悪い夢(仮題)
先程の暗闇とは打って変わり、目覚めると男の目の前には事務の一室のような風景が広がっていた。窓に目をやると気持ちのよさそうな天気をしている。ソファーに目をやるとスーツに身を包んだ若い金髪の女性がニコニコしながら手を振っていた。
「ハァーイ♪こんにちは№3986751さん、あなたの担当になった美咲でーす♪」
妙に高いテンションの喋り方が男をいらつかせた。こっちはそれどころじゃないんだ第一俺は死んだはずだ。困惑した男を見透かす様に女は喋り続ける。
「そうです あなたは死にました ですのでここにいます」
そうかやっぱり死んだらしい。だとしたら目の前のコイツは何だ?あの世って奴からのお迎えか?それにさっきからずっとこっちを見ていて気味が悪い。
「当たりーーー♪大正解♪」
こっちの思考はどうやらお見通しのようだ。甲高い声が更に男をイラつかせる。その思考も読み取られていたようで…
「もしかして怒ってらっしゃいます?だとしたらすみません…」
不意に謝られる男が質問をしようとすると。急に真面目になった口調で喋り始めた。
「あなたの考えている通り私は天使です。そしてここは天国と呼ばれるべき所なのかもしれません…スーツには突っ込まないで下さいね?」
天国にしては現実的すぎる。もっとこう何か神々しい風景だと思ったのだが…、目の前にいる人物も自分から天使と言わない限り、普通のOLみたいな印象を受ける。
「あなたは生前悪行を行っていないため、1週間の猶予を与えられました。」
この天使とやらの話によるとやり残した事を現世で行う事が出来るらしいそしてここは正確には三途の川と呼ばれるような所らしい。
馬鹿馬鹿しい、俺の望みがもしあるとしたら一つ。それは生き返る事だけだ。それに前世では悔いのないよういきたはずじゃないか。荒々しい口調で男は話す。
「下らん。生き返るのなら話しは別だが、いまさら現世に行ってどうなる?さっさと次の場所へ連れて行ってくれ…」
女は先程の態度とは打って変わり冷たい口調で言い放つ。
「本当によろしいのですか?渡ってしまったらもう二度と会うことはできないのですよ?」
男はそれでも突っぱね返す。
「へッ…、死んだ人間に今更何が出来るってんだ?素直に成仏してやるのが死んだ人間の務めってもんだろ?」
男の問いにどこか儚げに、自らに問いかける様に話す。
「本当にそうでしょうか?死んだ人間にしか出来ない事もあるんじゃないんでしょうか?一つ御見せしましょう。」
男と女が立っている空間が変わり始め、どこか別の場所が映し出される。
ここは現世のどこかの一室のようだ。若い女性が大柄な男と何やら口論しているみたいだ。自分達の姿には気づいていないようだ。男は小声で天使に話かける。
「…おい、これってまずいんじゃないか?不法侵入だぞ?」
男の問いに天使が呆れた様子で返す。
「普通に喋っても大丈夫ですよ?そんな事よりあの二人の顔を見て何か気づかない?」
言われた通りに顔を良く見てみると大柄な男はよく見ると男の弟であった。女の顔は…
「ん…?もしかして…」
「そう…、あなたが好きだった人と弟さんよ…」
髪が長くはなったがあれは確かに自身の好きだった女だ。
男が何気なくカレンダーを見ると、自身が死んでから二年の月日が流れていたらしい。戦争はどうなったんだ?終わったのか?と考えていると弟が自身の代弁を行っていた。
女は男の事に対して何やら後悔しているらしく、未だに引きづっているらしい。
男は逞しくなった弟に対し感心していた。
「言う様になったじゃないか…、昔はちびすけだった癖によ…」
再び空間は元に戻り、最初のようなこれといった特徴のない事務室へと形を変える。そこで天使は男にもう一度問う。
「どうするの?もしかしたらあなただったら彼女を立ち直らせる事ができるんではないのかしら?このままだと彼女は…」
そこから先の言葉は聞きたくなかった。
「私も元は普通の人間です。あなたの気持ちは痛い程わかりますが…」
天使の言葉を遮り男は決意する。死んだ後にもほんの少し夢を見るのも悪くはないかなと。
「よし…!決めたぞ!俺は…」