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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
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14 新入生合宿1日目 Ⅵ 『起因』 


 

 

 「っっしゃああ!!」

 

 暫く続いた緊張が解けたせいか、思い切り伸びをし、雄叫びをあげながら勝利のガッツポーズを取る燎平。

 

 風呂に入り、暖かい飯を腹に収めた。後は寝るだけであるが、消灯時間までにできた少しの空き時間を彼らは部屋で娯楽に興じる形で潰していた。

 

 珍しく燎平が苦手なトランプゲームで勝てたのは、彼以上に苦手な男が一緒にいたからであろう。

 

 「………」

 

 「輝樹ィ〜!お前、やってる最中顔出まくりだったぜ?それじゃ俺は勿論、普段ありえねぇコイツにだって勝ちの目は出るってもんだぞ」

 

 「むむぅ……」

 

 三連続の黒星に、彼も思わず表情に苦みが出る。この少年、どこぞのスクールアイドルばりに駆け引きをする際表情が出やすく、思考も真っ直ぐなためハッタリをかます、ブラフを立てる等という搦め手にとことん弱いのである。

 

 カードゲームを始めるまで彼のその性格は二人もそこまでとは思わなかったのだろう。輝樹が一言、ゲームを始める前に何かしら申し出をしていれば今のような事態にはならなかったのかもしれない。

 

 「さーて、と。んま、三回負けた輝樹には悪いがルールはルールだ。なんか話してもらおうかねぇ…飛びっきり恥ずかしいのをよォ!」

 

 来飛の口端が釣り上がる。そう、合計三回負けた者には何か恥ずかしい話をするルールが元々決まっていた。

 

 彼自身も弱いとは自覚してはいたが、やはり勝負と聞いては引き下がれないのが男の性。ゲームという形式上勝利のチャンスは誰にでもある為、僅かにでも可能性があるならば、としがみついたが結果はこれであった。

 

 (くそぉ…隣の佐倉とは結構良い勝負だったんだが……)

 

 来飛はまだ他の二人と比べて慣れがあるため、状況を読んだり勝負に出るタイミングがある程度わかるのだがコミュ症共はてんでその点はダメダメであった。

 

 大抵来飛が先にあがり、後の二人の泥仕合。結局最後は手札のカードの強さに依存するのであるが、勝利の女神が輝樹に味方したのは奇しくも最初の一戦のみであった。

 

 「っはぁ、今のは割と危なかったぜー保井さんとやら」

 

 「いや保井なんだが…」

 

 「クク…今俺は非常に気分がいいんだ……さぁ、聞いてやるぞぉ…貴様の恥ずかしい話とやらを!!」

 

 「………」

 

 「あー。輝樹、問題ない。コイツたまに調子に乗るとこうなるから。このアホみたいなノリがこの場合、通常運転のとんだキチ野郎だからよ」

 

 「ちょっとは勝利の余韻に浸らせてくれませんかねぇ来飛クン!?」

 

 普段活躍や成功がないぶん、いざたまたま何かが上手くいったらすぐに調子に乗るのも燎平の悪癖であった。彼の場合、成功している時だからこそ慎重にという考えよりもまず上手くいった、勝った!等の感動の方が強いのだろう。

 

 調子に乗ると周りが見えなくなり、またそれが次の失敗に繋がることを彼は心底身に染みてわかっているはずであったが、なにぶん燎平の学習能力は高くはなかった。

 

 「え、これマジで話さないとダメなやつか…?」

 

 「そりゃあお前、ゲームに負けたのはお前だからよ?」

 

 「むぐぅ…」

 

 この、自分から話さないと話が進まないあの空気感。心の中にへばりついている、自分を待ってもらっているという微かな罪悪感が妙に肩に重くのしかかる錯覚を覚える。

 

 ただでさえ視線に弱いのに、そんな期待に満ちた眼差しを向けられては話す以外彼には他に道がなかった。

 

 「…こ、これは俺がまだ中学一年の時なんだけどよ…。とにかくトイレしたくて急いでて、」

 

 一呼吸置いた後、

 

 「…入ったのが女子トイレだったっていう………」

 

 オチを言った。

 

 それきり、彼の口は閉じた。

 

 当然、部屋に何とも言えない沈黙が漂う。

 

 「……………え?」

 

 「…え?これで終わり?」

 

 「え、そうだけど……あ、あれ?なんか変か?」

 

 ………、と更に気まずくなる空気。何故こうなっているのかさっぱり分からず、頭にはてなマークが浮かんでいる輝樹を見て、燎平と来飛は嘆息した。

 

 「ほ、保井……俺でももうちょいこう……うん…」

 

 「話し方ヘッタクソだなぁお前。もうちょい何とかならん?」

 

 「なんかよく分からんけどこの状況が今正に俺の恥ずかしい話になろうとしている件…」

 

 仕方ないっちゃ仕方ないのである。なにぶん、輝樹はこういうフリにもとことん弱かった。経験が乏しく、コミュニケーションスキルが著しく低いのである。

 

 「なんか、もう少し話せない?それに関してさ。題材は悪くないんだから」

 

 「それからどうしたよ、それから」

 

 「え、それから……女子に見られて、騒がれて、すぐに噂になって距離を置かれた、かな………」

 

 「…………………………………………」

 

 やってしまった、と二人は手で顔を覆った。すぐに聞いたことを後悔した。

 

 「すまねぇ…輝樹……今のは俺たちが完ッ璧に悪かった…」

 

 「保井…俺たちはお前の味方だぜ……」

 

 来飛と燎平がそれぞれ肩に手を置く。お、おう…?と当の本人はきょとんとした顔をしていたが。

 

 「いや、当時の俺は勉強一筋、って感じで女の子とかどうでも良かったってのが正直あったから、そこまで気にしてなかったんだけど…」

 

 「え、強」

 

 これには思わず燎平も口から尊敬の言葉が漏れる。だから彼はこの進学校にいるのか、という答えも同時に得た。

 

 「なぁ、今はどうなんだ?今は。もう高校だからそのエピソード知るヤツここにはいねぇだろ!これからよこれから!女の子狙い放題だぜ?ん?」

 

 「今…か」

 

 来飛が背中をバシバシ叩きながら笑みを浮かべる。一応これも輝樹を応援しようという彼なりの鼓舞の仕方でもあった。

 

 唐突に来る派手なスキンシップに肩を縮こませながら、輝樹はぼそぼそと答える。

 

 「今は…結構気にする、かな」

 

 「だよなぁ!え、何。そんで狙ってるヤツいる?」

 

 「へっ!?狙ってるとか……いや、そんな……」

 

 頰を掻きながら目をそらす輝樹。その反応を見て、ますます来飛の口角が上がる。

 

 「うし、いるんだな!ヒューッ、中々隅におけねぇじゃねぇかお前!えぇ?そうと決まれば俺が女の子の落とし方直々に教えてやるぜ!」

 

 い、いないっつーの!と輝樹の些細な抵抗も軽くいなし、聞く耳を持たない来飛。一度突っ走った彼は中々止めることが難しいのは隣にいる燎平がよく知っている。

 

 「流石、モテる色男は違うねぇ」

 

 「まぁな。自慢じゃあないが女には困ったことあんまないからな、俺」

 

 「それ絶対自慢だろ…。今彼女いないくせに」

 

 「お前は出来たことねーじゃねぇかよ年齢イコール彼女いない歴童貞の燎平さんよ!」

 

 「ど、童貞はお前もだろうが!」

 

 ぎゃいぎゃいと今では日常の一部であるやり取りをしている燎平と来飛に、輝樹が珍しく割って入った。

 

 「…そうなのか?」

 

 「そうだぞ保井ー。コイツはな、女をとっては食いとっては食うが、最後までは食べないある意味贅沢な野郎なんだぜ」

 

 「チッ、いいように言ってくれるじゃあねぇかよ童平。女の胸も揉んだことない癖によォ」

 

 「名前!!混ぜないでくれます!?あと畜生羨ましいッッ!!!!」

 

 こういう女絡みの口論は大方経験のある来飛が勝つ。例外もあるが、それは攻略した女の数は負けねぇと燎平が豪語し、来飛が呆れて何も言わなくなるのがそれだった。

 

 来飛は絶対実践経験があると思っていたため、意外だったのかふーんと目を丸くする輝樹。

 

 「意外か?輝樹。まーあれだ。残念ながらそっちの方は助けてやれねぇが、捕まえ方はそこらの奴より心得てるつもりだぜ?なんかあったらいつでも相談しろよな!コイツじゃ使い物にならねぇからよ」

 

 うぎぎ…と本当な事だけに歯をこするしか出来ない燎平。

 

 しかし女関連と言えば、燎平にも輝樹は一つ問いたいことがあったのだった。

 

 「そういや、佐倉。お前もよくめっちゃ美人な女の子と一緒にいるじゃん。月ヶ谷さん」

 

 燎平を知った時から疑問に思っていた。彼こそ月ヶ谷さんとデキているのでは?と思しき距離感の近さが傍から見て取れたのだ。

 

 しかし輝、樹の予想はまたもや的から外れてしまう。

 

 「あー、なんかなー。美紋はな……」

 

 この事は聞かれることに慣れているのか、あーまたかという感じの口ぶりを見せる燎平。

 

 名前呼びな事に内心驚きを隠せない輝樹だったが、それなら尚のことそうなのでは?と何か違う雰囲気の彼の様子にますます疑問が深まる。

 

 「幼馴染なんだよ。幼稚園からのな。あ、因みに来飛は中学生から一緒。あー…なんかな、美紋はそういうのとは違うんだよなぁ……」

 

 「うん、傍から見てもコイツらはなんか違うって感じするぜ」

 

 来飛も頷きながら付け加える。少なくとも自分より燎平と長い付き合いのある彼が言うなら間違いは無いのだろうと輝樹は納得した。

 

 「へぇ…そういうもんなのか……俺にはそういう人いないからわからないが…友達とも違う風なのか?」

 

 「んー、どうだろ。友達…よりかはもっと深いっつーか。まぁ、親戚みたいなもんだよな」

 

 「親戚っつーより月ヶ谷がお前の姉貴みたいなもんだろ」

 

 「はぁー?」

 

 眉を歪ませながら口をへの字にする燎平。自分が世話をされているという自覚はぼんやりとあるものの、認めたらお終いだと意地を張る彼なのであった。

 

 「いやどっからどう見てもそうだね、うん。輝樹、お前も機会があったら見てな。完全にそうだから」

 

 「お、おう……」

 

 にっしっしと笑いながら燎平をからかう来飛の様は輝樹にはそれこそ仲のいい兄弟に見えたが、燎平の名誉のためあえて口をつぐむ事にした。

 

 「こう見えても俺、一応リアル兄貴なんですけどねー」

 

 「ああ、お前という兄を持った朱那しゅなちゃんが不憫でならねぇぜ」

 

 実は兄弟がいました、と言われるとその人に対し意外な印象を受ける事は案外多い。この人がお兄ちゃんなのか、とかこの人が妹が、とか。初めの先入観がそれで塗り替わる事もある。

 

 「お前俺の妹と仲良いよなー…朱那まで取るなよ」

 

 「とらねぇよバーカ」

 

 眉根を寄せながら舌を出す来飛。彼としても燎平の事を兄と思うのは真っ平御免らしい。

 

 輝樹もそうなの?といった眼差しで来飛を見る。

 

 「いや、単に気があうってだけだぜ?よくスマ◯ラとかするし。燎平、お前俺はいいけどせめて朱那ちゃんには勝てよ…お前まだ一回も勝ってないんじゃないの?」

 

 「うるせぇ。俺は格闘ゲーより女の子とイチャイチャするゲームの方が性に合ってんだよ」

 

 「そのギャルゲーも本当は俺が最初に勧めたんだけどな…」

 

 勧めた来飛よりのめり込んでしまった燎平。来飛は軽く触る程度ではあったが、燎平は今では休日の殆どをそれに費やす事もあるという。来飛も彼がここまでやるとは思わなかったであろう。

 

 「…お、わり。ちょい便所」

 

 「いってらー」

 

 ここで来飛が席を立つ。

 

 消灯一時間前からは、異性の部屋に行くのが禁止されているため何かしら口実をつけ、男どもを連れて花園へダイブする事は残念ながら出来なかった。

 

 もしそれが出来ていたのであれば、先ほどの話の流れから輝樹を連れてその女子に実戦形式で女の子へのアプローチ方法を来飛は伝授していたであろう。

 

 転じて、困った事に部屋に残ったのはコミュ障二人。

 

 今までは来飛が話を振り、話を盛り上げ場を作っていたからいいものの、軸である彼が抜けると二人の間にはなんとも言えぬ沈黙しか残らない。

 

 (あぁああどうするぅうヤバイヤバイ俺いきなりくるこういうのに弱いんだよぉおお)

 

 こういう時、会話を始めるためのの一言がすらっと言えたらどんなにいいかと輝樹は頭を抱えた。自分の不自然なまでに重い口を開こうと踏ん張るが、汗だけが代わりに額に滲む。

 

 しかし、その静けさを破ったのは何と燎平であった。

 

 「なぁ、保井」

 

 「……なんだ?」

 

 「…まだ、俺たち慣れない?」

 

 「……何の事だ?」

 

 

 「だってさ、お前それ素じゃないでしょ?」

 

 

 「…!!??」

 

 突然何を言いだすかと思えば、それは輝樹がずっと気にかけていた事であった。

 

 この見た目にした以上、変に思われないようにそれに見合う態度を人前では取らねばという事を意識していたのはあった。

 

 しかし、それをこうも容易く見抜かれてしまうとは…。

 

 一度バレたらもう隠せない。自分の性格上、とぼけても無駄に終わる事は目に見えている。

 

 「…い、いつから……」

 

 「いや…まぁ、結構最初の方かなぁ」

 

 「………、なんでわかったんだ……?」

 

 「ん?何となくだよ。何となく。…途端に声の固さが無くなったなぁ」

 

 そう、実は少しばかり声も低くしていたのであるが、緊張の糸が解けたのか一気に素の高さまで戻す。

 

 取り繕っていた事がバレて、しかも外見に似合わない自信がない面の素が露呈してしまったため、二重の意味で恥ずかしい。

 

 「う、うう……やっぱ変だよなぁ、俺。こんな…こんな髪なのに元はこんな……」

 

 顔が赤くなるのを隠す様に俯き、思わず消え入りそうな声になってしまう。

 

 そんな輝樹を見た燎平であるが、彼は表情一つ変えずに何気なく言葉を添える。 

 

 

 「んー、別に気にしなくていいんじゃね?」

 

 

 「…え?」

 

 「やっぱ保井さぁ、自然体の方がいいって。それともこれから三年間ずっと気を張って学校生活送るつもりか?」

 

 「い、いや…それは……」

 

 確かに。そこまでは考えが及ばなかった。

 

 目の前の状況を何とかしようと精一杯で先のことなど考えもしなかったのだ。

 

 「一回さらけ出すとよ、気分楽になるぜ?それにその程度、皆気にしないと思うし」

 

 「…ホントに、皆気にしないと思うか?金髪の俺が本当はこんな奥手だって…」

 

 いやいやいや、と燎平はぶんぶん手を振り首も横に振る。

 

 「お前が周りの目気にしすぎなんだって。逆にそれがギャップでプラスに動くかもだぜ?もうちょっと気楽に生きようや。……そりゃ昔、俺も…」

 

 「う、うn……え?ごめん、最後今なんか言った?」

 

 「いえ何でも」

 

 (あっぶねぇー!たまたま言い出し被って良かったぁー!!)

 

 こんな風に調子に乗るとすぐボロが出る燎平であった。

 

 何を隠そう、この佐倉燎平こそ中学入学を機に見栄を張ろうととはり切りすぎて大失敗した経験のある張本人である。

 

 サッカー部で同じになった来飛に絡まれまくり、速攻で化けの皮が剥がれて赤っ恥をかいた事は今でも燎平は聞かれても語りたがらない。

 

 (何で分かったって…そりゃお前、俺とお前で割と似てる部分ちょっとあるのもあるけど、一番は最初に来飛に絡まれた時の反応がまんま一緒だったからだよ…!!)

 

 燎平も、威張れる時には威張りたい。

 

 いつもなら同級生、あるいは後輩にまで何かと下に見られる事がある。それ故せめて少しでもアドバンテージがある時は、彼だって先輩風吹かせてピノキオになりたいのだ。

 

 そこの自己顕示欲をぐっと抑え、上からモノをいうのではなく俺も同じような経験あってわかるよ、等ともっと輝樹に寄り添う形でアドバイスすれば、彼も人間的に一歩成長するのではあるが。

 

 「っつーか、そんなに気にするなら金髪にしなきゃ良かったじゃねぇか。嫌だったら今からでも黒に染め直せば?」

 

 「うぐ…いやまぁ、そうなんだけど……」

 

 正論ではあるが、輝樹にとって今の状況がそこまで最悪という程のモノではないのもまた事実であった。

 

 奥手で控えめな彼だからこそ、この友人がくれたこの事故チャンスは自分を変えるいいきっかけだと思ったのだ。

 

 「…俺、さ。元々引っ込み思案で、自分を主張する事ってあんま無かったんだ。今回のコレは俺の友達が勧めてくれて、…っつっても、まぁ騙されたみたいな感じなんだけど、それでもさ、こんな弱い俺を強くできる機会なのかなって思ったら染めらんなくて…」

 

 「……そうだったのか…」

 

 弱い自分を、強く。

 

 それは燎平の胸にも響く言の葉であった。

 

 輝樹かれは、自分の弱さを認め、変わろうとしている。

 

 そんな彼に、自分がとやかく言う権利はあるのだろうか…?

 

 燎平がが口を噤んでいると、輝樹がふぅと一息つき、楽な体制をとった。

 

 「…ん、まぁでも、考えすぎなのかもな。良く見せよう、変わろう、って肩の力入れすぎてたのかもしれねぇな」

 

 ははは、と輝樹は笑ってみせる。確かに、こんな柔らかく自然な笑みは以前の彼からは想像出来ない。

 

 しかし、そんな彼を彼自身が『弱い』と決めつけ、変わりたがっている。

 

 変化は、怖いし難しい。変わったからといって、必ずしもそれがいい結果になるとは限らない。もしかしたら、変わったからこそ悪い方向に行くこともあり得る。

 

 そう思い、臆病者りょうへいは考えるのを辞め、停滞を選んだ。

 

 変化は、恐ろしいのだ。

 

 新しい環境が怖い。新しい出会いが怖い。予想外の刺激が怖い。突発的な問題が怖い。

 

 逆に、停滞はいい。

 

 今までの事を続けていれば安泰なのだ。

 

 何も考えずに、ただ同じ事を繰り返す。疲れないし、何より危険が少なく安全だ。ローコストローリスク。ストレスも少ない。

 

 (俺は……ただ、楽な道を選んでいるだけだ)

 

 変わろうとする者と、変わりたくない者。

 

 変わろうとする者には変わりたくない者が野次を飛ばし、変わりたくない者に変わろうとする者は羨望を覚える。

 

 大きな刺激と結果が得られるのが変わろうとする者であり、失敗や危険を避け安寧が得られるのが変わりたくない者である。

 

 真にどちらが正しいのかは、誰にも決められないのである。

 

 だが、この時燎平は、変わろうと苦悩する輝樹に僅かに、しかし確かに触発されたのであった。

 

 「おいっす、お待たせィ」

 

 「んお、おかえり」

 

 輝樹との話がひと段落したのとタイミングよく、丁度来飛が帰ってきた。

 

 「ん、ちょっと長かったんじゃね?」

 

 「違ぇよ、便所が空いてなかったんだよ!わざわざ一階の方まで行っても空いてなくてよ。ったく、帰ってくる時もう一回見たら偶々空いてたから良かったけどよ」

 

 もう少しで伝説残しちまうとこだったぜ、とあたかも武勇伝の如く自慢げに語る来飛。残したら残したで汚いのでやめて頂きたいと二人は目を半分にしながら思った。

 

 「ところでお前ら、俺がいない間何話してたんだよォ〜ン!」

 

 がしっ!と両の腕でそれぞれ一人ずつホールドする来飛。ノータイムからのゼロ距離スキンシップは燎平はもう慣れたが、まだ慣れていない彼にとっては克服すべき課題となりつつあるようだった。

 

 軽く輝樹と燎平が目を合わせる。どうやら来飛は『見せたい』側らしい。

 

 「いやな?趣味の話になってちょいと俺のギャルゲーコレクションについて語ってたのよん。時間があったらプレイしてみて!ってのを順々にな」

 

 「うへぇ、そいつは災難だったな輝樹。それなら俺と一緒に廊下で女子と話してた方がまだ良かっただろうに」

 

 「はっ!?何お前遅かった本当の理由それかよ!!?」

 

 来飛はニヤりと口端を歪ませる。女子の部屋に行かなくても、女子とは会えるんだぜみたいな憎たらしいドヤ顔に燎平はまたもや悔恨の念に潰されそうになる。

 

 「あー、畜生。俺も連れ便行けばよかったかなぁ。女子たち、今頃何してんだろうなぁ…」

 

燎平「それにしても、よく来飛は誰とでも仲良くなれるよなぁ。男女関係なく、もうクラスの殆どと打ち解けたって」

輝樹「うん…さっきもドッジボールの時、他のクラスの人とも仲良くしてるトコ見た」

燎平「っかー!ほんとコミュ力高えなぁ!分けてくれって感じだわ」

輝樹「羨ましいよな…」

燎平「まぁ、俺たちは俺たちでのんびりやろう」

輝樹「ん…そうだな…。友達って多ければ多いほどいいって訳でもないし」

燎平「そーそー、何事も気楽に出来たらいいのになぁ…」

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