フルータの場合1
二部 フルータの場合
芋の皮むき。これは新人の仕事だ。
フルータは芋の皮むきなど、慣れたものである。料理教室を経営して生活をしていた頃は、芋の皮むきなど、いつもやっていた。
「新入り! 皮は剥けたか?」
横柄な態度で、フルータに向けてそう言う人がいる。
「すみません。もう少しなんですが……」
実は、いもの皮むきはすでに終わりが見えているのだが、フルータはあえてそう言った。
「しょうがねぇな。今できている分だけでいい! 出せ!」
そう言われ、フルータはボウルに皮を剥き終った芋をその人に渡した。
「これだけかよ……残りの分も早くしろよ!」
「はい、申し訳ありません、すぐに終わらせますんで」
すまなそうにしながら言うフルータ。だが、本心では、そこまですまないと思っているワケではない。これは彼の作戦だ。
『仕事ができるだけでは出世はできない』
それをフルータはよく分かっていた。料理人の世界は、職人の世界だ。料理長が、料理人の仕事を決める。
『仕事を完璧にこなすより、少しくらいできない方がいい……最初のうちは……』
料理教室を開いていた頃の事を思い出すフルータ。言った事を完璧にこなすような人よりも、少しできないような人の方が、自分にとって好印象である。
最初から、いろいろできるような人は、個人的にもあまり目をかけようというような、気持ちは生まれてこない。
『最初はできなくても、少しずつできるようになるのがコツだ……』
自分の指示に従って、人が仕事を覚えていくというのは、自分にとっても快感だ。
自分の教えを人に叩き込んでいくという感覚を喜びに感じるのは、特に何かの道にこだわりを持っている人ならば、尚更だ。
『飽くまで、料理人として成り上がるのが目標だ。自分の味を認めてもらおうなんて、考えていない』
そう考え直し、残りの芋の皮をむき始めた。今度は手早く、確実に……
「剥き終わりました」
そう言い、フルータは、手早く残りの芋の皮を剥き、それを持っていった。
「なんだ、いきなり早くなったな……」
芋を洗っていた先輩は、フルータの事をギロリと睨みながら言う。新入り相手に、こういう態度をとるというのは、簡単な威嚇だ。
結局のところ、自分を甘く見られないようにしている。チンピラ達の間で、『最初が肝心』と言われるものだ。上下関係をはっきりとつけたいのである。
『こういう人ほど、実は扱いやすい……』
フライドが高くて、とにかく、人から舐められる事を嫌うタイプは、おだてに乗りやすい。
「すいません……皮むきが遅くなってしまって……」
フルータはわざと、その人を怖がるような素振りを見せて言った。
「ふん……次の仕事に入れ、仕事はまだ山積みだぞ」
そう言う男に対し、折り目を正したフルータは、恐る恐るといった感じで言う。
「はい!」
そうすると、その男は後ろを向いた。後ろを向く直前、顔がニヤけているのがフルータには見えた。
『まずは一人か……』
これで、彼からは気に入られたことだろう。こうやって、いろんな人から好印象を得る事が入ってからすぐの課題である。




