第10話
「香奈ちゃん、落ち着いたかしら?」
「ええ、まあ」
ハーブティーをちびちびと飲みながら、お姉ちゃんの問いかけにカナが答えた。目はノブヒコをにらんだままだったが、落ち着きを取り戻してはいるようだ。
そのノブヒコはというと、カナのお仕置きでまだぐったりとしている。
僕たちは玄関から移動して、今はリビングでお茶を飲んでいた。カモミールのハーブティーとお茶受けは僕が昨日作ったチョコチップクッキーだ。
お菓子作りも僕の訓練の一つなんだけど、元々甘いものが好きなこともあって、お菓子を作るのを結構楽しんでいたりする。
僕の家のリビングには真ん中に大きなガラステーブルが置いてあって、壁側に46インチの薄型テレビ、窓側に2人がけのソファー、テーブルを挟む形でテレビの正面に3人がけのソファーが配置されている。
窓側のソファーに僕とお姉ちゃんが、テレビ正面のソファーにカナと信彦が座っている形だ。
そういえば、カナとノブヒコの制服姿も初めて見るな。
僕が通う予定の高校、聖エストリア学院の制服のデザインは、男子は紺の3つボタンのブレザーとグレーのズボン。女子は紺の4つボタンのブレザーと裾にラインの入ったグレー系のプリーツスカート。ワンタッチタイプのネクタイは学年ごとに色分けされていて、赤が1年、青が2年、緑が3年だったかな?
なんか制服姿の二人を見ると、中学とはまた違った雰囲気になっていて、少し大人になったような印象を受ける。…さっきのやりとりだと、中身は変わっていないようだけど。
僕も来月からはこの制服を着て学校に通うのかーとカナの制服を見ていたら、カナは何か思い出したらしくごそごそと鞄から紙の束を取り出して僕に渡した。
「はい、これ」
「これってなに?」
僕は紙の束を受け取って、束の1枚目を見てみる。紙には「学校行事のお知らせ」と書かれていた。
「学校のプリント。私と信彦、優と同じクラスになったでしょ。それで担任の先生からプリントを優に渡してくれって頼まれたの」
カナはえっへんと胸を張って答えた。
そう、入学式の日、カナから僕とカナとノブヒコが一緒のクラスになったとメールがあった。素直に一緒のクラスになれて嬉しかったし、これで1ヵ月後にクラスで孤立する心配はなくなったとほっとしたっけ。
「ありがと。でも、プリントだったらお姉ちゃんに渡してくれても良かったのに」
「何言ってるの!プリントなんて口実よ口実。優の顔が見たかったに決まってるじゃない!」
満面の笑みを浮かべるカナ。そんなカナの言葉に僕は照れてしまい、顔が真っ赤になってしまった。恥ずかしい台詞禁止とはこういう時に使うものなのか。
「…信彦は優のおっぱいが見たかったからかもしれないけど」
「っ!香奈、まだ引っ張るのかよそれ」
カナの言葉にノブヒコが復活した。このままぐったりしたまま退散するのかと思ったよ。ただ、僕としてもそろそろおっぱいネタはそろそろやめてほしい。
「あー悪かった優、俺も優の顔が見たくて香奈についてきたんだよ。でも、元気そうで良かった」
ノブヒコが頭をポリポリとかきながら笑った。…そろそろ許してやるか。
「ありがとう。来てくれて嬉しかったよ、親友」
「どういたしまして。こっちも良いもの見させてもらったしな、親友」
そう言って僕とノブヒコは拳と拳をコツンと合わせた。む、女の子になって僕の手がちょっと小さくなったせいか、いつもの通りにやったら僕の方が軽く弾かれた。筋力も落ちているせいもあるのかな。
「ところで、優はいつ頃から学校に来れるんだ?」
「うーん、今のところゴールデンウィーク明けぐらいかな?今の感じだと、そのぐらいになると思う」
僕はリビングの壁にかけてあるカレンダーを見ながら答えた。
お父さんから教えてもらっていることを体が自然と出来るようになるにはまだ時間かかりそうだし、学校に行くのは当初の予定通り、5月のゴールデンウィークが終わった頃だろう。
「そっか、わかった。来月を楽しみにしているよ」
笑顔でノブヒコが頷く。なんてさわやかな笑顔だ。こいつもイケメンだよなー。カナも早くつかまえとかないと誰かに取られるんじゃないか?
「ねーねー信彦、ところで、この二人を見てどう思う?」
カナがノブヒコの袖をツンツンと引っ張って聞いている。ノブヒコは僕とお姉ちゃんをじっと見ると、顔から汗をたらりと流した。
「これは…、いろいろとヤバいんじゃないか?」
「ヤバいって…なにがかしら?」
お姉ちゃんがノブヒコの言葉に小首をかしげた。僕も言葉の意味がよくわからなかった。ヤバいって何だ?僕はともかくお姉ちゃんもヤバいって?
「ヤバいってそりゃ、美人の姉と美少女の妹…」
「いやいやいや、なんでもない!ないでもないよー」
カナが手でノブヒコの口をおさえていた。なんだろう、怪しい…。
「いやー、優が登校するのが楽しみねー。面白くなりそうだわ」
僕とお姉ちゃんを見ながらカナがニコっと笑う。
学校に行くのは確かに楽しみではあるんだけど、カナのわざとらしい笑顔にちょっと不安を感じた。だ、大丈夫…だよね。




