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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
66/67

26 新入生合宿2日目 Ⅳ 『静寂』


 

 夕暮れの日差しが窓に反射する。

 

 燎平が眩しそうに目を細めていると、祓間がカーテンを閉めてくれた。

 

 「………………」

 

 「………………………」

 

 重々しい空気がその場に漂う。

 

 このような雰囲気でなければ、祓間に礼の一つでも言えていたところではあるが。

 

 「……」

 

 山頂でのバーベキューのイベントが終わった後、燎平達は招集がかかり、宿舎の一室に集められた。

 

 その用件は、目の前で布団に横になっている美紋の事であった。

 

 「………美紋」

 

 目が覚める気配はなく、死んだように眠っている。

 

 あの後、燎平が周囲を探しても彼女の行方は分からず仕舞いだったのだが、祓間が発見してくれたらしい。

 

 「…なぁ、月ヶ谷の容体、そんな悪いのか…?」

 

 来飛と、その横にいる暁も心配そうな面持ちで彼女を見ていた。

 

 「……ッ」

 

 アミュールは目を伏せた後、苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。

 

 「…まず、最初に彼女の容態についてね。貴方達には気分が悪いようで寝ているとしか話してなかったけど、実は…違うの」

 

 「あ…?月ヶ谷になんかあったのか…!?」

 

 「あの…それはどういう…」

 

 暁と来飛の声に戸惑いの色が混ざる。

 

 それも当然、いきなり仲間が倒れている姿を見せられて落ち着けという方が無理な話だろう。

 

 「ごめんなさい…私の監督不行き届きで……こんな事に…」

 

 「どうなってんだ!なぁ!月ヶ谷は大丈夫なのか!?何があった!!?」

 

 「落ち着け少年、順番に話す」

 

 項垂れているアミュールに激昂する来飛、それを制するサーチス。

 

 雰囲気からして、誰もの精神が安定している状態ではなかった。

 

 それでもと、責任を感じながらアミュールは口を動かす。

 

 「まず、美紋ちゃんの状態なんだけど…命に別状はありません。これといった異常は見つからなかった。ただ…それでも、何故か意識が戻らないの…」

 

 発見され、適切な処置を受け検査をして数時間が経過した後、声をかけても頬を叩いても何故か目が覚めないとのこと。

 

 「ただ寝ているだけならいいのだが...私はどうもそうは思えなくてな……」

 

 「でも問題なかったんだろ…!?ならただ寝てるだけなんじゃねぇのかよ!?」

 

 サーチスが額に手を当てる中、来飛が確認するように問いかける。

 

 アミュール達が答えられないでいると、暁が小さく手を挙げた。

 

 「…いきなりすみません。その、『裏側ミラ』で、精神体の状態で僕たちが傷を負うと、現実ではどのような影響があるのですか...?」

 

 「…それも話さなくてはいけなかったな、済まない。出来れば今のタイミングで話したくはなかったのだが……聞かれたからには答えるしかないだろう」

 

 暁も皆も、その事については前から気にはなっていたのだ。ただ聞くのを、それを知る事を本能的に避けていた。

 

 しかし、この状況であれば話は別である。例えどんなに嫌でも、知らなければいけないし、知るべき時だと彼は判断したのだ。

 

 「結論から言うと、現実の身体に異常は起きない訳ではない。直接ではないにしろ、肉体にもある程度精神体で受けた影響は反映されてしまうんだ。例えば、精神体の脚が傷付けば脚が動かせなくなるし、目が傷付けば一時的に視力は落ちる。特に外傷が見られなくてもね」


 「……ッ!!」


 ある程度は予想していたが、知りたくはなかった。


 したくはないが、怪我をしても精神なら大丈夫なんじゃないかと一時期考えていた時期もあった。


 しかし、そのあまりにも健気な妄想を事実がぶち壊してしまう。


 沈んだ表情を浮かべていると、サーチスの声が燎平たちに顔を上げさせた。


 「…大丈夫だ、これから怪我をさせない為にアミュールが。そして万が一怪我をしてしまった時に私がいる。君たちに後遺症は残させないよ、勿論彼女にもな」


 それを聞いた来飛が訝しむように目を細めながら、話を戻す。

 

 「…まぁ、じゃあ…なんだ。月ヶ谷が目覚めねぇのはその…あの『裏側ミラ』って時の精神になんかあったからって事なのか?」

 

 「そうなんだろうけど…現状、サーチスも言った通り異常はどこにも見当たらないのよね…私の『異元感知エナル』にも引っかからないし…」

 

 現実で目を覚まさない場合、精神体で受けたダメージが酷い場合は大半であるという。

 

 しかし、アミュールやサーチスから見てそのダメージも見受けられないようであるから、分からないという形だ。

 

 「山にいる時、アミュールさんは『異元エナーク』のジャミング...とやらを受けていたと伺いましたが、その影響は…」

 

 「正直、分からない…でも、ジャミングそのものが美紋ちゃんにこんな影響を及ぼしているとは考えにくいと思ってるわ」

 

 あれはそもそもあの木の『異怪エモンス』の『異元エナーク』が連結しあって『異素エナ』に干渉する事で結果的に『異元感知エナル』を乱しているだけであって、その影響が直接精神体にどうこう影響するだけの力はない、とアミュールの弁だった。

 

 アミュールはサーチスの意見を求め目を合わせるが、力なく彼女も首を横に振った。

 

 それを確認したアミュールはパン!と軽く手を叩き仕切り直す。

 

 「考えてもしょうがない事は、今は棚に上げます。それよりも、まず彼女に何があったか今から掘り下げる方が先決。それが何かヒントになるかもだし……それで、祓間先生。当時の様子をもう一度じっくり説明してくれますか?」

 

 「承知しました」

 

 アミュールの声がかかり、祓間の眉間に皺がより深く刻まれる。

 

 「私は『裏側ミラ』に入った後、夜葉さんと行動を共にしていたのですが、まず最初に美紋さんを発見したのが彼女でした。しかし、夜葉さんが美紋さんと接触したその後、二人とも急に倒れてしまって...驚きました」

 

 「…何か、変わったところはあった?」

 

 「そうですね。遠目から見た限りでは、重症らしき怪我を負っている事でしょうか。あの怪我でよく立っていられたとは思いましたが…」


 「重症!!?」


 来飛と暁の目が見開かれる。対照的に、燎平は口をつぐんでいた。


 「じゅ、重症ってどんくらいの……」


 「私も遠目で見たので服が血まみれだったという事ぐらいしか…」


 「………」


 実際の話を聞き、二人の顔から血の気が引いていく。

 

 あの混乱した状況で美紋が『異怪エモンス』と接触し返り血を浴びた?それよりも断然可能性が高いのは、その逆で……。


 と、そんな思考が彼らの中をかき混ぜる中、薫の声が耳に響いた。

 

 「あ、はいはーい。ちょっち補足いい?アレだからね、倒れたって言ってたけど薫が先にやられちゃったんだよねー。その直後に美紋ちゃんもダウンした…んだよね?祓間っち」

 

 右足首に包帯を巻いた薫が、壁に背中を預けながら手を軽く振って首を挟む。

 

 「ええ。確か、倒れる前に時間がどうとか言っていたような…」

 

 「時間…?」

 

 「はい。それと、あの膝から崩れるような力の抜け具合…糸が切れた人形を思い浮かべます」

 

 「…ふむ。薫を狙った事も然り、それらの要素から推測出来ることは幾つかありそうだな。例えば…そう、誰かがポニテ少女を操っていたとか...な」

 

 美紋のすぐ側で診察をしていたサーチスが目を伏せ、細める。


 「ちょ、ちょっと待てよ!イマイチ話が見えて来ねえ!そこのかおるん先輩が美紋にやられたって?で、でも…月ヶ谷はやられてて…あ?てかそもそも何で月ヶ谷が先輩を襲うんだよ?」


 「…だから、それが何故か今話しているという訳だ」

 

 サーチスにスッパリと言われ、黙る来飛。その間、隣にいる燎平も困惑していた。

 

 (美紋が先輩を…どういうことだ…?だって美紋は、あの時確かに…)

 

 そう。確かにあの時、美紋は目の前で切り裂かれた。少なくとも、現実であの傷を受けたら即死は免れない筈だ。

 

 先ほどの話で、精神体で受けたは現実の身体に影響があるという。

 

 (じゃあもしも、あの傷のダメージが実際の美紋の身体にも反映されてるんだったら…かろうじて今は息はしていても、これから目覚める可能性は……)

 

 燎平がそう青ざめていると、アミュールの声で瞬きと共に現実に引き戻された。

 

 「薫から見ても、その時の美紋ちゃんはいつもと違う印象を受けたのよね」

 

 「そうそう、なんか口調も変だったし。何より、薫の『異元感知エナル』が確かなら『異元エナーク』が違ったんだよ」

 

 「『異元エナーク』が…?ふむ、興味深いな…本来、遠隔操作で何かを操る『異跡エイナス』でもその本人自身の『異元エナーク』が変わるという話は聞いたことがないが…」

 

 薫の『異元エナーク』が違ったという話を元に、サーチスとアミュールが熟考する。

 

 「『異元エナーク』が違うって...誰かが遠隔で操っていた...?そんな輩がいたならまず私が見逃すはずが無い…んだけど……」

 

 「このジャミングがあるからな。一概にないとは言い切れないか…」

 

 「…っ、そもそも私の『異元感知エナル』が乱されるほど強いものをあの、せいぜいランクⅢ程度の『異怪エモンス』達が出せるってのもおかしな話なのよね…」

 

 「それは数の利というものじゃないか?ホラ、あるだろう。なんだったか、塵も積もれば…みたいな」

 

 「そうかな…確かにあの『異怪エモンス』は見た事がないタイプだったけど……」

 

 さっぱり何を言ってるかわからない燎平。だが、その気迫や、その真剣さが本物である事は肌で感じていた。

 

 「……ッ」

 

 ふとアミュールの視界に美紋が入ったのだろう。彼女の拳が強く握られているのが見えた。

 

 少しだけ、目を細め、閉じる。

 

 そして、アミュールは燎平に向かい合い、改まった。

 

 「…確か、その前は燎平君が行動してたのよね?」

 

 「は、はい…」

 

 「…何か、あった?」

 

 「……………えっと」

 

 「どんな些細な事でもいいの…教えてくれる?」

 

 一瞬、彼女の瞳が目に映る。

 

 これ以上なく真剣な眼差しであった。

 

 その視線が原因で、心の内に焼かれるようにメラメラと広がる罪悪感。

 

 思わず、目を逸らした。

 

 そうするしか、なかった。目を合わせ続ける事なんて、到底出来なかった。

 

 「………」

 

 「…何かあったのね」

 

 「…少年。辛いとは思うが彼女の為だ。……話してはくれないか」

 

 わかってる。

 

 話さなきゃいけないって事は、わかってるんだ。

 

 それが、責任だから。彼女を捨てて逃げた彼にとって、せめてもの償いだから。

 

 「…教えて、燎平君」

 

 喉奥に込み上げるモノを、唾液を飲んで無理やり腹の奥に押し込める。

 

 重い空気と、周りの視線が彼に突き刺さる。

 

 胃が痛い。今すぐ逃げたい。

 

 あの時みたいに、どこかへ逃げたい。

 

 (あの時、みたいに………)

 

 ここでいつもみたいに逃げるのは簡単だ。今すぐ振り返って、数歩先にあるドアから外へ飛び出せばいい。


 だけど、そこから先が真っ暗なのは知ってる。


 だけど、そこから先が1人なのはよく知ってる。


 …今度は誰がこんな俺を見てくれる?


 誰がわざわざこんな俺を探しに行って、優しい言葉をかけてくれる?

 

 「…お願い」


 汗で濡れた顔を上げた。アミュールの表情が目に映る。

 

 その声は、なんというか。ひどく重く聞こえる気がして。

 

 その眼差しは、なんというか。色々なものがこもっている気がして。

 

 「……ッ」

 

 そんな目で、声で、頼まれたものを断るなんて。

 

 到底、出来なかった。


 

 「……………はい」

 

 

 俯きながら、ゆっくりと口を動かす。

 

 「……えっと……まず……」

 

 あれ?でも、何から話さなきゃいけないんだっけ……。

 

 「え…え、っと……え…………」


 汗が吹き出る。

 

 頭が真っ白になる。

 

 色々な事が起こりすぎて、まだそれぞれの事を受け止めきれていなくて、混乱して言葉に詰まっていたその時だった。

 

 

 「ぬっちょりタマ巾着!!」

 

 

 張った声と共に、バン!と背中を軽く叩かれる。

 

 「…これでどうよ。スッキリしたか?」

 

 「わ!えっ、え…?来飛…?」

 

 横を見ると、親友がいつも通りの笑みを浮かべていた。

 

 「よくわかんねーけど、何かあったのはわかる。多分、ひでぇ目にあったんだろ?とりあえず、まずはお前が無事そうでよかった!」

 

 「来飛…」

 

 「月ヶ谷がこうなったのは、もう済んじまった事だ。俺たちが今からどうこうできるモンじゃねぇ。だけど、先生達なら今からでもどうこうできるかもしんねぇって話だろ?」

 

 「あ、ああ…」


 さっきまでやかましかった心臓の音が、落ち着いていく。


 来飛はすごい。コイツも美紋が倒れて動揺してるにも関わらず、ちゃんと落ち着いてすべき話が見えている。

 

 俺はただ、慌てふためいて何も出来てなかったってのに。

 

 「…さくちゃん、大丈夫です。落ち着いて、ゆっくりでいいので。あの後、美紋さんと合流したのですよね?」

 

 「あ、うん……そう。それで…」

 

 視界には、2人の親友。彼らが側に居てくれるだけで、喉のつかえが少し取れた気がした。

 

 最初さえ崩して仕舞えば、あとはするすると言葉が出てきた。

 

 きっと、認めてほしかった、誰かに慰めてほしかったんだ。

 

 誰かに仕方ない、怖かったね、がんばったね、と慰めて欲しい気持ちが半分。

 

 湧き上がる罪の意識を軽くしたい気持ち半分で、胃に穴が開きそうになりながらも事の顛末を順番に話していく。

 

 そして、時間が経つにつれ、顎が重くなり、首が締まっていくような錯覚を覚える。

 

 愚かしくも、ようやく気づいた。これは、後悔を語る為の、懺悔の時間なのだと。

 

 どんなに話を止めたくても、その場の空気と周りの目、何より自らの罪悪感が逃げることを許さない。

  

 「……えっと…それで。美紋と、歩いてたら…いきなり『裏側ミラ』に入って、え…『異怪エモンス』に、襲われて…」

 

 「…ッ!」

 

 途端、向けられている皆の目の色が変わる。

 

 最悪の時間が、始まった。

 

 「襲われた!?え、『異元展開エナークス』は出来たの!?」

 

 「あ、はい…それは何とか…」

 

 良かった…と胸を撫で下ろすアミュールとサーチス。無理を承知で昨日特訓した成果が早速実ったという事だ。

 

 「それで、お…襲われたって…」

 

 「あ…でっ、でも、その時は大丈夫だったんです。あ…その、お守り?が…あって……」

 

 「良かった、ちゃんと機能したのね…」

 

 再び安堵の溜息を吐く先生達。色々と施していた事前の準備が無駄にならなかったようで、重荷が少し肩から降りたようであった。

 

 お守りは指定された『異元エナーク』以外のものを感知すると、自動的に起動する携帯型のものを燎平達に渡していた。

 

 アミュールが直接遠隔で操作出来る、もう少し強力なものもあるがこのジャミングできちんと起動するか不安だからこその判断であったが、無事に功を奏していた。

 

 だが、それでも顔色が優れない燎平に彼女達は気づく。

 

 「……その時は、と言ったな。……そこで、終わりじゃないんだな」

 

 「………、はい…」

 

 頷く。思い出したくもない後継がフラッシュバックしかけ、息がだんだんと荒くなる。

 

 「それで、何とか隙をついて、美紋に連れられて逃げたはいいんですけど…その、逃げた先で……」

 

 「…大丈夫、ゆっくりでいい。深呼吸しろ」

 

 呼吸が、乱れ始める。

 

 「あ、その……み、美紋が座ってた、切り株が...じ、じつ、は...『異怪エモンス』の、い、一部…で………」

 

 『それ』に近づくにつれ、声の震えが隠せなくなる。

 

 込み上がってくるものを必死に押さえながら、それでもと声を絞り出した。

 

 「お、俺も、何が何だかわかんなくて…ッ、助けようとしたんだ!で、でもッ、いざ目の前にしたら何も出来なくて…ッ!そ、そしたら、美紋が…美紋が……!」

 

 勝手に掠れ、裏返るそれはより惨めに見えただろう。

 

 頭を抱え、うずくまる。

 

 もう十分頑張った、俺はこんなに頑張ったんだ。腹痛と頭痛を抱えながらも、重なるプレッシャーに吐きそうになりながらも、逃げずに『その場面』まで辿り着いたんだ。

 

 そう、自分にしてはよくやった方だ。自分の口からここまで言えたんだから、もう休んでいいはずだ。

 

 そう、自分自身に対していつも通り言い訳をする。

 

 

 「………もういい、十分だ。よく、話してくれ」

 

 

 燎平の心境を汲みとったサーチスが手を燎平の肩に置こうとした、その時であった。

 

 

 「…待てよ」

 

 

 振り返ると、来飛がサーチスを制していた。

 

 

 「すまねぇな。多分、ここが1番大事なトコだ。…それで?月ヶ谷はどうなった?」

 

 

 彼が、いつもより数段低い声でこちらの顔を覗き込む。

 

 「…来飛君、それ以上は…」

 

 「いいや、ダメだ。こっからが重要なんだろ?よくわかんねぇが、その症状ってのは月ヶ谷は何をされたかが大事なんじゃねぇのか?」

 

 「それは、そうだが…」

 

 「話せ、甘えんな。月ヶ谷が目が覚める原因がそこにあるかもしんねぇだろ」

 

 来飛の、鋭い視線が突き刺さる。

 

 「お前には責任がある、そう思わねぇのかよ、オイ」

 

 だが、

 

 「…るせぇ」

 

 「なに?」

 

 その不躾とも言える無責任な言葉で、必死に抑えていた蓋が、弾けた。

 

 

 「うるせぇんだよ!!あの時いなかった癖に、俺の気持ちなんてわかんねぇ癖によォッ!!!」

 

 

 昼間から積み重なっている恐怖や不安。自分のせいで美紋が倒れたという罪悪感。

 

 来飛の今の台詞が、最後の決め手となった。

 

 限界値まで溜まったストレスがどばどばと、言葉になって溢れ出す。

 

 「俺だって...俺だって頑張ったんだよッ!あの時はただ、とにかく必死で…!」

 

 「あ?しらねぇよンなもん。知りたくもねぇ、とにかく早く話せよ、時間が勿体ない」

 

 「…ッ!!」

 

 さぞ話すことが当たり前かのような、あたかも些事のような、そんな呆れと溜息混じりの口調。

 

 それが、これから話す機会があったとして絞り出すのに苦労するであろう言葉を、火を起こす着火剤のように、いとも簡単に燎平の口から引き出す。

 

 「んな簡単に話せるかよ!! あんな…あんな……ッ」

 

 

 「両腕握りつぶされて身体も切り裂かれて、あのバケモンに果物のジュースみてぇに血を飲まれたなんてよぉッ!!!」

 

 

 「…ッ!!?」

 

 誰もが目を見開く中で、燎平の荒い息遣いのみが音としてその場にあった。

 

 「ハァッ、ハァッ、ハァ…ッ、くそぉッ……」

 

 あまりの情けなさに、視界が滲む。

 

 何もできなかった。助けを求められている事がわかっていたのに。あの目は、確かに彼を求めていたのに。

 

 …ただ、見ている事しかできなかった。

 

 「………そうか、わかった。よく話してくれたな少年。ありがとう」

 

 予想以上の答えが帰ってきたのか、思わずといった形で来飛も目を伏せる。

 

 「…すまねぇ。なんとしても、今ここでお前に言ってもらった方が月ヶ谷回復の為にもなると思ったんだ。突き詰めて悪かったな」

 

 「そうですよ。それだけの思いをしても、さくちゃんがこうして無事に帰ってきてくれただけで僕たちは嬉しいです」

 

 「……」

 

 その優しさが、今は痛い。

 

 じわじわと湧き上がってくる罪悪感から逃れるように、気づいたら言葉が口から零れていた。

 

 「……でも、俺は助けられたんだ…」

 

 「…え?」

 

 「助けられたんだよッ!確かにあの時ッ……!!」

 

 「…一先ず落ち着きたまえ、少年」

 

 髪を掻きむしりながら頭を抱え、喚く彼に対して宥めながら水を差し出すサーチス。

 

 水を含み、カラカラになった喉を潤した彼は再び口を開く。

 

 「…あの時、俺は追ってくるヤツから死に物狂いで逃げた……だけど、倒せたんだよ」

 

 今でも鮮明に思い出せる、あの不思議な感覚。

 

 身体の芯から急に熱が込み上げ、気づいた時には右手を伝って外に溢れ出していた。

 

 その結果、追ってきた『異怪エモンス』ごと辺り一帯を焼き払っていたのだ。

 

 「なんでかはわかんねぇけど…頭の中に声がして…気づいたら…、炎が…」

 

 「炎……」

 

 アミュールとサーチスは眉をひそめる。それはおかしい。

 

 例え『異怪エモンス』がランクⅠ《ワン》のような弱い個体でも、彼の微量の『異元エナーク』では、倒すことはまだ無理な話。

 

 加えて彼の話では、追ってきた『異怪エモンス』の個体は彼の身長の三倍はあろう巨体。それだけを見ても、最低ランクⅡ、ランクⅢと聞いても驚きはしないサイズだ。

 

 しかし、アミュールには心当たりが一つだけある。

 

 (…また『彼』が燎平君の身体を乗っ取ったって事…?それなら、十分にあり得る話だけど、でも……)

 

 「…燎平君、意識はその時ちゃんとあったの?気を失ったりはしなかった?」

 

 「あ、はい…あの時は何が何だか分からなかったので、絶対ないとは言い切れませんが…記憶の限りではそんな事は、なかったと思います…」

 

 「……そう、それで燎平君は無事だったのね…話してくれてありがとう」

 

 

 「…あーオイ、ちょっと待て」

 

 

 一通りやりとりを見ていた来飛が、これを機にといった形で言葉を遮る。

 

 「…お前さっき助けられた、って言ったよな?それはどういうことなんだよ」

 

 「…それは……」

 

 目を逸らし、思わず口をつぐむ燎平。

 

 「お前、月ヶ谷が襲われてる時…何してたんだ?」

 

 「………」

 

 「あの時、お前が立ち向かっていれば、結果は変わったのか…?」

 

 続けて問いを投げられる。もう沈黙を返答とするのは、彼が許してくれなかった。

 

 「…でっ、でも!仕方なかったんだよ!あの時の俺に何ができたんだよ!?こんないつもダメな俺が!しょうがなかったんd」

 

 来飛に胸ぐらを掴まれ、燎平の悲痛な叫びが止まる。

 

 「な、に…すんだよ…ッ!」

 

 「お雨、ふざけんなよ…助けられる力があるってのにテメエがビビったせいで、月ヶ谷はこんなになっちまったってのか!?あぁ!!?」

 

 「うるせぇ…うるせぇんだよ!!!お前はいっつも偉そうに!!誰もがお前みたいな薫先輩助けた時みてぇなヒーローになれねぇんだよッッ!!!」

 

 わかってる。

 

 そんなもの、誰より燎平ほんにんが一番、わかってる筈だった。

 

 「…たしかに、仕方ねぇ場合もある。気持ちもよくわかる。でもな、そんな通りを突っぱねても男は立ち向かえなきゃいけねぇ時ってのがあるんじゃあねぇのかよ!!?」

 

 それでも、来飛の言葉は彼に響く。

 

 

 「お前…月ヶ谷はよ、お前の幼馴染だろうが!!!」

 

 

 「……ッ!!!」

 

 「逃げたってさっき言ったよなお前…助けられる力があったんなら、なんでその時使わなかったんだ!!!」

 

 「…い、いなかったお前にィッ…何がわかるんだよッ!!俺だって使いたかったよッ!!でもあの時使えたのはたまたまで…!!」

 

 「二人共お願いやめて! 悪いのは全部私なの!!」

 

 二人の喧騒に、アミュールの掠れた悲鳴が割って入る。

 

 「先生は黙ってろ!これはコイツの問題なんだよ!!」

 

 「違うッ! そもそも、原因は全部私にあ」

 

 

 ダァン!!!!!、と。

 

 そこで、床を踏み抜くような音がした。

 

 

 先程まで荒れていた場が嘘のように静まり返る中、全員の視線がサーチスに集まる。

 

 「お前らさ…ここどこだかわかってんの?ねぇ」

 

 いつも温厚な彼女からは聞いたこともないような、低い声が辺りに響く。

 

 「うるさいのも黙るのもお前らなんだよ…なぁ。ここ病室だからさ。今寝てるからさ、美紋ちゃんが」

 

 その静かな気迫に、空間が支配される。

 

 「喧嘩でも懺悔でも、いやもう殺し合いでも何してもいいからさ、とりあえずここ出てけ。な?」

 

 「………」

 

 「ねぇ、早く。ホラ」

 

 「さ、サーチs」

 

 「早く出てけっつってんだよ!こんだけ言っても目障り耳障りだってのが言ってもわかんないかなぁ?」

 

 顔を覆う手の隙間から覗く、鋭い眼光。

 

 彼女の圧が、『これ以上ここにいるな』という、強い拒否感を彼らに伝えていた。

 

 「…行きましょう。場所を変えて、詳しく聞かせて頂戴」

 

 舌打ちをする来飛、俯いたまま顔を上げない燎平の背中を軽く押しながら、扉へ向かうアミュール。薫、祓間は無言で彼らの後に続き、暁も一礼しその場を後にした。

 

 「早くしろってんだよクソッ…いきなりおっぱじめやがって……」

 

 深いため息を中に溜まった鬱憤と共に吐き出しながら、サーチスは眉間に刻まれた皺をより一層深くする。

 

 「…………」


 一気にがらんとスペースが空いた部屋。

 

 冷めきったコーヒーを飲み干し、一息つく。 

 

 「はぁーーー………ようやく、静かになった」

 

 深い溜息と共にストレスを吐き出し、汗が滲む額に再び手を当てるサーチス。

 

 「本当に、何故こんな事に…」

 

 

  ◯◯◯

  

 

 「何故だ…!私はちゃんと視た筈だぞ…!!」

 

 時は戻り、事件が起きた数時間前。

 

 突然の『裏側ミラ』と同時に出現した、この『異怪エモンス』の数。

 

 サーチスの『異眼エイ』で視ることができるのは、正確に言えば視界内の過去と現在、そして未来の『異元エナーク』の流れである。 

 

 こんな事が実際に起きるなら、過去にその流れの予兆が視えていた筈。

 

 だが、そんな未来(・・・・・)は視えなかった(・・・・・・・)。つまり、

 

 「…この場所が『産地ホットスポット』に成りうる『何か』が今、この瞬間に起こったというのか…!?」

 

 『異怪エモンス』が複数同時に誕生するような場所、現象のことを『産地ホットスポット』と呼ぶ。

 

 心霊スポットや自殺スポットなど、負の感情や念が溜まりやすい場所が『産地ホットスポット』になりやすい傾向にあるが、確固たる原因は未だ不明。

 

 「クソッ、私の『異眼エイ』は未来に関しては保険程度の効果しかないとは思っていたが…まさかここでハズレを引くとは……ッ!!」

 

 元々あった『異元エナーク』は視えても、そこに新たな外的要因が加われば一気に流れが変わる。

  

 カオス理論。小さな誤差が、時間の経過と共に決定的な違いになるという理論だが、今の状況はそれに近い。

 

 その外的要因にあたる誤差に起因する『何か』が今、起きたのだ。

 

 「…とにかく今は現状把握が先だ。『異怪エモンス』の数の把握とアミュールとの連携を……ッ!?」

 

 『異元感知エナル』を周囲にした直後、すぐ近くに一つ、反応があった。

 

 「なんだ、この『異怪エモンス』は…!?」

 

 気配を殺しながら近づくと、

 

 全長3m以上はある蛹のような『異怪エモンス』を発見した。その異質さに、何よりもまずサーチスの目が反応する。

 

 「『異元エナーク』の過去が視えない…まさに“生まれた(・・・・)異怪エモンス』という事か…!!」

 

 明らかに、アミュールの話に出ていた木型の『異怪エモンス』とは違う。

 

 この『異怪エモンス』と似たような『異元エナーク』…所謂虫系統のモノはよく見るような気がするが、正確な種類名は分からない。

 

 少なくともデータベースには載っていない、初めて視るタイプの『異怪エモンス』。

 

 「何なんだ、コイツは…」

 

 近くの影に身を潜め少し様子を見たが、特に何かをしてくる気配はない。

 

 「……………」

 

 『裏側ミラ』が展開された今、何よりも優先すべきは生徒達の安全確保。この謎の『異怪エモンス』に構っている暇などない。

 

 「…どうあれ、『異怪エモンス』なら処理する必要がある。時間があればじっくり研究したいところだが……残念ながらそうも言ってられんのでな…」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 「………」

 

 戦闘を主としていないサーチスの『異跡エイナス』でも、あの得体の知れない『異怪エモンス』はいとも容易く倒す事ができた。

 

 (結局なんだったんだ…あの『異怪エモンス』は……)

 

 一応、その『異怪エモンス』の残骸を採取してある。『異元エナーク』の種類を判別し、どういう『異怪エモンス』かを今後の為にも特定しなければ。

 

 もしかしたら、今の美紋の状態の原因があの『異怪エモンス』ではないとも言い切れない。

 

 「……」

 

 窓から入ってくる隙間風が、美紋の髪を撫でる。

 

 燎平の話を聞いても、こうも彼女が外傷なく、普通に息をしているのがサーチスには不思議でならない。

 

 精神体にも現実の身体にも傷はなく、異常も見当たらないにも関わらず、目覚めないこの現状。薫の言っていた『異元エナーク』が違うという情報。

 

 いくら考えても思考が纏まらない。一旦仕切り直すべく、新しいコーヒーを淹れていると、ノックの音が聞こえた。

 

 「あ、あの…失礼します。み、美紋ちゃんの様子を見にきたんですけど…」

 

 「…おや」

 

 どこからか美紋の状態を聞いたのか、陽乃と輝樹が見舞いに来たようだ。

 

 そういえば、熱があったという輝樹の様子を見るために、後で2人で来る様に言いつけてあったのだった…と幸は思い出す。

 

 「ああ、そうだった。どうぞ、静かにな」

 

 タイミング的には『裏側ミラ』から戻った直後。陽乃が具合の悪い輝樹を見つけ、近くにいた幸に助けを求めたという話だ。

 

 「…保井輝樹君だね。熱を測るから、ちょっとそこに座りたまえ」

 

 「あ、はい…!」

 

 「ふむ、顔色は悪くなさそうだが…さて」

 

 指先を額に当てる。平熱。一応体温計を彼に渡しつつ、様子を見るように伝える。

 

 「現状体温、脈拍異常なし…気分が悪いとかはないか?あの時もそうだったが…体調がすぐれないと感じればここで休んでいくことも可能だぞ。追加の布団なら、もう一枚くらいは出せそうだ」


 「あぁ!だ、大丈夫です!ハイ!マジで身体が入れ替わったみたいに今は何にもないんで!ホントに!」

  

 それにせっかくの肝試し、参加したいですし…と口籠る輝樹。なるほど、彼らにとっては一生に一回しかない大事なイベントだ、と幸は頷いた。

 

 「美紋ちゃん……」

 

 「…心配するな、今は疲れているようで眠っているが、じきに目を覚ますだろう。それより時間は大丈夫か?お楽しみの肝試しに遅れたら大変だろう」

 

 「…は、ハイ。じゃあ、失礼します」

 

 「…失礼します。ありがとうございました。美紋ちゃんの事、よろしくお願いしますね」

 

 礼儀正しく出ていく2人。軽く手をふり、幸は彼らを見送った。

 

 「…早く、彼女も目が覚めてくれるといいんだが……ん?」

 

 ふと、先ほどの会話にどこか引っかかる部分を覚える。

 

 (入れ替わったみたいに…?)

 

 あの場所。彼の急な発熱、体調不良。だが、今はなんともない。

 

 

 「いや…まさかな…」

 

 

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