亡くした物を数えるより、獲るべき物を狙って。
今まで皇帝の前ではしおらしく、王女らしくと振る舞っていたアイリスだったが、余りにも急に突き付けられた納得出来ない命令とやらに、思わず素をさらけ出してしまった。
初めて見たアイリスの態度に、一瞬驚いたように目を大きくした皇帝はスティングを睨み、立てた親指でアイリスを指して声をあげる。
「オイ!これも教育係のお前のせいか!
言葉遣いまで、とんだ跳ねっ返りになっちまってるじゃねぇか!」
「私の影響でしょうが私が教えた訳ではありません。
ですが、私同様に時と場所を選んで使い分けられるのだから別に良いでしょう?」
たいしたことではないと、シレッと答えるスティングに皇帝は「グヌゥ!」としかめっ面を見せ、言葉を詰まらせる。
そんな皇帝に代わりスティングが説明の続きを話した。
「アバズレ王女から話を持ち掛けられた時点で、我々の中ではこうすると決まっていたんです。
ファルナウスを侵攻、姫様を誘拐…と見せかけて保護し、為政者として正しく教育、ファルナウスを立て直させる、と。」
「まぁ、本当に国を導く器になれるのかを見極める必要もあったが…他人に流されるだけのお人形遊びの好きな、お人形のようなおとなしい姫様ってぇ枠は、完全に取っ払ってくれたわな。」
スティングと皇帝に対し、アイリスは「はァ!?はァ!?」とガラの悪い相槌を打ちながら納得出来ない、と両手に拳を握りプルプルと震えた。
姉や婚約者に裏切られた事実を聞いた時より、今はコチラの方がより強く裏切られた感がありショックを感じる。
━━これからも、この国で陛下やスティング先生、お城のみんなと幸せに生きて行きたいのに!
みんなと別れてあの国に戻れと言うの!?今更!?━━
「何も今すぐって話じゃない、まだお前は学びの途中だからな。
だが、まずは無事に成長する事がお前の役目だ。
その為に、いざという時のためにお前の身代わりとなる者としてヤハールを連れて来た。」
ここでやっと、スティングの隣で気弱そうな表情をした謎の少年が紹介された。
身代わりという事は、恐らくアイリスの影武者の役割を担う事になるのだろうが…
確かにアイリスと背格好は似ているが、褐色の肌に黒髪の少年が咄嗟の状況でアイリスの替え玉となるには、余りにも見た目がかけ離れている。
「ヤハールは根絶したとされる種族の最後の一人だ。
擬態能力を持ち、完全な姿で他人に変身する事が出来る。
そのヤハールをお前の従者として付ける。
護衛として騎士も一人付けるつもりなのだが…どうしたものか…」
「本来の姫様なら充分に自衛が可能なのでしょうが、姫様のその強さは隠し、普通の少女と見せておいた方が良い。
常に隙を見せておく事も必要な事ですからね。」
アイリスを置き去りにして、皇帝とスティングの間でアイリスが望まない話が段々と進んでゆく。
「もう、どうとでもなれば?」とまで思っていた祖国ではあるが、そこに住まう民の事までは考えが及ばなかった。
少なくともファルナウスに居た頃に受けた教育の中で、民の事を慮るなんて教えを受けた事が無い。
今この国で受けた教育により、国民がいて初めて国が成り立つのだと知らされた。
その、今まで考えた事も無かったファルナウスの民が、スティングの言い方によれば姉と元婚約者によって苦しめられているのかも知れない。
「…モチベーション…モチベーションが上がるような!
そんな、ご褒美を私に下さい!」
自分が誘拐、略奪された訳では無く保護されたというのをアイリスは薄々感じていたが、一年前に自分が拐われた時から既に始まっていたというガデュリオン皇帝の計画を無かった事には出来ない。
で、あるならば保護した上に手厚く養ってくれた恩を返す意味も込めて最良の結果を陛下に届けよう!
とは思うが、なにしろモチベーションが上がらない。
だったらもう素をさらけ出し、自分の欲求を正直に訴える!
「ご褒美…?なんだ、何が欲しい
何でも言ってみろ。」
アイリスの父親を気取っているガデュリオン皇帝は、娘のように思っているアイリスが、いつもの遠慮がちなかしこまった態度では無く、素のままにおねだりをする様子に思わず嬉しくなり顔を綻ばせた。
「旦那様!私を旦那様の妻にして下さい!」
「お前、頭わいてんのか!」
驚く間も無く間髪入れずに、脳の迎撃システムが作動したガデュリオン皇帝が反撃のような返事をした。
だがアイリスもひるまない。
「それくらいのご褒美が無いと、やってらんないって話ですわ!
いや、元々…言うなれば元々、敵国が王女を拐うとかって、無理矢理妻にするとか妾にするとか、そんなもんじゃありません?
アバズレお姉様が思ったように。」
にじり寄るアイリスに、狼狽えるように一歩後退りする皇帝。
スティングは二人の様子を見ながら「ふむ」と考える仕草を見せた。
スティングにとって、この光景は「いつかは起こり得た光景」であり、驚く事ではなかったのだ。
「そう見せかけていたが違うっつってんだろ!
保護だと!
だいたい、俺とお前は歳が離れ過ぎ…」
「世の中には、もっと年齢差のあるご夫婦もいますでしょ!政略結婚ともなれば尚更に!」
「政略結婚なんかしねぇ!それにだ、ファルナウス国の女王にする予定のお前と、ガデュリオン国の皇帝である俺が結婚なんかできるか!」
にじり寄るアイリスと、少女に気圧されて後退るガタイの良い中年男の間にスルリと割って入ったスティングは、双方を見て言葉を発した。
「お二人とも、落ち着いて下さい。
陛下、こちらが姫様の意思を無視して事を進めようとしたのですから、姫様の要求は聞き入れるべきです。
ですがそれには、姫様が陛下の望み通りファルナウスを治める為政者となる事が絶対条件です。
とりあえず…婚姻は姫様が18歳になられる日まで保留とし、姫様はその日までに為政者となられるべく成長を遂げるという事で、一旦収まりませんか?」
壁際に背がつきそうなほど追い詰めるられていた皇帝は、納得したくはないのだがと苦虫を噛み潰したような顔を見せたが、にじり寄るアイリスの気迫のこもった顔をチラッと見て項垂れるように「あぁ」と頷いた。
「…あり得ねぇだろ…こんな若くて可愛らしい娘が俺みたいなオッサンと夫婦になりたいとか…」
ボソボソと呟く皇帝の声を拾ったスティングは、同じようにボソっと皇帝に言葉を告げる。
「姫様から見た陛下は、見た目に反して可愛らし過ぎるのだそうです。ギャップがエグいと…
姫様はもう…数カ月前から陛下をいかがわしぃ目…
いや、お慕いするような目で見てらっしゃいましたよ。」
「わざとらしく言い直すな…クソ…」
皇帝ににじり寄っていたアイリスは、割って止めに入ったスティングの顔を「もー邪魔して」と不満げに見上げたが、それでも話を聞き入れる姿勢を見せた。
「分かりましたわ。あと4年、4年ですわね?
やるからには本気で獲りに行きますわよ。
ファルナウスの女王の座も、旦那様も。」
皇帝とスティングに、そう強気の宣言をしたアイリスはクスッと不敵な笑みを浮かべた。
━━見てらっしゃい、お姉様、カミル王子様!
そして…愛する旦那様!!覚悟してね!!━━




