安城舞は年相応に可愛らしい
このギルド、ヴァンザルトは少し、いやすごく変わっている。
他のギルドと比べ、建物はこじんまりとしていてそこら辺にある宿屋や居酒屋と大差ない大きさ。建物内は一つしかないカウンターに掲示板が置いてあるだけ。あとは椅子や机が適当に置いてある。
二階は団長の部屋と休憩室が一つ。その内一つは物置部屋になっているから実質は一つだ。そんなボロ屋敷でも仕事はちょくちょく舞い込んでくる。
従業員は二人。俺とカウンター係の舞ちゃん。舞ちゃんは今年で確か12歳。これからは学校に通う事になるため今年からは一人で仕事を切り盛りしていかなければならず、気が重い。
団長は他の実務に当たっている為依頼が来たら俺一人でやる羽目になる。どちらにせよ舞ちゃんはバイトであり依頼に向かうのは俺の仕事なわけだが。
あれこれ言ってはいるが、別に俺はこの仕事が嫌いじゃない。まぁ好きでもないが。だがこの仕事が気性に合っているというのは事実だ。与えられた仕事を自分自身の力だけでこなしていくのは達成感があり、一人でやる分気が楽だ。
しかし、ここ最近はサポーターとしての仕事が多く、嫌でも見ず知らずの団体に組み込まれる。明確に上下が分かれたグループや友情ごっこを演じるグループ。そんな連中の御守りをずっとしていればストレスも溜まるし、発散したくもなる。
そんな中での新たな仕事だ。
この仕事を理由にサポーターを断ることが出来、嬉しくも思うが結局のところ問題の後回ししているだけで根本的に解決にはなっていない。加えて新たな仕事の内容を知らない為手放しに喜ぶこともできない。
それでもあの薄ら寒さや胸をチクチク刺す様なストレスを感じなくていいと考えるとやはり嬉しい。だが新たな仕事を与えられて嬉しがっている自身に嫌気がさしている為自然と足取りは重い。
古びた木の床をぎしぎし言わせながら階段を下りると一階の方から幼いソプラノ声が響いた。
「あ!影山さーんっ!」
両手をぶんぶんと振り、ぱあっと輝くような笑顔。ああ、なんか急に元気が出てきた。やっぱり癒されるなぁ。
声を掛けられた以上、ここで無視するわけには行かない。紳士であるところの俺がみだりに少女に近づいたりするわけないんだけど、無視するわけには行かないからしょうがないし、キモがられないよう全力疾走で行くよ!!
「舞ちゃんお疲れ様。これから帰るとこ?」
息切れしているのがばれないよう息を整え、軽く手を上げて応えた。
「ん、そうそう。これから帰るところだよー」
見ると彼女はギルドで支給された制服ではなく、普段帰る服装であるベージュのコートに身を包みファー素材のマフラーをしっかり首に巻きつけていた。すると彼女はそわそわと居心地が悪そうに身を捩ると上目遣いでじっとこっちを見る。
「...影山さん、あの」
「よし!じゃあ帰ろうか」
準備していた言葉を食い気味に言うときょとんと惚けた顔になる。
だがそれも一瞬で、手を口元に当てクスッと微笑むと、ててっと小走りで隣に並ぶ。マフラーを巻き直したり、てしてしと前髪をいじったりしてからうんと頷くとぱっと顔を上げた。
「よし、じゃあ帰りましょう!」
何だろうこの可愛らしい小動物は。動き全てがあざと可愛いし、歩くたびにぴょこぴょこと揺れるアホ毛が更にあざとい。
依頼してくるクソガキ共とはえらい違いだ。みんなが舞ちゃんみたいだったら仕事が俺の生き甲斐になっていた、まである。
外に出ると辺りは既に暗く、晩冬の冷たい風がこうこうと吹き抜けていた。点々と並ぶ街灯と宿屋や居酒屋から漏れ出る灯りがほのかに照らすだけ。空は分厚い雲に覆われ、月明かりが照らされることはない。人影もなく、吹きつける冷たい風の駆け抜ける音だけが荒野の様な街に響き、より寒々しく感じた。
「...最近は特に寒いなぁ」
白い吐息を吐きながら襟袖を手繰り寄せ、身を包む様に縮こまると舞ちゃんもそれに頷く。
「そうだよね!そろそろ雪も降ってきそう!」
何故か興奮気味に声を弾ませるその様に理解ができず、頭の上に疑問符を浮かべる。
しかし舞ちゃんは未だ興奮が収まらないのかぴょんぴょんとスキップして空を見上げる
「雪が積もったら、雪だるまとか、雪合戦とかすっごい楽しみ!」
舞ちゃんのあどけない仕草と考えにまだまだ子供だな、と暖かい気持ちになりふっと頬が緩む。
ルンルンとスキップをして雪を待ち遠しくしている様子はどちらかっていうと子犬に近しい。尻尾でもついていようものなら、ブンブンと左右に揺れていたことだろう。その様子が容易に想像でき、忍び笑いを浮かべていると、前から若干不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「...む、影山さん、今子供っぽいって思ったでしょ」
「え、いや、別に」
見ると舞ちゃんがぷくっと頬を膨らませ不機嫌そうにジト目で俺を睨め付けていた。そっぽを向いて拗ねた様に小さくため息を吐くと、ぽしょぽしょと口を開いた。
「確かに影山さんから見たら、まだまだ子供だけど、身長だって伸びてきてるし、胸だって...」
舞ちゃんが不安に思うのも無理はない。彼女は平均的な身長から見てもかなりちっちゃい。どれくらいちっちゃいかと言うと、これぐらいの時間帯に俺と一緒に歩いていた所をお巡りさんに見られ、職質されたぐらいにちっちゃい。
それと舞ちゃんは団長と良くおしゃべりしているため、あの人を大人の基準にいている所があるのだろう。あのレベルのボンキュッボンはそうそういないだろうに不憫な舞ちゃん。そしてその美貌を持ってしても結婚できない団長まじ不憫。
ちらと、隣に視線をやる。そこには先程の元気は何処へやら、しゅんと肩を落としとぼとぼと歩く舞ちゃんの姿があった。今身長が胸やら言ったところでどうしようもないことだ。
「まぁ、団長も子供の頃は舞ちゃんぐらいちっちゃかったらしいし、大丈夫じゃない?。...別にちっちゃくても需要あるし」
「本当!?」
俺が言い終わる前に、舞ちゃんがぐいっと身体を寄せ目を輝かせる。この程度で機嫌を直すとは案の定チョロイン。
上目遣いで見開いた目をキラキラとさせている様子は、さながら構って欲しそうに飛び付く子犬の様だ。そう思ってしまうと条件反射で犬耳と尻尾が想像出来てしまう。吊り上がる頬を見せない様、顔を背けながら声をかける。
「ま、まぁ、良く寝て良く食べれば大きくなるんじゃないかな」
思わず頭に浮かんだ適当な論説を挙げたが、既に舞ちゃんは夢心地の様でスキップしながらくるくると踊る様に回っている。人影のない街にぼんやりと照らす街灯も相まって、さながら舞踏会で踊っている様だ。舞ちゃんが舞台の主役ならば俺はウエイターといったところか。
俺が立ち止まったまま動かないのを不思議に思ったのか、舞ちゃんが視線を送る。
「どうかしたの?影山さん?」
純粋無垢な少女はこれから色んな事を学ぶだろう。友達ができ、友人ができ、好きな子もできるだろう。
学校入学してしまえばその時点で大人として認められる。家族と離れ、自立しなければならない。助けが無い場所でこの純粋無垢な少女は生き残れるのだろうか。
案外ちゃっかりしている所もあるから大丈夫だとは思うが、是非このまま何事も無く育って欲しいものだ。
一緒に仕事をした時間はそんなに長くは無いが、親心が芽生えたか、まるで父親みたいだなと心の中で失笑する。
「いや、何でも無いよ」
誤魔化すように舞ちゃんの頭を撫でると、気持ち良さげに猫のように眼を細めるが、はっと何かに気がつくと俺の手をぺいっとはたき落す。
「また子供扱いしたー!」
「俺から見たらまだまだ子供だよ」
子供のままでいて欲しいという願望も込めて若干強めに額にデコピンすると、あぅと妙な声を出す。よっぽど恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしてうがーと大して迫力も無く、むしろ可愛さが10割増しで可愛くなった舞ちゃんが追いかけてくる。
この日常が続けばいいなぁ、と。
そう口の中だけで呟いた。
何かちくりと心に針が刺さるが、俺はそれを見て見ぬ振りをした。