異世界転生したので純潔魔法を完成させた。
(注)やたら純潔というワードが出ます。あと男性の悶絶描写多め。
「モニカ。……いいだろうか?」
「止めておいた方がいいかと。これ以上はギルバートの安全を確約できません」
「何が起きようと君を責める気はない」
「では、どうぞ……」
夜のベッドの上。私はギルバートに抱きしめられる。力強い抱擁だ。私たちは目を合わせる。ひええ。相変わらずすごい体質だ。興奮してきた。…………おお? 魔法が発動しない。これはいけそうな雰囲気? と思ったところで。ギルバートの手のひらが私の太腿をそろりと撫でた。ぞわ。
ギギギギギギギ。
「ぎっ!?」
「駄目でした」
ギルバートが股間を押さえて悶絶する。うーん。参ったね。これじゃ永遠に初夜はできないよ。それもこれも私の処女……、違う。純潔魔法が強すぎるせいだ。やっぱり男の人とするのは無理。
※
私は転生者だ。前世の記憶がある。13歳のとき、突如としてこの世界に転生してることに気付いた。そんな……。私のゲーム。愛読していた連載小説。何もかもぱあってこと? 辛すぎ。
ちなみに転生者だが悪役令嬢とかじゃなかった。普通のご令嬢。転生の自覚前からベースは私だったようで、記憶が戻っても齟齬がでないで済んだ。実家はまあまあの領地を持っており、穀物とかがいっぱい取れる。食いっぱぐれとは無縁な感じ。さて、そんなことより私は切羽詰まっている。どうしようと頭を悩ませている。
「どうしたモニカ。いつもはぼんやりしてるのに、今日はやけに目が爛々と」
「ちょっと本気を出さないといけない事態が起きて」
「そんな。モニカが本気を出すって? 明日は槍が降ってくるのか?」
この失礼な物言いは私の今世の兄たちによるもの。なお普段から、ぼんやり系、そんなんでお前結婚できる? とか言われてる。その通りだから言い返せない。仲はいいよ。
このファンタジー世界は、かつてよく読んだ異世界転生小説っぽい何かを感じる。私が貴族であることもそうだしね……。そうなれば立ち塞がる最大の懸念事項。結婚! 前世だったら独身貫こうが珍しくもなかったが、ここではそうはいかない。いずれ私はどこかに嫁にやられる。それつまり、どこかの誰かとそういう行為をしなければならないのだ!
「おえ。無理」
「具合悪いのか? 顔が真っ青になってる」
「先行きが不安で」
「自覚あるのか。もっと女らしくしないと、変なとこしかもらってくれないぞ」
勘弁して。私は男の人とそういうことはしたくないのだ。別に性に対して潔癖ではない。エロにはすごく興味がある。溺愛系小説にときめきだって感じる。でもそれは私が当事者じゃないからなんだ!
わかるかな、この考え方……。共感してほしい。誰かとすると思うと気持ち悪いのだ。私は一生処女でいたい。ちょっと響きが良くないな。一生純潔でいたい。そうこれだ。かくなる上は。
「私は絶対、純潔魔法を完成させてみせる……!」
「はあ?」
兄たちが意味わからんという声を出したが、私はそれどころではなかったので説明なんてしないのだった。誰にも私に手出しはさせない。私は一生貫通しないのだ!
※
この世界は剣も魔法もある。そして魔法とはイメージである。強いイメージがあれば、それを具現化できるのだ。だから私は毎日必死にイメージした。一生貞淑を貫く自分。誰とも契りを結ばない固い決意。身体を触られたときの怖気の感覚。お願い神様、私に純潔の加護を!
「君、ぽへっとしてるけど顔はかわいいねー。どう? 僕と抜けない?」
そして3年後。16歳のとき。私の純潔魔法は発現した。催しのとき、露台で休んでいたら酔っ払い令息がこのように絡んできた。酒臭い息。他に人はいない。最悪だ。こちらは全力で嫌がってるのに知らぬ顔。下心満載で腰を撫でられた。ぞわ。嫌悪感が最高潮に到達。この瞬間、私の純粋なる願いが魔法に変わった。
ギギギギギギギ。
「ギャアアア!」
「やった」
不埒な野郎は股間を押さえて悶絶し出した。私はさっさと逃亡。ついに完成した。これこそが私の純潔魔法よ。条件1、性的な気分で相手が私に接触する。条件2、私がその行為に嫌悪を抱く。条件1と2を満たせば即発動だ。ちなみに私の意識がない場合は条件1だけで即時発動するおまけつき。
たとえ結婚したって、これなら相手は手も足も股間も出ない。私は一生誰かとそういうことをしなくていいのだ。この魔法を制御できないと言えば、結婚しても即離婚されること確定。この世界は離婚が普通に許されているようで助かった。まあ世間の目は厳しいけど。
離婚後は実家でぬくぬくできれば理想だが、追い出される可能性もある。その場合の対策も一応考えてはいる。友人のアリアの実家経由で職を持つのだ。これを成就するには私がある程度の才能を示さねばなるまい。頑張りどころだ。まあ何はともあれ。
「私は一生純潔だ!」
※
はい、18歳になりました。結婚しました。早くない? 割と速攻で娘を嫁にやりましたね、父よ。いい結婚条件だったから仕方ないね。うちは穀物がいっぱいあるけど、魔石とか魔道具の供給が少ない。今回の結婚相手はそのパイプが強いのだ。お互いの領地の足りないところを補い合うウィンウィンな結婚。しかもである。
「モニカ。既に承知していると思うが、改めて伝える。これは契約結婚だ。私が君と夫婦の契りを結ぶことはない」
「はい、ギルバートさま」
夫婦になったのだから敬称はいらない、と言われた。承知しました、ギルバート。
はい出た、契約結婚。小説でも割と見る設定だ。やったー。とりあえず初夜だけはやるというのもなさそう。なんて好都合。私は勝ち組女だ。後は嫁ぎ先で館の管理をやれば、一生安泰そのもの! 純潔魔法もお披露目しなくて済みそうだ。
金髪碧眼の超美形。それが今世の私の旦那である。このギルバートというのは可哀そうな人である。特異体質なのだ。目が合った異性を性的な興奮状態にさせてしまう。魅了の眼差しってやつだね。そのせいで子供のころから様々な女性に狙われてきた。女嫌いになるのは必然。
「君は私を見ても平常を維持している。だからこそ結婚相手に選んだのだ。そこを重々忘れないでほしい」
「もちろんです。決してギルバートの愛を求めたりはしません」
「そこさえ守ってくれれば、私も君を大切に扱おう。ここでの暮らしに不自由はさせない」
「もったいないお話です。私たち、いいパートナーになれるはずです」
真面目な顔で念押しをするギルバートに、私は万感を込めて同意した。何て上手くできた筋書きだ。向こうは女性としたくない。こっちは男性としたくない。完璧すぎないか。世界が私に味方している。ギルバートの災難ぶりは有名だ。私たちが契約結婚なのは周知の事実。子供を作らなくても文句は言われない。跡継ぎは親戚筋から取るって言ってたな。よきである。
※
それから一年。まったくもって平和である。ギルバートとは夕食時に向かい合って食事する仲だ。それだけ。最初の数か月は私が襲い掛からないか警戒していたギルバートだが、以降は危険性がないと判断したらしい。丁重に扱われている。
お飾り夫人をいじめる使用人もいない。しっかり言い含められているのだろう。私が逃げ出せば、ギルバートはまた独身となる。そしたら女の人にうじゃうじゃ追いかけられるだろう。それを避けたいのだ。
「……で、今年は近隣一帯の水害対策を行う必要がある。現在検討されているのは……」
ギルバートは領地管理やらでいつも忙しい。夕食時に守秘義務のない業務のことをよく聞くが、話す内容が日々違うレベルだ。いわゆる真っ当な貴族ってやつだね。どこの世でも、真面目な人は社畜になる運命なのか。
「……というかたちで、しばらく様子を見ることになるだろう」
私はその話にうんうん相槌を打つのが役目だ。頭がそんなに良くないので、難しい話に意見などできるわけない。極まれに、前世の知識を活かした助言もどきをすることはある。でも100聞いたうちの1、2回くらいだ。すみませんねえ。チート系でも優秀系でもなく……。
「君の方は最近どうだ? 不足していることは?」
「不足はありません。館の管理業務についても滞りなく」
丁寧に教えていただいて助かりました。物覚えは普通レベルだけど私は堅実だ。ちょっと仕事がゆっくりだけど致命的なミスをしないことで評価していただいている。
「これ以上なく充実した日々です」
「服飾費をほとんど消費していないそうだが。茶会の開催もないようだな」
「そう言ったことは苦手で。しなければならないでしょうか?」
「いや、君の好きにすればいい」
茶会なんて開いてもね。どうせ私はお飾り夫人の肩書きだ。楽しい時間になるとは思えない。友人のアリアとは時々出かけるが、お金を浪費することはない。ふう、よかった。もっと夫人としての体裁を考えろと言われるのかと。私はにこにこしながらお肉を口に運ぶ。おいしー、やわらか。最高ー。
※
転機が訪れたのは契約結婚が二年経過したころ。やばいものが見つかってしまった。具体的に言うと、私が書いているエロ小説の原稿がギルバートに見つかった。何を言っているんだと思うかもしれないが、事実である。経緯は以下の通り。
「モニカ、少しいいだろうか?」
どうしたんだろ? と思う。声に困惑の響きがある。
「はい。何でしょうか、ギルバート」
「……所用で君の部屋を訪ねたのだ。この間の鳥獣対策の意見をもう少し聞きたいと思ってな」
二年も一緒にいると、そういう行為がなくても親しさというのはある。ギルバートも表情にだいぶ気安さが出るようになっていた。私としても、いいお友達という気持ちで接している。信頼関係ゆえ、互いの部屋に入ることだってある。
「部屋の床にこれが落ちていたのだ。机に戻そうと思って拾ったのだが……。すまない、見るつもりはなかった」
「ヒュ」
私のエロ小説原稿! よりによって佳境のシーンだった。いや言い訳させてほしい。この世界はね、趣味というのがお上品なのだ。私が前世で嗜んできた小説の類はない。もっとこう、詩とか園芸とか刺繍が女性の趣味なわけ。全然興味ない。
でだ。元の世界の小説が懐かしくなってしまった。つい出来心で、私が新時代を切り開こうと思い立ったのだ。私に続いて、次なるエロ小説作者が出るかもしれないと思ったわけである。
下手な文章だが、頑張って書いた。ギルバートの特異体質は私にも有効。夕食時に話すたび、その際に目が合うたび、日々パッションが刺激される。最も、その興奮をギルバートに向けるわけにはいかない。それゆえのエロ小説である。起爆剤は十分だった。私はあふれ出る欲のまま筆を振るい、文字を綴りまくった。これを友人のアリアに託し、匿名で出版したのである。アリアの家は出版業界に伝手があるので。
この世界で女性がこのような文章を書くなんて前代未聞であった。凄まじい批難を浴び、発禁になった。でも、アリア曰く裏でこそこそ流通しているのだ。やっぱりそうだ。皆、エロな話には弱いのである。そういうわけで私は二作目、三作目と順調に欲の昇華をしていたわけだが……。
「ギルバート! これは誤解、ではないですが……! 違うんです!」
「モニカ……」
「パッション! 溢れ出るパッションのせいなのです! 私もまだまだ若いですからね! パッションが抑えきれず!」
パッションとか連呼しているが、要するに性欲である。ひええ、気持ち悪がられていること間違いなし! 恐る恐るギルバートの顔を窺う。お、思いのほかドン引き顔ではない……?
「モニカ、すまない」
「?」
え。なぜ謝る? ここは私が気持ち悪いもの見せてごめんなさいと土下座をする場面ですが。この世界土下座の概念ないけど。ギルバートは沈痛な顔で原稿を私に手渡してくれる。あ、ありがとうございます。
「私が夫としての役目を果たせないせいで、君がこんなものを書くようになってしまったなんて」
「……」
いや、ギルバートのせいでは。うそ、ちょっとはギルバートのせいの部分もある。目が合っちゃうと興奮しちゃうので。欲求不満不可避。というかこんなものって。割としっかり内容読んだ感じっぽい。
「君はこの二年、私を気遣い続けてくれた。契約を守り、私との接触は最小限にしてくれた」
「それは、そういう契約ですので」
「思えば、私ばかりが利益を享受する夫婦生活だ。本来は私も、モニカの要望に応えるべきだった」
あれ。なんか雲行き怪しくない? ギルバートが私をしかと見る。真剣なまなざし。うわ、止めて! 発情しちゃう!
「私はモニカに対して親愛の情がある。女性に感じる拒否感がないのだ。これは大きな一歩だと思う」
「えっ」
「私もいい加減、過去を克服するべきだ……。モニカとの夫婦関係を果たせるよう、努力していこうと思う」
「えっ」
えっ、ちょ。超展開すぎて話についていけない。なぜエロ小説発覚から夫婦生活改善に話が飛んだ。私が唖然としている間にギルバートは決意を固めたらしい。これから少しずつスキンシップしていこう、と提案している。なんだって。
※
契約結婚二年目にして、私は人生最大のピンチである。ギルバート、私そんなこと望んでいません。強いて言うなら、あの原稿の内容を綺麗さっぱり忘れてほしい。この世界って忘却薬とかないのかな……?
しかし、今すぐ危機に陥る心配はなさそうだ。ギルバートは女嫌いなのだ。私に拒否感がないとは言え、性的な気分になるとまではいかないだろう。純潔魔法の発動条件を満たさない。理想は、ちょっとスキンシップしてみたけど駄目でした、で終わるパターンだ。これならお互いに平和。
「一先ず手を握ってみようと思う」
「ですか……」
翌日、さっそく彼は克服の実行に乗り出した。律儀な。まあね。あれだ。手を握るくらいならわけない。私もそれくらいでぞわぞわしないから。握手なんて誰とでもするよね。そっと手を握り合う。…………おお、大丈夫。発動しない。
「ギルバート、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
そうかな? ちょっと顔が強張っているけど。でも朗報だ。このペースならば、私の純潔魔法は永遠にお披露目しないだろう。何と言っても、発動するためにはギルバートがその気にならないと駄目だからね。あまり無理しないで下さい、と私は声かけた。本心としては、頼むからその気にならないでくれだけど。
※
「あんたみたいな芋女、ギルバートさまにふさわしくないわ!」
「ぎゃん」
今日は夫婦で催しに参加した。ギルバートが私とダンスを踊れるようになったのでね。スキンシップは順調ってこと。で、ギルバートが男性陣と話している間に私は席を外した。こういう場は疲れやすいのだ。小部屋の休憩室にいたらお酒をぶっかけられた。以上。目が! そのお酒炭酸入ってますよね? 痛いよ!
「他の男と関係を持ったと知れば、ギルバートさまはすぐにあんたを見限るはず。さあ、この女を辱めてやって!」
知らないご令嬢はそう言ったかと思うと出て行った。
「どんな子かと思ったら案外かわいいなあ。悪く思うなよ」
「治安悪すぎない?」
ご令嬢に頼まれたからって暴行を請け負うなんて。貴族の底辺的存在のようだ。いやあ、改めて思う。私は純潔魔法を完成させて正解だった。暴漢に襲われるというのは定番だからね。相手はへらへら笑いながら私の肩を掴んだ。ぞわ。
ギギギギギギギ。
「グギャアア!」
「ざまあみろ」
相手は床を転がり悶絶している。さて退散、と思っていたら。
「モニカ!」
「わ! ギルバート?」
突然部屋の中にギルバートが出現した。そうそう。私の個人魔法は純潔魔法だが、ギルバートはテレポートなのだ。便利すぎ。流石に移動距離に限度はあるみたいだけどね。この魔法の発現経緯についてはお察しだ。何としても女性から逃げたかったとみえる。おいたわしい。
私は目の前にいるクソ野郎とさっきのご令嬢についてすぐさま情報共有した。悶絶理由については、あそこを蹴り上げたということにしておく。どうせあまりの激痛に相手も詳細を覚えていないだろう。この件は可及的速やかな処置が下された。優秀な旦那である。
「モニカ、すまない。私に対する女性たちの執着を甘く見ていた」
「いえ。すぐに助けに来てくれて助かりました」
ちなみにギルバートがすぐに来たのは、あのご令嬢がギルバートにその旨言ったからのよう。ふしだら女が休憩室で他の男と淫らな行為を、だって。自分から暴露するタイプの馬鹿だったか……。これからは催しに行くにしても、なるべく離れないでいようと決めた。またお酒をかけられるのは私も勘弁だ。
※
スキンシップ開始から半年。純潔魔法がギルバートにお披露目された。いや想像以上に早くない? 目の前でギルバートが悶絶している。あちゃー。
半年の間に色々あった。手を握るから始まり、腕を組む。ダンス。おでこにキス。ハグ。これが自分じゃなくて小説の中の出来事だったらなあ! 甘酸っぱーい、と言えたのにね。流石に純潔魔法は発動しない。下心がなかっただろうしね。私としても、もじもじしたが性嫌悪とまではいかなかった。
運命の本日。ギルバートはベッドの上で接触してみようと言った。か、かんべんしてくれー。私は何とか逃れようとした。
「ギルバート、無理は禁物ですよ! そんなに急ぐことはありません。もっとゆっくりのペースでいいんです!」
「無理などしていない。これまでは恐れがあったが、その気持ちを感じない。できる気がするんだ」
「あわわ」
「……君のことが好きになったんだ。今はもう、君を契約相手とは思えない」
なんて真っすぐな魅了の眼差し。興奮してしまう! たぶん私の顔は火照っていた。否応なしである。ギルバートは私の表情を見て、ベッドに乗り上がってきた。モニカ、とギルバートが声かけてくる。熱っぽい響きだ。これは完全にそういう雰囲気である。緊張した様子ながらも、彼は私に微笑みかけた。
「不慣れだが、モニカに満足してもらえるように努力しよう」
そう言いつつ彼は私を抱きしめた。ひょええ、ときめき! 首筋にキスを落とされる。おお? 大丈夫そう? まだ下心はないってことかな? 私としても気恥ずかしさの方が大きい。と思っていたら、ギルバートの手が服の中に入ってきた。素肌を触られる。ぞわ。
ギギギギギギギ。
「っが!?」
「うわー」
以上、回想終わり。
※
「というわけで、私は純潔魔法というものを持っています」
「…………なるほど」
ギルバートは自身の頭に手を当てて俯いている。すみません……。せっかくやる気になってくれたのに。
「ちなみに解除できません」
うそ。ほんとは解除できるけど私にメリットないじゃん。我慢してまでしたくない。
結局、激痛が治まったあとのギルバートに包み隠さず事情を話すしかなかった。性行為に対して並外れた嫌悪があること。これを恐れるあまり、純潔魔法を完成させたこと。別にギルバート個人を気持ち悪くは思っていないことなど。
「というより、人としては私もギルバートが好きです」
これだよな。契約結婚で冷遇されたらどうしようと思ったが、彼は誠実だった。横柄なところもないし、真面目な気質。人としてとても好感が持てる。でも行為はしたくない。この魔法が発動したということは、彼は私に性的なものを感じたということ。ひええ、どうしよ。
これは離婚かな、と思う。いくら行為のない契約を結んだからとはいえ、純潔魔法のことは事前に話すべきだった。せっかくいい関係だと思ったのになあ。ちょっと悲しい。しょんぼりしていると、ギルバートが私に問う。怒っている感じではなさそうだ。
「聞きたいのだが、なぜ拒絶感があるのだろうか? 君は性的なこと自体が嫌いなわけではないはずだ。あの小説」
「やめてください」
「こほん。私の魅了の影響もあるはずだろう? 興奮しないわけではないはずだ」
「そうですね……」
これは前世にまつわる経験が大きい。私は電車で何度か痴漢被害に遭っている。お尻を触られた程度ではあるが、あの不快感が行為のイメージそのものである。あれは男性の欲求そのものだ。あんな気持ち悪い思いをしてまでしたくない。別にしなくても死なないではないか。純潔の何が悪い。
こういったことを少しこの世界風にぼかしつつ伝えてみた。するとギルバートは真剣な表情で共感の姿勢をみせてくれた。あー。よく考えたら異性の欲に振り回されたという意味では私たち同じですね。ギルバートの方が災難度は高いけど。
「そういう話なら、私としてもモニカに無理強いはできない」
おお。やった。これは白い結婚の継続? しかし、とギルバート。
「このままでは、私はモニカに不埒な真似をした男とずっと同じ立ち位置のまま動けないということだろうか」
「うっ」
その言い方は少しずるくないですかね? けどギルバートの言い分にも一理ある。私たちは結婚して二年半が経過した夫婦だ。性生活以外の部分では良好な関係を維持してきた。痴漢野郎どもとギルバートが同じ立ち位置でないのは事実。ギルバートは半年かけて女性嫌悪を事実上克服したと言っていい。次は私の番ということか?
「ギルバートの言い分は理に適っています。でも、私はどうしてもですね……」
「どうしても無理なら諦めよう。しかし、機会を与えてほしいと思っている。それで駄目なら最初の契約通りにすればいい」
ううむ……。悪い話ではないのか? 純潔魔法を隠していたという負い目もある。努力の姿勢くらいはした方が誠意を見せられる。私としても、この生活は今更捨てたくない。
「そういうことでしたら、頑張ってみようと思います」
「ありがとう。明日から早速やり様を考えてみよう」
ギルバートは私の純潔魔法と向き合う気のようだ。私の心境を否定せず受け入れてくれるなんて優しいなあ。しかし、私の純潔魔法は強力だと思うけど。幾度となくギルバートの眼差しを受けても、発情こそすれ襲い掛かろうとしたことは一度もない。というか、これ魔法が発動するたびにきついのはギルバートでは。毎回股間に激痛が走るのはやばいでしょ。
※
思えば、ギルバートが克服を頑張り出した段階から、私たちは随分距離が近くなっている。催しにも時々出るようになったし、領地の視察についていくこともある。一緒の時間が増えたのだ。あまり遠出だと私が疲れるから、近場が多いけどね。
今日は領地のとある場所でお祭りがあるという。ちょっと気になっていたら、ギルバートがこれを察知したらしい。二人で行くことになった。一応少し変装してる。で、今。私は悪い人に攫われた。人混みの中でぱっと腕を掴まれて引っ張られたのである。そして裏路地に連れていかれ、なんか今は廃屋っぽい場所。相手は二人。ええ……。
「ぐへへお嬢ちゃん、安心しな。お前は人質だ。殺しはしねえよ」
助かる。まあ私はどこからどう見ても裕福なご令嬢だ(実際は夫人だけど)。殺しても旨味ないしね。ギルバート早く来てくれないかな。場所がなかなか特定できない様子だ。今回は情報がないから仕方ない。
「けど折角だ。ちょっと味見してやろうかな」
「若い女だ。初心な可能性もあるぞ」
だからほんとこの世界はさあ。二人が両側から襲い掛かってくる。ぞわ。
ギギギギギギギ。
「「ごあああああ!!」」
私は誰か助けてと大声出しながら退散した。ギルバートがすぐ来てくれた。無事でよかったと切羽詰まった様子で抱きしめられる。うわー。空気があまい! なおあの二人は当然のごとく捕まった様子。
「なんか、私こういう目にばかり遭っていますね。ごめんなさい」
「君のせいではない。しかし、出かける際は追跡魔法の首飾りをつけてもらってもいいだろうか……」
了承した。私としてもその方が安心だ。もう出かけない、とはならない。最近は一緒に出掛けるのも楽しいのだ。
※
そんな感じで半年が経った。結婚してから三年。いやね、まったく成果がないわけではない。多少の慣れは出てくるからね。最初の頃に比べると進歩したが、純潔魔法はまだまだ強固だ。上半身を軽く触られるくらいなら何とかなるのだが、下半身系は専ら駄目である。痴漢被害もお尻だったしな。嫌悪感がすごい。
ギギギギギギギ。
「ぐう!?」
「ギルバート、本当にごめんなさい」
今日も駄目だった。見つめ合う時間を長くして、十分に気持ちを高ぶらせたつもりだったんだけど。しばらく痛みに呻いていたギルバートが苦笑いしつつ返事する。
「いや。君の気持ちが一番大事だからな。私の不甲斐なさもある」
くう。こんな状態の私をよく見捨てないものだ。本音としてはこれ以上の無理は止めてほしい。悶絶を見るのも悲しくなる。
「見つめ合うと、したいと思うのですけど……」
ギルバートの特異体質のおかげで、その気になるのは簡単なのだ。しかし、いざ触られると我に返って嫌悪してしまう。
ここ最近は、こちらを気遣う彼に発情以外のときめきを感じることも多い。端的に言うと好きになった。その気持ちを伝えると、ギルバートは喜んでくれた。私は覚悟を決め、実は純潔魔法を解除できる旨も伝えた。しかし、彼は魔法の継続を推奨してきたのである。
「それで契ることはできるだろう。しかし、モニカに無理を強いる結果となってしまう。魔法がある状態でできるのが私たちにとっては理想ではないか?」
なんて優しい。自分の欲に呑まれずこんなことを言えるなんて。私としても気持ちに応えたいんだけどな。どうすればいいのやら。
※
この一年で出版の世界で色々革命が起きた。なんと、小説のジャンルが増えてきたのである。別にエロいやつだけじゃないよ。ラブコメとか真面目な恋愛とかもね。うーん、やはり色んな人の作品を読めるのが最高だ。まだまだ新しい試み。執筆に取り組む作者は少ない。それでも、大衆娯楽分野に一石を投じたといえるだろう。
「新作だー」
アリアに持ってきてもらった、お気に入り作者さんの小説。この人のお話は描写がしっかりしていて大変臨場感溢れる。なおエロいやつ。なんか王都の方のご令嬢さまが書いているという噂だ。私はなかなか王都の方に行かないからなあ。会う機会なさそう。ファンですって言いたい気持ちはあるんだけど。
「!」
小説を読んでいたら天啓が。これならもしや!
※
「ひらめきました」
「何かいい方法を思いついたのか?」
「視点を変えればいいのです。私は男性に行為をされることに嫌悪がある。ここを逆にすればあるいは」
「それは私が女性になるということか?」
「そうではなく。え、それって可能なんですか?」
「魔法薬で一時的にならば可能だ。ただし薬の値段は非常に高いし効果時間は短い」
うそ、ありなんだそれ。それはそれで試してみたい。私が男性になることも可能ってこと? 夢が広がるなあ。あれ、その場合は純潔魔法の判定ってどうなるんだろ。まあその話は今は置いておく。
「私が主導権を握るのです。ようするに、私は相手に一方的にされることが嫌なわけですからね」
つまり、痴漢されたときの感覚がなければいいのだ。自分から動けば、状況の違いからあのときの不快感のイメージはなくなるはず。私が痴女になるがやむを得ない。いやはや、偉大なるは他者の小説(嗜好)である。
「なるほど。モニカ側から行動することで、嫌悪がなくなる可能性があると」
「ただ、ギルバート的には大丈夫ですか? ギルバートのトラウマに直結してしまうので」
散々女性に襲われかけたからね……。
「私としては、君相手ならばその点克服できていると考えている」
嫌がっている感じはなさそうだ。進展のためなら手段を選ばない段階に入っている。
「ということは、試す価値はありそうですね」
「もしこれでも駄目なら、魔法薬も試せばいい」
今更ですけど何としても初夜しようとしますね。まあ両想いなのにできないのがそもそも変な話だ。これで解決すればいいんだけどな。あんなに貫通しないとか宣言してた癖に、今は純潔魔法の発動が起きないことを祈っている。人は愛で変わるんだなあ。
いつも通り見つめ合う。魅了の眼差しの効果がビシビシと。しかも今は相手の想いが宿っているので効果も覿面。興奮してきた。発情しちゃう! いやいや、それでいいんだ。するべきタイミングだからしっかり見ないと。私たちはそのままそっとキスをした。後のことについては割愛。奮闘したとだけ言っておく。
※
「モニカ、新作見たわよー。今回は結構熱が入った描写だったじゃない」
「まあね。自信作だよ」
「いつもと作風の雰囲気が違うようだけど?」
「……色々あってね」
そのうちギルバートが主導権握れるようにもなれればいいな。とりあえず、めでたしめでたし!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




