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第9話

 僕が女の子になってから早くも1週間が経った。

 キッチンでカレーが入った鍋に火をかけながら、ふと、この1週間のことを振り返る。


 お父さんによる女の子としての訓練は初日から始まった。今も毎日続けている。

 言葉遣いや仕草、歩き方から礼儀作法、料理・洗濯・掃除などの日常的な家事など、それらを女の子らしく自然に出来るようにさせている感じだ。

 僕は自分の事を「僕」って言っているのでそういうところも直されるのかと思ったけど、とくに一人称を直すということはなくそのままだった。あくまで僕らしさを残しつつ女の子として振る舞えるようにしているらしい。


 今の僕の格好はミニ丈のチュニックワンピース。お姉ちゃんがこの間買ってくれたものだ。

 スカートを穿くとスースーするのだが、今は訓練の一つとして意図的にスカートを穿くようにしている。しかも丈が短くて気をつけないとすぐにパンツが見えてしまいそうなヤツだ。

 どんな態勢になってもパンツが見えそうで見えなくてちょっと見えない「鉄壁スカート」というスキル習得のためらしい。そんなことが可能なのか半信半疑だが、お父さんを信じて頑張ってみている。


 上着だけでなくて、下着も女の子のものを身につけている。

 女物のパンツは小さくて気恥かしかったけれど、履いてみると着心地が良かった。男の時とは体のつくりが違っているのも影響しているのだろう。

 ブラジャーも実際つけてみるとおっぱいがすっぽりと収まって安定感があった。形を崩さないためにもつけるようにとお姉ちゃんは言っていたな。サイズを測るときに少しセクハラされたけど、サイズを見た後のお姉ちゃんは「私よりこんなに大きい…」とつぶやいていて何か怖かった気がする。


 今は一時的に学校を休んでいるわけだけど、1ヵ月後には学校に復帰する予定なので、授業にきちんとついていけるように全教科の勉強も行っている。教科書はもう買ってあるので参考書を片手に自分で進める形だ。

 幸い、お父さんやお姉ちゃんが勉強を見てくれてるため、わからないところでつまずくことは今のところない。少なくとも全くついていけないということはないだろう。


 そんなことを考えていたら、火にかけていたカレーがコトコトと煮え始めてきた。

 今日の献立はシンプルにカレーライスとシーザーサラダ。

 商店街の肉屋さんで買ってきたコロッケをご飯の上に載せて、コロッケカレーにしようと思っている。


 「ただいまー」


 玄関のドアを開ける音がして、お姉ちゃんの声が聞こえてきた。

 鍋の火を弱火にして、玄関へと向かう。時間は17時過ぎ。お姉ちゃんは生徒会の仕事で帰りが遅いときもあるんだけど、今日はいつもより早いらしい。


 「おかえりー」


 僕が玄関に着くと、そこにはお姉ちゃんだけではなくて、久しぶりに見る二人の友人の姿があった。


 「優に用があるっていうから連れてきたわ。本当はもう少し経ってからの方がいいかと思ったんだけど、二人の熱意に負けて…ね」

 「うわ、ほ、本当にあんたが優?何これ、可愛すぎるじゃん。うわーうわー」


 目を丸くして驚いているのが僕の従妹にして友人、上杉香奈子うえすぎ・かなこだ。

 髪をリボンで左側に結んだ長めのサイドポニー、目がつりあがった勝気そうな顔、身長150cmという小柄な体ながらスポーツ万能で、少し日に焼けた肌が健康的な印象を与えている。


 「お前…優…なのか?」


 香奈子の隣で同じく口を押さえて驚いているのが、武田信彦たけだ・のぶひこだ。

 身長は170cmと平均並みだが、端正な顔立ちとすらりとした体型で、年齢の割にどこか大人びた雰囲気を持っている。中学時代はもう一人の友人とともに中学サッカー界で名を馳せていたこともあって、結構モテてた気がする。


 香奈子と信彦は小学生からのつきあいでいわゆる幼なじみというやつだった。

 一応、メールと携帯電話で僕のことは話してはいたんだけど、実際に女の子になってから会うのはこれが初めてだった。


 「うん、久しぶり。カナにノブヒコ。僕、女の子になっちゃったよ」


 てへっと頭にこつんと手をやってぺロっと舌を出す。お姉ちゃんの真似だ。冗談に気を紛らわせないと、何か空気が重くなりそうだったし。

 僕は香奈子のことをカナ、信彦のことをノブヒコと呼んでいる。


 「「…」」


 あ、あれ、反応がない。

 僕のその様子を一生懸命携帯の写真に収めているお姉ちゃんはほっておこう。


 「か、か、か…」

 「か?」

 「かわいすぎるんじゃー!ぼけー!」


 カナが靴を脱ぎ捨てて僕に突進してきた。そのままぎゅーっと僕に抱きつく。なんかデジャブを感じた。


 「れい姉が言っていたことがわかったよー。確かにこれは可愛すぎる。可愛すぎてダメになりそう」


 カナは僕をぎゅーっと抱きしめたり、頭をなでなでしたり、ほっぺたをつねったりしている。ほっぺたをつねるのは痛い。

 ふと動作を止めると、僕の胸をじーっと見つめ始めた。…嫌な予感がする。


 「なーにこのおっぱいは。む、わ…私より遥かにおっきい?揉み心地も最高だし。くやしい…私にもわけなさいよー」


 そう言いながら僕の胸を揉みまくるカナ。い…いい加減…ひぅ、このパターン…くぅ、やめてほしい…。


 「香奈ちゃん香奈ちゃん、優が困っているから、やめてあげてくれないかしら?信くんも見てるいることだし」


 お姉ちゃんの言葉にぴたりとカナが止まった。解放されてからノブヒコを見てみると、僕のおっぱいをガン見している。そういえば、こいつ巨乳好きだったっけ。Fカップアイドルとかのグラビア写真を買っていたな。

 僕は胸を両手で隠すようにすると、ジト目をノブヒコに向けた。

 「…えっち」


 ノブヒコはガーンと顔を驚愕に固まらせた。


 「なんか、いろんな意味でダメージを受けた…」


 失礼な。しかし、男性が女性の胸を見るとわかるというのはこういうことか。さすがにガン見はやりすぎだと思うけど、ノブヒコはいまだに僕の胸をチラチラと見ている感じだし、こういう視線にも慣れていかないといけないんだな。

 ありがとうノブヒコ、また一つ勉強になったよ。


 「…信彦?優のおっぱいをガン見するなんてどういうこと?」


 カナが笑顔でノブヒコに詰め寄っていた。ただ、目は笑っていない。

 カナはノブヒコのことが好きだからなー。ヤキモチやいたのかな?ただ、僕は元は男だから嫉妬というのもどうかと思うけど。


 「いや、違うんだ香奈。これは男だったら誰しもガン見してしまう仕方のないことなんだ!なあ、そうだろう、優」


 ノブヒコがこちらに話を振ってきた。助けてほしいんだろうな。

 ただ、僕もおっぱいをガン見されたことに対してはちょっと不愉快なところがある。


 「ごめんノブヒコ、僕、今は女の子だからよくわからないよ」


 右手を顔の前にだして、ゴメンとジェスチャーで伝える。


 「それじゃあ、落ち着いたらお茶にしましょうか。優、手伝ってくれる?」

 「わかった。お姉ちゃん」


 僕とお姉ちゃんは二人を玄関先に残してキッチンへと向かった。

 まあ、カナの気が晴れれば終わるだろう。


 「ちょ、助けてよ、怜香姉、優。ま、待て、香奈。話そう、話し合おう、話せばわかる」

 「やっぱり信彦はおっぱいがおっきいのがいいのね!ちいさいおっぱいだっていいじゃない!貧乳はステータスなのよ!希少価値なのよー!」


 やっぱりカナは胸が小さいことを気にしていたのか…。

 とりあえず、ハーブティーでも入れて、二人の気持ちを落ち着かせるとしよう。



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