亡国の亡霊。
「傷ついたりなどしていません。
ただ、常々疑問に感じていた事に納得の答えを得ただけですわ。」
悲しみも怒りも無い。
どちらかと言えば「なるほど、そうだったのね」と疑問が解消された事の方が喜ばしい。
だがそれは今の自分の置かれた立場が、余りにも恵まれ過ぎているから思える事なのだろう。
「ガデュリオン帝国によるファルナウス国の侵攻、これはお姉様が描いた物だったのですわね。
カミル王子様を含む、隣国も共謀者なのでしょうか。」
「…恐らく……はな。」
「王政に苦しむ民を救いたいと謳い、ガデュリオンにファルナウス侵攻の計画を持ち掛けてきたのはマーガレット王女です。
国王は玉座を追われ、王太女である妹はガデュリオンに拐われた。
国と家族を失ったマーガレットは悲劇の王女を演じ、ていよくカミル王子とファルナウスを同時に手に入れた。
あのアバズレは隣国の国王もたらし込んでいるのでしょうね。」
アイリスの心情を慮り過ぎたのか皇帝は言葉を濁したが、スティングはシレッと本心を口に出す。
皇帝は「おい!言い方!少しは気を遣え!」と言わんばかりにスティングの方を睨んだが、スティングは皇帝を無視して話を続ける。
「ガデュリオンの皇帝に拐わせるってのは、姫様がキズ物にされる事も当然と思っての計画ですよ。
元盗賊の私が言うのも何ですが、陛下はこんな無頼漢みたいな見た目ですから、女性に乱暴を働くような人物だと思われがちです。
マーガレット王女は、姫様がそんな目に遭うと解った上でガデュリオンに話を持ち掛けたのです。
そして、許婚者のカミル王子も、その親である隣国の国王も、それを承諾したのでしょう。」
━━そう言えば私も…このお城に初めて来た日、陛下に抱かれてしまうって思ったわ━━
「お姉様達は、わたくしが陛下に拐われた時点で、すでに陛下に乱暴されたと思っているのですわね。」
「そうです。
陛下は、可愛い物を愛でるのが大好きな乙女のような人なのですが…なにしろ見た目がコレですから。」
「言い過ぎだ!何だよ乙女って!!
見た目コレとか言うな!!」
アイリスはスティングの補足に「そうなのよね」と言いたげに無意識にコクコクと何度も頷いていた。
昨今のアイリスも、皇帝をそのように感じる事が多い。
「で、ではアイリス、話を続けるが…
恐らく数年の内にファルナウスは隣国から独立し、再び国となるだろう。
王位継承権の低い隣国の第三王子とマーガレット王女は、まんまと新ファルナウス国の王族となるのだ。」
皇帝は大事な話をしているのだが、アイリスは僅かに赤くなった皇帝の顔に目がいってしまう。
乙女と言われて照れたのだろうか…いやはや愛らしい。
「そうですのね。
わたくしはもう、亡国ファルナウスの亡霊でしかないのですわね。」
アイリスの胸に、ファルナウスに対する未練はもう綺麗さっぱり無くなった。
国が亡くなり自分が家族にも必要とされていないのでは、そこに思いを馳せる理由も無い。
━━そう言えばお父様の安否を聞いてないけど…もう、ファルナウスの事は忘れてしまおう。
私はこのままガデュリオンで生きていきたい…陛下にそう、お願いしよう━━
「アイリスよ。
お前を本物の亡霊にしたいと謀る者に、何度か生命を狙われた事には気付いていたか?」
「…………………え?」
不意を突いた質問を皇帝に投げ掛けられたアイリスは一瞬、頓狂な顔で呆けてしまった。
生命を狙われた?自分が?……え?
「あちらは、姫様に生きていて欲しくないのでしょう。
何度か暗殺され掛かっておりました。」
「そっ…!そんな軽く言われても!!
暗殺!?わたくしを!?あちらって、どちら!?
まさか、お姉様が!?なぜ!?」
全く気付いてなかった。
…陛下を暗殺しようと城に忍び込んだらしき曲者を捕らえた事なら何度かあったが。
「……今、姫様が頭に思い浮かべた、姫様が城で捕らえて牢にブチ込んだそやつらは、陛下を暗殺しに来たのではなく、姫様を狙って城に侵入したのですよ。」
「ええッ!?なぜ、わたくしを…?」
「…おい、ソイツら本当にアイリスが捕らえたのか。」
ガデュリオン皇帝は、改めて確認するようにアイリスを指差しながらスティングに訊ね、スティングは「はい」と頷いた。
皇帝は「嘘だろ」と言いたげな顔をしてペチんと額に手を当てた。
「確かに俺がアイリスの教育をお前に頼んだんだが…。
多少、自衛が出来ればくらいの気持ちでいたが、自ら暗殺者を捕らえるまでになっているとか、やり過ぎじゃねぇのか?」
「私は兵士に稽古をつける時と同様に、普通に教えているだけです。
姫様が桁外れに優秀なんです。
私が思う、忌憚ない意見を言わせて貰うなら姫様は化け物です。」
「お前は、忌憚ない意見とやらを口にするんじゃねぇ!ただでさえロクでもない本音ばかり語りやがるクセに!」
皇帝とスティングのコントのようなやり取りを見つつ、化け物とまで言われてしまったアイリスはどうしたものかと困り顔になった。
結局、皇帝陛下は私にどうしろと言いたいのだろう。
アイリスは、スティングが連れて来た自分と同じ年頃の少年と目が合った。
少年ではあるが、一見少女のように見えなくもない。
彼は何者で、その後のファルナウスの話しにわざわざ同席させたのはなぜだろう。
少年の方に気を取られていたアイリスに、皇帝が唐突にビシッと指を差して告げる。
「とにかく!
アイリス、お前はファルナウスの王とならなくてはならない。これは命令だ。
お前にはその資格と権限、そして何よりも責任がある。
それを、あちらも分かっているから、奪われる前にアイリスには消えて貰いたいって事だ。」
「いきなり何を言い出しますの!?
わたくしが、新しいファルナウスの王に!?
資格?権限?そんなもの、とっくに失っております!」
想定外の命令に、うろたえ始めたアイリスは助けを求めるようにスティングの方を見た。
スティングは一度だけ頷き、言葉を告げる。
「資格や権限は取り戻せばいい。
姫様には国を正しい姿に戻し、ファルナウスの民を救う責任がある。
だが、国を治める前に死なれては困る…。」
━━何だか、とっても不穏な話になってません事!?
わたくし、「もう暗殺されるかも」が確定してますの!?━━
「勝手に死なせないで下さいよ!
だから私に、一体どうしろって言うの!?」
混乱が過ぎたアイリスは、皇帝の前ではいつも被っていた猫をかなぐり捨て、思わず素の自分を全開にしてしまった。




