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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
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20 新入生合宿1日目 Ⅻ 『直前』


 深夜になれば昼間賑わう観光地は一変し、出歩く人の数が一人として居なくなる。


 しかし、辺り一帯が殆ど闇に包まれているのにも関わらず、空気が読めない明かりがぽつぽつとついていた。

 

 寂しさを取り戻した夜風がその内の一つである施設の窓を叩く中、そんな雑音は気にも留めない程には外と中で温度差が存在していた。

 

 「んで、マジにセンセに高い焼肉奢って貰ったわけ!」

 

 「えー!いいないいなー!薫も焼肉食べたかったぁ〜!!」

 

 アレは美味かったなぁ...と余韻に浸りながら来飛は薫に自慢する。彼にとっては、愛海の豹変ぶりよりも飯の美味さの方が思い出深いらしい。

 

 だが他の連中は違った。確かにあの焼肉は文句のつけようがないほど美味であったが、それも吐きそうな程食べさせられれば話は別。

 

 加えて泥酔した愛海に絡まれながらである。味のクオリティとか、店の雰囲気とかそういったものは色々と彼女にぶち壊された。

 

 「...で、でろんでろんになったお前(バカ)は何とかあの後タクシーで帰ったと」

 

 冷や汗を流し続けているアミュールの隣で、幸は目を細めて落胆する。

 

 「すいません、あの時僕たちがお酒を勧めていなければ......」

 

 「いんや、まぁ首席の少年ほどの常識人がいながらそういう事態になったのは私も意外の一言だがね、うん。君も案外アレか?遊ぶの実は好きなタイプか?」

 

 「あーいえ、まぁ...その」

 

 「暁もまぁ悪ノリする時はする事はあるからな...滅多にないけど」

 

 言葉を濁す彼に変わり、燎平が補足する。

 

 彼がハメを外す時は、それこそ身内だけの時や事態が大きくならず、想定内に収まる時ぐらいである。今回の件も、愛海が生徒の前では酒を飲んでも自重できるだろうと彼は踏んでいた。

 

 しかし、彼の鑑識眼をもってしても彼女があそこまで面倒くさくなるとは想定してなかったらしい。それほどまでに、普段の愛海の教師としての完璧度は高かったのである。

 

 「んまぁ兎に角だ。コイツが迷惑かけた事には変わりないんだ。悪かったね、君たち...特に月ヶ谷はな。結構絡まれたろ?」

 

 「い、いえ...まぁ......その...」

 

 いきなり話を振られて焦ったのか、しどろもどろになりながら視線を泳がせる美紋。彼女もどちらかと言えば、嘘がつけない人であった。

 

 「コイツには後できっっっちりお灸据えとくからさ。まぁ今回の事はここだけの話って事で水に流しちゃくれないか?...出来れば記憶も消してもらえると百点なんだが......」

 

 「面目次第も御座いません...」

 

 顔を伏せ、しおしおになっているアミュール。普段から築き上げてきた教師とかオトナの女性のイメージとか、そういった彼女のプライドが一瞬で崩れるからこそお酒とは恐ろしい。

 

 「じゃ、じゃあそんな時間かけても明日に響くし、そろそろやろっか......」

 

 「これ以上なく覇気がないな」

 

 「薫もこんなアミュっち初めて見るかも...」

 

 薫の態度からして、『修復者リセッター』としての時も生徒たちの前では教師としての面を捨てきれなかったように見える。

 

 それが崩れる程度には、今回の件は学校が襲撃された事件の事も含めてアミュールにとっては堪えていた。

 

 しかし、もうそろそろいい加減切り替え時であるのも彼女は分かっていた。パンパンと両の頬を叩き、気合を入れ直すアミュール。

 

 「こほん。さて、今最初に貴方達にやって貰うことは大きく分けて二つあります。一つは、まず『異元展開エナークス』をスムーズに出来るようにする事。最初だから『異元展開エナークス』する事自体が疲れると思うけど、まずはそれに慣れる事です」

 

 確かにドゥの所に服を貰った時、最初『異元展開エナークス』した際には来飛は大きく疲弊し、暁は特に時間がかかっていた。

 

 アミュールが言うには、『異元エナーク』の総量や個人の『異元エナーク』を扱うセンスが関係しているらしい。

 

 「『異元展開エナークス』を繰り返してそれに慣れれば、『異元エナーク』の総量も増えるの。それが一番コストも低いし、最初にする練習に一番なのよね」

 

 『異元エナーク』の総量を増やせば、相乗的に『異元展開エナークス』する際の疲労が軽減され、『異元展開エナークス』出来ている時間も長くなる。

 

 前提として、『修復者リセッター』になる者は必ずと言っていいほどこの訓練を最初にする。逆にこれをしないと『裏側ミラ』で『異元展開エナークス』出来ず、あの事件の燎平達のように何も出来なくなってしまうのである。

 

 「あー懐かしいなぁ。薫も『異元展開エナークス』をひたすらやらされる、そんな時期がありましたよ〜」

 

 「薫は先輩としてしっかりサポートしてあげてね」

 

 「あいさー」

 

 手をひらひらと振り、アミュールに応える薫。やる時にはやる人だと分かってはいるが、そんな彼女の適当そうな仕草に若干の不安を覚える燎平であった。

 

 「そしてもう一つ。これは初めてやってもらう事だけど...」

 

 一旦間を開けるアミュール。これこそが今日の本題であった。

 

 「貴方達自身の『異跡エイナス』を実際に使って貰います」

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 各々なんとなく予想はしていたが、いよいよ自らの『異質』に本格的に向き合う時が来たようであった。

 

 改めて自分の中に、目の前のアミュールや薫のような超常現象とも呼べる『異跡エイナス』を起こせる力と同等のモノがあると言われても、未だ実感がわかない一年生達。

 

 唾を飲み込む燎平を見て、アミュールは氷を溶かすかのような温かい笑みを浮かべた。

 

 「ふふ、緊張する?...大丈夫。『異元展開エナークス』や『異跡エイナス』の使い方は使っていけば自然とやり方が分かってくるモノなの。そりゃある程度時間はかかるけどね」

 

 「は、はぁ...」

 

 割と理屈をどうこうというより、スポーツのような体育会系っぽい雰囲気である。

 

 「アミュ先生、慣れれば使えるようになるってそりゃつまりよ、自転車みたいなもんか?」

 

 「ジテンシャ...?って、ああ、あの車輪が二つ付いてる乗り物ね。んー、まぁそれに近いかも」

 

 来飛の質問に妙に手応えのない反応をするアミュール。

 

 彼が若干の違和感を覚える間もなく、隣の幸が付け足すように説明した。

 

 「うん、その例えはいいな、八十点をあげよう。一度やり方を身体に覚えさせれば定着するまでは早い。やんちゃ少年の例えを百点にするには、その自転車は所有者しか乗りこなせない、という所かな」

 

 「皆が皆、それぞれ異なるタイプの自転車...『異跡エイナス』を持っているという事ですね?その自転車の乗りこなす方法や特徴も人それぞれ違うと」

 

 自転車そのものが能力を発動させる『異跡エイナス』とするならば、自転車の耐久性や扱い易さはその『異跡エイナス』の性能とも置換できる。

 

 この例で言うなら、自転車を動かす体力、パワーが『異元エナーク』であり、酸素や日々の食事が『異素エナ』とも呼べる。

 

 『異跡エイナス』のタイプによって各々が持つ自転車扱いやすさが違ってくるのだ。

 

 今は長い距離を走るための、ペダルの高さを合わせたりタイヤの空気を入れたりと調整の最初の段階である。

 

 「皆がそれぞれ持つ『異跡エイナス』は、一人一つ。如何にその『異跡エイナス』の特性を理解して、使いこなせるかが鍵になるのよ」

 

 「まーとりあえず、まずはやってみるといいよ!やってくうちに色々こんな感じかーって分かるからさ、にひひ」


 アミュールと薫に背中を押され、心構えを固める四人。

 

 覚悟が決まった彼らの顔を見て、アミュールは頷いた後に号令をした。


 「それでは各位、『異元展開エナークス』をして下さい」

 

 「......」

 

 燎平は目を閉じて、意識を集中させる。

 

 前回でもう既にやり方は把握している。

 

 後は自転車を漕ぎ始める時のように、少し勢いを加えてやるだけ。

 

 (自分の内側にある『異元エナーク』を、外側に押し出すような感覚...ッ!)

 

 「『異元展開エナークス』ッ!」

 

 そう彼が叫び、一瞬視界が白く覆われたかと思った時は既に『異元展開エナークス』を経て、ドゥが拵えた『SCC』に換装していた。

 

 「おぉ〜」

 

 「ふむ、中々良いものを仕立てて貰ったようだな。皆良く似合っている」

 

 薫と幸も彼らの新たな装いに思わず声が出る。

 

 『異元展開エナークス』をして『裏側ミラ』に入る時、『SCC』も個人の『異元エナーク』に反応して展開するように設定をするのが普通だ。

 

 燎平達も例に漏れず、前回ドゥに会った際に彼女に調節して貰っていたのであった。

 

 燎平は赤を基調とした、特殊なデザインのパーカーのような装いに。

 

 その上着には両脇腹と肩に爪痕のような穴が開いており、元々長袖のものを肘上までまくっている。

 

 「...うーん、やっぱちょっと髪伸びてるよな俺...」

 

 右のもみあげは提灯型のアクセサリーで結える程度に伸びており、やや毛量が増えたせいもあって若干いつもより頭が重そうな燎平であった。

 

 そして連動性が働いたのか、他の三人も同じくそれぞれ『SCC』を纏った『異元展開エナークス』を終えていた。

 

 美紋は青を基調とした、記号的な雰囲気というよりは全体的にカジュアルな印象を与える装いに。

 

 胸周りを包む白いトップスの上には、首筋から肩の部分が出る仕様の上着を纏っている。

 

 「か、肩まわりがスースーする......」

 

 両腕には紐で縛ったようなアームカバーが、ボトムスには波紋模様のスカートが着用されており、普段より少し肌が露出するため本人は何やら落ち着かないようであった。

 

 暁は茶を基調とした、重厚感が感じられるアカデミックガウンのような装いに。

 

 如何にもな優等生のオーラを纏う彼のイメージをよく捉えており、更によくそれを引き立てているデザインである。

 

 「こういう衣装を着ることは滅多にないので...中々新鮮ですね...」

 

 所々についている宝石のようなアクセサリーも相まってより高尚に見える暁であったが、彼自身はそれが少々身の丈に合ってないように思えるらしい。そのため少しばかりはにかみながら『SCC』の着心地を味わっていた。

 

 そして来飛は黄を基調とした、巨大な鱗が連なっている鎧のような装いに。

 

 鎧と言っても武士のようにガチガチに全身を覆うようなものではなく、上半身のみでありそれも動きやすさを意識されたものであった。

 

 「へへ、こういうの一回着てみたかったんだよなぁ!」

 

 派手な髪型が浮かないようにしたのか、パンツも現代によくある革のものに加工してあるようだ。腰に見えるチェーンもファンキーさを際立てているが、彼はまんざらでもないようである。

 

 新衣装お披露目という空気が浮つく中、アミュールのさりげない一言が一気に百八十度その勢いを変えることとなる。

 

 「...あ、ところで燎平君、『異元展開エナークス』する時は別にそれ言わなくても出来るからね?」

 

 「!!!!!」

 

 確かに、『異元展開エナークス』時声を出していたのは燎平一人だけであった。

 

 「うわ恥ずかしい...」

 

 「まぁ...うん、ドンマイ」

 

 美紋がボソッと視線を逸らし呟くのに対し、来飛は静かに彼の震えている肩に手を置く。

 

 「え、今私何かまずい事言っちゃった!?」

 

 「無自覚で容赦なく急所をぶっ刺してくるアミュっち......恐ろしいわぁ...」

 

 あたふたするアミュールに流石の薫も乾いた笑みを浮かべるしかない。

 

 肩を竦め顔を真っ赤にしている燎平が見てられなかったのか、幸が話を切り替えるよう助け舟を出した。

 

 「さて、調子はどうかな?『異元展開エナークス』をしたのは今回が二回目と聞くが...」

 

 「………」

 

 少し黙った後、顔を見合わせる四人。

 

 どう、と言われても正直解答に困る。

 

 学校襲撃事件が起きてからトントン拍子で話が進み、気がついたら自分たちまで『異跡エイナス』を使う段階まで踏み込んでしまっている。

 

 来るところまで来てしまった、という薄い実感が残り何となく普段と違うこと、皆がやっていないことをしているのだという自覚は芽生えつつあった。

 

 しかし、それを良しと捉えるか否と捉えるかの割合の振り幅が彼らの中でそれぞれ異なっていた。

 

 (すげぇ...これが......)

 

 自分専用の『SCC』を身につけた事で、一気に今までの現実と乖離する実感が湧いてくる。

 

 『修復者リセッター』志望であり、比較的異能に触れる事に余裕がある暁と来飛は新しい刺激に何とも言えない高揚感を感じていた。

 

 色々彼らも口上はあるものの、結局は男の子。突然ファンタジーの世界が嘘じゃなくて、アナタも魔法が使えるのヨ、と言われたら誰だってテンションは上がるもの。

 

 対して、異能に触れる事に積極的になれない燎平や美紋は感じる不安の方が大きかった。

 

 (私...どんどん変わっていっちゃってる......)

 

 未知に触れる恐ろしさ、変化に対する拒絶もあるからこそ内心で葛藤が生まれる。

 

 敷かれたレールの上を走っていれば安心安全であるが、走らされている内はその有り難みに気付けない。

 

 皆と同じように、同じ事をしていれば失敗はしないという思考停止のサイクルにいる事が如何に楽か思い知らされたのだ。

 

 特に美紋は『異怪エモンス』への恐怖が忘れられないでいた。これから奴らと再び対峙する可能性がある事が頭を過ぎる度に、指先が震えてしまう。

 

 だが悩んでいるだけでは前へ進めないのも分かっている。だからこそ猶予を貰い、選択する自由を貰って今、こうしてここに来たのであった。

 

 「...よし。さ、じゃあ皆これを持ってて」

 

 少しの間を置いて、突如アミュールが四人にそれぞれ謎のキューブを手渡す。

 

 一辺が三センチ程の白い立方体で、表面はザラついている。角砂糖のようではあるが、それにしては少しばかり重いような気がした。

 

 「これは...?」

 

 「固形の『異素エナ』だな。まぁ所謂着火剤みたいなものでね」

 

 『裏側ミラ』の中で多量に大気中に含まれる元素、『異素エナ』は大きく分けて二つの働きを持つ。

 

 一つ目は、『異跡エイナス』を発動するために『異元エナーク』とは別に必要なもの。

 

 自分の身体の外から『異素エナ』を取り込み、身体の中にあるエネルギーの『異元エナーク』を合わせて初めて『異跡エイナス』が使用できる。

 

 そしてもう一つは、発動した『異跡エイナス』を『裏側ミラ』で持続させるというもの。

 

 所謂ガスコンロにおけるガスのような役割で、そこにある大気中の『異素エナ』を消費し続ける事によって『異跡エイナス』は効果を保っていられる仕組みである。

 

 逆に、『異素エナ』が大気中に存在しない空間だと『異跡エイナス』は発動しない。

 

 だがそのような空間はまずないと言っていい。それほどまでに『裏側ミラ』の大気中では『異素エナ』が占める割合が多く、よほど強力な『異跡エイナス』を使わない限りは『異素エナ』の豊富な供給は絶えないのだ。

 

 そういう意味でアミュールが燎平達に手渡した個体の『異素エナ』は『異跡エイナス』を発動させるきっかけ、着火剤には持ってこいという代物である。

 

 「これを使うと『異跡エイナス』が発動しやすくなる。特に君たちのような新米の練習には重宝されるものだな」

 

 「薫もこれやったわー!これあるとないとじゃ結構違うんだよね〜!ま、いずれはキューブ無しで出来なきゃいけないんだけどね!」

 

 幸と薫が解説する中、順番を考えていたのか少しの間黙っていたアミュールが口を開いた。

 

 「あー、『異跡エイナス』を試すのは一人ずつやって貰うんだけど...そうね、じゃあまずは燎平君、前に出てきてくれる?」

 

 「えっ、俺っスか!?」

 

 突然の名指しにビビる燎平。こういう場合、大体暁か来飛が自分で名乗るかという二パターンが彼にとって浸透しているため、一番目に呼ばれるというのは意外だった。

 

 アミュールの期待に背くかもしれないが、当然燎平は出来れば何かを最初にするのは避けたい精神を持つ。

 

 彼はとっさに他の三人にヘルプの視線を送るが、しかし呪わしい事に彼らがまともに相手をする筈もなく、燎平の出方を伺いニヤつくばかりであった。

 

 (お、お前らーッ!!?)

 

 慣れない事で戸惑い、失敗をするであろう燎平をネタにする為ならあの三人は満場一致で団結する。燎平と彼らは確かにそういう立ち位置でもあるのだ。

 

 「これだからトップバッターは嫌なんだよ...」

 

 アミュールの手招きに従う以外選択肢がないと悟り、燎平はぼやきながら足を動かす。

 

 「大丈夫大丈夫、すぐ終わるし簡単だから。緊張しないでね」

 

 アミュールがそう諭すも、自信がないのか渋い顔をしながら後頭部を掻く燎平。

 

 そんな彼を見てアミュールは幼子を見るような微笑を浮かべる。

 

 (新しい事をするのは最初は誰だって怖いし不安なもの...だからこそ、私たちがいるんだから)

 

 区切りを付けたのか、彼女の目つきが変わった。

 

 アミュールがサッと右手を払う仕草と同時に、懐から十数枚の紙が飛び出す。

 

 燎平を取り囲むように規則ある特定の位置についたかと思うと、紙に書かれている特殊な文字が発光した。

 

 「え、な、なんスかこれ!?」

 

 「安心して、結界を張っただけだから。そこからあまり動かないようにね」

 

 アミュールは『G,1』のように結界士ではない。

 

 だが、彼女の操る紙に記されてる『異元エナーク』を含んだ文字や、紙そのものの力を借りる事によって擬似的に他の種類の『異跡エイナス』も操る事ができるのだ。

 

 「アミュっちの『異跡エイナス』ってほんと便利だよねー、何でも出来ちゃうじゃんね」

 

 「あはは、何でもは出来ないよ。大体それっぽく真似してるだけだし、それに元の『異跡エイナス』を使ってる人ほど色んな事は出来ないしね」

 

 薫とアミュールはさぞ当たり前のように話しているが、ついこの間『修復者リセッター』云々に足を突っ込んだ燎平達にとっては、『異跡エイナス』を使うというのは何度見ても信じがたい光景であった。

 

 「あ、そう言えば貴方達にはまだ私の『異跡エイナス』ちゃんと見せた事無かったかな」

 

 そう言い、結界に使った紙とは別のものを何枚か目の前に浮かせる形で用意する。

 

 「うん、具体例を出すのはいい事よね。私の場合は、私は紙を自在に操れるっていう力なんだけど」

 

 そして彼女が指先を動かす動きと連動して、その紙たちも空中を泳ぐかのように滑らかに舞う。

 

 「あとはそうね...私が操る紙ってのも色々種類があるんだけど、その紙によって発動できる『異跡エイナス』の種類も変わってくるのね」

 

 今度は彼女が操っている紙の数枚が赤や青に変色する。赤色の紙からは弾けるように炎が吹き出し、青色の紙からは流れるように水が溢れた。

 

 「原則『異跡エイナス』は一人一つ。だがアミュールは数少ない例外と言えるだろうな。別の『異元エナーク』を紙に含ませれば、それだけ違う『異跡エイナス』が使えるという優れものだよ」

 

 幸が言うように、アミュールの『異跡エイナス』の使い道は結界に留まらず、火や水などの基本的な『異跡エイナス』の行使から召喚や治癒などの多種多様な用途がある。

 

 そしてその根幹は元ある紙を『操作する』事にあるため、一から生み出す生成型よりも『異元エナーク』の消費量が少ない。

 

 あらゆる応用が効き、尚且つ燃費も良いという彼女のみが持つ強力無比な『異跡エイナス』こそ、『特殊型』の『操(紙)』であるのだ。

 

 「あ、すいません。えと、俺どうすれば...」

 

 慣れない結界の中に放り込まれたせいか、気が休まらない様子で燎平が尋ねた。

 

 「ああごめんね、ちょっとだけ待っててね」

 

 優しい声音で彼に言い聞かせた後、隣の幸に視線を送る。

 

 「...さて、それじゃあ私もそろそろ『異元展開エナークス』する頃合いかね」

 

 「うん、お願い。一応貴女の力も借りたいから」

 

 「ほいほいっと...」

 

 気怠げに呟いた幸は息をするように『異元展開エナークス』をし、瞬時に今まで着ていた教員用ジャージから『SCC』へと衣替えをした。

 

 「おお...」

 

 思わず来飛や燎平の口から息が漏れる。やはり瞬く間にガラリと人の見た目が変わるというのは新鮮な経験であった。

 

 二倍ほど長くなった髪は明るめの茶から青緑色に。頭には白い花の模様が入った、ナースキャップのような薄い青色の帽子が乗っかっている。

 

 わりかしごちゃごちゃとしている印象を受けるアミュールの『SCC』とは対照的に、サーチスのそれは極端にシンプルだった。

 

 と言うのも、まるで円柱の更衣室を思わせる作りの彼女を丸ごとすっぽりと包み込んでいる特殊な衣装が原因だった。

 

 そしてよく見ると、その紺色のカーテンは数枚に枝分かれしている。ふよふよとそれらの先端が空中で揺らめいている様はまるでクラゲの足を思い起こさせる。

 

 どういう理屈で浮きながら彼女の身体を覆っているのかはさて置き、燎平達にもわかるのは特殊な素材で出来ているのだろうという事だけだった。

 

 「おおー!さっちんのひっさびさに見たー!」

 

 「はは、まぁ私は少し特殊だからね。この環境がある以上、君たちのように常時『異元展開エナークス』する必要が無くなったわけだ」

 

 よく話についていけず、首を傾げている一年生とは別に目を輝かせる薫。

 

 そして来飛はある一点が気になって中々目を逸らせないでいた。

 

 (...マジに中なんか着てるのかありゃ......)

 

 正確には、彼女のカーテンが覆っているのは胸元から下半身。問題なのは、そこから上は全て肌が露出している件だ。

 

 カーテンの隙間からチラチラと見える足も全て肌色。普段の彼女の言動も手助けして、余計そういう可能性がある匂いが強くなってしまう。

 

 幸い煩悩エリアに行きかけた来飛の意識が素早く戻って来れたのは、燎平にかけられたアミュールの声のおかげだった。

 

 「それじゃあ燎平君、今から私の言う通りにやってね。出来るだけ自然体がいいから、肩の力を抜いてリラックスしてね」

 

 「...はい」

 

 そう言われると余計彼は身体が強張ってしまうのだが、いちいち小言も言ってられない。

 

 軽く深呼吸をし、手で胸を押さえる事によりうるさい鼓動を気持ちだけでも何とか鎮める。

 

 超常の力である『異跡エイナス』を自在に使える彼女達を見た時は、心底驚き憧れたものである。

 

 そして自分ももしかしたら、と抱いていた淡い希望が今実現する。

 

 (いよいよ、俺の『異跡エイナス』が...!)

 

 空想が現実に食い込むのは目前であった。

 

 

 アミュール「は、話とはなんでしょうさーちゃんさん...」

 サーチス「ん?とぼけんなよ?わかってんだろうに」

 アミュール(アッあかんやつこれ)

 サーチス「...あのな?先生ってのは普通生徒に謝っちゃいけないんだよ。な?わかる?」

 アミュール「...はい」

 サーチス「お前威厳示すためか知らんけど焼肉奢ったんだよな?なのにお前が酒呑んで迷惑かけてどうすんの?ねぇ。自分が何したか分かってんの?お前も言ってたよな?飲んでる姿だけは生徒に見せられないって。どうなってんのコレ?ねぇ。なんか言えよ。黙ってちゃ何もわかんねぇからさ」

 アミュール「はい…」

 サーチス「いやさっきからはい…じゃなくて」

 アミュール(相変わらずこ、こっわ...『異眼エイ』でガン見してくるのやめて......)

 サーチス「0点だよ。ゼロ。赤点どころじゃないよ全く、笑えない。もうマイナスつけてもいいよ。お前ん家にある秘蔵の酒全部飲むぞ」

 アミュール「そ、それだけは!」

 サーチス「てかお前さぁ、昔っからなんかそういうとこあるよなぁ。押しに押されたら負けるというか、弱いヤツにはとことん弱いというかさ。変わろうとは思わないの?」

 アミュール「ごもっともです...」

 サーチス「まだ私達だけの時はいいよ、面子とかも気にしなくていいしお互いカバー出来るからさ。でもよ、ダメな時ってのがあんだろ。な?分かってるとは思うけどさ。ってかこれが一番私は気に食わんよ、分かってるのにやっちゃうとか。ほんと何?精神年齢同じなんですか?」

 アミュール「すいません...」

 サーチス「だぁから私に謝るなっての。......まぁ、自分に厳しいの知ってっからあんま私からは言わないけどな?」

 アミュール「...え?」

 この後なんだかんだ三十分以上これが続いた。アミュールは奈落の底より再び深く反省し、しばらくまた禁酒しようと誓った。

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