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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
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15 新入生合宿1日目 Ⅶ 『変動』


  

 生徒達が宿に到着したのが二時すぎ。三時に体育館集合で、五時までスポーツレクリエーション。

 

 五時半から七時まで、時間帯を分けながら各クラス合同で入浴。七時半から八時半までご飯。

 

 そして、その時間から消灯時刻までの二時間は、寝る前までのちょっとした自由時間というヤツである。

 

 十時半という就寝時間は高校生たちにとってやや早い気もするが、明日も早いし山登りをするという事なので英気を養えという事ならばまぁ納得は出来る。

 

 他の生徒達が何をしているか小耳に挟んだ情報によると、持参したテーブルゲームをしたり、館内を散策したりしてるらしい。

 

 流石にこんな夜遅くに外出許可は出なかったので、皆で辺りを探検だ!とか星見に行こうぜ!とかは当然ながら不可能。それらが実行に移せないのがやや心残りな生徒も少なくなかったようであった。

 

 そんな中、同じ部屋の美紋、薫、陽乃達はというと、敷いてもらった布団の上で輪を作っていた。

 

  空いた時間何をするかと一考していた美紋であったが、突然隣の先輩がちょっと集まって!と騒ぎ出したのである。

 

 「あの…何ですか急に」

 

 「やっぱ合宿の最初の夜といったら恋バナっしょ!」

 

 明らかに面倒臭そうな話題に美紋は思わず顔をしかめる。

 

 …いや、いつもの彼女ならばこの手の話は割と前向きなのであるが、何故か今、この状況でこの人とその話をするのは少しばかり抵抗があった。

 

 「最初に誰が好きかーとか気になってるーとか最初に分かったらこの合宿でアタックチャンス作れるっしょ?」

 

 「はぁ……」

 

 「何だよ美紋ちゃんノリ悪いなぁ〜!女の子で恋バナ好きじゃないとか致命傷だぜ?」

 

 美紋のこめかみがピクピクと痙攣する。これはなんというか…そういう訳じゃねぇよと言いたいというか、流石に彼女も少しイラッと来る。

 

 またもや美紋の目が冷たくなるのにも構わず、小さな先輩は陽乃に話を振る形で陽気に話を続ける。

 

 「ヒノのんは好きだよね?気になるよね?恋バナ」

 

 「え?えと…う、うん。まぁ」

 

 「ホラ!ヒノのんは女の子してるよ!」

 

 「…………」

 

 わざとなのかそうでないのかはっきりしないが、何にせよ小馬鹿にされているのは確かである。まるで自分が女の子じゃないみたいな言い草に、美紋の目は更に光を無くしていく。

 

 それはもう隠しようもなかった程だったが、薫は気にも止めず陽乃に話しかける。

 

 「じゃあヒノのんからねー!ぶっちゃけどうなの?今彼氏いる?」

 

 「ええええっ!?」

 

 いきなり初っ端からフルスロットルな薫に思わず声をあげ、顔を真っ赤にしてついていけない陽乃。

 

 (…ホラ、言わんこっちゃない)

 

 こういう奴は一旦調子に乗り出すとすぐこうだ、弱者を真っ先に食いにかかる…と美紋は内心目を細める。

 

 まず自分から話さない。話題だけ振っておいてさんざん他人の話で味を占めてはいざ自分の番になると適当にはぐらかして弱みを出さない寸法だ。

 

 陽乃ちゃんみたいな素直でピュアな子こそ格好の餌食だろう、と美紋は思う。

 

 「かっ、かか彼氏なんて!そんな!私にはまだ早いよ!」

 

 「え〜?とか言っちゃって、気になってる男の一人や二人、いるんじゃないのぉ〜?ん?」

 

 「へっ!?え……んー、そんな、気になってる人とかは………いないかなぁ〜、うん」

 

 (いや陽乃ちゃん嘘下手ッッ!!)

 

 聞かれた途端、わざとやっているのか…?と逆に疑いたくなるような目の泳ぎ方、どもり方に思わず美紋ももうちょい頑張れよ、と心の中でツッコミを入れるほどであった。

 

 勿論、味を占めた薫が食いつかないはずがなく。

 

 「え!?いるの!?誰誰っ!?」

 

 「だ、だからいないってぇ〜!」

 

 いくら否定してもぐいぐい来る薫の対応に手を焼き始めたのか、目で美紋にヘルプを出す。

 

 (み、美紋ちゃん〜!助けて……、はっ!?)

 

 その視線に彼女も気づいたのであろう。

 

 しかし、友情はどこへ行ったのやら、顔を強張らせながらスーッと美紋の黒目が横にずれる。

 

 (美紋ちゃーんっ!?!?)

 

 ごめん陽乃ちゃん、正直私もその話めっちゃ聞きたい。

 

 汗を流す彼女の表情から読み取れる答えは、沈黙という裏切りだった。

 

 「ホラ!ヒノのん!吐いちゃいなよ!ね、誰、誰!?」

 

 「え、えぇっとぉ……そのぉ………」

 

 美紋という仲間(笑)も見事なまでに餌につられ、更にここで否定しない事が敗北への王手となった。

 

 陽乃の目線が上下左右あらゆる方向に一通り行き、散々指をこねくり回したりしてどうにか時間を稼いで耐えようと試みたが、尚も続く好奇な視線についぞ耐えきれなくなったようである。

 

 ついに観念したのか、耳まで林檎のようになりながらも、彼女は俯いてぽつりぽつりと口を滑らせた。

 

 「い、いや、最近知り合ったというか……まだ、友達かどうかですら……………」

 

 「え?最近知り合った!?って事はもしかしてウチのクラスのヤツ!?」

 

 キャーッ!と一気にその場が盛り上がる。今正に意中の相手が友達にいる、と分かった時のこのテンションの上がりようと言ったら正しく水を得た魚であろう。

 

 「う、うう……私史上、今が人生で一番に恥ずかしいかもです………」

 

 思わず両手で顔を覆い、頭上に湯気が見えそうな程赤面する陽乃。

 

 今の状況は陽乃にとって死ぬほど恥ずかしいのであるが、しかし、彼女の内心にはほっとしている安堵も同時に存在していた。

 

 初めて異性の個人に興味を持つ事。初めてあんなに長く二人で話して、それがすごく楽しかった事。

 

 初めての事、つまり今まで感じたことのない刺激は誰かと共有したいものである。たとえ意識していなくても気づいたら誰かに今日起こった事を話していたり、SNSで発信したりしているのは日常的。

 

 陽乃の場合、出来れば滅茶苦茶恥ずかしいので隠したいが、どこか心の中では相談したい欲もあったのだ。

 

 特に、普通の女の子達が話しているような恋の話に積極的になる事には、読書ばかりの根暗な自分にとって一倍憧れがあったのだろう。

 

 だが、新しい刺激は薬にも毒にもなりうる。

 

 男の子と仲良くなれて嬉しかったのは確かではあるが、その裏いつもどうすればいいか、自分の言動がおかしくないか、相手に不快な思いをさせていないか実のところ不安で仕方がなかった。

 

 年の近い男の子との接し方がわからない彼女にとっては、それは一種の悩みでもあり、親しい誰かに相談したいことでもあったのだ。

 

 既知の友人には何故か話せなかった。本人は自覚していないが、普通である彼女ゆうじん達にとって陽乃から恋愛の話を急に持ち出す事は、普通じゃない自分と彼女達との差をより明確にしてしまうと恐れたのであろう。

 

 少し考えればそんな事は全くないのは陽乃にも分かったはずであったが、内気で基本自己評価が低い陽乃の性格上、考えること自体を無意識に避けていた。

 

 しかし、今の場合、心の箪笥の奥の方に仕舞い、決して自分から話せなかった陽乃の悩みを薫が引きずり出してくれたのだ。

 

 そこまで薫がわかっているのか‘わかってないのか定かではないが、勢いづいた彼女はさらに陽乃に詰め寄る。

 

 「それでそれで!?きっかけはなんなの!?」

 

 (う、ここまできたら…もう、話すしか………)

 

 そう、もうここまで流れに乗ってしまったら最初にきっぱりと断れなかった最早自分の落ち度である。

 

 それに、もしここで話さなくても一度こういうのを知ってしまったら薫は合宿中しょっちゅう同じ質問を繰り返す事だろう、と陽乃の直感が囁いている。

 

 こみ上げる恥ずかしさを抑えながら、どうにか提供する情報を最小限に抑えつつ小声で馴れ初めをつまびらかにしていく。

 

 「え、えっと……いや、ほんとに何でもないんだけど、朝図書室に行った時、本一緒に拾ってくれて…それで趣味で意気投合して本貸したりする関係に……」

 

 「え、いいじゃん、いい感じじゃん!」

 

 「で、でもまだ出会って数日だし……普通にクラスメートって感じだし……」

 

 「……んー、それって最早ただのクラスメートじゃないような……私から見れば、恋仲まではいかなくても普通に仲のいい友達に見えるかなぁ」

 

 「えええっ!?」

 

 薫のみならず、美紋までもが遂に口を挟んできた。

 

 彼女も我慢できなくなったのか、薫に対して見栄を張るよりも高校で初めてできた友達の桃色な秘め事を応援したい気持ちの方が勝ったらしい。

 

 「…え、友達……友達……そ、そうかなぁ…?」

 

 「本貸してるんでしょ?絶対もうそれ仲のいい友達だって!それとも何?じゃあそのお相手君はさ、ヒノのんと話してる時つまんなそうにしてた?本借りた時仕方なく、って雰囲気だった?」

 

 「あ……」

 

 確かに、言われてみれば。

 

 彼は終始無愛想なきらいがあったものの、時折見せる感情は偽物な気がしないし、会話を通して陽乃に対し全く無関心だった、という素振りは今のところ見せていない。

 

 只のクラスメートという彼との関係性の位置付けは、陽乃の『自分なんかと仲良くしてくれる男友達なんている筈がない』という自己評価の低さの裏返しだったのかもしれない。

 

 だがそんな事を考える余裕は今の彼女には到底なく、薫と美紋によって自分の中のモヤモヤとした感情が再定義されていく。

 

 「ね、陽乃ちゃん。その人と一緒にいると楽しいんだよね?」

 

 「…う、うん……。本の話してると、すごく楽しい…」

 

 クローズドクエスチョンと呼ばれる、答えがイエスかノーかの二択なシンプルな問い。

 

 今の陽乃にとって答えやすく、かつ正確にゴールを導き出す。美紋の機転が彼女の中にあるモヤモヤにより明確に形を与える。

 

 「…もっとその人と本とかの話したいと思う?」

 

 「……、うん…。いつも話してるとすぐ時間なくなっちゃうから、もっと話してたいな、って最近いつも思う……」

 

 「…じゃあ何か、その人に対して嫌だとかマイナスに思うところはある?」

 

 「……マイナス、かぁ…。あるにはあるけど…何だか、それもかわ……、個性かなぁって…」

 

 「うんうん、分かった。ごめんね、これで最後」

 

 ごくり、と自分の喉から唾を飲みこむ音が鳴った。

 

 何か、次の問いの答え次第で決定的な事が起こってしまう予感があるー

 

 「……明日の肝試し、男女ペアだけど一緒に行きたいのって…その人?」

 

 「………ッ!!」

 

 真っ先に、思い浮かんでしまった。

 

 というか、他に選択肢が無かったとさえ思える。元々、心のどこかで一緒に行けたらなぁと思っていたのであった。

 

 たった今、そのスイッチが『無意識』から『意識』に切り替わる。

 

 「は……はぁああ………っ」

 

 指が落ち着かないのか、せわしなく両手の指を絡ませもじもじしている陽乃。

 

 こうして話していると、内心恥ずかしさが大半を占めているのであるが、何故かちょっぴり嬉しさが顔を出す。

 

 本来隠したい、秘めたる自分想いを誰かに応援して貰えるという、何ともこそばゆいこんな気持ちは初めてであった。

 

 そして、先の問答でどうしようもなく、はっきりとしてしまった。

 

 今までのモヤモヤに、ようやく、名前が付けられる。

 

 (…そっかぁ、私)

 


 

 (私、あの人に恋、してるんだ……)

 

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 

 「…ふふっ、憂いねぇ」

 

 美紋の頰も思わず緩んでしまう。やれゴリラだの何の言われてはいるが、彼女も真っ当な女の子。

 

 初々しい恋の話、それも自分の友達が主人公であるならば飛びつかない訳にはいかない。

 

 だが息つく暇もなく、陽乃がようやく自分の想いを自覚したのと同時に、薫が待ったなし容赦なしで追撃をかけてくる。

 

 「そんで?こっからが本題なんだけどさぁ……、ズバリ!誰!?」

 

 「ええとぉ……その……」

 

 「えー、誰よォ〜!」

 

 本当にズバリと言うその気概は寧ろ清々しいまであるが、そろそろ美紋も助け舟を出す頃合いだと察した。

 

 ……口惜しいとは、彼女は思っていない。これっぽっちも。

 

 「夜葉先輩、そこまでにしといた方がいいですよ」

 

 「…ちぇっ。まー確かに、本人から言わせるのは流石に可哀想かー」

 

 まぁそのうちわかるでしょ、にひひと内心狡猾な笑みを浮かべる薫であった。

 

 「そういう美紋ちゃんはどうよ、彼氏いる?」

 

 げ、と内心口を歪めるも何とか表には出さない。ついに此方にも魔の手が回ってきたかと彼女はこめかみを抑える。

 

 こういう輩に、一度弱みを握られると暫くそれでいじり倒されるのは美紋は身をもって経験済みである。極力出す情報は少なく…と美紋は勤めようとするが、このノンストップトークマシンに自分の話術が通じるかどうかは些か自信がなかった。

 

 「…私誰もないですよ」

 

 「なんで!今も美紋の周りに良い男多いじゃん!暁君とか来飛君とかさ!」

 

 「あぁ、そういえば一緒にいる事多いよね」

 

 陽乃も先程の話から切り替えたのか、自然に乗ってくる。

 

 「あぁ、アイツらは…」

 

 「アイツら?」

 

 「………あの人たちは、ただの友達です」

 

 薫が目を光らせている間、少しの違和感も見逃してはくれないらしい。ちょっとでも気を緩むと、時々距離感の違いが素直に言葉に出てしまうのは美紋も悩みどころであった。

 

 「えー、暁君も?」

 

 「……えぇ、まぁ」

 

 「来飛君も?」

 

 「アレは論外です」

 

 「ふ〜〜〜〜ん」

 

 このやりとりが漫画であったなら、イラァという擬音が正しく美紋の顔周辺に書かれていたであろう。

 

 美紋もある程度は感情を抑えられるが、度を過ぎるとーー特に薫の前ではーー表面に漏れ出てしまう事がある。美紋の額に青筋が浮き出るたびに、隣にいる陽乃も彼女がプッツンしないか絶賛ドキドキハラハラ中なのであった。

 

 「薫、あの二人ならどっちでもいいなぁー!両方顔タイプだし!あー、でも付き合うなら来飛君の方が付き合いやすそう!陽乃ちゃんはどっちがいい?」

 

 「え?私!?え、ええっと……うーん、私なんかには、あの二人は敷居が高すぎるかなぁ……。可能性とか絶対無いし…」

 

 「えー!わかんないじゃん!じゃあもし!もし付き合えたとしたらでいいから!」

 

 相変わらず脈絡なく、問答無用で人を巻き込む薫の姿勢にまたも美紋は嫌悪感を抱くが、それはそれとして陽乃の答えは気にならないでもないので再び口を閉ざしてしまう美紋なのであった。 

 

 「...でも私、もし何かの間違いでお付き合い出来るってなったとしても、きっと気疲れしちゃうと思う…」

 

 えぇー…と散々数秒悩んだ挙句、絞り出した答えがそれらしい。それを聞いた特に美紋は驚いた様子もなく、うんうんと相づちを打つ。

 

 「あー、それ私よく聞く。特に暁君は、一部の子からは何でも出来すぎて逆に無理、って。それでも相変わらずモテるけどね、彼」

 

 自己評価が低い女子は、例え彼との距離が近づいたとしても、かえって近づきすぎたが故に自分との才の差に直面するらしい。

 

 暁と同じく、容姿頭脳共にスペックが高い美紋でさえもどうしようもない壁を感じることがあるため、殆どの女子は大抵自身に強いコンプレックスを持つのだとか。

 

 薫のような何でも楽観視できる性格であるならば、或いはそれを克服出来るかもしれないが。

 

 「んー、うちのクラスで最高株のあの二人もダメとなると…あと誰かいたっけな……」

 

 「あ、確か美紋ちゃんが仲いい人、もう一人いませんでしたっけ?」

 

 「あー、あのボサボサ頭の。佐倉燎平……だっけ?」

 

 「…まぁ、いますね」

 

 他の二人と比べ、薫の脳内では名前までも曖昧である彼に美紋は少し同情する。

 

 だが、彼女達の評価が予想以上に低かった事に美紋は思わず声が漏れる事となる。

 

 「アイツは……まぁ、ないか」

 

 「え゛」

 

 「他の二人の印象が強すぎてどうも…」

 

 「ひ、陽乃ちゃんまで……」

 

 確かに、能力や性格、身長や顔面偏差値は他の二人に劣る所があるかもしれない。

 

 だが、彼も彼なりに努力はしてるし、よく見ればいい所だってあるのだ。

 

 「え、何?もしかして美紋ちゃんアイツの事好きなの?」

 

 「いえ微塵も」

 

 斬り捨て御免。

 

 即答という名の刀でバッサリと今一人の男を斬って捨てたのである。慈悲はなかった。

 

 「だよねー。薫あんまおススメしないなー。あんなパッとしないヤツじゃなくても、もっと良い男いっぱいいると思うよ」

 

 ひらひらと手を振りながら、薫は美紋に進言する。

 

 …確かに、彼は特に秀でた特徴も能力もなく一般的であるし、暁と来飛に比べてしまえば見劣りするのも事実である。

 

 だが、勝手に自分の好みに照らし合わせて、十年来の縁が続く彼をよく知りもせず貶すのは美紋にとっても気分が良いものではなかった。

 

 「……そこまで言わなくてもいいじゃないですか。一応燎平は私の幼馴染なんです」

 

 「ん?あぁ、そうだったの」

 

 「それに、どっちかというと、家族みたいなもんなんですよ。出来の悪い弟みたいな」

 

 その柔らかい声から滲み出る親しみの厚さには、確かに積み上げられたものを感じた陽乃と薫。目を細めた美紋の横顔は、普段より一層落ち着いて見えた。

 

 「え、何、じゃあ家族みたいに仲いいんでしょ?そこまで仲良くなって恋愛感情とかないわけ?」

 

 今まで何度か今と同じように首を突っ込まれた事はあるにはある。

 

 だが、何故かこの時だけは無償に勘に触った美紋であった。なんで私が貴女にそこまで教えなきゃいけないんだ、と。

 

 この場にいるのが美紋と薫だけなら、即拒否し口を閉ざすこともできたのではあるが、問題はその隣にいるすっごくキラキラした目で見てくる陽乃であった。

 

 因果応報。美紋が先ほど陽乃にした行為うらぎりが思ったよりも直ぐに帰ってきたのだ。

 

 それを痛感した彼女はぐぬぬぅ...と口端を歪めながらも嘆息し、渋々口を割る。

 

 「……うーん、家族みたいだからこそ、なんだと思います。仲良すぎて逆に恋愛感情とか湧かないのかなぁと」

 

 「へぇ…じゃあさっき言ってたみたいに、ほんとに弟みたいって感じなんだね」

 

 「うん、まぁ…そうかな。私とアイツが付き合うとか…ちょっと考えられないかも。うん」

 

 陽乃の指摘に、認識を再確認する美紋。次元が一つ異なる世界ではいざ知らず、血縁を結んだ者同士の恋愛において無意識に抵抗があるのは彼女とて例外ではなかった。

 

 「じゃあ、全員今のところ彼氏いないって事で!にひ、皆これからだね!」

 

 何が嬉しいのか、張り切りにまた拍車がかかる薫先輩。

 

 しかし全員、という言葉を陽乃は聞き逃さなかった。

 

 「え、全員…?って事は、かおるんも今いないの?」

 

 「そうだよー、いないなぁ」

 

 「かおるんモテそうだから、てっきりいるもんだとばかり思ってたよ…」

 

 友好的で男女ともに人気があり、顔が広そうな薫こそいない事の方がおかしいというまであるのだが、と意外そうに陽乃は目を丸くする。

 

 「まぁモテるのは事実だけどねぇ、薫可愛いし…にひ。でもぉ、残念ながら薫はそういう恋愛沙汰は中学の時ちょびっとあった程度かなぁ」

 

 自分可愛い、等と堂々と言える辺り彼女の性格の濃さが伺える。例えそれが事実であり、胸の内に思っていようとも表には出さず謙遜するのが日本人なのであるが。 

 

 それこそ芸能事務所にでもいけば、アイドルの面接かなんかには通る見込みがある程度には薫の顔立ちは整っているように見える。

 

 髪や肌、顔やウエストラインのケアを怠っている様子は感じられず、それこそ努力さえすればより光るであろう。

 

 くりくりとした大きな目に幼さを残す小さい鼻、顔のパーツは綺麗に並んでおり、その彼女の顔立ちと身長から需要があるジャンルにいけばヒットする可能性は十分に考えられる。

 

 (……確かに顔は悪くないけど、なんか本当なだけに余計ムカつくな…)

 

 彼女に至っては、その傲慢がどうにも美紋の神経を撫でるのであった。

 

 可愛子ぶるのもいい、遠くに行けばどれだけ騒いでもいい。

 

 だがそのテンションとノリで此方を巻き込むのだけはやめて欲しかった。

 

 「にひ、バレンタインとか大変だったよ?女の子からも男の子からも貰っちゃってさ。まぁ薫もチョコクラス全員に配ってたんだけどさー…」

 

 そんな彼女が小さく微笑む(・・・・・・)

 

 

 「楽しかったなー、あの頃は……」

 

 

 (え…?)

 

 その時、その瞬間だけ、彼女の陽気な雰囲気にヒビが入った気がした。

 

 その細まった目にどこか哀愁さえ感じた美紋が何か思考する暇もなく、瞬きを再びした時にはまたいつもの薫に戻っていた。

 

 「はい!薫は話したから次は美紋ちゃんの番ね!」

 

 「……え、は?…何が?」

 

 「今までの話!今まで男の一人や二人、いたんじゃないの?」

 

 「あ、ああ……って、ないですってば!」

 

 薫の影に気を取られているうちに、また話が勝手に進んでいるらしい。

 

 もうこの手の話は勘弁して欲しかったのであるが、そうもいかない理由が目の前にあった。

 

 「えー、美紋ちゃんこんなに可愛いのに?」

 

 「うぐ…」

 

 陽乃の純粋なキラキラした目で、こうも真っ直ぐ見られると流石の美紋もたしろいでしまう。

 

 「…ホラ、私小学中学って空手に書道って忙しかったから…勉強もあったし。全然恋愛する余裕もなかったし、特別興味も湧かなかったんだよね」」

 

 「えー、あの幼なじみもいるんだし、暁君とも昔からの知り合いなんでしょ?何もないわけないじゃーん」」

 

 「ないったらない!」

 

 これ以上は無理!といった風に今度こそ口を閉ざしてしまう美紋。

 

 薫は絶対なんかあるやつだよこれ...と半眼になるが、彼女の態度からして突き詰めすぎると逆鱗に触れる事は確実。ここは撤退するのが吉だろうと考えた。

 

 「ま!これからだよ美紋ちゃん!これから!今まで何も無かったみたいだけどまだ華の高校生活はまだ始まったばかりじゃん?」

 

 「そ、そうだよ!絶対良い人見つかるよ!」

 

 「ううん……」

 

 単に応援してくれているのか嫌味なのか、わざとなのかそうでないかはさておき、いちいち何かが合わないこのもどかしさに再びこめかみを抑える美紋であった。

 

 「じゃあさいごヒノのん!なんか過去で男関連なコトあるー?」

 

 「えー!?なんもないよぉ!っていうか…そんな…今までその、出来た事もないし……」

 

 縮こまりながらぼそぼそと語尾が小さくなる陽乃。

 

 「えー!そうなの?甘いエピソードの一つや二つくらいはあるんじゃないの?」

 

 「いえ…それが全然なんですよね……」

 

 目を逸らす陽乃。元々素直で正直な陽乃が、嘘をついたり何かを隠したりという事はないと美紋と薫は分かってはいる。

 

 だがこの感じは誤魔化してるとかじゃなく、真実味を帯びているマジなヤツだと二人は悟った。

 

 「私、小さい頃から読書が好きで。いっつも本ばっかり読んでたんだよね。そりゃ女の子の友達は普通にいるし、仲良い子だって数人はいるけど……男の子はてんでいなくて……ほら、私地味だし」

 

 「そんな事ないよ!陽乃ちゃんは可愛いよ!」

 

 間髪入れず、美紋が陽乃の手をぎゅっと握りしめる。

 

 その真剣な眼差しと言葉の強さに嘘偽りが全くない事が伝わり、心打たれる陽乃。

 

 「美紋ちゃん...」

 

 自分より断然美人で、しかも内心憧れている人に本気でそう言って貰えるのは彼女にとってとても嬉しかった。

 

 自分自身の事をあまり今まで褒めた事がないため、こうやって誰かがこんなちっぽけな自分を少しでも褒めてくれただけで十分励みになる。

 

 陽乃の心がじんわりと満たされていた頃、一方薫は別のアプローチをしていた。

 

 「あ、ちょっとごめんね」

 

 「え?」

 

 突然、流れるように薫が陽乃の眼鏡を外す。

 

 「ふむ......前髪も少し整えて、髪ももうちょっと伸ばしたらもっと可愛いと思う。ちゃんとメイクして...後は、小顔マッサージだね」

 

 何が起こったのか陽乃が認知する前に、彼女はつらつらと言葉を並べる。

 

 「ただ可愛いよー!って言うだけ言って上部だけ満足させるのも分かるけどさ、もっとこういう具体的なアドバイスの方が良くね?」

 

 薫は、横目で美紋を見ながら言った。

 

 「なっ...私はただ...」

 

 あわわわ...と突如雰囲気が変わった事にあたふたする陽乃。

 

 「ヒノのんは元々の素材悪くないんだから、絶対磨けば光ると思うんだよねー。髪型とメイクだけでも結構変われるし。スタイルもいい方だし、絶対ちょっと頑張ったらイケイケになれるよ!」

 

 にひひ、と満面の笑みと共にきっぱりと言い切る薫。

 

 そ、そうだね…と対応に困っている陽乃を見てられなくなったのか、ついぞ我慢できずといった風に美紋が薫に言葉を返す。

 

 「そんな…そんな本人が望んでもない事言わないで下さい!陽乃ちゃんは今のままでも十分可愛いのに!」

 

 「ちょ、ちょっと二人共...私のことはもういいから...」

 

 陽乃も、何となくであるが二人の関係性には気付いていた。

 

 しかし、自分のせいで二人が言い争っているというのは、陽乃にとっても何というか、とてもいたたまれない気分である。何とかやめてほしいが、彼女に何か言える雰囲気では既になく。

 

 「いつ、陽乃ちゃんがそんな自分を変えたいだなんて言ったんですか!」

 

 「じゃあ逆に聞くけどさ。いつヒノのんが変わりたくないだなんて言ったの?」

 

 「...ッ!?」

 

 それは美紋だけでなく、陽乃の心にも刺さった言葉だった。

 

 「可愛くなりたくない女の子なんて、いないんだよ美紋っち。そんな普通の女の子が、喉から手が出るほど欲しいモンを生まれながら持ってるアンタには分かんないだろうけどさ」

 

 美紋が何か言おうとする前に、薫は言葉を繋げてそれを妨げる。

 

 「それに気になってる男がいるなら尚更...ね!にひ」

 

 恋をする事で自分を変えるのか、恋をしたから自分が変わるのか。

 

 どちらにせよ、恋は女を変えるものだ。

 

 異性に対する価値観の認識が擦り合わされ、意識か無意識か大小問わず必ず何かしらの変化が生じる。変化が訪れる時期が先天的か後天的かの違いでしかない。

 

 その『変化』がその人にとって吉と出るか凶と出るかは、勿論状況や立場によって異なるが、その人次第なのである。

 

 まさに今、陽乃はその自分自身も把握できてない恋による『変化』について、きちんと向き合うか目をそらすかで立ち止まっていた。

 

 先ほど美紋と薫のお陰で、そのモヤモヤが恋だと認識するところまでは来た。

 

 だがそれによって影響を受けた自分がどうなるか、どうあるべきかでまた雲行きが怪しくなっていた。

 

 美紋は、そのままの陽乃、所謂自然体のありのままの陽乃を好きになってもらった方がいいという価値観。

 

 対して薫は自分の魅力を磨き、待つのではなく相手を好きにさせる方がいいという価値観。

 

 控えめな陽乃は美紋の意見を好むのだが、逆にそれでは今までと同じで停滞するのでは、という懸念もある。

 

 だが薫も薫で彼女なりの『可愛い』の基準が確立している為、それが陽乃に合うかどうかも疑問であったのだ。

 

 (二人とも…私の為に嬉しいんだけど、両方じゃダメ……ずるい、かな)

 

 いやいや、ド正論である。

 

 本来であれば、『陽乃にあった、陽乃らしさを出した可愛さを追求する』でこの場は普通収まるのであるが、それが出来ないのが今の二人であった。

 

 美紋も本当は気づいている。薫だって他の意見を取り入れる懐の深さはある。

 

 しかし、一度意見を受け入れてしまうと『相手に負けたようで何か癪』という謎の敗北感が残ってしまう。故に負けじとする二人の闘争心が断固として自分の意思を曲げまいと視野を狭くしていたのだ。

 

 一度ズレるととこまでもズレていく。女の子も大変なのである。

 

 この冷戦状態を覆すには中立である陽乃がキーマンであったのだが、この状態の二人に何か言えるような度胸が彼女にあるはずもなく。

 

 そんな自分にまたもや自己嫌悪を抱きつつある陽乃と二人を救ったのは、突如開かれた扉の音だった。

 

 「はーい!もう就寝時間三十分前ですよー!!三人とも寝る準備いいー!?」

 

 風呂から出た後のか、浴衣姿に首元にタオルを巻いた愛海がの明るいソプラノ声が部屋に響く。

 

 これぞまさに陽乃にとっては、嵐の中での灯台の光であった。

 

 「……ん?どしたの?」

 

 何かただならぬ気配を感じ取ったのか、部屋の雰囲気に対し眉を歪める。

 

 「いや何でも!ってか薫たち恋バナしてたんだけどぉー!邪魔しないでよねアミティー!あと先生だけ浴衣ずるいー!」

 

 一番最初に機転が効いたのが薫であった。漂っていた重い空気が風に吹かれたかのごとく払拭され、ほっと胸を撫で下ろす陽乃。

 

 「ふっふーん、ティーチャー特権なのです。ってかエッ恋バナ!?いいなー!先生も混ぜて混ぜてぇ」

 

 四つん這いでのしのし部屋に入ってくる愛海。先生いいのかオイ、という眼差しを向ける美紋ではあったが、直ぐに別の意図に気づいた。

 

 パチパチ、と美紋と薫に向けて二回ウインクをする。それは今夜十一時、忘れないでねという合図。

 

 彼女たちの日常が終わる時間がもうすぐに迫っていた。

 

 

愛海「いやー、いい湯だったわぁー!これでお酒が飲めれば文句はないんだけどなぁ〜!」

幸「ハハ、ダメだぞアミュ。君の酒癖の悪さを生徒たちに教えてはならない」

愛海「あー、また。愛海って呼べって言ってるでしょ…って、そんな人に見せられないほど悪いっけ?私」

幸「んー、自覚ないの程怖いものはないよなぁ。被害を受ける私からすればたまったもんじゃないんだぞ…」

愛海「酷い時あんま記憶ないから対策のしようがないっていうか…あ!あそこ売店…げ、地域限定日本酒……」

幸「………ダメだぞ」

愛海「……………ねぇ、さっちん」

幸「ダメだ」

愛海「さっちんもお酒好きでしょ?」

幸「…ダメ」

チラシ〈地方の方向けにデリバリーサービス実施中!〉

愛海・幸(酒クズ共)「…………………………」

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