ラディンの場合 9
ラディンが自分の部屋に戻ると、そこで、モップを使って床を磨いているアディセがいた。
「旦那様……おかえりなさいませ」
「旦那様かぁ……」
いままで、普通の家で生活をしていたラディンは『旦那様』などと呼ばれるのは、こそばゆい感じがする。
「すみません、汚れを落とすのに手間取ってしまいまして……」
アディセが言うのを聞き『そんな事はいい……』と、ばかりに首を振ったラディン。
「ここまでやれば、上出来だろう」
床はしっかりとモップがけをしているようで、レンガがむき出しになっている床は綺麗になっていた。埃臭いベッドも、しっかりとシーツの洗濯をされており、真っ白な綺麗な色をしている。
ただ、この部屋にそそぐ光が少ないのには変わりなく、高いところに一個小さな窓があるだけで、そこからの光ではこの部屋全体を照らすには足りなく、昼間だというのに薄暗い。
「アディセ。頼みがある」
ラディンが言うと、アディセはビクリと肩を震わせた。
「ご命令とあれば、なんなりと……」
アディセはそう答える。
『こりゃ、随分痛い目にあったんだなぁ……』
ラディンに向けての態度は怯えているようだ。アディセの顔はこわばり、体は小さく震えている。
ラディンは、アディセの様子を見て同情を感じるものの、それは自分には関係のない事だと割り切る。
「ついてきて……会って欲しい人がいる」
そう言い、ラディンが部屋から出ると、おどおどしながらそれについてきた。
アディセが、ラディンに連れられてやってきたのは、王宮の庭である。
庭師がしっかりと手入れをして、季節ごとに花が植えられている綺麗な場所だ。
「こんなところでするんですか……」
おどおどとしながら周囲を確認するアディセ。ラディンはしそれを聞くとアディセの頭を叩いた。
「何を考えている……何を……?」
「何……何ってそれは……」
ラディンが言うのに、アディセは自分の体を抱いてラディンから離れた。
「何かエッチな事を……」
そこまで言うと、ラディンはまたアディセの頭を叩いた。
「それは、俺に対する侮辱だぞ……使用人相手に、そんな事をするか……」
これまで、何度も嫌なめに遭ってきたのだろう。それを考えるとラディンとしても同情を感じるのだが、それは別問題だ。
「もう少しだ……ほら、見えてきたぞ」
ラディンは前を向く。アディセもラディンの向く方を見た。
庭の中に椅子とテーブルが並べられている一角。
高級感のある、白い椅子と白いテーブル。まさに、貴族が午後のお茶を頼む場所のような場所で、模様の描かれたパラソルが、上にさされていた。
そこには、レナードが先に来て待っていた。アディセの事を見つけるとそちらに向けて、手を振っってきたのだ。
それを見ると、アディセは顔をこわばらせた。
「あの人なんですね……」
アディセが言うと、ラディンはまたアディセの頭を叩いた。
「だからー。その発想から離れろ」
そろそろ、このやり取りも面倒になってきたラディン。
「さっさと会わせてやる」
ラディンがそう言うと、ラディンとアディセは、椅子から立ち上がって、こちらがやってくるのを待っているレナードに向けて歩いて行った。




