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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
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3 『あの事』


 少し疲れが出たのか、やっと落ち着ける場所に来たからなのか、ふぅと一息つく美紋。


 「おや、お疲れですかお嬢さん」


 「ちょっと、ね…」


 燎平が彼女の荷物を預かり、脇に寄せる。せっかくお洒落な喫茶店に入ったにも関わらず、これから話す『あの事』を思うと注文をするのにも気が乗らない彼らであった。


 喫茶店『Reveal』。最近改装されたのか、木造のお洒落な内部構造に、水槽となっている壁が印象的。お店もかなり大きい部類で、天井には大きな風車が回っており、店の内部には二階もある。


 若干値は張るがメニューも豊富で、学生に対しては嬉しいキャンペーンもいくつか実施している。駅前に並ぶコーヒーチェーン店にはたまったものではない程豪勢且つ学生でも親しみやすい、そんなつくりになっていた。


 美紋が前から行ってみたいと言っていたこともあり、他にこれといった意見もないため満場一致で場所はこの喫茶店に決まったのだが、正直正解だった。


 何しろ店が大きいため席も多い。駅自体もそこまで大きい駅ではないため人がそれほど集まるという事もなく、それでいて気にならない程度に賑わっている。所謂いい穴場というヤツだった。


 「…やっぱりいい雰囲気ね、ココ。来てよかったぁ」


 「そうですね。様々な要素が見事にバランスよく調和しています。少々我々にとってお財布が厳しいところはありますが、キャンペーンもやっているみたいですしそこまで気にすることではないでしょう。それに提供されるのがこのクオリティなら納得です」


 暁が注文したお気に入りのミルクティーで喉を潤しつつ、満足げに語っている。彼は何かとお茶に対してはうるさい方なのか、どうも彼自身のこだわりがあるらしい。この喫茶店は合格らしかった。


 「そういやお前たち、何の用事があったんだ?」


 来飛が美紋と暁に問う。この二人の用事があったからこそ、燎平と来飛は屋上の扉付近で話し込み、時間を潰していたのだった。


 「あ、えっと……あれ、暁君。これ言っていいんだよね?」


 「…ええ、おそらく。特に彼らはこの事について他人に言いふらすな、と言及していませんでしたし、それにさくちゃん達であれば問題はないかと」


 彼ら?と燎平は首を傾げる。暁だけなら何か納得がいきそうな話ではあるが、美紋もとなるとあまり話が見えてこない。


 それに、『あの事』が関連しているのであれば、自分と来飛も呼ばれるはずである、と燎平が思考している途中で、答えは彼の口から出た。


 「…僕と美紋さんは、生徒会の方々から呼び出されていました」


 「えっ、生徒会から?」


 燎平は思わず眉根を寄せる。ことごとく自分の予想が外れてしまった。


 「そうなの。…あ、でも安心して。『あの事』……は、関係なくはないけど、あんまりない方から」


 「どういう事だよ?」


 美紋が暁と目線を合わせる。長年彼女といる燎平と暁だから何となく分かる事ではあるが、その顔は自分からはあまり言いたくないといった顔だった。


 「…一年生を代表して、僕と美紋さんが生徒会にスカウトされたんですよ」


 「……おお」


 納得したと言えば納得した。成績でも学年トップランクのこの二人なら能力的にも頷ける。


 そして、何故美紋が言いたくなかったのかも何となしに燎平は察した。何故かは未だに彼も知らないが、昔から彼女はかなり謙虚で、自分の功績だったり自慢話をおおっぴろげに話さない傾向があった故だ。


 「あ、でもまだ決まったわけじゃないよ?話を持ち掛けられたってだけで…ね、暁君」


 「そうですね。僕としても即断というのは厳しかったので、一旦保留という形で収めてもらいました」


 燎平はそのような大役など、人生で一回たりともしたことがないので何も言えないが、大変で時間がとられそうだなという事だけは分かっていた。そりゃあいくらこの二人でも考える猶予くらいは欲しいであろう。


 「……何でも、この学校の生徒会のシステムは特殊で、一口に生徒会って言っても二つに分けられてるんだって」


 「一つは学校側から決める『学校指定枠』。もう一つは、従来の通り生徒たちが自ら立候補し、推薦して決める『生徒選挙枠』の二種類があるそうです。僕と美紋さんは、『学校指定枠』の方ですね」


 「……成程ね。それで『あの事』って訳?」


 燎平の問いに、二人は頷く。彼らが言うには、あの生徒会メンバー(・・・・・・・・・)は全員『学校指定枠』らしい。


 「それは分かったんだがよ。俺たちがスカウトされない理由……いや、それも薄々分かってるけどよ」


 「………まぁ、そういう事になるわね」


 二人して項垂れた。何という事なのか。こういった形で能力差を明確にされてしまうと意外と心にクる。燎平と来飛も比べるまでもなく、自分たちには相応しくないと分かり切った事ではあったが、それでも傷は浅くはなかった。


 「その『学校指定枠』が『あの事』について、主なメンバーになるらしいんだけど……やっぱりこれ、言わない方が良かったかもだったよ暁君」


 「…かもしれませんね」


 「うるせぇ!いいんだよ!その方が仕事とかなくていいし!自由時間増えるし!な、来飛!」


 「そうだそうだ!寧ろデメリットなんだぞバーカ!」


 肩を組み、謎の同盟を結ぶ燎平と来飛。目の前の馬鹿二人を相手に、苦笑するしかない美紋と暁であった。


 「……………」


 「……………………」


 重い沈黙が続く。


 来るところに来てしまった。時間もそろそろ気にしなくてはならない。


 やはり彼らの心内にある事といえば、『あの事』以外に他ならない。皆が皆同じことを思っているのにも関わらずあえて口にしないのは、ギリギリまで普通でいよう、という最後の抵抗だった。


 だって、これを破ったら。話してしまったならば。


 そこから先は、異常の世界なのだから。常軌を逸した世界なのだから。


 決して普通ならば足を踏み入れるどころか、認識すらしない事なのだから。


 その覚悟を、決意を、少年少女達は苛酷にも、二週間もの間、問われ続けていたのだった。


 『普通』ではなくなるのが怖い。周りが絶対に分からない話をするのが怖い。


 また、あんな風に、死ぬような思いをするのは、怖い。


 怖くて、恐くて、こわがらなければいけなくて。


 何より、そんな事がある事自体、認めるのがこわかった。


 「…………………………………………死にかけた」


 「…え?」


 沈黙を破ったのは、来飛だった。


 「死にかけたんだよ、俺。いや、最後のアレは俺が百億パー悪いってのは自覚してるんだがよ。それでもだ。文字通り、冗談でも何でもなく、死にかけたんだ。あの短時間で、一回や二回じゃない。あのちっこい先輩がいなかったら、本当に死んでたかもしれない」


 ふぅー、と長い溜息と共に、片手で顔を覆う来飛。わずかに手が震えているのは、見て見ぬフリをするのが彼の為だった。


 「……怖かった。滅茶苦茶怖かったんだ。正直。俺、あんなに怖がれるんだって初めて、あの時分かったよ」


 多くを語らずとも、その気持ちは痛い程、他の三人は共感できた。


 あんな思い、二度としたくない。


 「……私も。あの後…燎平と来飛君と別れてからね、突然人が消えたのよ。私たち以外のクラスメート全員が。嘘じゃないのよ?」


 「ええ。その後、見たこともないような、この世のモノとはとても思えない、大きな蜂に出会いました。芯一先輩は『異怪エモンス』と呼んでいましたが…」


 「……そこから先は、あまり、話す気分ではないんだけど………」


 だったら無理に話さなくていいよ、とは到底言えなかった。それでは、この場所に来た意味がない。そういう覚悟を持って、そういう厳しさを以って、きちんと彼女たちの話を聞かなければならないし、燎平も話さなくてはならない。


 そういう風に、決められた。


 そこから、彼女たちは赤裸々に話してくれた。その異形の蜂の足が身体に食い込んでものすごく痛かったこと。目の前に、見たこともない大量の化け物が現れたこと。それらを芯一が瞬く間に虐殺したこと。それから生徒会室に向かい、謎の現象が起きたこと。


 そこから先は、よく覚えていないこと。


 ただ一つの幸運は、美紋が常に暁と一緒にいた事だった。もし何かのはずみで彼女が一人になってしまったら、それこそ身体は無事でも心の方が取り返しのつかないダメージを負っていたかもしれない。


 「兎に角無我夢中で、怖くて、でも何とか足を引っ張らないようにしなきゃって…迷惑かけないように、しなきゃって……でも、私、全然できなくてぇ………ッ」


 最後の方は嗚咽も混じっていた。無理もない。元々俺たち、特に美紋には荷が重すぎる話だったのだ、と燎平は思う。ハンカチを懐から取り出している隣の美紋をなだめつつ、燎平も話し始める。


 既に話した来飛も含め、彼らはとても真剣に話を聞いてくれていた。総合的に見て、一番軽かったのが燎平なのだったが、彼らはそれに対して難癖をつけたり嫉妬したりもしなかった。


 ただ、お疲れさま、大変だったね、と見せたのは軽い同情心のみ。


 それが有り難かった。それだけで十分だった。


 そして、最後は来飛。燎平に対して彼の話が一番重く、吹っ飛ばされた所を聞いた美紋は目を見開いた状態で青ざめ、手を口に押えていた。

 

 「――と、まぁこんな感じだ。燎平にはもう話したんだが、悪いな。こんな話二回も聞かせちまってよ」


 「……いや、大丈夫」


 正直、親友がネタではなく真面目に死にかける話など聞いていて気持ちいものでは到底ない。それでもなお、燎平は大丈夫と何とか建て前を絞り出した。


 「………………」


 再び流れる、重々しい空気。


 こんなお洒落で綺麗な喫茶店に似つかわしくない雰囲気がそこにはあった。今更ながら、この場所を選んでしまったことに後から後悔を覚える燎平。


 周りは自分たちの苦労も、不幸もお構いなしに、楽しそうに談笑している。その周りとの明確な『違い』が、今になってよりくっきりと輪郭が現れてしまったのであった。


 何故自分たちだけ、とは幾度もこの二週間思ってきた。


 本来ならば、周りの生徒たち同様に何の他愛もない話に花を咲かせていたであろう。至極下らない事で悩み、ちっぽけな事で傷ついたりもしたであろう。些細な事で笑い、気づきもしない身近な幸福を自覚せずに、のうのうと生きていた事だろう。


 失ってから、初めて気づくモノは存外に多い。


 それが当たり前と化しているから。それが、常に手が届くものだと誤認し続けてきたから。


 あの日、『あの事』を経て初めて、彼らはその重要性に気づかされていたのであった。


 「……それで、お前たちはどっちにするか(・・・・・・・)、もう…決めたんだよな」


 「……ああ」


 ようやく開いた燎平の口からでた問いに、来飛が答える。残る二人も、頷く事を返答としていた。


 「何たって、それが『あの事』を話す二つ目の条件じゃない」


 「………うん」


 そう。『あの事』…即ち、『あの入学式に起こった事件』を、こうして話すことには二つの条件が先生たちから課されていた。


 一つ目は、きちんと全てを受け止める覚悟を決める事。……どれだけ辛くても、包み隠さず全て話し、聞き、起こった出来事を余すことなく全て共有する事。


 その覚悟を決める際、それは各々、個人個人でしなければならなかった。それまで他人に相談、話すことは一切禁止。他言無用。


 まずその情報自体が機密であり、何よりその覚悟を決める時、他人に力を借りているようではこれからの事(・・・・・・)に対して自力で太刀打ち出来なくなってしまうため。


 そして二つ目は、そのこれからの事(・・・・・・)に直結する。確認するように、暁は改めてそれを言葉にする。


 「…先生方が仰っていた、二つ目。つまり、『修復者リセッター』になるか否か、ですね」


 『修復者リセッター』。


 それは、愛海や薫たちの事だと聞いた。その一言を耳にし、燎平は思い出したくもない過去を思い出す。


 あの事件の、その後の出来事を。




来飛「オイ暁、お前ってそんな紅茶好きだったの?」

燎平「コイツの紅茶好きは筋金入りだぞ?暁ん家行った事ないだろ、来飛。すげぇぞ、棚の中ずらーっとティーパックの銘柄が」

美紋「私も燎平の高校受験勉強会って事で一回行ったけど、暁君の淹れるお茶すごく美味しかった…また行きたいなぁ」

暁「ハハ、僕も美紋さんが来ると聞いてとっておきの一つを奮発してしまいました。来飛君が来る時があったら、是非またとっておきを出しましょう」

来飛「マジか!俺紅茶とか全然わっかんねぇけど宜しく頼むわ!」

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