残業2
近頃の残業は鬼門である。
「おい」
「うぎゃ!」
暗くなったオフィスでガタガタキーボードを唸らせていると、突然後ろから声が掛けられた。
後ろを振り向かなくてもわかる。
奴は葛西士郎だ。
「お前まだ残ってたのか」
「私だって残りたくないわよ。でも、木村さんの入れ替わりで入ったあの子、使い物にならないんだもの」
「あー・・・」
葛西は隣の椅子に座り遠い目をした。
今年の人事は少々不正が行われている。
我らが営業事務は一課と二課を合わせて4人いる。
営業一課は私と現在産休中の小野ちゃん。
営業二課は現在骨折で入院中の島と今年新しく入った桜井だ。
今現在休職している2人がいるゆえ、実質営業事務は2人。
まぁ、そんなにそんなに難しい仕事はない。
普通新人教育をちょろっと受ければ基本の仕事はこなせるのが当たり前だ。
少し時間がかかってもまぁ新人さんだもんね、って苦笑される程度が普通といえる。
でも、この桜井は普通以下、問題外の小娘だった。
彼女は専務の次女で、親のコネクションだけで入社したバカ娘だった。
しかも、男が多い営業職を希望し、娘可愛さに専務がねじ込んで来たというわけだ。
社長はいい顔をしなかったそうだが、しょうがなく早々に結婚退職に持込と指示が降りており、彼女は土日といえば見合いをする日々を送っているとか。
就職しても自分の美を磨くことに余念がなく、仕事は新人だもんねのレベル以下で、定時に退勤は当たり前。
つい最近島が足を滑らせて階段から落っこち(島よ、私より1つ下だろうに・・・足腰問題ありか?)、入院したのにも関わらず、島さん大変ですね~の一言で終了。
二進も三進もいかなくなった営業二課は泣きながら私に仕事を回してくるという次第ですよ、全く。
社長(大企業と言われる中でも小さい方ゆえに社員の言葉にきちんと耳を傾けれる54歳)に直談判し、残業費を全面出してもらうことで手を打った。
朝早く出勤(小娘はギリギリ出勤ゆえ、デスクの拭き掃除やお茶だしの準備諸々はまずしない。てか、させたら一から説明を毎度繰り返す必要があるってどうゆーこと?)して、夜遅くまで居残りする生活はもう一週間を超えている。
「桜井にモーション掛けられてるって?笑えないわね、葛西」
仕事も出来ないのにも関わらず色恋に余念のない彼女は一生懸命葛西にモーションをかけだしたとか。
なんか私敵対視されてるくさいんだよな・・・。
まぁ、私の後ろには営業部全体といまや社長も味方だ。
娘のせいでなんかあったら訴えますからね、専務。
「終わった・・・もう死ねる」
明日は土曜。
休日出勤回避成功。
今週も乗り越えたね。
ちぃ様偉い。
「うおっ」
「凝ってるな」
デスクにへたり込んだ私の首を解すように揉んでくれる葛西。
うはー気持ちえぇなぁ。
「んっ・・・あっ、そこ・・・」
「・・・色っぽいな、日森」
ん?
ふいに回った手が胸を捉えた。
そして首筋に顔が埋まり、舌が這う。
「ちょ・・・」
「声、気をつけろ」
え、待って。
私、襲われるの?
「ふっ・・・」
ゆっくりと揉みしだかれる胸。
いつの間にかボタンを外されたブラウスの襟元からは下着が覗き、肩が露わになっている。
ま、待って。
心の準備が・・・。
ってか、これ一歩間違えればセクハラでは・・・!?
「っ・・・」
肩に吸い付かれる。
これ、確実に跡がついたパターンですよ。
勘弁してよ。
「これ以上は・・・ここではやめて・・・」
「ここじゃなきゃいいのか?千鶴?」
名前呼びきたー!?
何?
どうしたのよ、あんた!?
顎を持たれ、顔が近付いてくる。
キスされる・・・!
そう思ったその時、誰かが走り去る足音が廊下に響いた。
「・・・行ったか」
「バ、バカ!!!誰かに見られ、」
「あれ、桜井だよ。お前と恋仲だって言ったのにイマイチ食いつき悪くてさ。だから、俺は今日残業で1人夜遅くまで会社にいるって言っといた」
「・・・私は追い払うためのダシに使われた系?」
「いや、これから別の所で続きしような」
チュっというリップ音が響く。
お前、乙女(?)の唇を一度ならず二度までも奪うとは・・・。
「私はあんたのキス衝動解消機ではない!!!」
バチーン、と乾いた音が静かなオフィスに響き渡った。
余談であるが、桜井は週明けに見合いの男と結婚を決めたと即仕事を辞めやがり、私は島の復活までの地獄の一ヶ月を過ごすことになる。
貞操の危機はどうなったかって?
私の操は彼氏でもない葛西にはやらん!!!