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剣と厨房。二人の成り上がり。  作者: 岩戸 勇太
アディラの戦い 3
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アディラの戦い 9

 ラダヴィッツ軍の隊長は、この駐屯地の司令室がもぬけのからになっているのを見て、溜息を吐いた。

 やはり相手は知将である。これは文献で見た、焦土作戦という戦法だ。この先、どこまで進軍をしても、焼かれた田畑や壊れた家屋を横目で見ながら戦う事になるだろう。

「ここも、使えそうなものは残っていないですか……」

 アディラが、そう言いながら、司令官のテントに入ってくる。

「これは何なんでしょうかね?」

 アディラは天井から、ぶら下がっている小さな玉を手に取った。どのテントにもぶら下げてあり、何に使うものか? と、疑問に思っていたのだ。

 ヒスイのような綺麗な石で作られた玉である。手触りはスベスベで、冷たく軽い。

「グラセランドのお守りか何かだろう?」

 隊長は言う。特にその玉の事を気に留めてもいないようで、絨毯の敷かれた地面に座った。

「敵は簡単に駐屯地を明け渡した。これで、こちらの補給線も伸びるし敵の補給線は短くなる」

「ですが、上手く報告をすれば補給物資も増えるかも知れないですよ」

「そうだな……敵の戦略的撤退であるものの、勝ちは勝ちだ……」

 そう言い、考え始めた隊長。敵の抵抗にあい、いくらか、仲間を失った。それに見合うだけの戦果をあげたとは、今回は考えにくい。

 この駐屯地を、次の侵攻拠点にしなければならない。引く事は許されないのだ。

「ファラリスの様子はどうだ? 元気しているか?」

「それはもう……」

 ファラリスは、今回の勝ちを、特に喜んでいる。だが、半分は演技だろう。自分は周りから注目を浴びている戦場の女神のような扱いを受けているのだ。だから、弱気になる事は許されない。ファラリスの弱気は、隊の全員に伝わってしまう。

「ほら、聞こえてきました……」

 アディラは、そう言い、テントから出てファラリスの事を見た。

 ファラリスは、みんなが知っている民謡を歌いながら駐屯地の中を歩きまわっていく。

 ファラリス自身、剣の腕は一流でそこらの兵士には負けないくらいである。

 だが、彼女は自分の置かれた役目を理解していた。

 ヴァルキリーのようと言われる美貌で、隊の人間を励まして勇気づける。慰安をする役であるのだ。

「ファラリスも、戦いたいとは思うけど、本当によくやってくれてるよ」

 必死に兵士達を元気づけようとするファラリスの姿を眺めながら言う隊長。

 だが、アディラが見るには、兵士達の士気は、上がっているようには見えない。

 この戦線に出ているのは、農民の中から志願をして戦いに出てきた者や、職に困って、メシのために志願をしてきた市民などもいるが、一番多いのは騎士連中だ。

 騎士というのだから、上流階級の者である。舌だって肥えている。物資が不足をしており、ロクな食べ物を口にできないこの状況に、不満を感じる者も、多くなっているのだ。

「この侵攻の前に、アディラ君は、炊事兵を倒す事を、私に進言してきたな……あの時の意味がようやく分かってきたよ……」

 手に入った食料を、上手く調理し、兵士達の健康を管理する調理師の存在は、隊の屋台骨を支える、重要な役職であるのだ。

「ここまで来て、やっと分かったよ……できれば、もっと早くに気づければよかった……」

 隊長は、しみじみして言う。

「調理師の派遣を本国に要請しましょう。今なら間に合うはずです」

「分かった……そうしてみよう……」

 隊長は言う。

 そこに、このテントの前に兵士が一人やってきた。慌ただしい様子でやってきた兵士は、隊長に報告をする。

「隊長! シチューを食べた兵士達が!」

「やはり、毒か……?」

 アディラはそう聞く。

「そうです、腹痛をうったえる者が多数出ました。今、設置されていた仮設トイレに並んでいます」

 それを聞くと、顔を引き締めたアディラが言う。

「隊長。様子を見てきます」

 そう言い、返事も聞かないままアディラはテントを出て行った。

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