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ソドリスにて

 ミアンは幸せの絶頂にいた。

 朝早く目覚めた彼女はすばやく起き上がり、窓の格子戸を開けた。

 強い日差しが一斉に彼女にふりそそぐ。

 ミアンはまぶしそうに目を細めた。

 都ソドリスの街並みが彼女の眼下に広がっている。

ソドリスは緑に包まれた、美しい都市だ。

 そのソドリスの、木々の緑や美しく咲き誇る花々、陽光にきらめく寺院の尖塔のガラスなどの全てが、彼女を祝福しているように思われた。

 ミアンは婚礼を目前に控えていた。

 彼女が嫁ぐ相手、エアドルは、サラゴン王国の有力な貴族だ。しかも彼は、国中の女が夢中になる程端整で美しい容姿を持っていた。

 ミアンとエアドルは二年越しの恋愛をあたため、今、ようやく実を結ぼうとしていた。

 ミアンは目を閉じた。

 ほほにあたる陽光を感じながら、彼女は愛しいエアドルの姿を思い浮かべた。

 彼は今、ソドリスを離れ、領地のドラドに帰っていた。

 ドラドは隣国のレリュア王国との国境に近い都市だ。

 サラゴンとレリュアの国境近くで不穏な動きがあるという。

 レリュアの〈悪王〉イリジオ=ゲーセールはこれまでもしばしばサラゴンへ戦を仕掛けてきた。

 今回も、戦につながるかもしれぬ。そう考えたウロボス王は、先手を打つべく、エアドル公に大軍を与え、ドラドへ向かわせたのだった。

 エアドルは勇将として知られていた。だからミアンは、エアドルの勝利をみじんの疑いもなく確信していた。ミアンはソドリスを眺め続けているうち、ふと城に続く街道を、砂ぼこりを立ててやってくる騎馬の一群に目が留まった。

ミアンは胸が高鳴った。

(エアドル様の帰還の知らせかも知れぬ・・・。)

 いや、きっとそうに違いない。彼はイリジオ悪王を打ち負かし、ソドリスへ再び、勝利に満ちあふれた笑顔とともに帰ってきたのだ。

 ミアンは急いで身支度を整え、城の大広間へ向かうため部屋をだっと飛び出した。

 廊下でミアンは侍女のイアとぶつかりそうになった。

「まあ、ミアン様。今、お召しかえに、お部屋にうかがうところでしたのに。・・・。」

「私、ちょっと急いでるの。イア、あとでね。」

 言い捨てて、ミアンはバタバタと走り去っていく。

 イアはその後姿を、少々あきれ顔で見送った。

 ミアンが大広間へ着くと、玉座についた老王ウロボスを囲んで、早くも多勢の貴族や騎士たちが集ってきていた。

 ウロボスはその老いた横顔に憂愁の色をにじませ、ほおずえをついている。

 ミアンは急に不安に襲われ、胸が高鳴った。

(よもや・・・。まさかエアドル様が・・・。)

 やがて大広間に、鎧甲をガチャガチャならしながな、一群の騎士たちが入ってきた。

 どの顔もやつれ、息があえいでいる。

 先頭の騎士はは、王に一礼し、ぜいぜい息を吐きながら報告した。

「タイス城からやって参りました、アジェノンであります。」

(ドラドからの使者ではないのか・・・。)

 ミアンは幾分安心し、胸をなで下ろした。

「何事があったのか。聞くところによれば・・。」

 ウロボス王の声はふるえていた。

「はっ・・・。」

 騎士アジェノンはひざをつき、両手をがっしと床において顔をうなだれた。

「どうした、黙っていては何もわからぬ。」

 王の傍に立っていた、王弟で宰相のガエマ公がいらだたしげに報告を促す。

 すると、アジェノンの目から涙がぽたぽたと滴り落ちた。

 広間にいた人々は一斉にどよめいた。

「静まれい皆の者。この者の報告を聞こう。」

 そう言ってウロボスは腰を下ろし、再びアジャノンを促した。

「さあ、落ち着いて申してみよ。真実を語るのだ。タイスで何があったのかを・・・。」

(タイス・・・。本当にそこで何事が起こったのか・・・。)

 今やミアンも、やつれ切った騎士アジェノンを食い入るように見つめていた。

 アジェノンは、ややあって叫ぶように言った。

「申し上げます。ブ、ブルク神がサラゴンにご降臨になられた模様であります!」

 広間の人々は再び、一斉にどよめいた。中には悲鳴を上げる女もいる。

 ガエマ公はどんどんと剣をつき鳴らし叫んだ。

「ええい、静まれい。」

 老王はがっくりと顔を落とした。もはや諦め切った、観念した表情をしている。

(まさか、そんなことが・・・。あり得ない。何かの間違いにちがいない。)

 ミアンも驚きのあまり、我を見失っていた。

 ガエマ公の制止にも関わらず、人々の喧騒は収まらない。互いに声高に議論し合う貴族たち、へたり込む女たち、どの人々も興奮し、我を見失っていた。

「なぜ、ブルク神が降臨されたとわかるのだ。詳しく状況を申してみよ!」

 切り裂くような大きな鋭い声でガエズ公は、アジェノンに問うた。広間はしんと静まり返った。

 人々は、固唾をのんでアジェノンの返答を見守っている。

 震える声で騎士は訥々と語りだした。

「我々タイス守備軍は、〈ハイレの森〉近くを定期的に巡回しております。去る、第五節第二曜日の晩、私を隊長とし、ロートスを副隊長とした、五人からなる巡回隊は・・・」

「ええい、細かいことは良いわ。早く、大筋を申せ。」

「ロレアル、この者は疲れておるのだ。それに緊張しておる。急かすものではない・・・」

 王はガエズ公をたしなめ、そしてアジェノンに言った。

「お前の好きなように、ゆっくり申してみよ。あせらず話をきこう。」

 アジェノンは、王の優しい言葉を受け、固い表情を和らげた。そして彼は腰をしゃんと伸ばし再び言葉を続けた。

「とにかく我々はその晩、ハイレの森の奥深くまで巡回を続けておりました。そして、〈神々の道〉の外壁まで至ると、暗闇の向こうから地響きとともに十数頭の獣に引かせた大きな戦車がやってまいりました。」

「ブルクだ・・・。」

 広間にいた貴族の誰かが言った。

〈神々の道〉は〈結界〉の向こうから始まり、〈ハイレの森〉や〈さすらいの森〉を越え、〈十二国〉へと広がる道だ。道の両脇は低い石壁で固められている。人は立ち入ることはできない。入ればただちに血を吐いて死んでしまうとされている。そこに入る者はなかった。〈神々〉だけが通ることを許された道なのだ。

「我々は固唾を飲んで見守りました。やがて戦車は我々の目の前で静止しました。戦車は、十二頭の狼が曳いており、狼は口から炎を噴いておりました・・・。」

 どこかで女のすすり泣く声が聞こえた。ミアンモアジェノンの言葉に呆然となった。

 十二頭の火を噴く狼が曳く戦車。

 その主は〈使者の神〉ブルクに違いなかった。

 ブルク。〈使者の神〉。災厄を告げるもの。

 彼は〈神々〉の長たる〈天帝〉アロギオンの言葉を伝える神であり、たいていの場合、彼の到来は、その国の「滅亡」を意味してきた。

 ただし、ここ幾百年もの間、ブルクが〈十二国〉に到来したことはなかった。

(なぜ、今になって。しかもこのサラゴンに・・・。)

 ミアンと同じことを、この大広間にいる者たち全てが思っているに違いない。

 そして又、皆、同じようにこんなことを考えているのだ。

〈〈神々のゴッド・ロード〉は、サラゴンへ止まらず、トリアランへもゲハーラへも、そしてレリュアへも続いているのだ。

 きっと、ブルク神は、レリュアへ向かわれるのだ。そしてかの〈悪王〉イリジオ=ゲーセールを懲らしめられるに違いない。)

「ブルク神は行先を告げられたか。」

 老王の声は震えていた。

 アジェノンは王をきっと見据え、血走った眼で答えた。

「申されました・・・。」

 人々はその続きを固唾を飲み、緊張した表情で待っている。

「で、どこなのだ。神の行先は。」

 ウロボスの眼もかっと大きく見開かれ、血走っている。

「神は・・・ブルク神は・・・。」

「ブルク神は。」王の声がしんと静まり返った大広間に響いた。

 アジェノンは目を閉じ、驚くほど落ち着いた声で答えた。

「神は行先を告げられました。

『余ブルクは、天帝の命により、サロゴンへ向かう。』と。」

 そう言うと、アジェノンは大広間の床にくなくなと倒れこんだ。彼は気を失っていた。

 ミアンの周囲の全てが、がらがらと大きく音を立てて崩れていくような気がした。

人々の声が、彼女の意識の中で遠のき、次第に小さくなっていく。

 へなへなと倒れこみそうになるのを必死にこらえながら、彼女は柱にもたれ、体を支えていた。

 老王が静かな声で命じるのが聞こえる。

「ブルク神をお迎えする準備を急げ。」

 彼は小さな声でつけ加えた。

「神は、まもなくソドリスへ到るであろう。すぐに。まもなく・・・。」


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