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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
42/67

幕間 『陽乃と輝樹の反省日誌 17日の回想』


『四月十七日』


 

 ん……。まぶしっ。

 

 あれ、もう朝か……。

 

 ん゛、んーーっ、っはぁ。やっぱ起き抜けの伸びは気持ちいいなぁ…って。

 

 ん?なんか気分いいな。

 

 やけにスッキリしてるっつーか、体が軽いっつーか。

 

 こんな目覚めいいの久しぶりだな。昨日はよく眠れたんかな?

 

 昨日までずっと肩重かったのが嘘みたいな…なんつーか、重い荷物下ろした時みたいでいいな。僥倖僥倖。

 

 外もいい天気だし。これで今日の占い良かったら最高だな。

 

 「なんか今日はいい日になりそうだな……」

 

 しかしまぁ、朝割とテンション低めな俺がこんなになるのは珍しいな。何でだろ。

 

 特に昨日風呂上がりにストレッチとかしてないし、良く眠れる薬とかも飲んでないし…なのにこの爽快感。まぁこんな日もあるか!

 

 「……ん?」

 

 なんだこれ。

 

 水色のシーツが若干汚れてる…?

 

 「ってあれ。俺、靴下履いてなかったっけ…?」

 

 寝る時、靴下履く派?履かない派?って聞かれたら俺は冬は履く派。

 

 今は四月の中旬だけど、まだ夜はちょっと冷え込む。

 

 俺の寝相悪くてしょっちゅう足で布団を蹴っちまうから、靴下を履いていないと素足が外に出るんだよな…。

 

 夏はそれでも問題ないんだけど、冬の朝は特に足が冷えるもんで、そん時はやっぱ靴下は履いてたほうがいいかなって。

 

 靴下を履くと足首がきつくなって、血流が悪くなると聞いたけど多少蒸れてもそこは仕方ないかなぁと。

 

 しかし、うーむ…。

 

 いつもならこの時間靴下を履いてるんだけど、見事にテイクオフしている。

 

 寝てる途中に寝ぼけて蒸れるのが嫌で脱いだんだったらまだ納得できるけど…

 

 ん…やっぱり。パッと見、部屋のどこを探しても脱いだ靴下が見当たらない…。

 

 何を靴下如き、って普通思うじゃん?でも違うんだよ。

 

 ウチには朝のうちに洗濯物を提出しなきゃ洗ってもらえないっていうルールあるからなー。

 

 別に朝出さなくても後で出せばいいじゃん、って言ったこともあるけど速攻でじゃあお前自分で洗えよ、って返されて以降守るようにしてる。

 

 出すのもめんどくさいけど、洗ってもらえなくなるのはもっとめんどくさいのでそれ以上何も言えないんだよな。

 

 とにかく、何とか朝のうちに探し出さないと…。

 

 「えぇ〜?どこいったかな……そんなに靴下にかまけてる時間ないんだけど………って、あれ」

 

 なんか…俺の足汚れてね?

 

 足の指の裏とか、地面につくとことか……。

 

 なんか、俺の足じゃないみたいだ。

 

 「なんだこれ……うわ、ばっちぃ」

 

 え、何これ?何これ???

 

 うわ、なんかやっぱ汚れてるわ。なぞった感じ土かなんかかな?これ。

 

 他にも石?の跡……っぽいのもいくつかあるし……。少なくとも家にある埃系の汚れとかじゃないよな……?

 

 「テルー!早く来ないと飯抜きにするぞ!」

  

 「っと、いけね、今行く!」

 

 すっかり忘れてた。

 

 兄ちゃんのそれは時々マジになるから怖いんだよなぁ…。

 

 まだそれなら今仕事に行ってる母ちゃんに作ってもらった方が……いやいや。贅沢は言うまいて。十分有難いですよ、ホントに。

 

 腹も減ってるし、足の事はちょっと気になるけど今は置いとこう。

 

 でもひとまず汚れは拭かなきゃだな。廊下汚すと絶対怒られるし。

 

 「おはよー兄ちゃん」

 

 「おう、おはよう。…テル、今日はなんか元気良さそうだな」

 

 「え?そうか?」

 

 「うん。なんか昨日まであんま顔色よくなかったからよ。しっかり眠れたか?」

 

 「ん、まぁ。そうっぽいかな?」

 

 何で疑問形なんだよ、って笑いながら突っ込んでくる兄ちゃん。

 

 洗い物してるって事はもう自分の分は食べ終わったのか。今日も兄ちゃん早いのかな。

 

 そう思ってると案の定兄ちゃんが声をかけてきた。

 

 「テル、ごめんな今日俺ちょっと早く出るんだわ。早朝にやらなきゃいけない事あってさ」

 

 「へぇ…やっぱ仕事大変?」

 

 「まぁな。テルも社会に出たらわかるさ」

 

 はっはっはとまたもや笑う兄ちゃん。

 

 兄ちゃんはよく笑う人だ。だからって訳じゃないけど、少なくとも俺なんかよりは友好的だし友達も沢山いる。

 

 社会人でスーツをバシッとキメて、家族のために忙しいのに家事までしてくれる。

 

 ほんとすごいよな、っていつも思うんだよな。

 

 ちゃんと鍵しめとけよーって言われて返事すると、あ、となんか思い出したのか玄関まで行ってたのにまたわざわざ戻ってきた。

 

 「そーいやテル、昨日お前夜外出たか?」

 

 「え?出てないけど……なんで?」

 

 「いや、朝母さんが出るときに鍵空いてたって言ってたから」

 

 「…昨日兄ちゃんが閉め忘れたとか……はないか…」

 

 兄ちゃんはそういうとこはしっかりしている。

 

 それにもし兄ちゃんが鍵閉め忘れてたら、それこそ俺に聞く事はないだろうし。

 

 「ん………?」

 

 …いや。まて。

 

 俺の中で何かが引っかかっている気がする。

 

 さっきもなんか似たような事があったような……。

 

 「兄ちゃん、そう言えばさっきさ、俺の足汚れてたんだよね」

 

 「え、なんで」

 

 「わかんないけど……さっき拭いた感じだと土っぽかったような」

 

 「……それじゃね?」

 

 「うーん……」

 

 …かも、しれない。

 

 もし俺が無意識のうちに昨日の夜外に出ていたんだったら、足の汚れとか開いてたドアの鍵とか、そういう不可解なことに全部理由がつく。

 

 「お前覚えてないの?そんな夜遅くに外出て何してたんだよー。そんな髪型にしたらそりゃあ女遊びの一つや二つもするか。いやーあのテルがねぇ」

 

 「ぶっ!?いや、ちょ、何勘違いしてやがりますかこの兄!!俺もわかんねぇんだよ!!」

 

 お、おおお女遊びとか!何言ってんだよ!飲んでるホットミルク撒き散らすとこだったじゃねぇか!!

 

 女遊びどころかまだ女の子と手を繋いだことすらないっつーの!!

 

 …まず女の子の知り合い、全然いないし……。

 

 「え?違うの?じゃあなんだ、寝ぼけてたのか?」

 

 「でも寝ぼけて外出る?普通」

 

  「まぁそうだけど…って、お前が出てるんだろうが。んま、もし心配だったら病院にでも行ってこいよ。近々新入生合宿あるんだろ?なんかあって行けなかったらそれこそ大変じゃんか」

 

 「うん…」

 

 とりあえず返事をする。

 

 なんかの病気…?だったら嫌だな…

 

 記憶が抜けたりとかするってことはやっぱ脳関係とかかな…

 

 い、いやいや!まだ病気とかって決まったわけじゃないし!何ともないかもしれないし!

 

 …………。

 

 体は軽いのに、何だか心の方は落ち着かないなぁ…。

 

 「どうして最近、なんかうまくいかねぇんだろ……」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 父ちゃんが二年前に単身赴任で地方に行ったきり、今はほとんど朝は兄ちゃんが支度をしてくれる。

 

 母ちゃんも働きに出てるもんで、家事が役割分担性になったんだよね。ちなみに俺は掃除と買い出し当番。

 

 いつもより兄ちゃんが早く出て、それに合わせていつも通りの支度をしてたらいつの間にか学校前まで着いちゃったみたいだ。

 

 「思ったより早く着いちまったな……」

 

 …げ。四十分も早く着いちまってる。

 

 こんな早く着いたからって、特にすることもないしなぁ……。

 

 もう少しギリギリに着いた方が格好はつくかもしれないけど、時間より早く来る癖は身体に染み付いちゃったみたいだ。

 

 「取り敢えず図書室にでも行くか……」

 

 こんな早くから教室にいるとか絶対変なヤツだって思われるし。

 

 どうせ時間潰すんだったら図書室で授業の予習でもしてた方がまだマシな気がする。

 

 …いや、やっぱ勉強よりかはまだ本読んでた方が自然か。図書室だし。

 

 受験シーズンでもないし、今の時間に図書室にいる生徒はそんないない…と信じたい。

 

 いや、なんかホラ。人目ってそれなりに気になるじゃん。うん。

 

 人混みってあんま好きじゃないんだよね俺。疲れるし。

 

 あとこの学校の図書室は、デザインも人気があるらしい。規模とか装飾とか図書室の域超えてるとか何とか。

 

 実は一回行ってみたかったんだよね。どうせなら人が少ない今がいいし。

 

 「確か、図書室は……こっちか」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 いやはや、まさかここまでとは思ってもみませんでした!

 

 うわ、すご…って思わず私も声出ちゃった。

 

 大きい階段を降りた先に図書室なるものがあるんですけど、これはもう図書館でしょ!いや、下手な図書館よりもこれはすごいと数々のそれらを見てきた陽乃は断言しますよ!

 

 まず入り口の階段から図書館全体を見下ろせるってのがすごいよね!校舎につながる階段ごとおっきなホールみたいになってます。そのホールの真ん中に本棚が、長方形のホールの壁に沿うように机とか椅子とかの読むスペースが置かれているみたいです。

 

 高い天井には風車が回っててお洒落だし、壁のほとんどがガラス張りになってて外の景色が見えるのも日の光が差し込むのもいい…!

 

 そして設計者はわかってますね。うんうん、やっぱり本を読む所は木造じゃないと!

 

 壁や床、天井はもちろんここにある全てが木で出来ているのがまたいい!椅子も本棚も机も、受付にあるのもペンじゃなくて鉛筆だし!

 

 本と同じ素材で出来た空間でくつろぐ至福。本から香る木の香りと、壁や床から香る木の香りに包まれるとなんとも言えない気持ちになります。

 

 図書室に入る前に軽く一呼吸してみたり。………んん、落ち着きますね…、うん。私みたいな本好きにはたまりませんよこれは。話題になるのもわかる気がします。

 

 いやぁ、今日こそはとわざわざ早起きして来た甲斐がありました!

 

 放課後は美紋ちゃんと一緒に部活の体験回る約束してるし、何が起こるかわかんないからね。

 

 確実に時間を確保するならやはり朝しかないと思った私なのでした!今の時間は人気もあまりないし大正解ですね!

 

 「では、いざ参ります…!」

 

 …さて。環境は花丸です。ここからが本題なのですが……!

 

 「ふ、ふおぉ……!」

 

 あかん。あかんですこれ。私ホイホイですこれ。

 

 やはり見た目だけじゃないですよねやっぱり。これだけ広くて沢山本があるのですからそりゃありますよねぇー!推理とミステリー小説!!

 

 もし今だけここが私の部屋で誰も人がいなかったら本を全部床に出してひゃっほーい!って飛び込みたい〜!!

 

 これを実は入学する前から楽しみにしてたんですよー!あ、あれもある!え、これの続編!?あったの!?うわ、うわぁあ!知らないのばっかり…!面白そうなのばっかり…!!

 

 え、どうしよう私これ借りれるんだよね?全部無料で読めるんだよね?ひょわぁあえぇええどうしよう何から読もうかなぁ!迷っちゃ……あ。

 

 ドサドサドサァッ!と。

 

 その音は、一瞬にして私を向こう側から連れ戻してくれたのでした。

 

 不覚にも、私は本を眺めるのに夢中になって、隣に本が積んであるのに気づかず倒してしまったのです。

 

 イコールまずい。もし大事な本に折り目でもつけてしまったらどう責任を取ればいいか……!!

 

 要するに、

 

 「はわぁあーっ!?」

 

 必要以上に滅茶苦茶焦る私。新入生という手前、なるべく目立ちたくないし問題を出来るだけ起こしたくないのです。

 

 たかが本を倒した程度とかほざく方々もいらっしゃると思われますが、物……特に本を大切にしない人とは一生分かり合えそうにない人種なのです私。

 

 妹が栞代わりにとか言ってページの端っこを折り曲げてた時にはもうぷんすかでした!

 

 何の為の栞ですか!全くもう!

 

 …兎に角パッと本を見た時、ページが折れてるせいで綺麗に見えなかったり、はたまたページをめくった際に次のページが折れていて汚かった時の絶望…!

 

 それだけで一気に気持ちが萎えてしまうんです!私は!

 

 私みたいに物語にすぐ没頭してしまうタイプは読んでいる時、物語以外の他の要素…例えば先例にあげたようにページが折れていたり雑音だったりとかが邪魔すると読む気が失せちゃうんです。

 

 特に誰もが利用する、誰もが読む本があるこの図書室では人一倍本を綺麗にする事に気をつけなければいけません。

 

 なのに、なのに私はぁ!なんてコトをぉ!

 

 「あわわわわわわわ……」

 

 兎に角大急ぎで、且つ丁寧に元の位置に本を積み上げていく私。結構量が多くて、その分大量にばら撒いてしまったようです…。

 

 ごめんなさいごめんなさいぃ…!と心の中で平謝りしながら片付けをしていたのですが、ふっと視界の中にもう一つの手が入ってきたのには少しびっくりしました。

 

 「……え」

 

 いや。本当にびっくりしたのはここからでした。

 

 その手の主の容貌。

 

 髪は金色で、耳にはピアス。

 

 鋭い目つきは今にも怒鳴られそうと思ってしまうほど怖くて。

 

 そのどこか見たような如何にもヤのつく人は、私のクラスの保井輝樹君でした。

 

 「………」

 

 「…っへ!?あ、はい!すいませんありがとうございますすいません!」

 

 はっ!気づかなかったー!本手渡してくれてるぅう!

 

 え、え、何で手伝ってくれるの!?

 

 そもそも何でここにこんな朝早くからいるのぉ!?

 

 とか何とかぐるぐる目を回すように考えながら作業していく私。

 

 当然ながら私はテンパっていて何も言えずにいます。でも、向こうも出会ってから一言も何も話しかけてきてくれません。

 

 ただ、黙々と本を手渡すリレー作業がそこにあるだけ。

 

 な、何なんですか!なんなんですかこの空気!すごく気まずい!!

 

 手伝ってくれる彼の顔をチラッと盗み見ると、なんかしかめっ面になってました。

 

 こわい!すごく怖いなんで誰か助けて!

 

 やっぱり迷惑なヤツとか思われてしまってるんでしょうか…。そうですよね、うん。あぁあ顔もちょっと赤いし怒ってるのかなぁ本当にすいませんん〜!

 

 それ以降顔を上げるのが怖いので、ただ視界に入ってきた本を積み上げていくという単純作業をこなしていましたが、その後もお互い一言も話さなかったおかげか割とスムーズに片付きました。

 

 …いかに見た目が怖かろうと、手伝ってくれた事には変わりありません。そもそも人助けに理由を求めるのは無粋というヤツですよね。

 

 ちゃんとここで義理は果たさないと…!

 

 いけ!陽乃!やればできる子なんです私!

 

 「ぁ、あの……あっ」

 

 あっ。

 

 本を片付け終わるや否や、サッと立ち上がり軽く会釈だけ残して、それはもうスムーズに立ち去って行ってしまいました……。

 

 あぁ……また肝心なトコで私は………。

 

 もっと第一声が大きければ。立ち去ってしまっても追いかけていく気概があれば。

 

 ありがとうございました、のたった一言さえ言えないとは…。

 

 「うぅ…やっぱり私、ダメな子なのかな……」

 

 美紋ちゃんという友達ができて、新しい環境にも慣れつつあってちょっと舞い上がってしまっていたのかもしれません。でも今の通り、根本的には何も変わっていないのです……。

 

 もっとしっかりしなくては…、と気合いを入れ直すべくほっぺたにぺちぺち喝を入れる私。

 

 それにしても……保井君、何でこんな所に居たんだろ。

 

 最初いきなり無言で本を渡された時はこわ…驚いたけど、こうして手伝ってくれたって事はいい人なのかな……。やっぱり怖かったけど。

 

 ……でも、なんかちょっとカッコ良かったかも。

 

 今度また会ったら、ちゃんとお礼言わないと……。

 

 あの人も本、好きなのかな。

 

 好きだと、いいな…。

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 っべ〜〜〜〜!!!!

 

 いや、ほんと、マジ、何やってんの俺!??

 

 何の前触れもなく無言で手伝いに行くとか正気ですか!?いえ全く正気じゃなかったですねついさっきの俺ぇ!!

 

 あぁああもうクソッ、まだ顔から熱抜けねぇ……、面目立たないったらないよなこんなんじゃ……。

 

 確かあの子、同じクラスの人だよな……。雲影…だったか。

 

 ウワァア絶対今日顔合わせるじゃんヤダァ絶対変なヤツだって思われるじゃんってかもう思われてるかあはははははは…………。

 

 はぁ。

 

 無理。マジで無理だった。なんだったのあの気まずい空間無理……。

 

 いや、あの空気から何か言葉を発せられるコミュニケーション能力が俺にあると思った?いやあるはずがない(反語)。

 

 取り敢えず一旦落ち着こう。朝のホームルームまでまだ少し時間がある。

 

 ところで、俺は席に座れと言われたら大体一番端っこにちょこんと座る。真ん中に座るとか絶対無理。

 

 電車でもなるべく端っこがいい。両脇に知らない人がいるとか落ち着かないし何より電車の席ってお互い距離近いじゃん。

 

 例え真ん中の席が空いていようと、知らない人に挟まれるくらいなら立っていた方がまだマシって思っちまうんだよなぁ。

 

 そんな訳で、この図書室で本を読む場合もその心理は変わらない。どれほど人がいなくても、こんなに人いないんだからたまには真ん中に座って開放感を味わおうという気には生憎なれる気がしない。

 

 そうなると必然的に俺の選ぶ席はいくら入口から離れていようと、本棚から離れていようと図書室の中で座る優先順位は角付近の隅っこ。当然ながら人はいない。

 

 念のためサッと辺りを見渡した後、ようやく腰を下ろして一息つける。

 

 「ふぅ……」

 

 今日はいい日になるとばかり思っていたんだけど、朝っぱらから予想外のトラブルが続きっぱなしっていう災難な日だったなぁ。

 

 …いや、まだ今日は始まったばかり。

 

 さっきの失敗を次に生かすべく、反省しなければ…。

 

 それはそれとして、さっき片付けしてた時、ちょっと面白そうだったから気になって一冊持ってきちゃった本があったんだよね。

 

 今日の英語の授業で早速単語の小テストがあるらしいからそれの予習がてら目を通してみるか。

 

 …にしても、もう少し何かできたよなぁ……そういうトコだよなぁ俺……。

 

 元から目つき悪いし、口下手でコミュ障だからいっつも友達作る時は苦労するんだよなぁ。……彼女も出来たことないし。

 

 さっきも折角同じクラスの人と話せるチャンスだったっつーのによ…。

 

 ……しかも、女の子。

 

 …思えば、昔から俺はそんな所があった気がする。

 

 何か聞かれても言いたい事がパッと思い浮かばなくて、黙ってる事が多かったな。

 

 言いたい事自体はもう頭の中にあるんだけど、いざ話すとなるとあがっちゃって何言うんだっけってなっちゃって、その間が相手に不信感を抱かせちゃってそれが申し訳なくて。

 

 やっと出来た友達も、最初出会った頃はちゃんと俺の答えを変な顔せずにゆっくり待ってくれる人だったな。いや、うまく話せないのは最初だけでそりゃ付き合いが長くなればもっと饒舌になりますよ俺も?

 

 でも、やっぱこういう時は最初が一番辛いよな。新しい環境で色々感じる事があるのに、それを共有出来ないこのもどかしさ。

 

 周りのグループで楽しそうに笑ってるのを見ると、やっぱり少しばかり胸が痛む。

 

 中学の時の友達には新しいとこでお前がうまくやってけるのかよ、と割と心配してくれてたけどそん時は余計なお世話だ、って突っぱねちまった。

 

 こういう事だったのか……ってかいや。俺自身も何となく予想はしてたけど。

 

 高校は違うじゃん、大丈夫って思いたかったんだよね。ダメだったけど。

 

 やっぱ髪の色が原因だったのかなぁ。あんまそう思いたくないけど。

 

 ……そういえば、普通ためらうのに髪を金にしてもいいか、って思えたのはドラマの影響だったか。

 

 確か学校が舞台で、悪者役で金髪の生徒が好き勝手やって問題起こすって話だった。

 

 い、いや。まてまて。別にその人みたいになりたくて金髪にした訳じゃないから。それもあったなってだけで、うん。

 

 でもその人の生き方をカッコいいって思った俺がいたのは確かだったな。

 

 俺はとにかくルール厳守みたいな感じで、中学生当時はものすごく真面目だった。

 

 いや勿論今もそうだけど。自分が規則を守るのが好きって訳じゃなくて、なんか問題を起こしたくない、迷惑をかけたくないからっていうヤツ。

 

 ある意味、縛られてたのかもしれないけど。

 

 そこでそのドラマを見た。最初見た時は何好き勝手やってんだコイツ、って顔をしかめてたけど、なんか見た後も引っかかってちょっと考えてみたらそいつはある意味正しかったんだよね。

 

 んー、なんて言うんだろ。確かに周りの目を気にしない、俺のやりたいようにやる!って感じだったけどそれが皆の常識をぶち破る?みたいな。

 

 なんかその時はそいつが一番楽しそうだったっていうか、輝いて見えた。

 

 だから俺は……っていかんいかん!

 

 色々反省してたら全然何も出来ずに時間を過ごしてしまっているー!

 

 とにかく、つ、次こそは…!

 

 ん?今そこに誰か来t

 

 「…あっ」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 「あっ」

 

 頭が真っ白になる、とは正にこの事なのかな、と思いました。

 

 まさか、私の狙っていた図書室の角スペースに先客が居ようとは。

 

 いえ、いいえ。ここまではいいんです。私と同じような思考回路を持つ人がいるのは予測できます。

 

 …ですが!ですが!!

 

 先程お会いしたヤンキーに誰がこんなにも早く再開出来ると予想しましたか!!??

 

 少なくとも!!今じゃなかった!!!

 

 「あ…」

 

 いやダメだ陽乃おちつけ落ち着くんだ私えっと何するんだっけなんかえっとあっまってやばいやばい頭が回らなくなってあれあれえっとえっとぉ……っ!!

 

 「…、あ……」

 

 ああそうだそうそうただ言うだけ言う言うそうだ陽乃行け陽乃今行かないでいつ行くんだああ!!

 

 「あ、あのっ!先程は、あ、ありがとうございましたっ!」

 

 ……い、い、い、

 

 いったーっ!!行った!言った!!言えたぁあ!!

 

 よく頑張りました陽乃やったぞ陽乃偉いぞ陽乃!!

 

 勢いよく深々とお辞儀したお陰で相手のちょっと…怖い顔も見なくて済んだのは大きかったですね。

 

 まだ、初対面の相手の顔を見ながら…っていうのはまだキツいかも…。男の子なんかは特に…。

 

 でもでも、自分から言えた、ってのは躍進です!

 

 とにかく私、一歩成長しましたよ!!

 

 しかし、すぐさま私の中の熱は奪われました。

 

 

 「……あ、お、おう」

 

 

 その時初めて、その人の声が聞けました。

 

 想像よりずっと、優しい声。

 

 それにつられてか、気付いた時には私の顔は自然と上がっていました。

 

 …もしかしてこの人、本当は全然怖い人なんかじゃないのかも……。

 

 私の目は、どうやら節穴だったようです。

 

 確かに見た目はちょっと怖いですけど、本を倒しても拾うの手伝ってくれるし、その本を渡す時も投げたりとかしないで一つ一つ丁寧に手渡ししてくれたし、今だって本読んでるし。

 

 そもそも、本読むの好きじゃなかったらこんな朝早くから図書館に来て本読みませんよね。

 

 良かった…彼も本が好きっぽいです!そう、本好きに悪い人はいないのです!

 

 それにしても、保井君は何の本を読んで…よん、で……

 

 「あっ!そ、そ、その本!!」

 

 「え?」

 

 その本は滅茶苦茶面白いあのシリーズの外伝じゃないですか!

 

 それの外伝まで手を出す人って中々の通ですよ...!

 

 「そ、その本…ミステリー好きなんですか!?」

 

 「え...あ、これは...その」

 

 この時、また私は出過ぎた真似をした、と後から後悔するのを知らなかったのでした。

 

 何故なら、

 

 「この本は...さっき、たまたま、目についた...だけ、で」

 

 「!!!……あ…、っ」

 

 か、完全にやってしまったぁああ!!?

 

 サーッと血の気が引いて行くのがわかります。私はいつもそう、勝手に思い込んでつい舞い上がっちゃう…。

 

 と、とにかくこの空気どうにかしなきゃどうにかしなきゃえっとええっと…!!

 

 「わ、私!そのシリーズ好きで!家に全部あるんですよ!良かったら貸しますよ!!」

 

 わーっ何言ってるの私ぃいい!!

 

 こんな訳も分からないこんなテンションの女にいきなり本貸す、って言われても絶対困るだけd

 

 「えっと…じゃあ、お願い……します」

 

 「えっ」

 

 …ま、まさかオッケーされるとは……。

 

 ミステリーとか、好きなのかな…?

 

 「あの」

 

 「は、はいっ!」

 

 「…保井」

 

 「え?」

 

 「保井、輝樹。名前……俺の」

 

 「あっ!ああ!」

 

 失念していた!!

 

 いきなり話かけられてびっくりしたけどそうだ!!私たちまだお互いの名前も知らなかった…!

 

 あぁあああ、またやってしまったぁ…本当は最初に話しかけた私から切り出すべきだったのにぃ…。

 

 「く、雲陰陽乃です!宜しくお願いします!」

 

 何故か反省の意味も込めて、全力でお辞儀してしまう私。

 

 向こうからすればあらゆる挙動がおかしく見えてると思っていたのですが、ちゃんと彼も返事を返してくれました。

 

 「…よろしく」

 

 チラッと見えただけだったけど、多分向こうも会釈していたと思います。

 

 ホッとしているのも束の間、私たちは思ってた以上に時間を過ごしてしまったようでした。

 

 つまり、唐突予鈴の音が耳に入ってくるまで私たちは一切今は何時かなんて気づかなかったのです。

 

 ここは人気のない角のスペースです。当然外へ出て行く人を見て気づける筈もなく。

 

 「ッ、やべ」

 

 「あ、と、取り敢えず教室に急ぎましょう!」

 

 「お、おう」

 

 彼の持っていた本は急いで元のところに戻し、図書室から近くない教室へと一緒に走る私たち。

 

 初めて遅刻しそうなのに、何故だか気持ちは思ったより軽かったです。

 

 こうして、ここに来てからは初めて、私に新しい男の子のお友達が出来たのでした。

 

 

ゴシュジン、ブジニツギノナエヲテニイレタヨウダナ。

ン? コイツハマエニモ… …

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