の行事の山登りの途中で急に体調が悪くなったのもそのせいかもしれない。

 

 その体調の悪化の仕方も、徐々にという感じではなく、スイッチが入ったかのような急さだったため、余計に異常性が際立ってくる。

 

 「…う。そう思うと、急に怖くなってくるな……」

 

 「そうだね…」

 

 「うん…あ」

 

 「ん?」

 

 (や、やべぇ〜〜!!!言っちまった〜〜〜ッ!!!!)

 

 怖いとか、できるなら彼女の前でそういうカッコ悪い言葉を言いたくはなかったが、一瞬の気の緩みから出てしまったのだ。

 

 しかし、ふと今までの自分を振り返ってみると、今更取り繕ってももう遅いのではないかと気づく輝樹。

 

 「あ…その。ちょくちょくビビってたの…気づいてた、か…?」

 

 「…あ。う、うん…よくわかんないんだけど、何となく頑張ってるのかな、って…」

 

 「う…」

 

 聞いてから、聞かなきゃよかったと後悔する。

 

 この年頃の男子が、見栄を張っていた事が女の子にバレる以上に恥ずかしいことはない。

 

 一回ネガティブな気持ちになると、今まで抑えてたぶんのそれが溢れてきて、反動が強く響いてしまう。

 

 「…俺、ダメだよな…こんな自分が嫌になる」

 

 「え?」

 

 「男のくせにこんなビビリでさ…黒澤みたいに、もっとカッコよくなれればいいのに」

 

 悩んでいたことだからか、それとももう気を遣わなくていい開放感からか、思ったより勝手に口から言葉が出ていた。

 

 (あーあ…出会ってすぐの女の子にこんな愚痴こぼして…これが俺のダメなところなんだよな…弱いとこなんだ)

 

 「…俺さ。きっかけは友達だけど、髪染めたのも前の自分が嫌だったからなんだ。髪染めて見た目だけでも変えたら、高校からはきっと何かが変わるかもって思って…」


 「……」

 

 「…はは。だけどさ、そう上手くいかなかったよ。こんな見た目なのに怖がりなのは変わらなくて、結局今でもうまく喋れてなくて…。締まらないだろ?結局何も変わってなくて……惨めで…情けないよな…ほんとさ…」

 

 金髪で目つきが悪くて。それなのに気弱なのは流石に意味がわからない。見た目とのイメージが合わない不協和音。側から見れば明らかに不釣り合い、不恰好だ。

 

 だからきっと、変だと思われてる。

 

 こんなよく分からなくて、根暗な奴といても何も良いことなんてーーー

 

 「そんなことないよ!!」

 

 「…!」

 

 だが目の前の少女は、力強く、その言葉を真っ向から否定した。

 

 「卑屈になる必要なんてどこにもない!それって、ちゃんと自分のことをよく見れてるってことじゃない?それってすごいことだと思うよ」

 

 驚いて固まっている輝樹をよそに、陽乃の口は止まらない。

 

 「それに保井君が変わりたいなら、いきなりは難しくても、少しずつだったら変わっていけるんじゃないかな…?」

 

 「…これは、あくまで私の意見だけど、今すぐ変われる人っていないと思う。だから時間をかけて必死にもがいて、何もわからないけどただ努力して、それでもその先で変わってるかなんて保証はできないけど……。でも、」

 

 

 「変わろう、って思わずにいる未来よりは、例え思ってもそこから動けないよりかは、きっと、少しは何かが変わってるんじゃないかなって…」

 

 

 変わろうと行動し金髪にしたはいいものの、そこから先どうすればいいか分からない輝樹。

 

 この先自分がどう変わるかの方法を頭で分かってはいても、その一歩が踏み出せない陽乃。

 

 

 わかってはいるのだ。ただ、どんなに今の自分を変えたいと思っても、陽乃はその一歩が踏み出せなかった。

 

 

 だから、本当の輝樹の性格を知った時、無意識に強い憧れと尊敬の念を抱いた。

 

 

 近寄りがたい見た目でも、何とか自分を変えようと、前の自分を乗り越えようと頑張っている。

 

 

 そんな彼が、惨めなわけない。情けないはずなんてない。

 

 

 例え輝樹本人が否定しても、陽乃から見える『保井輝樹』は否定させたくなかったのだ。

 

 

 「………」

 

 

 「あ…!ご、ごめん、いきなり、いっぱい喋っちゃって」

 

 半ば自動的に口が動いてしまったとはいえ、いきなりだったし些か一方的すぎたと今になって反省する陽乃。

 

 彼女の熱のある言葉を浴びて少し固まっていた輝樹だったが、そんな彼女を見て思っていたより直ぐに我に返った。

 

 「い!いやいや!そんな!すげー助かったよ、うん!なんか、元気出た」

 

 「あ…。なら…うん。よかった。うまく伝えられてるか、今でもちょっと不安だけど…」

 

 「……う、うん」

 

 こんなに真面目に自分と向き合ってくれるのは、家族以外で初めてかも知れない。

 

 (…そうだ。雲影は……)

 

 思えば、こんな見た目なのに近づいて来てくれて、たった今それにそぐわないようなカッコ悪い姿を見せたのに、彼の目を見て真剣な思いの丈をぶつけてくれた。

 

 「……」

 

 何でかは分からない。こんな自分に、そんなによくしてくれる要素があるとは思えないけれど。

 

 …ただ、それでも。

 

 

 彼にとって、自分を真剣に見てくれることは、何よりも嬉しかった。

 

 

 「……あ。でもね、保井君は十分今でも…」

 

 陽乃が何かを言いかけた、その時。

 

 バサバサッ!と近くで何かが飛ぶ音がした。

 

 「うおおっ!?」

 

 「わあ!?」

 

 飛んだのは影の大きさから蝙蝠か何かだろうか。

 

 いずれにせよ、そのきっかけには十分だった。

 

  

 「「…!!」」

 

 

 刹那、二人の身体が無意識に近づき、互いの手が一瞬触れてしまう。 

 

 「あ…!ご、ごめんッ!」

 

 「う、ううん!こっちこそ…」

 

 「う、うん………」

 

 「……」

 

 

 「「〜〜〜っ!」」

 

 

 気まずいような、こそばゆいような。

 

 

 かといって、そこまで嫌じゃないような。

 

 

 そんな空気が二人を包む。

 

 

 驚いただけにしてはやけに煩い鼓動。しかも、鳴り止む気配が一向にない。

 

 

 (さ、触っちゃった…!保井君の手…!)

 

 

 一瞬の出来事ではあったものの、その少し固い彼の手の感触は今でも手に残っている。

 

 

 何か喋らないとと考えるも、どうにも頭がうまく働かない。

 

 

 それは、輝樹の方も全く同じで。

 

 

 (あ、あれ?さっきまで何話してたっけ、俺ら…!)


 

 陽乃の小さく、今まで触れたことのない男のそれとは異なる質感の肌の感触。

 

 

 女の子の手に触れた。触れてしまった。

 

 

 「…」

 

 「……」

 

 ((…っ、こ、こういう時何話せばいいかわかんない…!))

 

 致命的な経験不足。

 

 ただでさえ会話が苦手なこの二人である。

 

 そんなコミュ症陰キャ全開の彼らが異性の前で、しかもあんな事故があった手前、普段通りにできる筈もなく。


 無言の沈黙と共に、ただ足音だけが音としてしばらく流れた後、先に疑問が沸いた輝樹の方が動いた。

 

 「…あ。あのさ。勘違いとかだったらほんとごめん、なんだけど…。何で、こんなに親切にしてくれるんだ…?こんな俺にさ…」

 

 「…!あ。え…?」


 (だ…だってあなたが好きだからです、とか…!無理無理無理言えるわけない!!)

 

 咄嗟に思い浮かんだ台詞。喉の中間ぐらいまで出かかった言葉であったが、全力で下へと押し下げた。 

 

 「…あ、あはは。そ…そりゃ、目の前で具合が悪い人がいたら、誰でもそうすると思うよ…!」

 

 お手本通り、テンプレな答えを返してしまう。

 

 もし自分にもっと知識や経験があれば、もっといい答えをこの場で言えたのに…!とそれらが皆無な自分を陽乃は恨んだ。

 

 だがそんな彼女の後悔も、一瞬で吹き飛ぶこととなる。

 

 

 「…その。助かったよ。ほんと、ありがとうな」

 

 

 「…!!」

 

 

 輝樹は自己肯定感の低さから人に感謝を伝えるのにも素直であり、それに対する男児特有の抵抗はないに等しい。

 

 他人に対して面と向かって感謝の言葉を伝えるとなると少し照れてしまうような、そんな言葉が彼にはごく普通に、自然に言えてしまうのだ。

 

 そして、それは彼にとって普通でも、彼女にとっては普通ではない。

 

 

 特にそんな顔で、こんなことを言われてしまったら。

 

 

 (………あ)

 

 

 そのくしゃっと無邪気に笑う顔を見て、自分の気持ちにより強い確信を持ってしまう。

 

 

 時間が経つごとに、貴方の新しい姿がたくさん見れる。

 

 

 こんな暗い夜道でも、貴方とならずっと歩いていたい。

 

 

 そう思えるくらい、今この時間が特別で愛おしい。

 

 

 この時間がもう少し続けばいいのに、だなんて。小さい頃に読んだ少女漫画の主人公みたいじゃないけれど。

 

 

 今なら、その気持ちがほんの少し、分かる気がする。

 

 

 (あとどれくらい、歩くスピード落としたら不自然じゃないかな…)

 

 

 暗いせいからなのか、何だか少し彼を近くに感じる。

 

 

 彼の顔が見えにくいからか、その声がより鮮明に聞こえる。

 

 

 「あ、あの…っ!」

 

 「…!」

 

 

 この熱があるうちに、とにかく、この気持ちを伝えなければ。

 

 そう考えると同時に、その言葉は口から出ていた。

 

 

 「…私っ、良かったです!保井君と一緒のペアになれて!」

 


 「…っ!」

 

 

 静謐な夜道に陽乃の声が響く。

 

 その衝撃が大きすぎて、意味を考えるより先に半自動的に輝樹は返事を返していた。

 

 

 「お、おう…!そりゃ、光栄だ…!ははは」

 

 

 「……」

 

 

 「…」

 

 

 時間の経過、それ即ち意味を考える時間も増えるということ。

 

 

 (…え。も、もしかして私、すごいこと言っちゃった…!?)

 

 (……え。どういう、こと…?てかまともに顔見れねえ…っ!)

 

 

 お互い同じような顔になり、何度かも知れぬ逃げ出したくなるような空気になる。

 

 にも関わらず、2人はゆっくり、ゆっくりと、夜風で身体の熱を冷やしながら帰りの道を歩いたのだった。

 

 

 

 

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