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第21話

 僕が学校に復帰してから3日が過ぎた。

 カナたちと同じクラスになれたことが大きいのか、学校生活にも少しずつ慣れ、心にも余裕が出てきた気がする。学校の授業はどれも問題なくついていくことができ、心配していたクラスメイトとの関係もカナとノブヒコに加え、哲宏君やちえりさんと友達になれたせいか、普通に話すことが出来ている。むしろ男子生徒も女子生徒も僕に親切にしてくれている。男子生徒は若干下心があるような気もするが、マスコット的な感じだろうか、可愛がられているという感触がある。


 生徒会の人たちとは初日のお昼以来余り会っていない。朝の登校や廊下などですれ違った時は話したりするけど、お昼や放課後などは生徒会棟に詰めているらしく、会う事は少ない。お姉ちゃんの話では、来週に生徒総会を控えているらしく、その準備で忙しいのだそうだ。


 そのためここ数日は、朝は僕とお姉ちゃん、カナ、ノブヒコで登校。午前中授業を受けた後、お昼休みは教室でカナたちと食事。授業が終わるとみんなは部活があるため、僕一人で下校するという感じになっている。


 男の子だった時のような態度や言葉遣いは、訓練の効果もあって学校生活では出ていない。ちょっと出たとしてもボーイッシュとして見られているらしい。

 そこに注意すれば、平穏に学校生活を送れると思っていたんだけど…。


 「東雲さん、ぜひ我が野球部のマネージャーになってもらえませんか?」

 「いや、バスケットボール部にこそ東雲さんはふさわしいと思う。マネージャーがダメなら選手として女子バスケットボール部でも良いですよ。どうですか?」

 「吹奏楽部に来てください、東雲さん。バイオリンを嗜んでいるそうですね。自分たちの部こそ君の才能を活かせることができる」

 「えっと…」


 今、僕は自動販売機近くで3人の男子生徒に囲まれている。後ろは壁になっていて抜け出すことが出来ない。3人の生徒は2年生の人だ。昨日と同じように部活の勧誘なんだろう。

 そう、僕は登校初日以来、いろいろな部活から勧誘を受けている。

 この学校は部活動が活発で運動系と文化系合わせて、部の数がとても多い。でも生徒の人数は上限が決まっているわけで、当然人数の多い部と少ない部が出てくる。また、部の規模や実績によって予算などが決まってくるため、部の人数はとても重要だ。

 カナに聞くと、この学校で帰宅部というのは少ないらしい。幽霊部員という形でもみんな何かしら部活に入っているそうだ。ただ、部活動の勧誘は4月に集中するらしく、5月に入っても部活に入っていない生徒は入る見込みなしとして、勧誘はしなくなるそうだ。


 僕の場合は、5月に学校に来るようになったことで勧誘のターゲットになってしまったらしい。

 付け加えるなら、生徒会長の妹ということもあり、いろいろと生徒会に対して便宜を計れるのではと考えられているとカナたちは言っていた。

 僕が部活に入らないことを知っているカナたちは、自分たちの所属する部活の先輩に僕を勧誘しないように言ってくれているんだけど、そのことを知らない生徒たちは僕に部に入ってもらおうとして、休み時間や放課後などに勧誘しにきている。


 「どうだろう、仮入部という形でもいいんだが、1週間、いや3日でもいい」

 「そんなこと言ってそのまま入部させてしまうんだろう。うちは今日の放課後、練習を見て貰うだけでもいいんだが」

 「バイオリンを始めとしていろいろな楽器を揃えています。試しに触ってもらうだけでもよいですよ」


 一応自分なりに強く断ってはいるのだが、余り聞いてくれない。

 榊原先輩のように睨むような感じで言ってみたつもりなんだけど。


 ここの自動販売機は普通教室棟と第一・第二体育館の渡り廊下にある。お昼休みにじゃんけんで負けた僕がカナとちえりさんの分のジュースを買いにここまで来たんだけど、そこで各部活の先輩たちに捕まってしまった。

 うう、どうしよう。何とか断ってこの場から離れたいんだけどな。


 「あの、僕は今は忙しいので部活に入る気はないんです。急いでいるのでどいてもらえませんか?」

 「そんなに手間は取らせないよ。仮入部を承諾してもらえればすぐにでも」

 「放課後に見学する約束をしてもらえるかな?」

 「朝練をやっているんだけど、明日の朝、特別教室棟に来てくれるかい。場所がわからなければ迎えにいこう」


 人の話を聞かない人間が多すぎる…。

 話しながらチラチラとおっぱいを見てくるから手を胸の前で組むようにして隠したら、今度は太ももをチラチラ見始めているし…。ニーソックスで隠しているからあまり恥ずかしくはないけど、ちょっと露骨すぎやしないか。

 押しのけて強引に通ろうとしても体格差があるから簡単に止められちゃいそうな気がするな。下手をすると胸に飛び込んでいく形になってあらぬ誤解を受け取りかねない。

 どうこの場を切り抜けようかと考えに困ってあわあわとしていると、囲いの外から声をかけられた。


 「そこにいるのは優ちゃんかな?どうしたんだい」


 この聞き覚えのある声は…。


 「先輩…」

 「む、睦月先輩!」

 「本田先輩?」


 そこには人懐っこそうな笑顔で立っている男子生徒がいた。本田睦月、生徒会では庶務を務める工業科の3年生だ。

 僕の周りを囲っていた2年生の先輩たちが本田先輩を見てビックリしている。

 本田先輩に振り向いて出来た隙間を狙い、男子生徒たちの間を体を横にしてすり抜ける。その際に自分の体を相手に押し付ける形になってしまうが気にしてはいられない。すり抜けると小走りで本田先輩の方に向かって、背中の後ろに回る。

 本田先輩には悪いが盾にさせてもらおう。


 「優ちゃん?」


 ちょっと本田先輩が僕の行動にビックリしていた。


 「先輩たちに部活に勧誘されてまして、断ろうとしていたんですけど…」

 「ふむふむ。…キミたち、余り強引な勧誘はよくないよ。優ちゃんも怯えてるじゃないか、可哀想に」


 怯えってそこまで困ってはいなかったけどな。ちょっと強引過ぎる勧誘に辟易していたところはある。


 「本田先輩、自分たちは強引に勧誘しているつもりはありませんよ」


 2年生の先輩が憤慨している様子で答えた。

 いや、強引に勧誘してますから!


 「わかったわかった。部の事情はわかるからね。すまないが、会長が優ちゃんを呼んでるんだ。優ちゃんを生徒会棟まで連れてってもいいかな?」

 「それは本当ですか?」


 怪訝な声を出して本田先輩に2年生の先輩が問いかける。

 この場から僕を連れ出す方便に聞こえたのだろう。お姉ちゃんが僕を呼ぶ理由が考えられないし、僕も嘘だと思っている。


 「ボクが会長のことで嘘を言っているとでも?」


 本田先輩の顔を見ると、口元はにこやかな笑みのままだが、目が笑ってなかった。

 こ、こええ。

 この2年生の先輩は、なにか言ってはいけないことを言ったのだろうか?


 「い、いえ、そうは思ってません」

 「そう、それじゃ優ちゃんは連れて行くよ。悪いけど、またの機会に勧誘してあげてくれ」


 本田先輩の妙な迫力に2年生の先輩たちが押し黙り、そのまま僕は本田先輩と歩き出した。自動販売機からだいぶ離れたところで本田先輩にお礼を述べる。


 「本田先輩、ありがとうございました!あの人たち僕の話を聞いてくれなくて困っていたんです」

 「いやいや、ボクも優ちゃんのお役に立てて嬉しいよ。それじゃ、生徒会棟に向かおうか」


 その言葉にピタッと立ち止まる。


 「え、あれって嘘じゃなかったんですか?てっきり僕をあの場から連れ出す方便かと」

 「ボクは会長のことでは嘘を言わないよ。キミを連れてこいというのは本当さ。会長が自分で連れて来たかったみたいだけどね、あいにくと来週の生徒総会の準備で忙しくて…。今日はボクの手が少し空いていたので、昼休みに優ちゃんを連れてくることになったのさ」


 何だろう…。お姉ちゃんは朝は何も言っていなかったけど。


 「でも、それならメールで呼んでくれても良かった気がしますけど」

 「…迷わずに生徒会棟まで来れるかい?」

 「うぐっ」


 いたずらっ子のような笑みで本田先輩が僕に問いかけた。思わず言葉が詰まる。

 あ、あの時の僕とは違うんだぞ。今度は校内をきちんと把握しているから、案内板があれば行ける…はず。


 「始めは教室に行ったんだけどね。いなかったんで、クラスメイトに聞いたらこの自動販売機に向かったと聞いて、追いかけて来たんだ。ちょっと心配していたが、案の定部活の勧誘に捕まっていたしね。いいタイミングで来れて良かったよ」

 「そこは素直に感謝します。ありがとうございました、助けてもらえたのは2度目ですね」

 「いやいや、そこは気にしなくても良いよ。会長の妹さんのお役に立てればボクも嬉しい。将を射んと欲すればまず馬を射よ、とも言うしね」


 将を射んと欲すればまず馬を射よ?なんのことだろ?

 僕が不思議そうな顔をしていると、歩き始めるように促してきた。


 「昼休みも短いし、生徒会棟に行こう。会長が待っている」


 僕は本田先輩の後を追って、お姉ちゃんの待つ生徒会棟に向かった。




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