26.アンドロイド・ドラゴン
「あなたのご主人、の……?」
生化学者でもあり、医学者でもある、マクロック人のメイルビイ博士は、小さな応接卓をはさんで自分の前に座る、それこそ小山の様に大きなドラゴン――いや、正確には、ドラゴン型のアンドロイド、に言った。
コウモリの翼に似た形の白い巨大な翼と、人の頭ほどもあるやはり大きな紅い目、そして特大の鉤針を思わせる紅い鉤爪、頭にはえた五本の角と、上顎から下へと長く突き出た二本の牙、巨大な翼に見合った、やはり巨大な白い体軀、そして頭のてっペんから尻尾の先まである、ふさふさとした銀の鬣、の……それはまさしく、神話世界からそのまま抜け出してきたかの様な、白いドラゴンだった。
この汎銀河連合の生物保護育成協会の再生局へ、この様な奇妙な訪問者が訪れているという事を知らない者がその姿を見たら、誰でも卒倒するほど驚いて腰を抜かし、そして、遊園地などで子供たちの相手をしているはずのロボット·ピエロがどうしてこんなところに、と思う事だろう。
しかし、このアンドロイド·ドラゴンは、遊園地のロボット·ピエロの様な、ただの機械仕掛けの人形にしかすぎないお粗末なロボットではなく、生身の高等生命体以上の知能と身体能力を持つ人工生命体、であった。
「つまり、あなたのご主人の……ご遺言、という事ですか?」
互いに膝を突き合わせて話をしているにもかかわらず、話し相手の頭は自分のはるか上にあるという、この様な遠い思いをして話をするのは、メイルビイにはさすがに初めての事だった。
<そうです>
と、アンドロイド·ドラゴンは言った。それは機械的な響きを全く感じさせない、とても流暢な音声だった。
<死後、自分の亡骸は、ドラゴンの棲むところに葬ってくれ、と。
私の主は、まだ小さな子供だった頃、ドラゴンの出てくるおとぎ話を読んで以来、成人後、ついには遠い星々にまで、生きた、本物のドラゴンを探しにゆくほどドラゴンに夢中となってしまい……私がこの様な姿のアンドロイドとして主に造られたのも、そのためなのです。
主亡き今は、主の残した言葉通り、私が主の代わりに、主の遺体を土に還すべきところ……ドラゴンの棲むところ、を探しているわけなのです>
ドラゴンはメイルビイの姿を映す大きな紅い瞳を何度かまたたかせ、長い首をゆっくりと優雅にかたむけた。それは、血の通った生物と全く何のかわりのないしぐさであった。
「なるほど、それで……」
メイルビイはうなずいた。
「ここへといらっしゃったのですね?」
<ええ。こちらでは、絶滅した動物たちを、再創造なさっているという事でしたで>
「そうですか……しかし、先程も申し上げました様に、残念ですが、当協会ではドラゴンを飼育してはおりません。創造する計画も今のところは……。なにしろ、実際に存在を認められた生物ではありませんので。
我々が蘇らせているのは、汎銀河連合に属する星々に実在した既知の動植物だけなのです。こうしてわざわざいらして下さったところ、残念なのですが」
<いえ、どうぞお気になさらないで下さい>
とはいうものの……この惑星シエスタの生物保護育成協会に期待をかけてやって来ていたのか、ドラゴンはその表情をすべて取り繕う事は出来ずに、小さなため息をひとつつくと、しょんぼりと巨大な肩をおとした。
「しかし、せっかくいらして下さったのですから」
その彼に、メイルビイは言った。
「よろしければ飼育園内などを見学してゆかれませんか。ご案内してさしあげますが」
さすがに汎銀河連合の一機関というだけあって、生物保護育成協会の設備はたいしたもので、ここでは、生体からのクローニングはもちろんのこと、すでに生体が絶滅してしまった動植物は、資料として残されていた標本などからDNAを取り出して、培養用の細胞に移植して活性化させ、それらから絶滅種を“再生”させているのだった。
アンドロイド·ドラゴンはメイルビイに案内されて、細胞培養された植物が発芽している温室と、薄暗い中に、動物の胎児たちをぽかりと浮かべた人工羊水タンクがずらりと立ち並んでいる胎児育成室を見学して回った。そして、それらの施設を見終わった後、
「さあ、次には、外で元気に成長している植物と動物たちをご覧にいれますよ」
とメイルビイは言い、今度は屋外の施設を案内した。
まぶしくふりそそぐ陽の光の下で、植物は柵や温室の中で、動物は堀や微電流が流されている電磁壁の向こうで、それぞれに幸せそうにたたずんでいる様子は、とても平和で、おだやかに見えた。
<すばらしいですね>
ドラゴンは言った。
<まさにこの世の楽園、とでもいったところですね。一度“あの世の”楽園へと行ってしまったものたちを、そのまま、“この世の”楽園へと連れ戻したとでもいうような>
「ええ」
それにメイルビイは笑ってうなずいた。
「再生までの苦労は色々とありますが……再びこの様な姿となったものたちを眺められるのは、私としても嬉しいかぎりの事です」
メイルビイは笑顔の中に、得意そうな表情も浮かべて、園内の動植物たちを見渡した。
と、そこへ、彼等二人の声ではない、他の声がむこうの方から聞こえてきた。
見れば、動物たちが放されている飼育場の間の道を、数人の大人と子供たちが、彼等の方へとやっ
て来ていた。
子供たちは大人に抱っこされ、または手をひかれ、またはその周りを走り回り、口々におしゃべりをして、なにやら騒がしいほどに賑やかであった。そして、
「わあ!」
園の中にのっそりと立つアンドロイド·ドラゴンに、その子供たちのうちの一人が気づくや、その子は叫んだ。
「ねえ、なあに、あれ?!」
自分の手を握るシャイライ人の若い女性を見上げ、ドラゴンを指さす。
その子の言葉に他の者もドラゴンに気づき、一瞬、驚いた様子でその場に立ち止まった。
だがそれはほんの少しの間の事で、子供たちは無邪気に言った。
「すっごーいっっ!」
そして、ドラゴンの隣にメイルビイがいる事に気づくや、まだ不安げな大人たちを後に、子供たちはドラゴンの元へとわっとばかりに駆け寄ってきて、口々ににぎやかに騒ぎたてながら、二人を取り囲んだ。
「メイルビイせんせい、これ、なに??」
子供たちの目は好奇心のかたまりと化して、にこにこと笑いながらメイルビイとドラゴンを見上げた。
「この方はお客様だよ。ご挨拶なさい」
訪問者を“これ”と言った子供たちに苦笑しながら、メイルビイは言った。
「こんにちはっっ!」
彼の言葉に子供たちは瞳を大きく見開け、白いドラゴンの姿を映して、汎銀河標準語で元気に挨拶をした。
「よーし」
それにメイルビイはにっこりと笑い、子供たちの小さな頭をなでた。
「この子たちも……ここで生まれ育った子たちなんです。あの人工羊水のタンクの中で」
メイルビイはドラゴンに言った。
<ここで?>
「ええ」
彼の言葉に、ドラゴンは自分の足元で無邪気にはしゃぐ子供たちを見下ろして言った。
(ここで……)
ドラゴンが見つめる中で、子供たちは笑顔でドラゴンを見上げて、元気に騒ぎ、飛び跳ねていた。
<ここで、という事は……つまりは、この子たちも、滅んでしまった人種の……?>
「ええ、そうです」
メイルビイはうなずいた。
<…………>
ドラゴンは子供たちを再び見つめた。と、
「ぼく、知ってるよ」
いつの間にやってきたのか、ドラゴンの足元には、大人になればさぞ綺麗な金髪になるであろう、黄色いほわほわとしたヒヨコの羽毛の様な髪と、これまた綺麗な青い瞳をした、五、六歳くらいの男の子が立っていた。
男の子は言った。
「ドラゴン、っていうんだ」
男の子はドラゴンを見つめて、にっこりと笑った。
「ね、そうしょう?」
小さな手で、ドラゴンの胴に触れる。
ドラゴンはその男の子をじっと見つめた。
(おや?)
(この子は……?)
その男の子の姿に、彼は思った。
「ドラゴン?」
「あ、私も知ってる」
「そうか。そうだね」
「うん」
「ぼく、絵本で見たよ」
金髪の男の子の言葉に、他の子供たちも口々に言った。
「さあ、こっちへいらっしゃい」
その子供たちを、園の保育員らしい大人たちは呼んだ。
「もうすぐお昼寝の時間よ」
「はぁい」
その言葉に、彼等はこれまた元気に返事をかえし、なごりおしそうにドラゴンを振り返りながら、大人たちの元へと駆けて行った。
「ソール!」
走る子供たち中で、ドラゴンの方を見ながら後ろ向きに歩く金髪の男の子に、保育員の女性の一人が手招きをした。
「うん」
男の子は再びにっこりと笑ってドラゴンを振り返り、小さな手を振ると、他の者たちの元へと駆けて行った。
<なんとまあ、元気なものですね。まるで生きているハリケーンだ>
わっとばかりにやって来て、わっとばかりに去っていた子供たちに、ドラゴンはため息まじりに言った。
「ええ」
メイルビイは笑った。
<あの子たちも……この園内に住んでいるのですか?>
「いえ、この動植物地区ではありません。あの子たちはここの隣の人類地区で養育されています。
再創造の対象はちがいますが、作業の内容はほぼ変わらないため、ここの施設はそれぞれの地区が隣接して建っています。
あの子たちはこの動植物地区に、毎日運動がてらにやって来ているのですが、それは、自分たち人類が、今までにどれだけの他の生命たちをこの世界から消してしまったか、という事を、自分の目で見るためもあるのです。
まあ、あの子たち自身も、その姿を消してしまったものたちの一部でもあるのですが」
<あの子……あの、金髪の男の子は――地球人、ですか>
ドラゴンは、むこうの方に小さくなってゆく子供たちの後ろ姿を見つめながら言った。
「え?ええ、あなたに話しかけていた子でしょう?そうです。あの子は地球人です。
あの、ひどい第五次地球=アルトイ間戦争の後、激減していった人類の。
標準年月で十年ほど前、サイサ銀河群のレンボル·レイテムの第三宙域を漂流していた、地球人の移民
船だったらしい船の残骸の中から、氷温凍結されたいくつかの地球人の受精卵が発見された事があったのですが、その受精卵のうちの一つを試験的に解凍して育成したのがあの子です。
受精卵を解凍したのは、今のところまだ、あの子一人です。
あの子となった受精卵を解凍させるまで、アルトイ人たちからの妨害などが入って、なかなかに大変でしたが……
しかし、地球人は幸運でした。まだ絶滅はしていないとはいっても、総人口が激減してしまった対策にクローンや人工受精での多産化を行ったものの、反面その影響で、最近はもう近親婚に近い状態になって、遺伝子異常からの出生率の低下や幼児の死亡率の上昇が目立ってきたところへ、他の血をひいた新しい受精卵が見つかったのですから。
……さきほどもご説明した通り、再創造の方法はいろいろとありますが、やはり体細胞や血液などからの再創造が一番確実です。しかしそういったものがない場合は……」
<……>
ドラゴンはメイルビイの話をききながら、もう一度、子供たちの方をながめた。
他の子供もたちよりも、あの、陽の光と同じ色の淡い金髪の小さな頭が、より目について見えた。
(ソール)
(ソール、とあの子は呼ばれていたな)
遠ざかって行く姿を見つめながら、ドラゴンは思った。
その夜。
悪くない、と彼……生物保護育成協会人類地区の看護師、イグクール人のツヴェクは思った。
ツヴェクは自分の預金通帳の明細金額を見て、思わずにやりと笑った。
“白い冷血漢”とあだ名される、淡い鋼鉄色の瞳と白髪、同じく白い肌の、無表情なイグクール人の含み笑いは、まさしく“氷の微笑”といったところだった。
イグクール人が笑うことは普段あまり無いのだが……しかしこの時の彼には、笑みを浮かべるだけの理由があった。
今日、彼の銀行口座には、約束通り、彼の一年分の給与に相当する金額が振り込まれていた。
まずは前金でこれだけ。
事がうまく運べば、後からこれの倍の金額が手に入る。彼はその金を手に入れたら、看護師を辞めてもう一度大学に入りなおし、医師の免許を取ろうと考えていた。
そして今日、事を済ませば、その残りの金が手に入る……。
事、を持ちかけてきたのは“マクハーン”の人間だった。
マクハーンはこの星系一帯の犯罪組織内最大のマフィアで、半端仕事をさせるには他星人を雇いもするが、基本的にはアルトイ人だけで構成されたグループ……あの第五次地球=アルトイ間戦争末期に、地球に恒星破壊兵器で、母星アルトイが巡っていた恒星ごと母星アルトイを吹き飛ばされ、その報復に同じく地球の恒星ごと地球を破壊しようとして失敗し、地球は死の星と化したものの、地球も、地球人もいまだに滅びてはいない事を最大の屈辱としている、過激的なアルトイ人たちの犯罪組織で、そのマクハーンに属するアルトイ人たちの願いは、もちろん“地球と地球人をこの世から消滅”させる事だ。
生物保護育成協会の再生局に勤める医療関係者としてマクハーンに目をつけられ、事をもちかけられた時は、やっかいな事になったとツヴェクは思ったが、彼は自宅と勤務先のコンピュータのいくつかに、自分が三日以上入力しなければ、マクハーンが持ちかけてきた事の内容を警察に通報するようプログラムし、その事をマクハーンの人間にも伝えると、マクハーンの人間はいたって紳士的に、事が失敗しなければ、そちらが面倒に巻き込まれる心配はない、と応えた。
そして今日の深夜勤務時間に、そのやっかいな事を済ませてしまえれば……事はめでたく終了、というわけだ。
なんて事はないさ、とツヴェクは思った。
本当は不安でしかたなかったのだが。
(私をおいてゆかない下さい)
主の臨終まぎわの時の事を、ドラゴンは思った。
(今からでも遅くはありません。私があなたの細胞をクローニングして……)
(駄目だよ)
そのドラゴンに主は言った。
(一般人のクローニングが禁止されているのは知っているだろう?)
(法律など、私にとっては、あなたのためなら二の次、三の次です)
(いいや、いけない。それに……)
主はドラゴンをなだめ、穏やかに言った。
(生の権利を得た者は、死の理を受け入れなければならないんだよ。生命とはそういったものだ。いつまでも同じ者が、時代を背負っていてはいけない。次の世代の者に、ものごとを引き渡さなければ、この世は先へと進んではいかない……)
(しかし)
(私が死んでも、私を蘇らそうとしてはいけないよ)
(それは命令ですか)
(そうだ)
安らかな死顔。
心拍と呼吸が停止した後、眠っている様な表情のまま、身体の熱反応もゆっくりと無くなっていった。今でもありありと思い出す事ができる。
主の言葉がなければ、とっくに主を生き返らせていただろう。
自分は主に仕えるために生まれてきたのに……その主は、今はカプセルの中で、氷温凍結保存されたままだ。
<あなたのご指示にそむくつもりはありませんが>
主の亡骸が安置された氷温凍結保存の柩に、ドラゴンは言った。
<私はもう一人でいる事に耐えられそうにありません。あなたもご自分の夢を追って私というものを造ったのであれば、私の気持ちもわかって下さるでしょう?>
ドラゴンは返事などかえってくるわけのない柩の中の主を見つめた。
自分だけは、主が死してもなお、その主の言葉を聞く事ができるとでもいうように。
なんて事はない……そう、やはりなんて事はなかった。
とうとうやって来た深夜勤務の日、ツヴェクはいつもの時間に新生児室の巡回をした後、幼児室へと入り、マクハーンの者たちに頼まれた、あの、地球人のソールに、ソールがよく眠っているのを確認してから軽い睡眠薬を注射し、それから毛布にくるんで抱きかかえ、庭の植え込みに囲まれた裏口から人類地区の施設の外へと出て行った。
部屋と廊下の監視カメラは、マクハーンが他の者に映像妨害させる手筈となっていた。
監視カメラがあっても、看護師が子供たちに投薬や注射をするには何の疑いもかからない。
それがどんな薬品であるかなど、見かけでわかりはしない。
しかし施設から子供を連れ出すとなると……
だがマクハーンにとっては、たとえ施設内の地球人の子供を何らかの手段で殺害しても、その遺体を施設内に残してしまっては、意味がないらしい。なぜなら、協会はその遺体をクローニングして、再び地球人を復活させてしまうだろうから。
睡眠薬が効いてきたのか、かかえている毛布の中で、ソールの小さな身体がより力なくぐんにゃりとして、重くなってきた。
薬の影響で、このままのかっこうで吐いたりすると、吐瀉物で窒息してしまう。いや、子供用とはいえ、まだ幼い子供に睡眠薬を投与したから、そのうち最悪は嘔吐どころか痙攣を起こすかも……が、マクハーンの事だ。そうなったらなったで、自分たちで手を下す必要がひとつはぶけた、と表情も変えずに言うのかもしれない。
敷地の植え込みが途切れ、裏口の門の前へとやっとたどりついた。
距離としてはたいしたものではないのだが、しかし、ツヴェクには、目的の場所までの間が、これほど長く感じられた事は今までになかった。
門の外では、手筈どおり、マクハーンの男が車の中で待っていた。
彼の姿を見ると、男は外へと出てきて、彼の元へと歩み寄った。
「ごくろうさん」
マクハーンの男はツヴェクににやりと笑って言った。
その男に、ツヴェクは重くて仕方のないソールを、毛布ごと差し出した。
男はそれをまるで荷物の様に小脇にかかえ、そして、
「じゃあな、兄弟。よくやってくれた」
と言って、再びにやりと笑った。
ツヴェクもそれにつられて笑った。と、
どこかで、プシュン、という小さな音がした。そして急に、彼は胸に痛みを感じた。
「……?」
ツヴェクは胸元に目を落とした。と、見れば、その看護師の白衣の左胸のあたりには、
何か、赤いしみが広がりだしていた。
彼にはそれが何なのか理解できず、怪訝な顔をしてそれを見つめ、それからマクハーンの男を見た。
男はまだ笑っていた。
男は次には彼の額にサイレンサー付きの銃を突きつけ、引き金を引いた。小さな音が再び響き……
ツヴェクは人形の様に、ごろりと地面に転がった。
「恨むなよな」
鮮血をほとばしらせている死体を見下ろして、男は表情ひとつ変えずに言った。
「あの前金で立派な葬式もあげられるし、そこそこな墓だって出来るだろ。まあ、お前さん自身が使える金じゃなくなっちまったが」
それから男は毛布の中のソールをかかえたまま後ろを振り向き、車に乗り込もうとした。
と、ふと見るや
暗がりに止めてある車のそばに、いつの間にか、何か白くて大きなものが……
車を止めた時には、こんなものは……?
今度はマクハーンの男が怪訝な顔をして、その白いものを見つめた。
そしてその、自分の頭上にまで壁の様にそそり立っている、白く大きなものを見上げるや、そこには、なぜか赤い光を放つ二つの非常灯が……いや、巨大な獣の瞳の様なものが?あった。
「……?!」
男は半歩あとずさった。
だが次の瞬間には、その男めがけて巨大な紅い鉤爪が振り下ろされ、彼もまた、悲鳴をあげる間もなく地面に転がった。
管制塔のメインコンピュータに進入する事など、簡単な事だった。
膨大なデータを処理する能力を持っているとはいえ、やはり機械は機械だ。自身で考え、疑問を持つという事は無い。
惑星シエスタへやって来た時、アンドロイド·ドラゴンの星間航行船の乗員はドラゴンのみとメインコンピュータに登録されたが、ドラゴンは管制と繋がっている警備システムからメインコンピュータの離発着登録データにアクセスして、その乗員内容を、ドラゴンと中型犬一匹、というデータに書き変えてしまった。もちろん、データ作成の年月日と時間は、はじめのデータを作成した年月日と時間のまま。
これで船の中のソールの熱源反応が、未登録乗員となる事はない。
そう、ドラゴンは……助け出したソールを、施設に帰したりはしなかった。
はじめドラゴンは、自分の新しい主を得るための、クローン培養元となるソールの体細胞を取るだけのつもりで施設に進入しようとしたのだが、偶然にもマクハーンの者らしきアルトイ人の男がソールを連れ去ろうとしているところに出くわしてしまったため、この先も彼がマクハーンに命を狙われ続けられるのだろうかと思い、気が変わったのだ。
睡眠薬から目覚めた時、ソールはドラゴンの姿に驚いたが、すぐに動植物地区で出会ったアンドロイド·ドラゴンだと思い出した。
そのソールにドラゴンは、あなたは眠っている間に“悪い人たち”に誘拐されてどこかに連れて行かれそうになっていたところを私が助けだしたのだと言い、そしてあなたはとても貴重な人種なため、これからもその“悪い人たち”はあなたを誘拐しようとするだろうから、もう施設には帰らないでこの惑星を離れて、“悪い人たち”がやってこないところへ、私と一緒に行かないか、と言った。
そのドラゴンの言葉に、ソールは無邪気な子供心からか、ドラゴンと一緒にどこかへ行きたいと言い、ドラゴンを喜ばせた。
とはいっても、ソールの体力が回復するまでもう一日ほど様子を見て、その間に彼がやはり施設に帰りたいと言いだせば、ドラゴンはソールを施設に帰すつもりでいたのだが。
そして翌日、すっかり元気をとりもどしたソールは外で遊びたいと言いだし、ドラゴンは少しばかり危険だとは思いながらも、宇宙港の片隅の無人ゲートのロックを解除して、ソールを抱いて、監視レーダーには感知されない低空飛行で、宇宙港より少しばかり離れた、切り立った崖に面した草地へと彼を連れて行ってやった。
ソールは今まで、生まれ育った施設から出た事がなかったのか、彼は雑草の生い茂るただの空き地を物珍しそうにながめて、ドラゴンが船の資材で作ってやったゴムボールで、ドラゴンを相手に楽しそうに遊んでいた。
ドラゴンは、ソールは遊んでいるうちに、同じように育った施設の者たちを思い出して恋しがるのではないかとも思っていたが、ソールは何も言わず、ボール遊びに飽きると、今度はまた自分を抱いて、空を飛んでくれと言いだした。
その、楽しそうににっこりと笑うソールは、主を亡くして以来、永い間ずっと一人でいたドラゴンにとって、とても良い新しい主の様に思え、この様子であれば、今日にでもこの惑星から飛び立とうと、ドラゴンは思った。
そして日が暮れだした頃。
もうそろそろ帰らなくては、とドラゴンは思い、雑草の中に隠れているバッタを捕まえようとしているソールに、ドラゴンが声をかけようとした時、
<……>
ドラゴンは首をめぐらせた。
(熱源反応――)
暮れかかってゆくオレンジ色の光の中、ドラゴンは反応を感知した方向を見つめた。
自分たちの周りには、熱源感知と受像を妨害するジャマーノイズを流していたが、やはり監視システムに見つかってしまったか、とドラゴンは思った。
(あの、崖の上……)
と、その時、かすかな音とともに、青白い弾道が宙を走った。そして、
<!>
ドラゴンの前で、ソールがころりと地面に転がった。
「やったか?」
そのソールを崖の上から見下ろして、数人のアルトイ人の男たちが言った。
「ああ」
レーザーライフルを持った男はうなずいた。
「次は、あのばかでかいロボットを……」
男はライフルを構えなおした。が、照準器の中には、すでにドラゴンの姿は無かった。
「??」
男は顔を上げ、あたりを見回した。と、
その彼等の前に、大きな、黒い影が覆いかぶさった。
切り立った崖を猛スピードで垂直上昇して、男たちの前にドラゴンが突如舞い降りてきた。
「?!」
<あなたたちは>
目の前に現れた、見上げる様な大きさのアンドロイド·ドラゴンに目を見張っている男たちに、夕暮れの空を背に巨大な影を黒々と落として、ドラゴンは言った。
<アルトイ人と地球人のどちらかが滅び去るまで、そうやってお互いに殺しあい続けるのでしょうね>
「当然だ」
男たちはそれぞれの銃を取り出して、ドラゴンに向けた。
「おまえはあれが地球人だと知ってて……」
くええ、もちろん知っていましたとも>
男たちを見下ろしたまま、ドラゴンは言った。
くわかっていましたとも。なぜなら――私は、その地球人に造られたのですから>
と、次の瞬間、
ドラゴンは男たちに向かって、巨大な、青い炎を噴いた!
たばしりあふれた炎は、ゴウ、と音をたててあわれな男たちを中へと取り包んだ。
「!!!」
渦巻く炎の中で、悲鳴をあげる彼等の影がゆらめき、もがき……そして最後には棒杭の様に倒れて、炎の中に見えなくなった。
炎はあたりの草木にも燃え移り、ぱちぱちと音をたてて火の粉が舞い上がりだした。
その炎の照り返しに、ドラゴンの銀の鬣が金色に染まり、ふうわりと揺れた。
ドラゴンはソールの元へと降り立ち、彼を見つめた。ソールは見事に額を撃ち抜かれていた。
脈拍など測定しなくとも、彼の死は明らかであった。
ソールの小さな身体の下には、赤い血溜まりが大きく広がりだしていた。
ドラゴンは、彼の頰に、そっと手を触れた。
ソールの身体には、まだ生きている時と変わらない体温が残っていた。
(どこがいいだろう……)
とドラゴンは思った。
(昔、主と行った緑ゆたかなあの惑星がいいだろうか。それとも……)
(静かなところがいい。静かで、のどかで、おだやかな……)
(どれくらい)
ドラゴンはソールの亡骸を再び見つめた。
(この子の血液と体細胞すべてから、いったいどれくらいの……)
(地球人が再生できるだろう?)
炎は今やあたり一帯に広がり、風に煽られて唸りをあげていた。
『この世の中を動かしているのは大人たちだが』
主は言っていた
『その世界と大人たちを、次の世界へ、未来へ、と連れて行ってくれるのは子供たちだ。その子供たちがこの世を次の世界へと連れて行ってくれるよう、この世をちゃんと守るのが大人たちの役目なんだよ。子供たちが無事に次の世界へと渡って、次の世界の大人たちとなったら、送り出した前の世代の大人たちの役目はそれで無事終了だ。心残りなくこの世から去っていい。くるくるくるくる、そうやって、この世は、この世界の生命はめぐっているんだよ』
ドラゴンには主のその言葉の意味がまだよく理解できない箇所があったが、生命、というものは一個体が生まれて、老いて、死んでも、他の個体がまたその生命を受け継いで永々と続いてゆくものなのだろう、とは思っていた。
(続けますよ)
(永々と)
(あなたと同じ生命を)
ドラゴンはソールの亡骸をかかえ上げると、翼を大きくはばたかせ、黒煙と逆巻く炎の上を飛び越えて、暗くなりはじめた空へと飛んで行った。




