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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
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6 安寧を求めて


 もう四月の上旬だというのにも関わらず、まだ夜は冷え込む傾向にある。


 ついこの間も暖房を付けていたら電気代が勿体ないから止めろ!と母親に叱られた。仕方ないので寒さを紛らわすため毛布を羽織りつつホットココアを口にすることで、それを寒さを体の外へ追い出す対策としていた。


 「……ふぅ」


 やはり暖かい飲み物はいい。特に心がざわつく時なんかは、それを鎮めてくれるいい薬となってくれる。


 毛布にくるまって暖をとるのもいい。その柔らかな温もりが、自分を守ってくれているようで燎平は好きだった。


 「……………」


 『あの事』から、明日で丁度二週間が経つ。


 燎平は、リラックスした状態を保ちながら校長からあの後出された条件を再び思い返してみる。


 一、今まで触れたことのない『異能』に対し、心構えをしっかりしておく事。きちんとそれの覚悟を、自分の中でする事。


 二、第一の条件を踏まえ、自らの体験を考慮した上で戦う『修復者リセッター』になるか、護られる『施設出身者サバイバー』になるかを決める事。


 どちらかは決まったなら君たちの中で打ち明けても良いと校長に言われたが、最終的には自分で決める事が重要らしい。


 当たり前ではあるが、自分の事は自分で決めなければ駄目なのだ。


 しかしこの場合、それが真に何を意味するかは思考したくなかった。


 そして今日学校が終わった後、美紋、暁、来飛と喫茶店により各々起こった出来事や皆の覚悟を聞いた。思い悩んでいるのが自分だけではないと悟り、悩みが共有され、いくらかは心にかかる圧が減ったような気がする。


 結局、あの後『修復者リセッター』になる云々の話は、燎平の提案によって先延ばしにされていた。彼はこう進言したのだ。『やっぱりそれは今じゃなくて明日、生徒会の人たちの前で言った方が良くないか?』、と。


 勿論理由は考えてあった。事前に話してしまったら決意が鈍るだとか、今ここで他の意見を取り入れてしまったら考えが変わってしまうだとか。


 校長が言っていたように、一度そう決めても変更は出来るからいつ話してもいいのではないか、と反対される可能性はあった。もしそうで意見されたとしても、俺がそうなっちゃうからで無理やり通そうとしていた彼であったが、その心配は杞憂だった。皆もそこについては無理に言及せず、こちらの意見をおもんばかってくれたらしい。


 だが、理由について、実の所は違う。


 その当時、うまくでっち上げてはいたが本当はただ単に、燎平が怖かっただけなのだ。


 正直、『修復者リセッター』になるだとか、どうとか、そんな話はどうでもいい。


 覚悟は決まったとかほざいてはいたが、アレは方便だった。あんな事、二週間やそこらで決まるわけがないし、この先どれだけ時間があったとしても自分に決められるとは思えない。


 ただ、怖い。


 少しでももう一度、『異怪エモンス』と出くわすあの恐怖を体験する未来がある事が。


 少しでももう一度、親友を失うかも知れないあの恐怖を体験する未来がある事が。


 怖かったのだ。あんな恐ろしい戦いの渦中に身を投じる輩が、あの中にいる可能性を考える事が。


 あまりにも現実離れしている事態に何度も逃避したくなった。考えるたびに馬鹿馬鹿しすぎて。自分の口から呆れを催した乾いた笑いが零れていた。


 たかが学生らしく、進路なんぞに悩んでいる訳ではない。たかが一般人らしくコンプレックスなどに憂いたりしている訳ではない。


 身を以って体験しているからこその、あの這い寄ってくる死の恐怖。あの時、全身で感じた混沌の塊であるオベルガイアの怒号。


 高校生というこの年頃、子供扱いするんじゃないと躍起になる傾向があるのは認識してはいるが、こうも非常な事を突き付けられると自分の心根はまだまだ脆く、未熟であることを実感させられる。


 転んで擦り傷をつくることすら避けたいのに、あの恐怖の体現を前にして、血みどろになりながらも戦うなんて出来るはずがない。


 戦いたくない。


 だけど、親友たちを失いたくもない。


 ないないづくしの子供の我儘。


 自分がおかしいのか?時間を与えられ、選択の余地がある事があればまだ幸福だったと言えるのか?こんなにも悩んでいるのが異常であるのか?


 …否。断じて、否である。


 燎平の答えは、もう決まっていた。


 その答えを開示することを先延ばしに出来ても、今日の一日。この夜のみ。


 この抵抗が果たして良い事だったのか彼には分からなかった。おそらくはほぼ無意味なものではあるだろうが、何もしないよりかは幾分マシなのではと一考する燎平であった。


 柄にもなく余計な事をうんうんと考え込んでいると、背中の温もりも相まって眠気が襲ってくる。


 ここで寝てしまっては明日が来てしまう…と、まどろみの中必死に抵抗していると、スマホのバイブレーションが眠気を取り除くのに助力してくれた。


 「…もしもし?」


 『あ、燎平?まだ起きてる?…ちょっと遅いけど、今大丈夫かなって』


 スピーカーからは、よく知っている声がした。


 「何だよ美紋、こんな時間に」


 時計を見ると針は二十三時に差し掛かろうとしている。自分でももうこんなに時が経っていたのかと改めて驚愕した。


 普段ここまで物思いにふける事はあまりないため、少々意外だったのだ。


 意外と言えば、几帳面な彼女がこのような時間に突然前置きもなく電話してくる事自体がかなり珍しいのではあるが。


 『ごめんってば。……いや、大した用事じゃないんだけど、その。……大丈夫かなって』


 「何が?」


 美紋にしては歯切れが悪い物言い。いよいよこれは本当に珍しい事態だ。


 『…あれ、燎平怒ってる?』

      

 「え、何急に。別に怒ってないけど」


 『なら、いいけど…なんか、いつもより声がちょっと低いから』


 「…そうか?」


 『うん…』


 「……そう、か」


 無意識だろうか、それとも突然の事に影響されているのか。どちらにせよ、普段の調子ではない事は燎平も分かっている。


 「…で、何?」


 『あぁ、うん。ただこうして話してるだけでもいいんだけど……ちょっと、心配になっちゃって』


 「心配?」


 『…うん。ホラ、あの時燎平起きたのが一番最後だったじゃない?それだけショックで、ダメージとかも大きかったらって思ったらね……それに、アンタ昔から割と繊細だから色んな事気にしちゃってるのかなって』


 「…まぁ、そりゃ考えちまうだろ。……今回の件は、色々とデカすぎる」


 別に繊細でなくとも、同じ事態に直面したなら普通にあれこれと考えてしまうだろう。それは美紋だって例外ではないはずなのに、あたかも自分は大丈夫みたいな言い方が少々気になった燎平であった。


 これは幼稚園時代から美紋と付き合いのある燎平だからこそ何となく察せる事であったが、繊細という事なら燎平よりも美紋の方がよほどデリケートである。この電話も、燎平を心配するという体で実のところは自分の不安を紛らわせるためのモノだと彼は見た。


 で、あるならばこのまま同じ話題を話していても悪い方向に帰結するのは目に見えている。その予兆を少しでも緩和するには、クッションとして別な話題を用意すると良いらしい(とギャグゲーの知識から学んでいた)。


 「ってかオイ、それより暁から聞いたぞ?メイド美紋、俺も見たかったなぁ~」


 『―ッ!?あ、あれは!先輩と暁君が無理矢理!ってかあんだけ言わないでって言ったのに話したのか暁あの野郎!』


 「そんな事言って、実は結構楽しんでたんじゃねぇのか?」


 『……』


 しまった、と思った時にはもう時すでに遅し。


 『………楽しんでた?…そんな訳、ないじゃない』


 その選択肢は地雷だった。元気づける冗談のつもりで言っていたが、軽い空気を作るためのその発言自体が良くなかったのだ。


 「美紋、ごめ」


 『そんな!そんな場合じゃなかったの!』


 場を良くしようと謀った結果がこれだ。自分の失言にひどく後悔する。


 『…ッ、ぁ、その……ごめんなさい、私…また』


 「…いや、いいんだ。元より俺のミスだ。悪いのは全部俺なんだ。……ごめんな」


 少し間が空く。空気が重いのは最初から変わりないが、その間は何故かそこまで悪い沈黙ではなかった。


 ましてや今のような似たやり取りは過去に何度もしている。その繰り返し自体が、日常の象徴のようでプラスに働いたのかも知れない。


 『……うん、やっぱり、燎平と話してると安心する』


 心配されちゃうのは私の方だったね、と声が柔らかくなる美紋。燎平もまた同じ気持ちだった。


 お互いの事をよく知っているからこそ、多少のいざこざがあってもすぐに修復できる。『これから変わっていくこと』が、目の前にあるからこそ、そんな『今までの変わらないこと』を再確認することで安心感を得たかったのだろう、と燎平は思う。


 「…俺も、今このタイミングで美紋と話せて良かった」


 自分たちがこれからどうなるかは、自分たちの中の誰も予測できない。


 だが、未知すぎる未来に向き合う心の柱くらいは、今のやり取りで作れただろうか。


 『…私ね、今でも不安で仕方ないの。……だって、こんなの、いきなりすぎるじゃない。何も分からないじゃない。本当に、辛くて、変わっちゃう事がこんなに怖いんだって気づいて、考える事すら嫌だった。……でもね、こう思ったの』


 そう区切り、ふふ、と声を漏らす音が聞こえる。その調子はいつもの美紋そのものだった。


 『……私、一人じゃないんだって。頼れる暁君や何とかしてくれそうな来飛君。それに…燎平もいるしね!』


 「俺には何も言ってくれないのかよ!?」


 『ふふっ、仕方ないじゃない。燎平だし』

 

 何だよそれ、と毎回ながらの流れにツッコミを入れる燎平。その声に先程まで臭わせていた不安は含まれていなかった。


 『……明日、だね』


 「…そうだな」

 

 ついにこの時が来る。精いっぱい逃げ続けて、延ばし続けても明日。各々、何をどう選ぶにしろ、明日から全く異なる生活が始まる。


 きっと皆と一緒なら大丈夫。心強い先輩や先生もついている。


 向き合うしかないのなら、出来るだけ前向きに、ポジティブに。


 「…きっと、大丈夫だ。色んな事が起きるかもしれないけど、大丈夫だよ」


 そんな気がする。そう思わないとやっていけないし、実際これからやっていかなくてはいけない。


 『……そう、だよね。大丈夫。私たちなら…大丈夫だよね。それに、やってみなくちゃわかんないし!』


 大丈夫。その単語を己に言い聞かせるように、繰り返す。


 それを否定してしまっては、また振り出しに戻ってしまう。二週間前の、何も知らずに、何も決めれない自分に返ってしまう。


 少しでも前に進む。どんなに小さな一歩でも、自分たちは進んでいるのだと己に言い聞かせる。


 その鼓舞を蛮勇に。その蛮勇を本物の勇気に。


 今はただ、目を逸らさない事だけしか出来ないけど。それでも。


 ――進むしか、ないんだな。


 己の在り方を決めた時点で、道は一本になった。


 後は単純。己のペースで歩んでいくのみ。


 『……今日は、ありがとね。こんな遅いのに電話付き合って貰っちゃって』


 「…礼を言うなら俺もだ。わざわざ電話してくれてありがとな」


 こんな時だからこそ、普段は見せない本音で語り合える。


 皆の前では見せない姿。こんな状況だからこそ、二人きりだからこそ生まれる真の会話と信頼。


 幼馴染って時に家族より頼りになるんだなぁ、と実感した燎平だった。


 『…じゃあ、また明日ね』


 「……ああ。おやすみ」


 おやすみ、と彼女も電話を切る。瞬間、ふぅ…と自然に一つ、深呼吸をしていた。


 心にかかった霧が幾分か晴れていた。こんなにも清々しい気持ちで床に着けるとは正直思っていなかった。


 「………大丈夫、だよな」


 最後の最後で心の隅に残っている一抹の不安からか、勝手に口が動いてしまう。


 頭に染みついたその単語は、何故か一種の呪いのように思えてしまった。


 

燎平「そういや、美紋と電話で話すのって久しぶりだったな」

美紋「そう、ね…確かに。しかも連絡事項とかの事じゃなくって、普通にただ会話するだけってのもレアだよね」

燎平「まぁ今回は特別だったんだけどな……」

美紋「そうね……でも、私たちで話すって言ってもそんな話す事ないよね?」

燎平「言われてみれば……パッとは思い浮かばないな」

美紋「もう少し人数が増えれば話題も見つけやすくなるんだけどね」

燎平「だなー。でもなぁ…人数増えるとだいったい俺が苦労するからなぁ…」

美紋「え?楽しんでるんじゃないの?いじられるの」

燎平「だーれがイジられて楽しんでるMだ!そういう美紋はどうなんだよ」

美紋「はぁー?私はいたって普通ですぅ。ノーマルですぅ」

燎平「ははぁ、どうだか……ってあれ、よく考えたら今も普通に話せてるっぽくね?」

美紋「…確かに。意識してなかっただけで、普段からこうやって割と話してるのかもね」


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