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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
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16 新入生合宿1日目 Ⅷ 『節目』


 就寝時間が近づくと、昼の賑わいとはまた一変して宿舎内はしんと静まりかえる。


 周りには人気が感じられず、十メートル先の水面に雫が落ちる音さえ聞こえそうな程、静けさに包まれていた。

 

 「……………」

 

 この宿、『永樂えいらく』は節電のため夜十時以降は電球の光量を落とし、通路やロビーといった施設の電気も全てナイトライトにしているのだそうだ。

 

 また、和風の雰囲気を出すため通路に点々と置かれた灯篭にもLEDの明かりを灯しているが、それで暗がりが全て無くなった訳ではなかった。

 

 寧ろその白というより黄色や赤色に寄った光が、所々あるその暗がりに不気味さを与えてしまう。

 

 「………………………」

 

 どうしてこう、暗がりをふと目の端に捉えるだけでそこに何かあるかも、と思ってしまうのか。

 

 曲がりなりにも彼女はもう高校生。こんな事でビビっているのが皆…とくにあの先輩にバレては笑われてしまうのは必至である。

 

 「……かと言って、たかがトイレくらいでわざわざ陽乃ちゃん起こして付いてきてもらうとか…いや、ないない」

 

 十一時まであと三十分。離れの体育館まで校舎から歩いて五分なので、余裕を持って先に済ませられることを済ましていた。

 

 勿論それがメインの理由ではあるが、あの部屋から一旦出たかったのも少しあった。

 

 結局あの後数分して愛海が去り、少し早めに寝る事となったのだ。どうせ起きていても、あの雰囲気ではろくに会話も続かなかったであろう。

 

 床に伏す前に、美紋は薫と目が合っていた。一瞬覗かせたその瞳の奥は、普段見せない陰が潜んでいるようでいて。

 

 (あの人…ほんと、何考えてるか分からない……)

 

 距離感を急に詰めてくると思えば、今度は嫌味か何かを高いテンションで飛ばしてくる。

 

 彼女の一連の動作を思い返すだけで何故こんなにも虫酸が走るのか。

 

 これこそ生理的に無理、というやつであろう。大抵そういう人達とは元々馬が合わないのか、反発する磁石のようにお互い関わるのを無意識に避けていたのだ。

 

 しかし、あの小さな先輩だけは違った。

 

 拒否を匂わせるリアクションをしても、考えていることが顔に出てしまっていても明らかに何かと此方に接触しようとしている。

 

 その理由は最早明らかであるが、事情が事情なだけにそう簡単に距離を置ける間柄ではなくなってしまった。同じ部署で仕事している同僚のようなものである。

 

 しかもこれから最低二日間、四六時中行動を共にしなければならないのだ。そう考えるだけでストレスで目眩が起こりそうであった。

 

 何より、陽乃ちゃんが可哀想でならないと美紋は思っていた。

 

 まだ美紋と薫だけならいい。だがそれに陽乃が巻き込まれ、加えて二人の仲が悪化したのは自分のせい等と思い込んでいるならば見当違いも甚だしい。

 

 何も悪くない陽乃をこれ以上巻き込みたくないのであるが、彼女の性格上、そう考えている可能性は十分にある。自責の念で潰れず、彼女だけでもこの合宿を楽しんで欲しいものだが…と美紋は頭を悩ませる。

 

 そも、チームメイトと仲が悪くなる事は当事者だけでなくそのグループ全員に開く影響が出るという事だ。メリットなど一つもない。

 

 美紋自身もせっかくの高校生になって初合宿なので、気兼ねなく楽しみクラスメイトとも親睦を深めたいのであるが、どうしても彼女の事が心の隅に引っかかったままでいる。

 

 このわだかまりを払拭するにはあの先輩との問題を解決しなくてはならないが…

 

 (仲良くなる…?あの人と、私が……?)

 

 『何だよ美紋ちゃんノリ悪いなぁ〜!女の子で恋バナ好きじゃないとか致命傷だぜ?ヒノのんは女の子してるよ!(美紋視点での意訳:何そのノリ、ココで盛り上がらないとかマジあり得ないんですけど)』

 

 『ま!これからだよ美紋ちゃん!これから!今まで何も無かったみたいだけどまだ華の高校生活はまだ始まったばかりじゃん?(美紋視点での意訳:周りにいい男いるのに彼氏作った事ないとか、お高くとまってるんじゃないの?)』

 

 (無理無理無理無理!絶対無理!!)

 

 分かってる。自分の悪いイメージが先行し過ぎている。確かに考えすぎかもしれない。

 

 だが、彼女の顔を思い浮かべると、その表面の裏にどうしても何かある様に思えるのだ。

 

 「はぁ……」

 

 口から息をこぼしながら深く頭を垂れる美紋。

 

 薫が部屋にいると思うと、部屋に帰る足取りが途端に重くなる。

 

 アミュール主催であるこの後の訓練があるため、帰ったとして部屋にいるのも数分程度ではあるが、出来るだけ今は彼女と距離を置きたいのも事実であった。

 

 だがかといって、この辺りを散策するにしてもちょっぴり怖いし、ましてやこの時間であれば褒められたことではないだろう。

  

 「………なんか飲み物買って帰ろ…」

 

 水筒にはまだ明日山に登るように貯めた水があるが、それではこの胸の騒めきを落ち着かせるには役不足な気がする。

 

 何か暖かい飲み物を飲んで、せめて少しでも気持ちを落ち着かせよう…と図った矢先、背後から声がした。

 

 「……美紋?」

 

 「え?…あ」

 

 この声の低さで、自分を名前で呼び捨てる者は一人しかいない。

 

 「燎平…」

 

 「…おす」

 

 そこには寝巻き姿の燎平が後頭部を掻きながら立っていた。

 

 「何してんの?こんなとこで」

 

 「ただのお手洗いの帰り道。ついでに飲み物買ってこっかなって…燎平は?」

 

 「ん、俺も飲み物」

 

 「ふーん…ってかアンタ、また風呂入った後髪乾かしてないでしょ」

 

 「え、そうだけど。何で」

 

 「そんな自然乾燥でいいじゃん、みたいな顔しないで。だからいつもボッサボサなのよ」

 

 「へいへい、気をつけます気をつけます」

 

 「絶対気をつけないヤツでしょそれ……アンタ、そんなんだと近いうちにハゲるよ」

 

 「ぐはっ」

 

 髪の話は男性にとって女性の胸の話と同じくらい非常にデリケートな事で、軽率に触れて欲しくない部分ではあるがこの場合は別であった。

 

 男であっても、いや男だからこそ髪のケアは大事なのである。まだ若いからーと蔑ろにしてると後々痛い目を見ることになる。風呂上がりにドライヤーは絶対。

 

 「ってかお前、よく一人で来れたよな」

 

 「…どういう意味?」

 

 「だってホラ、小学校の時とか家族でキャンプ行った時夜中トイレ行けなくて漏r」

 

 「アー!!なんだ急に耳が詰まって聞こえないなぁ〜!!ってかそんな昔の話持ち出してくるんじゃない!!」

 

 「ゴボッ!?」

 

 鳩尾に肘。燎平はHPの三割を持っていかれた。

 

 「ヴォ…みぞおちィ……」

 

 「自業自得よ。別に、今だって怖くないし」

 

 「…ん?今あそこなんか動かなかった?」

 

 「……はっ、無駄無駄。残念でしたね、そんなのに今更引っかからないって」

 

 「いやマジマジ………うわぁっ!!!」

 

 「ひゃあああ!!??」

 

 背後から両肩にいきなり手を乗せ、大声をあげる燎平。満足のいく彼女の反応を見れた代償として、彼のHP四割が再び支払われた。

 

 学習しない燎平が美紋をからかっているうちに、二人は目的地に到着していた。

 

 そこは廊下の途中にあるちょっとした小さな休憩スペースでもあり、自販機の台は壁に沿うような形で二つ一列に置かれている。

 

 他にもくつろぐ為の長椅子や、漫画や雑誌が置いてある本棚、昼はさぞ良い景観が眺められるであろう小窓などが揃っていた。

 

 取り敢えず長椅子に腰を下ろす美紋に燎平は声をかける。

 

 「美紋、なんか飲む?」

 

 「え?奢ってくれるの?へぇ、燎平の癖に気がきくじゃん」

 

 「……今急激に小銭入れる気失せたんだけど」

 

 「私コーヒー」

 

 「聞けやコラ」

 

 何だかんだ言いつつ、結局美紋には逆らえない燎平であった。

 

 美紋に逆らったら痛い目を見ると幼少期から身体に刷り込まれているので、二人の間には覆せないヒエラルキーが確立しているというのがそれの理由なのだが。

 

 「…ってかそれ今飲むの?寝れなくなるぞ」

 

 「いーの。今はそういう気分」

 

 ならいいけど…と二人分の小銭を渋々投入する燎平。

 

 「またココア?ほんっと甘党だよねアンタ」

 

 「うるせぇな、甘党で悪かったな苦党」

 

 「ふふ、お子ちゃま」

 

 「甘いのダメとか本当に女子かオメェ」

 

 「はぁ?ダメじゃないよ、甘すぎるのは嫌ってだけ」

 

 「同じだろ」

 

 「違うしー」

 

 あつ、あつ、と舌を出しながらちびちびホットコーヒーを飲む美紋。彼女のように、猫舌がこうも強いとこういう時苦労するであろう。

 

 「そういやさ、男子達は何やってたの?ご飯食べてから」

 

 「ん?俺ら?いや普通に…トランプしたりダラダラ話したりしてたな…」

 

 「ふーん、普通だね」

 

 「いや何を期待してたんだよお前は」

 

 「えー、だってさ、そっち来飛君がいるじゃん?いつもだったら枕投げしようぜー!とかで襖の一枚や二枚破きそうなのになって」

 

 「美紋の中の来飛が暴れん坊将軍すぎる件」

 

 流石に今のは冗談だけど、と口元を綻ばせる美紋。

 

 「まー、アイツも高校生になってちったぁ自粛してるんかね。確かにいつもと比べて大人しい気もするけど、基本意味もなく他人には迷惑かけない男だからな、アイツも」

 

 「ん、確かにね。中学で喧嘩沙汰になった時も、他所の高校生からクラスメート庇ったからって聞くし」

 

 そう。来飛は割と血気盛んな所はあるが、決して自分を見失わず、やる時はやるアツい男なのである。

 

 それ故に男女問わず人気があり、サッカー部でのキャプテンも上手く務めあげた程のカリスマを持つのであったが。

 

 「…んで、美紋達は?」

 

 「何が?」

 

 「いや、今まで何してたのかなって」

 

 「えー、気になるの?」

 

 「お前が先に聞いてきたんだろうが、俺にだって聞く権利あるだろ」

 

 「まぁいいけど…でも、男の子にはあんま面白くないかもだよ?特に燎平なんかは縁がないかも。うぷぷ」

 

 「ちょっと待て内容なんかもう分かりかけてきたんだけど」

 

 どうせ恋バナだろ、と半眼で言い捨てる彼の予想は見事的中し、美紋がピンポーン、と指を立てる。

 

 「流石に内容までは秘密だけどねー。陽乃ちゃんが可愛かったなぁ」

 

 「それ結局俺何も聞けてないのと同じじゃねぇか」

 

 「あ、じゃあ一個だけ。燎平は女子の中では満場一致で『ない側』だったよ」

 

 「それ一番聞きたくなかったヤツだよ!?ってかそれ本人に言う普通!?」

 

 「現実は非情なのだよ、燎平君。君もモテたくば頑張ることだな」

 

 「嘘だろ…マジか……」

 

 項垂れる燎平の肩にポンポンと手を置く美紋。可哀想な事に、彼がモテる可能性はまた一つゼロに近づいてしまったらしい。

 

 「まぁまぁ。元気だしなよ。これからよこれから。滅茶苦茶頑張れば一人は何とか出来るんじゃないかな。多分きっと。私応援してる」

 

 「何でそんな希望ないみたいな言い方するのぉ!?」

 

 そんな燎平を見て、美紋は思わずふふっと笑みをこぼしてしまう。

 

 「やっぱモテるのは暁とか来飛だよなぁ……薫先輩とかモロ来飛気に入ってたし…。やっぱあの人、来飛の事狙ってるんじゃないの?」

 

 「え?…あ、まぁ、そうかな。いやどうなんだろ」

 

 「何だよはっきりしねぇな。一緒の部屋なんだろ?あの人の性格からして、真っ先に『薫はねー!アイツを今狙っててねー!』とか言ってそうだけど」

 

 「…え?今の物真似?うわ似てな、きもっ」

 

 「男なんだからあんなクソ高い声出るわけないだろ!いちいちそういうトコ反応しなくていいんだよ!」

 

 いちいち厳しい美紋に反応を返すのも彼らにとっては日常の一部であった。

 

「…ってか、そうやってさりげなく探り入れないでよ。私たちの恋バナに首突っ込むって事は乙女の禁忌に触れるってことだからね。夜葉先輩の事でも、本人が言っていいよって事以外言えないし言いたくないの」

 

 「……乙女?」

 

 「は?」

 

 「ごめんなさいごめんなさい」

 

 向けられる切り裂くような鋭い眼光に、思わず身構えてしまう燎平。

 

 彼にとっては話の流れでたまたま聞いただけであって、そういうつもりでは無かったのであったが上手くいかないものである。

 

 「…まぁ?そっちが何かそれ関係で教えてくれるぶんには全然構わないけど?」

 

 「えー、男にそれ聞く?」

 

 「男の子だってそういう話しないわけじゃないでしょ」

 

 「下ネタ入るよ?」

 

 「うわ最ッ低ハイ聞いた私が悪かったですすいませんでした」

 

 これだから男子は、と美紋は息を吐く。

 

 「まぁ、毎度のことながら美紋は人気だったけどなー」

 

 「…どっちで?」

 

 「え?」

 

 「何でもない」

 

 「なになに」

 

 「何でもない!何でもないってば!」

 

 顔を反らしながらせわしなく手を振る美紋。

 

 不意にポロッと、半ば無意識に出てしまったものであったが聞かれなくて良かったと心底ホッとした美紋であった。

 

 「生徒会長も人気だったなー。それ系統でウチのクラスだと…ウメコとか」

 

 「不敬・不純・不埒」

 

 「…まだ何も言ってないんですけど」

 

 「顔見れば何となく分かるっての。ホント、何というか、正直だよねぇ」

 

 「あぁ、まぁな。大きいモノは良いモノだ……」

 

 「セクハラ。しね」

 

 「……ごめんな?」

 

 「うっさい!!その目をやめろ!!」

 

 燎平の方に背を向け、美紋は両腕で胸部を隠しながら睨みつける。彼女自身が一番分かっていた。

 

 「…美紋もさ、これからだって。大丈夫、薫先輩よりあるじゃん」

 

 「一回本気で蹴って良い?」

 

 「それ俺死ぬやつ」

 

 「大丈夫。骨も残さないから」

 

 「え、こわ…せめて拾ってくれよ」

 

 まだクラスの男子共は幸せであろう。今のところ、彼らにとって高嶺の花である美紋の本性を知らないのだから。

 

 浮ついたままでいられるのも時間の問題だと思うと、何となく彼らが可哀想だなと憐れむ燎平であった。知らない方が世の中いい事もあるというものである。

 

 「………」

 

 「……………」

 

 ふと、会話が途切れた。

 

 二人きりになると、つい彼らは思い出してしまう。


 (クソッ、まただ…)


 あの日、あの夕暮れが暖かかった日以来、どうも美紋といると心がざわついてしまう。

 

 柔らかい声でかけてくれた言葉。温かな手の温もり。

 

 あんな表情もするのか、と長年彼女を見てきた燎平でさえも初めて見るほどの優しい笑顔。

 

 あの情景が彼女を見るたびにフラッシュバックしてしまう。

 

 頭をぶんぶんと振って脳裏にこびりついた彼女を離そうするが、視界の隅に入ってくる美紋本人がまた彼にとって刺激が強すぎた。

 

 (………………)

 

 見慣れた学生服や家族での集まりで着ていた私服とは一変して、美紋の寝巻き姿を見るのは子供の時以来である。

 

 それだけでも新鮮味を感じるというのに、風呂から上がってそれほど時間が経ってないせいか、美紋が動く度、髪が揺れる度彼女の香りが普段よりいっそう強く感じてしまう。

 

 久々に二人っきりというこの状況のせいなのか、周りに暗がりがあるせいなのか、少しばかりいつもの調子が出ない燎平であった。

 

 何を話したもんかと燎平が考えていると、先に彼女の口が開く。

 

 「…それ、薄そうだけど寒くないの?」

 

 「ん?あぁ…中に一枚着てるから大丈夫」

 

 「そ…ならいいけど……」

 

 「うん……」

 

 「…………」

 

 (…な、なんか調子狂うなぁ…)

 

 一方、美紋も美紋で中々燎平の顔を見れないでいた。

 

 いつもなら何とも思わない沈黙も、この時ばかりは何故か居心地があまり良くない。

 

 先程から、一見普通のやりとりをしている風に見えるが、会話してる時ずっと心の何処かにある小っ恥ずかしさが邪魔をしていたのであった。

 

 やはり、彼女も思い出すのはあの時の事。

 

 (いくら幼馴染とはいえ、アレはちょっとやりすぎたかも…)

 

 一時の迷いというか、気づいたら口と手が勝手に動いていたというか。

 

 しかしあの時の燎平は何というか、ああでもしないと壊れてしまうのではないか、と思えてしまうほどに繊細で脆くなっていたのだと思う。

 

 兎に角、私が恥ずかしがってちゃまずいと今一度心の中で自分に喝を入れる美紋。

 

 先の恋バナではないが、こういう時こそ私がお姉ちゃんだぞ、という立場が上である威厳を見せつけるいい機会である。

 

 変に身構えることはない。適当に頭に浮かんだことをいつも通りに、適当に話していればこの気まずさもすぐに消えるであろう。 

 

 「おい…大丈夫か?」

 

 だが、先に声をかけてきたのは燎平であった。

 

 「え、何急に」

 

 「いや、何となく。なんか落ち込んでるだろお前」

 

 ハッと、一瞬目を見開く。

 

 「え、そんな風に私見える?」

 

 「……俺の気のせいかもだけど。でも、さっきちょっと暗い顔してたから」

 

 「..................」

 

 先程話してた事といえば、恋バナ関連の話。

 

 そこに、『彼女』の影があったのも事実であった。

 

 「......美紋?」

 

 彼女はほんの少しだけ間をおいて、プツリと糸が切れた様に口から息を吐き出した。

 

 「………分かっちゃうか」

 

 「そりゃまぁな」

 

 伊達に十年以上つるんではいないということか。どんなに普通を装っていても、どうやら彼には分かってしまうらしい。

 

 「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいけど」

 

 「え、気遣ってくれるとか燎平らしくない…明日雪でも降るのかな」

 

 「えっ…?お前の中での俺の評価低すぎ…?」

 

 「ふふ、冗談だよ」

 

 美紋が微笑む。彼をからかう事が、予想以上に彼女の中で心の助けになっていたらしい。

 

 「…正直嬉しい。ありがとね、ちょっぴり見直した」

 

 「そうかよ、そりゃ結構」

 

 燎平は後頭部を掻く。彼もまた、からかわれたとしても美紋の笑顔を見てしまったらどうも許してしまうのであった。

 

 「…んで?なんかあったの?」

 

 「ん……」

 

 一度気づいてしまったのならば、それは彼の中にも僅かかもしれないがしこりが残るというもの。

 

 それに此方としても話した方がすっきりするし、燎平はペラペラ言いふらす様な真似もしないであろう。

 

 彼になら、と美紋はそれから心中を吐露し始めた。

 

 「……まぁ、人間関係、みたいな……感じでさ」

 

 「人間関係?…珍しいな」

 

 「うん…今までが恵まれてただけかもだけど」

 

 燎平も美紋の全てを知っているわけではないが、小学中学と見てきた感じ、彼女はオープンではないにしろいい友達が複数人いた気がする。

 

 顔は広くないが、気の許せる女友達がいるグループはあったであろう。

 

 そのコミュニティが続いていたため、今までは何とかなっていたが、高校という新天地でいよいよ問題に直面してしまったという事らしい。

 

 「ちょっと相手するのに気苦労してる人がいてね…これからも付き合っていかなきゃとか思うとちょっと……」

 

 「その感じ、男じゃないんだろ?前みたいに粘着されたりとかじゃないよな」

 

 「ちょ、嫌なこと思い出させないでよ。違う違う。あれほどヤバくはなかったけど…あれとはまた違ったベクトルの気まずさなんだよね」

 

 「ふーん……」

 

 美紋は中学時代、その見た目ゆえか異性間のトラブルも多少あったという。

 

 中にはストーカー気質を持つ輩の迷惑も受けた事があるのだが、彼女があまり交友関係を広く持ちたがらないのはそれも端を発しているのであろう。

 

 「…で、誰よ?」

 

 「………」

 

 「誰にも言わねぇからさ」

 

 「……………ぱい」

 

 「え?」

 

 「…夜葉先輩」

 

 「あーーー。そりゃ、まぁ…何とも……」

 

 考えてみれば、確かにお互い気が合わなそうな性格をしているなと彼も納得した。

 

 そして、名前を出した事で今までかかっていたストッパーが外れたのか、彼女の口の動きに滑らかさが一気に加わる。

 

 「そう、そうなのよ。ホントにもう何…って感じでさぁ…!」

 

 そこからは、怒涛の一言であった。

 

 今までは無かったのに合宿始まってから急に距離詰めてきたとか、その方法が強引すぎるとか、体洗ってる時も後ろからいきなり抱き着いてくるとか、さっきも嫌味を含んだ言い方を散々されたとか。

 

 普段こういう事を言わない彼女だからこそ、余計に勢いがあるように見えたのであろう。隣に座る燎平もどう対応していいか分からなかった程であった。

 

 暁曰く、女性は問題の解決よりまずは気持ちの整理を優先するらしい。

 

 そこで仲良くなるにはこうした方がいいとか、そこでこうすればその問題が起こらなかったのではないか、とか口を挟むのはNGだと言う。

 

 それに準じて、その間は燎平もただ首を縦に振ることに専念していた。

 

 「それでね、この先どうやって接したらいいかとか、色々悩んでてさ…それに何で楽しい合宿だってのに私ばっかりこんな悩んでなきゃいけないんだとかもう考えただけでさぁ……」

 

 「…珍しいな、お前がこんなに人の事言うなんて」

 

 「そりゃ言うよ、今困ってるんだもん」

 

 「よっぽど溜め込んでたんだな……」

 

 「ん、そうかもね…陽乃ちゃんにも話せないし……」

 

 「まぁ、そうなるよなぁ」

 

 同室の陽乃に話す事こそ論外であろう。薫とは別の意味でも付き合いがあるし、それで彼女まで巻き込んでしまっては、薫と美紋の板挟みになってしまう。

 

 「はぁ……どうしたら良くなるのかなぁ…」

 

 「…ま、喧嘩するほど仲がいいとか言うし……一緒にいれば何とかなんじゃね」

 

 「そんな適当な…まぁ、解決とか燎平にこれっぽっちも期待してないけど」

 

 「ひどい」

 

 「それにこれは私の問題だから、私が何とかするしかないんだけどねぇ…」

 

 明確な解決方法などない。あるにしても、今の彼女らには思いつくことができなかった。

 

 「だな、変に俺が絡んでも逆効果だと思うし…こういう相談するなら、暁の方が向いてるよ」

 

 「ほんと…悔しいほどにあの人何でも出来るから…」

 

 3人集まれば何とやら、と諺があるが暁に関して言うなら彼の力は百人力であろう。それだけの知識量と解決策を持っていると、彼らは確信していた。

 

 「暁君には明日相談してみるとして……まぁ、話聞いてもらえただけでもなんかスッキリした。ありがとね」

 

 「んにゃ、美紋さんのお力に少しでもなれたのなら光栄ですねぇ」

 

 「……なんかムカつくから蹴っていい?」

 

 「え、唐突な理不尽に俺結構びっくりしてる」

 

 燎平に対してだけは、まだ口より先に手が出る幼い時の悪癖が時折出てしまうようであった。

 

 げしげしと軽く足首を蹴る美紋の方が、今は甘えている子供に見えた事を口に出すのはそれこそ無粋だろうと彼は思った。

 

 「………あ、今割といい時間…」

 

 「だな……」

 

 二人が話し込んでいる間に、時計の針は二十三時十分前を少し過ぎた位置にあった。

 

 「色々、もう変わってくんだね…」

 

 言葉にしなくても、ひしひしと感じる。

 

 合宿を過ごすことで普通の高校生活を体験する余韻に浸っていたが、現実を見る時間がやってきてしまった。

 

 もう少しで完全に日常が終わる、そんな予感がする。

 

 「…行かなきゃ、だな」

 

 「うん…」

 

 互いの飲み物も既に空になった。

 

 今までは受け身だった異能に、今度は初めて自ら向き合うこととなる。

 

 心根にあるのは緊張と恐怖。

 

 だが、それでも、前を向かなければいけない。

 

 例えこの先、どんな事が起きようと、そこにある事実として受け入れなければいけないのだ。

 

 二人は『施設出身者サバイバー』になると言ったが、異能に干渉するという時点で、ある程度は覚悟しなくてはいけない。

 

 あれだけ時間をかけて苦悩し、やっと芽生えてきた胸に秘めるその『覚悟』が、いかに薄っぺらいものであったかをまだ知らない二人は歩き出す。

 

 ……時間は、残酷にも、等速でやってくる。

 

 異なることわりに触れる時が、訪れた。


薫「へっくち!うぅ……」

薫(ん〜?誰か薫の噂でもしてんのかなぁ…?)

薫(……にしても…わかってる。……わかってるんだけどなぁ……これ以上アミュっちを困らせたくはないし……)

薫(……でもさぁ…あれはさ……キツいって………)

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