ガデュリオンでの新しい日常。
「さぁさぁ姫様、こちらにおいで下さい。
私達がアイリス様の事を想って、しつらえた御部屋ですよ。」
アイリスは数人の侍女たちにザザッと囲まれ、皇帝の見てる前で拉致されたまま流されるように扉に向かって部屋の中を移動した。
人波に押されるように部屋の外に連れ出されるアイリスを見て焦った皇帝が後を追う。
「ちょっ…!お前ら勝手に…!」
皇帝の側近の若い男がさり気なく侍女たちの先頭に立ち、皇帝がアイリスに用意した部屋の向かい側の部屋の扉を開いた。
開かれた観音開きの扉から、侍女たちがアイリスを囲った状態でドドッと部屋になだれ込む。
「さぁ姫様!ご覧ください!」
意気揚々と侍女に声を掛けられたアイリスは、案内された部屋をぐるっと見回した。
その部屋は、所々に可愛らしい仕様はあるものの静かに落ち着いた色合いの部屋で、質素であるがアイリスの好みに近い部屋であった。
人形のかわりに花が飾られており、揃えられた調度品は洗練された気品ある造りの物ばかりで、全体的にどこか大人び過ぎた雰囲気の部屋という印象。
「地味だな……」
後から部屋に入って来た皇帝が部屋を見て、ボソッと不満を口から漏らす。
「陛下、この部屋はこれから姫様ご自身が選んだ姫様の好きな物で満たされていくのですよ。
手前勝手な趣味の押し付けなんて、度を過ぎれば嫌がらせと同じです。」
少し年配の侍女が言った言葉を聞いたアイリスが、思わず目を輝かせた。
今まで自分で何かを選び、それを欲した事などあっただろうか。
不満があったとしても、与えられた物はただ黙って受け取るのみだった気がする。
自分の好きな物を自分で選ぶ、その言葉を自分はずっと聞きたかったのかも知れない。
「皆様の心遣い、大変嬉しく思います。
ありがとうございます。」
喜びに顔を輝かせたアイリスは皆に向け、感謝の意を込め美しいカーテシーを披露した。
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翌日から、アイリスのガデュリオンでの生活が始まった。
ガデュリオン国での生活は、朝イチからしてファルナウス国の城に居た頃とは全く違っていた。
静かに粛々と丁寧に仕事をこなすファルナウスの城内の侍女たちとは違い、とにかく侍女の圧が色んな意味で凄く、賑やかでかしましい。
「姫様、今朝もホントにお可愛らしくて!」
「お待ちなさい、今日、姫様の髪を梳かして結うのは私の役目です!クジでそう決まったでしょう!」
「私はそれに見合うドレスを選ぶ担当になったわ!」
━━異様なまでに可愛がられ過ぎる。
敵国の城に居るハズなのに、なぜか皆に可愛がられ過ぎている。
可愛がり方が、もはや末の妹を可愛がるお姉さん。
しかもスキンシップまで遠慮無し。
髪を丁寧に梳かし結われ、手を握られ指先まで丁寧にマッサージされ、顔はスキンケアから始まり綺麗に薄化粧までされて。
戸惑いを通り越して硬直したまま、なすがままになる。
ただ、「ハグしたい」だけは呟きはするものの、何とか堪えてくれているようだ。
身なりを美しく整えられた後は食堂に行き、大きなテーブルでガデュリオン皇帝と共に朝食を取る。
食堂には侍女たちと給仕の使用人たちが壁の前に並んで立ち、皇帝の斜め後ろには側近の青年が立つ。
「好き嫌いは許さんぞ。
だが、嫌いな物があったら俺に教えろ。
俺が食うから。」
━━好き嫌いを許さん…とは?
教えたら自分が食べる…それ「許さん」なの?━━
皇帝の言葉がすぐに理解出来ず茫然としたアイリスの様子に気付いた皇帝の側近の青年が、皇帝の斜め後ろからそっと口を挟む。
「陛下、アイリス様が意味不明過ぎると困ってらっしゃいます。
嫌いな物があったら、次から配慮するから教えて欲しいで良いのでは?」
「あっ、あの…!好き嫌いはございません!
そんな、陛下の手をわずらわせるなど…!」
皇帝と側近の青年のやり取りを見ていたアイリスの方が、自分のせいで皇帝が側近に意見されている事に居たたまれなくなり思わず焦って声を掛けた。
皇帝はアイリスの方を向いて腕を組み、首と身体を横に傾ける。
「好き嫌いは無い?無理してないか?
嫌いな物は嫌いと言わないと駄目だぞ。」
━━好き嫌いは許さんと言った口で、それ言う!?━━
アイリスはブッと口から吹き出してしまった。
プルプル震え始め、テーブルの下を覗くように下を向き笑い声を抑えようとしてヒィヒィと呼吸が苦しくなる。
とてつもなく無作法であり無礼な行為だったが、誰にも責められはしなかった。
むしろ、食堂に居る多くの使用人たちに温かい目で微笑みながら見られた。
朝食の後は、二時間ほどの勉強の時間を課せられた。
同様に、昼食の後も二時間ほどの授業を受ける事に。
今後、社交に通ずるマナーレッスンやダンスレッスン、それと無理の無い範囲で様々な授業を受ける事が日課となった。
アイリスは、マナーレッスンやダンスレッスンは講師となった者が感心するほど既に身についていた。
…だが…
「陛下、姫様の勉学知識についてなのですが…
講師達の話によると、想像以上に遅れているそうです。
特に王太子であったのに国を担う者として培うべき知識が全くと言っていいほどに無いそうで…。」
皇帝の執務室にて、側近の青年からの報告を受けたガデュリオン皇帝は顔をしかめた。
「これまでのアイリスの言動を見るに、アイリス自身は賢い娘だ。
芯が強く優しさもあり、王太子としての器は充分にある。
だからこそ故意に、アイリスに知識を与えないようにしていたという事か。」
「…でしょうね。
姫様は今、渇いた土に水が染み込む勢いで知識を吸収しておりますよ。
知識を蓄えるのが楽しくて仕方がないそうです。」
「フッ…国を動かす実権や知識は与えずマナーやダンスだけは完璧にさせ、飾られた人形のような傀儡の女王にでもするつもりだったか。……気に喰わんな。
スティング、アイリスが求める物は全て与えろ。
どんな知識でも技能でもだ。」
「委細承知いたしました。」
スティングと呼ばれた側近の青年はニッと口元に笑みを浮かべて皇帝を見る。
つられて皇帝もニッと口元を上げてスティングに向け微笑んだ。
「………なんかキモ…。」
「はあ!?キモ!?
お前が笑ったから相槌を打って俺も笑っただけなのに!
キモ、は側近が皇帝に言っていいセリフじゃねぇぞ!」
「大柄の悪人顔のオッサンがほくそ笑む顔なんて気持ち悪いだけです。」
「お前なぁ!!!」
つられて微笑んだ皇帝に本音を呟いたスティングは、皇帝の叱責と言うよりは不満による抗議を無視して執務室を出た。
執務室のドアを閉め、静かな廊下に立ったスティングは腕を組み独りごつ。
「どんな事でも…か。
実はひとつ、教えて欲しいと姫様に言われている事があるんだよな。」
アイリスがガデュリオン国の城に来て既に一ヶ月ほど。
皇帝の側近である青年のスティングは、アイリスの教育係の一人となっていた。
教えたのは主に馬術と、簡単な護身術。
それを含め、勉学やレッスン等で城内に閉じこもりがちなアイリスを広大な城の庭に連れだしたスティングは、太陽の下のびのびと━━
ひそかにサバイバル術的な事も教えたりした。
「この白い花はノコギリソウといってな、ケガをしたりした時に止血剤になったりするんだ。
これがあったお陰で、俺は何とか生き延びたって事が何度もあってだな…」
「…スティングさん、あの…口調が…」
庭先に咲く雑草の様な白い花を見たスティングが、初めてアイリスの前で素の喋りを見せた。
「口調…あぁ、口汚く申し訳ございません姫様。
思わず素が出てしまいました。
……実は私、元盗賊なんですよ。
陛下に捕らえられ、処刑寸前の身だったのです。」
「陛下に捕らえられ処刑寸前!?
それが…今、側近の一人に…?不思議ですわ…
一体、どのような経緯がございましたの…?」
スティングは、目を輝かせ前のめりになって話を聞きたがるアイリスにフッと声を漏らし苦笑した。
城内でアイリスと共に過ごし約一ヶ月、まだ緊張感が消え去ってはないアイリスだが、恐怖心や警戒心よりも好奇心が勝る性格である事は城内の誰もが知るところとなっていた。
「元ですが…私は人殺しでもありますし重罪人ですよ?
そんな輩の過去の話を聞きたいですか?」
「聞きたいです。
それにスティングさんは、陛下をはじめお城の皆様の信頼を既に得てらっしゃるじゃありませんか。
陛下は、スティングさんが根っからの悪人ではないと、きっと気付いたのですわね。」
だから処刑を取り止めたのだろうとの結末を予想してアイリスはクスっと微笑む。
「…いいえ…違います。
5年ほど前、俺のアジトが陛下率いる軍の小隊に襲撃された際に…陛下は俺の大事な物を奪ったのです。
だから従うしかなかった…。
…陛下が。」
「陛下が。」
アイリスはスティングの言葉を復唱し無言になる。
従うしかなかった。
スティングではなく、何かを奪った側の皇帝が。
皇帝が誰に従う?意味が分からない。
「俺の大事な飼い猫を陛下が保護していたらしくて。
余りにも気に入り過ぎて、ずっと可愛がっていたらしいのですが、ストレスからか猫の衰弱がひどかったようで。
翌日に処刑の予定だった俺の牢に、陛下が血相を変えて飛び込んで来ました。
猫を抱いて。」
「猫を抱いて。」
死刑囚の牢の前に、血相を変えた皇帝が飛び込んで来た。
猫を抱いて。何それ。
絵面を想像するだけで段々と笑いが込み上げてくる。
「飼い主の俺がいないと猫が衰弱して死ぬからと…猫を生かすために俺の処刑は取り止めになりました。
ですから処刑を取り止めて下さった陛下の恩に報いようと働いていたら、なぜかいつの間にか側近に…。
ちなみに猫は今も元気で、陛下以外の城の皆にも懐いたので、城のどこかに居ます。
陛下を見たら逃げるので、陛下はしょんぼりしてますがね。」
「城の皆に懐いた!でも陛下以外!
陛下は可愛がっているのに!陛下には懐かない!
陛下がしょんぼりって何それ!!面白すぎません!?」
「な、陛下の話は笑えるだろ?
あんな極悪人みたいな見た目なのにな。
だから…この城の皆は、俺も含めて軽口を叩くほどに陛下が好きなんだよ。」
困ったように微笑むスティングの表情を見たアイリスは、「そうですね」とスティングにつられたように困った表情をして笑った。
「わたくし…私もお城の中で無礼な軽口を叩いても許されるのかしら…
スティングさんとも、そうやって話をしてみたいわ。」
「姫様それは違う。
許されるかしらじゃなくて、許されない事を私は許さないわよ!位の強気でいかないと。」
なるほど、そう来るのね!目から鱗よ。
まだまだだわ、私!




