第6話
お姉ちゃんの後について階段を降りる。
僕の家は木造の二階建てで、内部は比較的ゆったりとした間取りになっている。
日当たりは良好で、どの部屋も日の光が優しく差し込めるような作りになっているようだ。
二階には僕とお姉ちゃんの部屋があり、一階にはリビングとキッチン、両親の寝室にお父さんの書斎、トイレとバスルームなどがある。
家には少し広めの庭があって、お父さんが趣味のガーデニングをやっている。そろそろラベンダーが咲き始めるんじゃないだろうか。
駐車場は玄関を出てすぐ横のスペースにあり、スポーツタイプのハイブリット車と未来的なデザインをしたサイドカーが置かれている。サイドカーはお母さんのバイクで、ツーリングが趣味らしく、お父さんを乗せてよく出かけている。今は海外に長期出張中なので、少し埃をかぶっているかもしれない。
階段を降りて、キッチンに向かう。
お姉ちゃんはキッチンに着くと、壁にかけてあった黄色のエプロンを体に身に付けた。
「準備するから、テーブルで待ってなさい」
「わかった」
僕はキッチンカウンターの前にあるテーブルの椅子にこしかけ、お姉ちゃんの様子を見つめる。
お姉ちゃんは食器棚からコーヒーカップとお皿を取ってカウンターの上に置いた。冷蔵庫からラップに包まれたサンドイッチを取り出し、ラップを取ってお皿に置いた後、棚からインスタントコーヒーと角砂糖が入った瓶を取り出す。カップにインスタントコーヒーの粉を入れ、電気ポットからカップにお湯を注ぎ、スプーンでコーヒーをかき混ぜる。
鼻歌でも聞こえてきそうな感じだ。
「そうそう、忘れてたわ」
と冷蔵庫から牛乳パック取り出して、それもカウンターに置く。
「お待たせ、用意できたわよー」
お姉ちゃんはテーブルの僕の前に朝食を置いてくれた。
サンドイッチはお父さんが作っておいてくれたものらしい。僕の好きなベーコンレタストマトサンドだ。
早速一口食べてみる。…美味しい。自家製ベーコンのジューシィな味が口の中にひろがる。レタスとトマトも新鮮で瑞々しく後味がさっぱりとしている。お父さんの料理の腕は最高だ。
僕も家族の分の朝食を作るようになってしばらく経つけど、まだお父さんの域には達することができない。
お父さん、僕はいつか貴方を越えてみせる!
そういえば、そのお父さんがいないな。いつもならいるはずだけど…。
僕のお父さん、東雲健太郎は主夫をしている。
料理・洗濯・掃除とどれをとっても一級品で、近所ではカリスマ主夫と尊敬されているらしい。僕もお父さんからは学ぶことが多い。
また、博識で専門的な知識から学校の勉強、雑学などいろんな事を知っている。お姉ちゃんも学校の勉強などをたまに見てもらっているみたいだ。
身長は高く180cmほどあり、容姿は整った顔立ちのナイスミドル。穏やかそうな雰囲気を持っているけど、しつけには結構厳しかったりする。
「お姉ちゃん、お父さんはどこか行ったの?」
僕はもぐもぐとサンドイッチを食べながらお姉ちゃんに聞いた。
お姉ちゃんはエプロンを外して元の位置にかけなおすと、テーブルの向かいの椅子に座る。
「んー、市役所に行くって言っていたわよ。調べ物があるんだって」
手にはコーヒーカップを持っていた。自分用に入れなおしたらしい。
僕の見ている前で、カップに角砂糖を何個も入れ、ミルクをドバドバと注ぐ。
こんなに糖分を取っても太らないんだからな。お母さんもそういう体質らしいし、うちの家系はどうなってるんだ。
「ふーん」
調べ物か…。お父さんも僕が女の子になった事を知っていると思うし、それ絡みなのかな?
食べかけのサンドイッチを置いて、コーヒーを飲む。
…にがっ!僕はあまりの苦さに顔をしかめた。
あれ、コーヒーってこんなに苦かったっけ?味覚まで少し変わってしまったのかな?
僕は角砂糖の瓶を取ると、ポチャンとポチャンと2個ほどカップに入れる。ミルクを少し入れてかきまぜてから飲んでみると今度はちょうど良い苦みになった。
もうブラックは飲めないのか…。なんかコーヒーをブラックで飲むって大人の男って感じがして良かったんだけど。
ふと見ると、僕のそんな様子をお姉ちゃんは携帯のムービーに収めていた。
「…」
僕はお姉ちゃんをジト目でにらむ。
「可愛かったから、つい」
テヘっと携帯を持っていない手で頭をこつんとして、ペロっと舌を出すお姉ちゃん。
なんか僕の中のお姉ちゃんのイメージがだんだん崩れていく。
確かにお姉ちゃんは可愛いものが好きだったけど、その対象が自分になるとこうなってしまうなんて…。
そんなことをしていたら、玄関先から車の音がしてきた。
「お父さん、帰ってきたみたいね」
お姉ちゃんの声にうなずくと、しばらくして玄関のドアを開ける音がした。
「ただいま。今帰りました」
「お帰りー」
お姉ちゃんはキッチンを出て、パタパタとお父さんを出迎えに行った。僕もそれに続く。
うう、緊張する…。お姉ちゃんは受け入れてくれたけど、お父さんは僕の姿を見て気味悪く思わないかな…。
僕はドキドキしながらお父さんのいる玄関先に向かった。