第20話
ふわふわでとろとろの半熟卵とチキンライスをスプーンに載せ、デミグラスソースをからめて形を整えてからそれを口へと運ぶ。
美味しい。
ケチャップで味付けされたチキンライスと口の中でとろける半熟の卵、それにデミグラスソースが合わさってなんともいえない美味しさが口の中に広がる。
そのまま一口、二口と食べ進める。
学食って初めて食べたけど、ここのオムライスは絶品だな。普通のオムライスより100円分高く支払っただけのことはある。思わずシェフを呼んでお礼を言いたくなるぐらいだ。
ニコニコ顔で食べているとふと周りの人たちが自分を見ていることに気づいた。
「なに?みんな、どうしたの?」
「いや、優ちゃんが美味しそうに食べるものでね。つい見入ってしまったのさ。ほら、優ちゃん、これもあげよう」
アカハ先輩がくるくるっとフォークにカルボナーラを巻きつけてこちらに差し出す。食べろってことかな?
あーんとフォークにパクつき、もっきゅもっきゅと咀嚼する。
まろやかなクリームソースに黒胡椒がピリッと効いてこれもまた美味しい。明日はパスタにしようかな。
「ふーむ、この幸せな表情はお金が取れるレベルかもしれないね。どう、雪見?」
「そうですね、東雲さんにお昼ご飯を食べさせてあげる権利などを生徒会で売り出せば、来期生徒会の予算アップにつながるかもしれません。いかがでしょう、会長?」
「それは無理ね。もしそんな権利を売り出すとしたら、私が全て買い取るわ。もちろん生徒会の予算で」
「ですよね」
アカハ先輩の提案に雪見と呼ばれた女子生徒が乗って、それをお姉ちゃんが否定していた。お昼ご飯を食べさせてあげる権利ってそんなの売り出しても誰も買わないだろうに。でもそれって僕はお昼代を支払わなくても良いって感じなのかな?
そういえばこの人は誰なんだろう。榊原先輩と一緒にいたってことは生徒会の人?とアカハ先輩の隣にいる女子生徒をじっと見ていたら、こちらに気が付きにこっと笑いかけてくれた。
「東雲さんには自己紹介がまだでしたね。わたくしは酒井雪見と申します。商業科の2年生になります。生徒会では、会計を務めさせていただいております。よろしくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
前髪はまっすぐに、サイドの髪は頬のあたりで切りそろえていて、後ろ髪は長いままのいわゆる姫カットと呼ばれる髪型をしている。光るような黒髪にぱっちりとした瞳、すっと通った鼻に淡い紅色の唇。そのお嬢様のような話し方からも大和撫子という言葉がぴったりと当てはまるような印象を酒井先輩から受けた。
「そういえば、会長?今日は何故私たちを食堂に呼んだのですか?」
「いつもなら生徒会棟で食事をしていますよね」
榊原先輩のお姉ちゃんへの問いかけに酒井先輩が相づちを打つ。
ふーん、お姉ちゃんたちはいつもは生徒会棟で食事を取っているのか。確かにここだとゆっくり出来なそうな感じするな。周りの席を見ると他の生徒たちがチラチラとこちらの様子をうかがっているのがわかるし。
「それはもちろん、私の妹の優がどれだけ可愛いかを自慢するためよ」
お姉ちゃんの台詞にアカハ先輩がやれやれとため息をついた。
「ま、優ちゃんが可愛いのは認めるけど、本当にそれだけ?」
「優のことをみんなに紹介しておいた方がいいかと思ってね。後は久しぶりに食堂でご飯が食べたかっただけ」
みんなして可愛い可愛い言われるとなんか照れるな。でも、この生徒会のメンツに比べたら僕なんて大したことない気がするんだけど。
ふと、お姉ちゃんがこちらを向いて僕に問いかける。
「優、一応聞いておくけど、部活には入らないのよね?」
「うん。今のところはどこにも入らないつもりだけど」
今は自分の生活だけでいっぱいいっぱいだし、正直部活を楽しむような余裕はないだろう。しばらくは帰宅部で過ごして、余裕がでてきたらどこかの部活に入ってみるのもいいかもしれない。
「ふむ、なるほど…そういうことですか。わかりました。手続きは私の方で進めておきましょう」
「おっ、さすがはやっぴー。気づくの早いわね。悪いけどよろしくね」
僕の回答に榊原先輩が思い当ったことがあるらしく、お姉ちゃんと何か話を進めている。
何だろう、帰宅部だと何かがまずいことでもあるのかな?
「そういえばお姉ちゃん、今日は庶務の本田先輩は一緒じゃないの?」
生徒会役員の人に挨拶をするというのなら、本田先輩が足りない感じがする。
「優、本田君にあったことあるの?」
「うん、朝に職員室まで連れて行ってもらったんだ。来てるなら朝のお礼をしようと思ったんだけど」
なぜかお姉ちゃんが仏頂面をしている。とくに変なことは言っていなかったと思うけど。
「今日の朝、睦月先輩と女子生徒が手をつないで廊下を歩いていると騒ぎになっていましたが、東雲さんだったんですね。その時に女子生徒が会長の妹だと触れまわっていましたから、東雲さんは2年生の間でちょっとした噂になっていますよ」
「酒井先輩、優の噂ってどんな感じなんです?」
カナが好奇心いっぱいの顔で酒井先輩に聞いている。
うわー、やっぱり噂になっているのか…。変な噂じゃなければ良いけど。
「そうですね、主に男子生徒の間で噂になっているようでしたけど。会長の妹、1年生、美少女、笑顔が可愛い、胸が大きい、睦月先輩の彼女じゃない、可憐、おっぱいがおっきいとかが聞こえてきましたね。クラスまで見に行こうかという話も出ているようでしたから、そのうち東雲さんのクラスまで一目見に行こうとする男子生徒が来たりするのではないでしょうか?」
「へー、優って2年生でも噂になってるんですね」
「…上杉さん、2年生でもということは?」
「あ、はい。まだ午前中が過ぎたぐらいですけど、1年生の間でも噂になってきてるみたいですね。噂の内容は同じような感じですけど、さっき優がナンパされたみたいに直接行動に出してきている男子生徒もいますし、学校全体まで広がるのも時間の問題かもしれいないですね、これは」
…今日学校に登校したばかりなのに、噂ってこんなに早く広がるものなの?それにおっぱいが大きいことが酒井先輩とカナが話した噂の内容の中に2回ぐらい出てきたような気がするんだが。
お姉ちゃんはやっぱりあの提案を生徒総会に出すべきかしら…とかぶつぶつとつぶやいている。
「ふーん、人気あるのね、優ちゃんは。これは3年生の間でも噂を広めてみた方が面白…いやいや、そんなことしないわよ、レイカ」
見るとお姉ちゃんがアカハ先輩をジロっと睨んでいた。
「コホン、それはそうと睦月だけど、お昼は工業科のクラスにいるのよ。たぶんご飯食べながら機械でもいじっているんじゃないかな?もしくは校内の壊れた機械の修理とかを自主的にしているとかね」
「なんでそんなことを本田先輩はしているんですか?」
「私にはよくわからないけど、機械を扱うのが好きだからみたいね」
アカハ先輩が本田先輩のことを説明してくれた。
ふむ、僕も元男の子だっただけに機械をいじくるのが好きという気持ちはわからなくもない。まあ、本田先輩には別の機会にお礼を言う事にしよう。
オムライスを食べるのを再開しつつ、カナたちの方に目をむけてみると、ちえりさんは生徒会役員との食事に緊張しているらしく、ぎこちなく箸を進めている。カナはほどよく打ち解けて、生徒会の人とも普通に話せているようだ。ただ、自分たちより年上の人が多いせいかちょっと表情が固い。ノブヒコと哲宏君は黙々と食事を進めているな。哲宏君は平然と、ノブヒコは周りの目が気になっているみたいだ。
今日だけで生徒会の人たち全員と知り合いになってしまった。
今日はお姉ちゃんとご飯を食べることになっていたから、こうして生徒会役員の人たちと一緒にお昼を食べているけど、さすがにここまで親密にお話できるのは今日ぐらいだろう。
生徒会とか余り関わりがなさそうな気がするしね。
オムライスを口に頬張りつつ、お姉ちゃんを中心に生徒会の人たちが話しているところを見ながら、漠然とそんなことを考えていた。




