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細く長く

作者: 竹仲法順

     *

「おい、川嶋(かわしま)。ちょっと来てくれ」

 課長の飯村(いいむら)に呼ばれたので立ち上がり、歩いていく。ボクもこのところ、やけに疲れている。仕事が重なっているからだろう。課長席の前に行くと、

「さっきメールで送ってきた書類、読んだんだけど、もう一回見直してくれないか?どうも、出来があまりよくなくてな」

 と言われた。

「分かりました」

 そう返し、デスクへと舞い戻る。そしてドキュメントの画面を開き、キーを叩き始めた。別に時間の掛かることじゃない。単にちょこちょこと見て、よくないところを訂正するだけだ。出来上がってから、もう一度チェックし、飯村のパソコンのアドレス宛に再送する。

     *

 昼過ぎで幾分眠い。だけど、サラリーマンは仕事が続く。本来なら、こういった季節は家でゆっくりしたかった。ボク自身、どちらかと言えば細く長くのタイプだ。無理しないのである。仕事は絶えず追いかけてくるにしても……。

 うちの社は皆しっかり働いている。ボクもその組織の一員としてやっていた。普段スマホを持っているのだけれど、マナーモードに設定している。通話することもあった。出ないとまずい人の番号が着信窓に映っていれば、だ。もちろん会議中などは出なかったのだけれど……。

     *

 午後三時から三十分間だけ休憩時間がある。社内にカフェがあり、いつもそこでコーヒーを飲んでいた。ずっとキーを叩いていると、腱鞘炎などになり、辛い。だから休憩時はスマホを持っていても、ネットに繋いでニュースを見るだけにしていた。

「川嶋」

「ああ、高埜(たかの)。お疲れ」

 高埜は同じフロアで働いている同僚の男性社員だ。仕事が終わってから、一緒に飲みに行ったりすることがある。そういったことには時間を割くのだ。別に無駄だなどと思ってない。ただ、ボクの方が下戸なので、アルコールの代わりにウーロン茶を飲むのだけれど……。

「来年度から課長代理に昇格するんだって?」

「ああ。……そんなむず痒いこと言うなよ。俺だって別に出世が全てとは思ってないからな」

 人事の方で決まっていた。来年四月一日付でボクの課長代理への昇格が決定しているのだ。飯村は課長から次長へと昇格する。三十代も半ばになれば、課長代理ぐらいにいてもおかしくはないだろう。会社だってきちんとしているのだった。

     *

 その夜、仲間内で飲みに行った。通勤には地下鉄を使っているので、最悪でも終電に間に合えばいい。ずっと仕事が続いていると、疲れる。息抜きの意味で飲むのだった。高埜がボクと他の飲み仲間を連れて、街の繁華街にある飲み屋へと行った。高い店は無理だから、安いところで飲むのである。まだ妻帯してなくて独身なのだし、多少遅い時間に帰宅しても、翌日は普通に午前九時に出勤だった。

 おでんや焼き鳥などを摘みながら、ウーロン茶を飲む。高埜も他の同僚たちもビールや日本酒、焼酎などの飲み過ぎで酔っ払っていた。酒も程々にと言うけれど、まさにその通りだ。今、目の前で酔客がいるけれども、まともに付き合ってられない。

 午後十時を回る頃だったけれど、飲み屋は午前零時に閉まる。感じていた。そろそろ帰らないと、明日もあるしなと思って……。

     *

「悪いけど、お先に失礼するよ」

 そう言って飲み代をカウンターに置き、店を後にした。高埜たちはまだ飲んでいる。遅い時間帯まで付き合ってられないのだ。仕事が続く以上、遅くても午前零時には眠りたいのだし、普段から何かと睡眠不足できつい。

 街を歩いていると、繁華街とあってか、飲み屋や風俗店などがびっしりと並んでいる。各所にネオンが灯っていた。明るいのだし、眠らない街だ。オールナイトで営業している場所なども多数あった。

 歩きながら地下鉄の駅まで降りていき、改札口で定期券を通して、来ていた車両に乗り込む。そして揺られた。別に飲みに行ったというだけで、とりわけ変化のない夜だ。いつもは何もなければ、すぐに帰るのだけれど……。スマホを取り出して見ていると、目がチラチラした。ゆっくりと家の最寄り駅へ向かう。

     *

 駅で降り、夜道を歩いていく。いつも通勤に要する時間は、往復で小一時間程度だ。それ以上は掛からない。定期券は駅のカウンターで購入していて、領収書を持っておけば、社の経費で落ちる。交通費として、だ。

 何かしら浮ついたような感じがすることもあるのだけれど、冬の夜は寒い。春はまだ先だ。自宅マンション近辺も冬の様相である。木々が枯れてしまい、落ち葉が積もっていた。本来なら、市の清掃担当者が掃除した方がいいのに、と思ってしまう。こういったところに役所の人間たちも気が付かない。まあ、別に街には寝に帰るだけなのだし、昼間はいないからいいのだけれど……。

 来年度から<川嶋課長代理>と呼ばれることになり、何かと照れくさい。だけど新卒で入社してきて十年以上経つのだし、全く肩書きがないよりはいいだろう。そう思っていた。ずっと平社員だったから、その下積みも報われたということだ。別にボクも今の会社に入社する際、特に傾向と対策を練って入ったわけじゃないのだし……。今の学生たちの就活のテクニックなど、まるで知らない。

 帰宅してから、ゆっくりする。スーツを脱いで部屋着に着替え、ワイシャツやトランクス、ソックスなどを汚れ物入れに入れた。そしてシャワーを浴び、体に浮いていた汗や脂などを洗い落とす。風呂上りに冷蔵庫で冷やしていたミネラルウオーターを取り出し、飲んでからベッドに横たわった。そのまま寝入ってしまう。また新たな一日が始まるまで……。

 朝起き出してから、キッチンで淹れて飲む一杯のコーヒーが美味しいと感じる。ボクもそんなことを思っているのだった。率直に、である。そしてカバンに必要なものを詰め込み、持ってから部屋を出た。地に足を付けて進む。着実に、だ。もちろん眠いと感じる時は駅などの自販機でブラックの缶コーヒーを一缶買い、飲んでから出勤するのだけれど……。

                                  (了)


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