第7話
「お父さん、お帰りー」
「お帰り…」
玄関に着くと、お姉ちゃんの後ろから恐る恐る顔を出す。
「ただいま」
玄関先に立っていたお父さんは、いつもと変わらない感じで僕たちに挨拶してくれた。
…びっくりして引かれるのもアレだけど、全く反応が無いのもどうなんだろう。
なんか、逆に不安になってくる。
「優、ちょっと話があるからリビングに一緒に来なさい」
「あ、うん。僕まだ朝ゴハン食べてるところだったんだけど」
お父さんはアゴに手をあてて思案すると、こう言った。
「そうか、それじゃキッチンで良い。食べながらで良いから聞きなさい。怜香、私にコーヒーを入れてくれるかな?」
「わかったわ。インスタントだけど良い?」
お父さんが頷いたのを見たお姉ちゃんは先にキッチンに戻って行った。
お父さんは靴を脱いで玄関に上がった後、その場に突っ立っていた僕を追い越してキッチンに向かって行く。僕は慌てて、お父さんの後を追いかけた。
うーん、何を考えているんだろう、お父さんは。
キッチンに着くと、お姉ちゃんはお父さんにコーヒーを入れるべく、キッチンの方で作業をしていた。
お父さんは僕が食べていたテーブルの前に座ろうとしている。
僕はテーブルの椅子に座ると、食べかけのサンドイッチをつかみ、もきゅもきゅと朝食を再開した。
お父さんは手に持っていた封筒を目の前に置くと、僕の目を見て話を切り出してきた。
「話というのはですね…。わかっているとは思いますが、優、あなたの体に関することです」
そのあまりにも冷静な口調に僕は慌てて答える。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お父さん。なんか凄い冷静なんだけど、驚いてないの?僕、女の子になっちゃってるんだよ、もう男の子じゃないんだよ」
「そりゃ驚きましたよ。愛する息子が娘に変わってるんですから」
いつもと変わらない表情で言うお父さん。全く驚いている様子がない…。
本当に愛されているんだろうか。実は橋の下で拾った子供とか言わないよね。
「夢の中で自分のことを天使と言う人物に説明されましたが、信じられませんでしたからね。起きた後、悪いとは思いましたが、優の部屋に入って確かめさせてもらいました」
ブフッ!と飲みかけていたコーヒーを噴き出す。僕はゴホゴホとむせながら聞いた。
「お、お父さん、確かめるって何を?」
「こうふとんをめくって体つきを確かめただけですよ。一応起こそうとしたのですが、体をゆすっても頬を軽く叩いても起きなかったのでね」
お父さんは肩をすくめながら答えた。
うう、人の部屋に勝手に入るのはやめてほしいな。非常事態だから仕方ないのかもしれないけど。
でもそうか、僕がさっき起きた段階でもうお父さんは知っていたんだ…。
僕は顔をうつむかせると、ぎゅっと手を組んで聞いてみた。
「お父さんはその…僕が女の子になっちゃって…気味が悪いとか思わなかったの?」
「思いませんよ」
力強いその声に思わず顔を上げる。
お父さんはなんだか怒っているようだった。
「愛する息子を気味が悪いだなんて絶対に思いません。何があろうと優は私の息子ですから」
「そうよ」
お姉ちゃんがコーヒーをお父さんの前に置いて答えた。
「さっきも言ったけど、気味悪いだなんて思わないわよ。もちろん、お母さんもね」
お姉ちゃんは隣の椅子に座ると、僕の頭をなでなでしてくれた。
「天使のおじさんが言っていたけど、優が男の子だってことを知っているのは、私たち家族と優の友人だけなんでしょ。それも優が心を許せるような人たちだけだって」
そうだ。確か美晴さんは始めの説明の時、僕が元は男の子だったことを僕の家族と三人の友人には伝えると言っていた。
相談できる相手がいないと、自分で悩みを抱えてしまって心が壊れてしまうからだって。人生が変わると言うことはそれほど心に負担をかけるものだと。
「だから、そんな質問は二度としないこと。私たちも優の友人たちもそんなこと絶対に思わないわよ、わかった?」
お姉ちゃんはめっ!と指を立てて叱った。
僕はいつの間にか出ていた涙をパジャマの袖で拭って、コクコクと頷く。
あまり僕が卑下するのもよくないのかもしれない。
お母さんや友人たちに会った時は、もうこの質問はしないことにしようと心に決めた。
「優、落ち着いたら話を続けても良いかな?」
「うん、もう大丈夫。話を続けて」
お父さんは僕の様子を見て頷くと、封筒から書類を出した。
「まずはこれを見てくれないか」
その書類を見てお姉ちゃんが怪訝な顔をする。
「これって住民票?」
住民票って名前とか生年月日とか性別とか住所が記載されている書類だっけ?パスポートの申請とかに使うとか聞いたことあるな。
…って、性別?
僕は東雲優と書かれた住民票をよく見てみた。性別には「女性」と書かれている。
「お父さん、これって…どういうこと?」