やはり八乙女忍は直情径行
かつかつと、机を爪で叩く音が聞こえてくる。そちらをチラと見やれば不機嫌さを露わにしてどっかりと腰掛ける女性がいた。大胆に胸元を主張した服装にだぼっとしたローブ、覗いた胸元に光るネックレス、そして腰まである黒髪は癖っ毛なのか所々がくるくるうねうねとしていて、叩く音に呼応するようにゆれている。
その端正な顔立ちは額に青筋を立てているためか、普段見る美貌は鳴りを潜めている。そして彼女の視線は依然として自分に注がれているため居心地が悪い。
何分もこの状況が続き進展がないため、俺はこの状況その他諸々の説明を求めようと目の前の女性に視線を投げかける。
すると、何が気に障ったのか眉根を寄せ、虫でも見るかのような目つきで睨むと諦めたように深々と息を吐いた。
「はぁ、何故君はこうも厄介ごとを持ってくるんだ」
「...いや、別に自分は特に何もしてませんし」
「何もしてなかったらここまで問題は浮上してこない」
矢継ぎ早に浴びせられた言葉は事前に準備していたようだった。悩ましげに髪を掻き上げると、再び大きくため息をついた。
彼女が視線を落とした先には何枚もの報告書が乱雑に散らばっている。その内の何枚かを手に取り、流し見やると中傷的な笑みを浮かべた。
「影山。今月に入って何度目だ?お前はあれかMなのか?私に怒られたいがために馬鹿ばっかりやっているのか?かまってちゃんなのか?」
軽く馬鹿にするような調子でまくし立てる。そんな安い言葉文句にムカつく俺ではない。だがやられたら10倍返しをモットーにしているためやり返さないわけにはいかない。
なので小声でちくりと呟く。
「...それは自意識過剰では、かまってちゃんってもはや死語ですし」
風が吹いた。
顔のすぐ横を何かが通り過ぎ、続けて背後から鈍い音が鳴り響いた。
後ろをチラと見ると扉に握り拳の跡がくっきりと残っていた。ノーモーションで繰り出された拳は纏わりつく空気をも置き去りにし、俺の頬を掠めていった。
「何か言い残したことはあるか?」
目がマジだった。
「まだ死にたくないです。すいませんでした」
すぐさま謝罪を述べ、身体を直角に傾け平謝りするがそれだけでは満足いただけなかったご様子。
「私が何に対して怒っているか分かるか?」
その声色は子供に言い聞かせるような優しい物言いで、単純に厄介ごとが回ってきた事に対して本当に怒っているようではないようだった。遠回しに言った年齢の話ではその限りではないが。俺は平謝りを止め上体を戻しながら様子を窺う。
答えを出さないでいると、それを降参と受け取ったか短くふっと息を吐くと、手に持っていた報告書を子供に読み聞かせるように読み上げた。
「助っ人ありがとう御座いました。無事課題を終わらせることができました。ですがその後みんなどこかぎこちなく、雰囲気があまり良くありません。次回からは別の人でお願いします。」
うん。特にこれといっておかしい所は見当たらない。ごく一般的な御礼状だ。
うんうんと頷くと、目を細めじーっと睨め付けられるがそれも一瞬で直ぐに次の報告書を読み上げた。
「なんでこんな人を寄越したんですか?クエスト自体は達成出来たから良かったものの、次からはまともな人をお願いします。この人は早く切り捨てた方がギルドのためですよ^^?」
最後はにっこりと微笑みながら俺の方を見やり、これはどう説明する、と笑っていない目で訴えかけてくる。
「別にクエスト失敗したわけではないですし、問題はないんじゃないですかね。終わりよければ全て良しって言うじゃないですか」
悪びれず、あっけからんと言い放つ。
ここまではいつも通り、想定の範囲内。
何かしらの問題はあれど、この程度。だが俺の想像を超えていたのはこの後だ。
「死ね。お前のせいで全て台無しだ。今度会ったら覚えておけ」
明らかな犯行予告に耳を疑った。しかも最後は感情的に威勢良く、嬉々として言い放っていたため少しびくっとした。
そこに私念は入ってないですか、大丈夫ですか。
「さて、影山。これはどう説明する?」
「これはツンデレですね」
わかりやすく翻訳すると「あなたのせいでめちゃくちゃになっちゃったんだからね!今度会ったら覚えておきなさい!」となる。これだとツンデレ要素強めで心に優しい。
俺レベルになるとその後に「か、勘違いしないでよね!別にあんたに覚えてもらいたいわけじゃないんだからね!」と隠れた言葉まで汲み取ることができる。因みに冒頭の文字は置き字だ。
何の迷いもなく言うと、頭痛を押さえるようにこめかみに手を当て深く息を吐いた。
「はぁ...君と話していると疲れるよ」
「それは俺だけのせいではないかと」
彼女はにっこりと微笑むと、一瞬で間合いを詰め俺の額を掴んだ。
「何故そこで年齢の話が出てくるんだ?」
「いたいいたい潰れる潰れる!」
手が離れた後もジンジンと痛む頭を摩って痛みを紛らわせる。っていうか年齢について一切触れてないのにこれは横暴ではないか、パワハラではないかと目を細めて異議を申し立てる。
「団長が部下を意味もなく痛めつけるのはどうなんですかね」
「意味はある。これは教育であり、一つのスキンシップに過ぎない。それと団長、ではなく忍さんと呼べ」
ふふん、とどこか誇らしげに言うと目の前でその豊満なバストがぐぐっと押し上げられ、自然と目が引き寄せられてしまう。いやぁ、眼福眼福。
だが、それもほんの一瞬ですぐさま視線を明後日の方向へと向ける。下手に見続ければ、男が卑猥な視線で女の胸を凝視する事案が発生しかねない。
しかもこの人だったらその後、責任を取れ、とか言って結婚するまである。
「愛が重すぎるんですがそれは...」
すずいと引き気味に後ずさる。そんな愛情はいらない。割とマジで。
ため息交じりにぼやくと、団長はぱちぱちと瞬きしてから、急に遠い目になった。
「そうだな...愛とは常に重く、苦しいものなのだよ」
「いや、それは団長だけで」
「ふんっ!」
「がはっ!」
腹部に強い衝撃を受けがくっと膝をつく。いやせめて事前告知くらいして欲しかった。
鈍痛にぐぬぬぬと唸っていると、頭の上から楽しそうな声が聞こえてきた。
「そうだ、君に新たな仕事を与えよう」
明らかに今思いついたであろう考えに悪寒が走る。この人が思いつきで行動に移すときは大抵が上手くいかないし、悪い方向に行く。
反論しようと、未だに痛む腹を抑えながら立ち上がろうとする。
「因みに異議反論抗議質問口答えは一切認めない。そして君に拒否権はない」
横暴だ...。
「これは君にとっても悪くない話だ。それに、適任だと思っているよ。良いところも悪いところも含めな」
そう言い残すと、団長は再びどかっと椅子に座り直した。どうやらこれ以上話をする気はないらしい。俺としてもこれ以上この場に居座り続けるのは据わりが悪いため足早に扉へと向かう。
「ああ、それと私が何について怒っていたのか、これは宿題としよう。次回会う時までに考えておきたまえ」
「......はぁ」
今思いついたであろう考えに、最早ため息しかでない。ため息で返事をすると来た時より重い足取りで扉へと向かった。だが、いつよりか、心なしか、扉を引く重さが軽い気がした